ペルソナ4 19
マヨナカテレビの辰姫神社は永遠の夏の夕暮れの中にある。土砂降りの雨、雷鳴が鳴り止まない境内。いつもいるはずのかつての私が見当たらない。5年前のカミナギアキラの姿がない。代わりにいるのは濃厚な殺気を滾らせ、私たちに襲いかかってきた正体不明な化け物だけだ。

「神薙......」

唯一そのことを知っている月森もそれに気づいたのか声をかけてくる。

「もしかしなくてもそうだ、月森。こいつ、ここにいるはずの私の思い出の断片を食いやがった」

私の言葉に月森は目を丸くする。

「シャドウがいってただろ、こいつはシャドウを食べるって。なんで知ったんだ?見たからに決まってる。マカミ!」

私の手の中に出現した四角いカードが発光し、やがて実態化する。それと同時にペルソナが私の身体に降りてくる。

「アオーンッ!ヨンダカ、人間ッ!チカラ、カシテヤルカラ、遊べ!撫デロ!褒メロ!アオーン!」

辰姫神社に突入する前、月森から渡されていた新しいペルソナは、マカミだった。正式名称は大口真神。意味は大きな口をしている狼である。

名の示すとおり、狼(ニホンオオカミ)が神格化した存在で、厄除け、特に火難や盗難から守る力が強いとされ、古くから絵馬などに描かれてきた。

特に盗難は、田畑を荒らす害獣も含まれ、その姿が描かれた神札は畑に立てて鹿や猪除けに、戸口に貼ることで火難除けに用いられたという。

「大和風土記」においては、『昔、明日香の地に老狼ありて多く人を食う。土民畏れて大口の神という、その住めるところを名づけて大口真神原という』と記されており、現在の神獣としての側面を持つ一方で、人を喰らう獣として恐怖の対象でもあったという。

また、「万葉集」で舎人娘子が『大口の 真神の原に 降る雪は いたくな降りそ 家もあらなくに』と詠んでいるように、“大口の”の言葉が真神(狼)にかかる枕詞とされている。


常に転回を繰り返す細長い身体、狼の特徴をデフォルメしたようなスタイルと文様を備えたデザインとなっている。

体の厚みが布のように薄くペラペラしている。肉球までもが平らという徹底ぶりである。ひらひらと宙に浮いていて、体の背面は薄い灰色だが腹側は白い。 何とも言えぬ独特のデザインと動きに愛らしさを感じたマカミ愛好者が地味にいる。私だ。

マカミのステータスが私に反映される。どうやら私に渡す前にスキルを全て発現させたあとのようでふたつある弱点のうち、氷結が耐性により相殺されなくなっている。ただ光は残るので相手によって気をつけなければならないだろう。

「頼んだよ、マカミ」

「オレニマカセロー!」

月森たちも迎撃する準備が整ったようだ。

《私は魔人デイビッド......死の恐怖を奏でる者です》

古びたバイオリンを持ちながらそいつは恭しく礼をしながら名乗った。空中を浮いている骸骨の向こう側からは蛍光色の緑が煌々と明滅しているのがみえた。中世の音楽家が着ていそうな時代錯誤な真っ赤な服を着ている。満月や新月になると現れる《魔人》という名前のシャドウはいるがそいつだというのだろうか。だがあいつらはシャドウと同じでめちゃくちゃ強いが喋らないはずだ。

《私は魔人...... 万人に等しく凶事と死を撒き散らすもの》

「クマたちが知ってる《魔人》......もしかして、こいつがモデルクマ......?シャドウとは明らかに違うクマ......ここにいちゃいけないやつクマ......どっから来たクマか!」

《人の世と魔の世が隔たれて幾千星......狭間の亀裂を見つけた迄......》

その言葉に私たちは顔を見合わせる。リヒトさんの言葉を思い出したのだ。かつてこの世界に人ならざる存在が平然と跋扈していた時代があって、ペルソナ使いになることはそいつらが見えるし、そいつらに襲われることを意味していた。だからペルソナ使いになるということは戦う手段、生き残る手段を得ると同時にまともに生活できなくなる諸刃の剣だったと。

今はリヒトさんのように世界を救った人たちがいて、人の世界と人ならざる存在の世界はわかれている。マヨナカテレビはその狭間にある空間だと魔人デイビッドはいうのだ。亀裂が生まれているというのだ。ゾッとした。

「ま、まさか、人がこの世界に放り込まれてるからクマッ!?」

魔人デイビッドは高笑いして答えない。

人ならざる存在が私たちの世界にふたたび湧き出そうとしていて、マヨナカテレビはその足がかりだといっている。倒さなくてはならないと私たちは本能的に悟るのだ。こいつはシャドウでもペルソナでもない。妖怪、怪異、あるいは悪魔、そういったこの世界にはいてはいけないタイプの存在である。

のちに私たちは知ることになるのだが、これが私たちが初めて戦った《悪魔》だった。

「神薙のシャドウが逃げられたんだ、電撃は有効なはず。俺が主体で攻撃するよ」

月森が次々とみんなに指示を出していく。先に動いたのは魔人デイビッドだった。はやい、はやすぎる、どれだけのスピードの持ち主なんだこいつ!?私たちはバイオリンをかき鳴らす魔人デイビッドを前に行動することすら出来なかったのである。悪寒が遅れてやってきた。魔人デイビッドの真下の床が魔法陣を描いたのだ。

《惑乱のラプソディ》

「!?」

「なに......体が......」

「あ、あれ?」

「チエちゃんとユキちゃんが恐怖で動けなくなってるクマー!」

魔人デイビッドは不気味な笑いを浮かべている。全体攻撃の状態異常である。耐性を持っているペルソナなどこんな序盤にいるわけがない。

《ドルミナー》

「ヨースケが寝ちゃったクマー!起きろー!!」

一瞬にしてパーティの半分が無力化してしまった。第3波が来るかと警戒したがさいわい魔人デイビッドは2回攻撃のようだ。私はあわててアイテム袋をひっくり返し、貴重なアムリタソーダを使う。

千枝たちに恐怖のあまり戦線離脱されたら、《グリムリーパー》たちが出現するかもしれない中、ひとりになられる方が危ない。

「ありがと、晃!」

「助かったよ、ありがとう!」

「やっべえ、寝てた!ありがとうな!」

私は息を吐いた。月森の指示どおり、仲間達がまずはジオ系以外の弱点を探す。ダメージが芳しくないのでおそらくは耐性もちなのだろう。これはスキを狙ってリンチするよりはダウンを狙ってこちらの体制を維持した方がいいのかもしれない。

そう助言すると月森も考えは同じだったようで、うなずくなり追加指示が飛ぶ。私はアイテムとマカミのディアラマ、そして魔人デイビッドの能力値を下げるスキルを駆使して支援に徹することになったのだった。

「来てくれ、サラスバティ!」

主戦力はやはり月森だ。

「マハジオ!」

電撃でダウンした魔人デイビッドに私と小西先輩でみんなを支援し、物理耐性がないことはわかったので千枝たちがクリティカル狙いで物理攻撃を行っていく。雪はガードキルを使用し、耐性を奪ってから高火力の炎技で攻めていく。

復帰した魔人デイビッドがデバフを打ち消し、ふたたびあの奇妙な旋律を聞かせてくる。今度は小西先輩が恐怖状態になってしまった。1人でよかった、2人以上だったら貴重なアムリタソーダがますます貴重になってしまう。

どうやらデバフをかけると優先的に打ち消そうとしてくるらしいので、相手の攻撃を制限することに成功したようだ。これは上手く行けば有利に戦闘が進むだろう。さいわいマカミのおかげで今の私は魔人デイビッドの次に行動することができるのだ。アイテム袋をさぐり、私は小西先輩を正気に戻すべく鎮静剤を投げつけたのだった。


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