ペルソナ5 夢主のコープランク8-1(2週目から解禁)


その昔、地上を見張る任務を与えられた天使団エグリゴリが人間の娘に魅了されて堕天したことがある。彼らは巨人ネフィリムを始めとした悪霊を生み出して地上を荒廃・堕落させた末にアザゼル達が幽閉されて、大洪水によりノアの一族を除いて全ての生物が滅ぼされた。洪水から二世代の時が経った頃、ネフィリムや悪霊がノアの子孫を脅かしたことから、神は悪霊を捕縛する為に天使達を派遣した。 このとき、一人の天使が神に「悪霊達を自分の部下として残し、人間を堕落させ、滅ぼす任務に使用できるようにしてほしい」と懇願した。神はこれを承諾し、悪霊の十分の一をその天使に与え、残りは予定通り捕縛させた。 この懇願を行った天使こそが、マンセマット、敵意の天使とよばれている。


敵意の天使であるマンセマットは、試練によって人の神に対する信仰を見極めようとする必要悪である。天使でありながら堕天使を従えているから、そう呼ばれていた。


マンセマットは配下を駆使して人間を堕落させ滅ぼし、カラスなどを用いて不作をもたらしたり、預言者に対する数多の試練を与えたりした。特に有名なのはモーセの海渡りだろうか。預言者モーセと対立したエジプトの背景にはマンセマットの協力があった。モーセとファラオの宮廷にいる魔術師の術比べでは魔術師側に力を貸したし、モーセがヘブライ人を連れて国外に脱出した時は、モーセを追撃するようエジプト人達を唆した。
さらにエジプトにすら敵意をむき出しにして、信仰に沿わない家の子供や建物を全て破壊するようなことすらしてのけた。

彼を敵対者としてのサタンの原型とみなす人もいる。サタンもマンセマットも神に許されているか否かに違いはあるが、神の信仰に貢献している意味では同じなのだ。


今、大天使たちは混迷のただなかにいる。創造主の預言が聞こえないのだ。創造主が明確な意志を示さないことは、大天使に救済の解釈を強いた。人間を徹底的に管理するのか、人間の統治を見守り不干渉を貫くのか。どちらが神の意志なのか対立は深まり、四大天使とマンセマットの勢力は決裂した。四大天使は無垢なる人間と小さな箱庭を用意する道を選び、世界を滅ぼすために手を回す。マンセマットは方法こそ違うが神への信仰を試すため、様々な工作に出ていた。


魔界と人間界がはじめて接触したシュバルツバースにて、マンセマットは人間の手駒を手に入れることに成功する。敬虔な信徒のロシア人の女だった。クルーの変装をして彼女に接触し、以後苦境に立たされるとどこからともなく現れ手助けをした。潔癖症で劣悪な環境や悪魔の苛烈な攻撃に精神的に不安定になっていった彼女が信頼してくれるのははやかった。主である“神”の命を受けてシュバルツバースに降臨したと称し、数多の天使を配下に従え『良き霊』という言葉を使うなど、天使然とした振る舞いをした。らしくないと部下に笑われたのも今は昔だ。言葉の端々に人間を馬鹿にしたような物言いが漂い、隠しきれていないと警戒する人間がいたが、彼女は盲目的にマンセマットを信じた。このときのマンセマットの目的は現在の人間を支配する“天使の歌唱”の獲得と、それによって人類から神の意を伝える者のみを選別し、一つの霊に統合することだった。現在の人間は古代から「変容」しているため、普通の天使の歌唱が無効化されてしまう。そこで、マンセマットは現代の人間を天使に変えて歌唱機とし、バニシング・ポイントを通じて地上を歌唱の力で満たして、他者と争い合うことのない、ただ『神』のみを崇める世界に変えようとした。 マンセマットがいう“新たな高み”とは、実際は地球を神のために作り変え、それを手柄に天使からさらに上の存在になることが目的だった。天使はみな火から生まれたため、土から生まれた人間を見下しているのだ。ただの道具としかみていない。このときは残念ながら一部の人間の活躍により探索部隊の天使を崇める盲目な魂にしてひとつに統合化する作戦は失敗したが、彼女は手に入った。天使の詠唱、いわば人間を強制的に無垢なる人間にかえる広範囲の呪詛を撒き散らす蓄音機はマンセマットのものになった。



次にマンセマットが蓄音機の彼女と一部の探索部隊から引き込めた信徒たちが根を下ろしたのが吉祥寺だった。もともと四大天使が世界を滅ぼす前に無垢なる魂を選別して繭にいれる作戦の拠点となる新興宗教の本部があった。しかも信徒が信者だった。無垢なる魂を横取りするために紛れ込むのは簡単だったのである。


悪魔討伐隊の噂を耳にした信徒に意図的に情報をリークさせたり、戦局を撹乱させたり、四大天使に対する妨害工作を繰り返した。もちろん四大天使は気づいていたが、マンセマットがそういうものだと知っている。異なる立場で神の信仰を実践しているに過ぎない。だから見逃された。悪魔討伐隊に協力したり、悪魔と人間への不可侵を保つという契約を取り付ける仲介者になったり、悪魔討伐隊が東京における地位拡大の悪魔側の後ろ盾を務めるまでいたるとは思わなかったようだ。彼の目的は四大天使たちと同じく“主の意思を実践すること”である。 ただし四大天使が人間を管理すべきという方針を取ったのに対し、マンセマットは人を見守る立場を取ることこそ神の言う天使の役目であると主張した。対立していた。さらに“秩序”は人自身によって保たれるべきというスタンスだった。でも、今の人間世界を滅ぼし、無垢なる人間だけ生き残らせてから、がつく。四大天使もマンセマットも人間を滅ぼすまでは共通認識だった。





人間を神の望む姿に作り替え、その人間のみが永遠に神を信仰する国を作ろうとした計画のため地上に降りていたマンセマットは、無垢な子供を選別し、誘拐した。動きやすくするために宗教法人の形で東京に根を下ろし、表向きは新興宗教の活動に尽力。裏では人々の意識を根本からねじ曲げる賛美歌の蓄音機をならし、その賛美歌に反応する人間だけを狙った。賛美歌を聞き取ることができるのは、無垢なる魂になる可能性がある人間だけだ。反応を示した子供を中心に誘拐し、あ秘密裏に建造した繭に幽閉した。巨大な蜂の巣である。六角形の部屋で子供達は問答無用で遺伝子操作を施され、来るべき環境に備えて改造、強化、が行われた。自我を持たない人間ができあがる。神を信仰するためだけに生まれた人間ができあがる。動力源は天使だ。人間でありながら、天使と同じ構成の人間の誕生である。


神を盲信する人間にするため、自我を奪う徹底したギミックはどこまでも無慈悲だ。さすがは火から生まれた天使、愛すべき同僚。土から生まれた人間が神に愛されたことがよほど気にくわなかったらしい。神は人間を自らを模して作ったから愛すべきなのに。その人間から自我を奪ったらそれは神が自らを模したという事実を貶めていることにも気づかないとは。自我が芽生える、もしくは大天使がいない状況下になると、自動的に神に愛される前の土人形に貶め、強制的に神に盲目にさせるギミックは神を冒涜するにもほどがある。人間を道具としか考えていない口でそううそぶいた。


いずれ天使に造られた子供達は、文明を放棄し、原始的な生活をする選ばれた始まりの民として繭から出され、生活をはじめる。赤子のように無知で、無垢で、真っ白な人間の世界ができる。神の御心に沿うような人間として生まれ変わるのだ。


残念ながらこの計画も失敗に終わったが。


四大天使と背反する思想から神の意志を示そうとするマンセマットが四大天使の協力をしていながら、悪魔討伐隊の支援の中心だと判明した時点で瓦解ははやかった。マンセマットは大天使でありながら堕天使や魔神の軍勢を率いることを神に許されている。人間を誘惑し、迷わせる、試練を与えることで神への信仰を示そうとする特異な天使だ。天使勢力にいるにもかかわらず、ルシファーに宿命づけられた定義と同じ存在である。計画は失敗に終わった方が神の信仰に貢献したことになる。三年前、気にいっていた青年は行方不明になってしまった。退屈していたところである。


久しぶりに面白いものがみれたとマンセマットは笑う。


「そう、気を落とすなよ、アキラ」


青年はうなだれていた。四大天使が放棄した繭の中である少女の遺体が悪魔を降ろす特異な体質が変質しマグネタイトを溜め込み、蟲毒となった繭の中でコープスを取り込みなにかが生まれようとしている。その討伐に失敗したらしい。傍に誰もいなければすぐに参上して唆かすことができたが、仲間がいる時点で難しい。


「ありがとう、暁。僕から誘っておきながら励まされてばかりだね。そうだ、君のいうとおりだよ。こんなところで落ち込んでいるわけにはいかない。今度こそ、お姉ちゃんをこの手で」


青年は拳をつくる。


「棺桶が空の葬式はもうごめんだ」


仲間の手の中で冷たくなっていく青年の手のひら。廃墟の協会はいつも静寂があたりを包んでいる。マンセマットはいつまでも手を離さない仲間を眺めている。


「暁、その、手を離してくれないか?」

「一人にしないでくれって言っただろ」

「いってない」

「いった」

「そうやって君はいつも勝手に僕のきもちに入ってくるなあ。ぼくは今君の相手をする気分じゃないよ」

「俺はアキラの願いを叶えてやろうと思っただけだ」

「僕はそんなこと望んでない」

「そのまま逝かせてやれって?やだね、そんな寝覚めが悪そうな話。一人にしないでくれ。寂しい。そう思ってるのはアキラだろ」

「うるさいな」


どれだけの強烈な郷愁を呼ぶか、手を取るようにわかる。わざわざ音を発さなくとも意志疎通は可能だが、取り入るのに必須なものなど知り尽くしているマンセマットすら、感嘆したくなる。目尻が潤む青年をみるたびに、歪な感情が浮かぶ仲間うちが垣間見れて笑いが止まらない。仲間は今ここでおぞましい本性をさらせば、今のアキラは抵抗しようがなくなるが、それは意味がないと我慢しているようだ。困惑と信頼がない交ぜになった複雑な感情は、マンセマットを満足させた。


「そういえば、どこかで...?」


マンセマットはしばらく思考の海に沈む。そして思い出す。いつもの敵意の天使の姿ではなく、大天使の姿となり、人間に変異する。


「たしか、この姿のときに...?」


人間の皮をかぶったその天使は、おぞましいほどに美しい男だった。魅入られるほど妖艶で玲瓏な青年だ。同時に恐ろしい。いつもするりと心の中に入り込んでくる上に、人付きのする穏やかな笑みをたたえていながら、見下している。その瞳の奥に欲望を解放することを是とする矛盾した信条が浮かび、抵抗することを待ち望む恐ろしさが付与される。似ていながら全く違う。普通の天使との違いからくる擬態の異質さ。



「ああ、賛美歌が聞こえなかったガキか?」


マンセマットの口元がつり上がる。もしこの姿で現れたらどうなるだろうか。青年の感情を激しく揺さぶるだろうか。マンセマットの脳裏に濁流のような高ぶりがちらつく。ようやく線が繋がった。


「あのときの見習いか」


濁流のような高ぶりは怒りでもない、悲しみでもない、ただ驚くほど凪いでいた。そのゆらぎをみるたびに、マンセマットは楽しかった。

これはお膳立てしなくては。繭は今どこだ。そしてあの信徒は。ふふ、とマンセマットは笑う。


「私はどうあがいても絶望的なこの状況の中でも、最後まであがき続ける人間が美しいと思っているから協力してさしあげるのです、人間よ。どうか最後まで私を楽しませてくださいね。くれぐれも私を興ざめさせないように」





prev next

bkm
[MAIN]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -