「それは本当なのか!?」
リヒトさんは驚きがかくせないようだった。
なんとか《魔人デイビッド》を倒すことに成功した私たちは、やつが落としたアイテムをリヒトさんに預けた。換金できそうなアイテムじゃなさそうだし、なんだか不気味な雰囲気がしているからだ。《魔人》について知っていそうなリヒトさんに預けた方がいい気がしたのだ。
それを受けとったリヒトさんは調べてみるといってくれた。ついでに私は気になることについて話してみる。
「辰姫神社の石碑に御祭神の名前がなくなった?......まさか、あの場所に境があるのか?」
リヒトさん曰く、本来はその境のヒビの大きさによって湧き出す悪魔が違うため、事態の大きさを把握するのに便利だそうだ。
妖精や動物霊といった下級霊がでてくるのと、天使がでてくるのとではやばさが違うという。
「それがいきなり魔人からとは......普通、下級悪魔が湧き出し、それを求めて上級悪魔がやってきて、空間が淀み、死ぬ人間がたくさんでてきて初めて《魔人》は死によってくるんだ。それがこんな短期間に現れるとは......。僕も数回しかあったことがないんだが......」
リヒトさんがこの街の郷土史を調べたところ、あの辰姫神社に祀られているのはトヨタマヒメというらしい。
浦島太郎にでてくる竜宮城のお姫様の由来らしく、基本的な話は同じなのだが、その正体は大きなサメ。出産するために人間の姿で陸にやってきたトヨタマヒメは、絶対に開けるなといって部屋に入った。旦那は好奇心を抑えきれずにあけてしまい、トヨタマヒメは海に帰ってしまう。妹を子供の世話役として派遣し、二度とトヨタマヒメは旦那と会うことはなかったという。
「あの神社がそんなに重要な場所だとは思えなかったんだがな......」
リヒトさん曰く、霊地のいわれも無いし、気の流れ的に考えて重要なわけでもない。なぜあの場所からヒビが入ったのか、わからないという。
言われてみればこの街の土地神様はイザナミなわけだからイザナミの別名、あるいは同一視されている神様の方がいいのでは、とずっと思っていたが案外あたっているのかもしれないと思った。
「あの神様になったの明治からなんだ」
「え、そうなんですか?」
「ああ、よくある神仏分離と神道学的な再解釈から御祭神を変更したらしい。まえの御祭神がわからなかった。もしかしたら、それが原因かもしれないな。僕の方でも調べてみよう。それまではこれを預からせてもらうよ、ありがとう」
次からは僕を呼んでくれ、とリヒトさんはいう。どうやら幸運にも勝てただけで魔人によっては全滅しかねないものもいるらしい。今更ながらに背筋が寒くなった。
私たちはベルベットルームをあとにした。ジュネスの社長室をあとにして、スタッフルームで現地解散となった。花村と小西先輩はそのままバイト。それ以外のみんなは家に帰るためにそれぞれ通学路である。私は商店街を抜けてガソリンスタンド横のバス停に行かなくてはならないため、月森と一緒に向かうことになった。
夕暮れの惣菜大学でコロッケを買い食いしながら商店街を歩いていた私たちは、にわかに騒がしい人だかりに遭遇した。辰姫神社?いや違う、巽屋だ。私は月森と顔を見合せた。たった今、目の前を走り去っていったのは紛れもない救急車である。
人混みの近くにいた人に聞いてみれば、巽屋さんの女将さんが玄関で倒れているところを回覧板を届けに来たご近所の主夫がみつけて救急車を呼んだらしい。救急車にはご近所さんがそのまま乗り込み、息子である完二に連絡をとろうとするが通じない。しかもどこにも姿がないとご近所さんたちは総出で探しているそうだ。なんでこんな大事なときに、とみんな怒っていた。巽屋の女将さんは原因不明の意識不明で重体だとか、あぶない状況だとか嫌な憶測ばかりが聞こえてきた。
昨日の今日である。家にいるはずの完二が巽屋の女将さんが倒れたというのに気づかないわけがないし、誰も完二の場所を知らないということはやばいのではないだろうか。月森がダメ元で完二にメールや電話をしてみるがやはり通じない。
うなずいた私たちは手分けして仲間たちに連絡をいれるのだ。
「大変!巽屋さんの前に救急車が!」
日が暮れるまで完二が行きそうな場所を仲間たちと探してみたが、やはりどこにもいない。嫌な予感しかしなかったが、夜になり帰ることになった自宅にて。巽屋の女将さんが意識不明の重体だという世間話をしながらご飯を食べ、うわの空のまま宿題をこなし、寝る準備をする。
気づけば外は雨が降っていた。
そして私たちの願いも虚しくマヨナカテレビが放送されるのだ。映し出されるのは廃病院になってしまっている《稲羽市立病院》。
科学の法則では説明できない超自然の力により支配されているこの異空間に親子が閉じ込められてしまっている。
「このアナウンスは......完二?」
連れ去られた母親の精神。連れ去られた母親を追いかけてマヨナカテレビに入ったと思われる完二から分離したシャドウ。閉じ込められた完二と思われる小学生くらいの男の子が母親と脱出しようと必死で逃げ回るホラー映画のようなPVだった。
終わったと同時に携帯に着信。月森からだった。
「神薙、見たか!?」
「みたみた!マヨナカテレビに完二と巽屋の女将さんがうつってたな?!なんかホラー映画みたいだったけど!え、な、なんでシャドウが巽屋の女将さんといるんだ?完二は?」
「聞きたいのはこっちのセリフだよ!でもこれでハッキリしたな、完二はマヨナカテレビにいれられたんだ。母親の大事に現れない親不孝者なんかじゃない!」
「むしろ、巽屋の女将さんがテレビに入れられそうになったから助けに?」
「そうかもしれない。でも女将さんは入院してるんだよな?」
「精神だけマヨナカテレビに入ったってこと?」
「......」
「......」
「「グリムリーパー!!」」
「巽屋の女将さんがグリムリーパーを持ったペルソナか悪魔に襲われて精神を誘拐されて!」
「完二がそれに気づいて助けに行こうとしてマヨナカテレビに飛び込んだんだ!」
「ありそう!」
「そうとしか考えられないな!よし、みんなに連絡しよう」
「そうだな、明日朝イチでジュネスに集合しよう!」
「そうだな、今回は完二だけじゃない。巽屋の女将さんまで被害にあってるんだ。しかも精神が肉体から無理やり引き剥がされて連れ去られてる!いつまで持つか分からない!」
私は集合する時間を確認してから電話をきったのだった。
なにも映らなくなったマヨナカテレビを見つめる。
「......どういうことなんだ?なにが目的なんだ?生田目に私の知らない力が与えられた?グリムリーパーをけしかけてきていたのは生田目?でもグリムリーパーは今までペルソナ使いしか襲わなかったはずなのに、なんでいきなり巽屋の女将さんを......?まさか、私たちが完二に警戒するよう促したから誘拐できなくて強硬手段にでた?精神を肉体から引き剥がすなんてグリムリーパーしか考えられないのに......」
次から次と私の知らない事象や事件か多発している現実に目眩がしそうになるが、考えを放棄することも立ち止まることも私たちには許されない。
《魔人》が出現するほど今のマヨナカテレビに死の気配が漂い始めているというのなら、巽親子はなにがなんでも助けなくてはならないのだ。
私は寝ることにした、寝られる気がしないが。
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