ペルソナ5 夢主のコープランク4
月が竹林を照らしている。

凄まじい風が荒れ狂う。ケイたちの強奪の邪魔をするアキラと来栖を排除しにかかる数多のモーショボーたち。もろとも爆発しようと群がってくる少女たちめがけて、乾いた銃声が響きわたり、アキラの召喚した悪魔の放つ業火が少女の悲鳴ごと焼き払う。来栖の放った呪詛はすべてを蝕み、粉々に四散させる。コカクチョウがモーショボーを倒しても倒しても蘇生させるところを真っ先に目撃した二人の意志疎通は早かった。コカクチョウを狙った方が得策だ。アキラは端末を操作し、新たな悪魔を召喚する体勢に入る。属性相性がわからない来栖はそのロスタイムをカバーしに、ナイフを抜いた。ケイの母親も来栖と共に凄まじい火炎を広範囲にわたって発動させる。一瞬にしてなぎ払われたモーショボーたちによって、コカクチョウを守っていた布陣が一時的にがら空きとなった。


「こい、アエーシュマ!」

黄緑色の目が痛くなるような蛍光塗料があたりに四散する。あふれるそれが魔法陣を形成し、向こう側から召喚された女は妖艶に笑った。

「わたくしは魔王アエーシュマ、憤怒と激怒を張りて、血の荒波を渡る者!さあ、残忍なる舵取りを任せしサマナー、アキラ。今回はなに用かしら?」

「コカクチョウを凍らせてやれ」

「あらぁ、こわいこわい。でも了解よ、アキラ。あの悪魔はいけ好かないにおいをしているわ。情緒ってもんがないやつはわたくし嫌いなの」


アキラの召喚した悪魔が親玉を叩くために魔法陣から飛来するや否や、身体に這わせている不気味な造形の木々が地面に突き刺さる。壷を抱え、くるりと浮遊したまま翻るスカート。来る攻撃を避けるべく、幼児の泣き声によく似た甲高い音が響きわたり、強烈な風の渦を産み落として敵は空高く舞い上がる。その直後、コカクチョウの足下から氷の木々が這いだし、一気にコカクチョウの全身を貫いた。発光した黄緑が粒子となって四散する。


「そこか!頂いていく!」


属性相性を把握した来栖はアルセーヌを呼ぶ。高らかな笑い声と共に飛来した真っ赤な怪盗は、身動きがとれないコカクチョウめがけて、凍てついた暴風をたたきつける。かんしゃくを起こした赤子のような声が木霊した。蛍光塗料に似たえげつない発光を繰り返す液体の雨が降る。降り注ぐそれが頬に落ち、つうとケイから伝い落ちる。


「あ」


やったぜ!とうれしそうに飛び跳ねるモルガナの傍らで、呆然としているしかなかったケイは、ふと手のひらをみた。ぽたた、と落ちてくる液体は赤色ではなく緑色である。そして発光している。


「あ、あ、」

「だ、大丈夫か、ケイ?落ち着け、それはマグネタイトだ」


それが悪魔を形作っているマグネタイトであるとアキラ経由の知識をモルガナは披露した。やがて気化したそれはすぐに消えてしまい、痕すら残らず粒子はあたりに消えていった。マグネタイトは貯蔵することがきわめて困難なエネルギー体だ。だからこそ、物質世界である現実に生きる悪魔はその調達に誰しもが苦慮するのである。そんな話が右から左に抜けていく。ケイはじっと掌を見つめている。ずるずると地面に座り込んでしまったケイは、なにかにおびえるように縮こまる。寒いわけでもないのに身体のふるえがとまらない。顔面蒼白になったケイは、あふれてくる涙をこらえることができない。


「どーしたんだ、ケイ?どっか痛いのか?」


モルガナは心配そうにのぞき込む。ふるふる首を振ったケイは、言葉が出てこないのか、呼吸するのがやっとなのか、紫色の唇をふるわせた。悪魔使いの来栖がつれているから、普通の猫ではないとはじめから思っていたらしいケイである。二足歩行の黒猫がモルガナだ、と認識した瞬間からケイにも声が聞こえるようになったらしい。魔界と現実世界のゆがみの中心だったコカクチョウを倒したからだろうか、モルガナは元の黒猫にもどっている。竹林を揺らす風の音だけが静かに流れている。武装をとき、銃を装填、端末を操作する音が聞こえる。モルガナとケイを案じてかけてくる足音がする。ケイの尋常ではない反応に、ふたたび羽毛をぬいだコカクチョウは、悲しげに目を伏せた。


「ケイさん、大丈夫かい?たてる?」

「ごめ、な、さ、力が」

「どうしたんだ、モルガナ?」

「マグネタイトみたらこうなっちまったんだ。なあ、どうしたんだ、ケイ?」

「やっぱり私が悪魔なのはいやだったのよね?ごめんなさいね、今まで隠していて」


ケイはぶんぶん首を振る。ちがう、それだけはちがう、そういいながら首を振る。来栖たちは顔を見合わせた。てっきり母親が人間ではなくコカクチョウであることにショックを受けたのだと思っていた。ケイは父親が悪魔使いだと知っている。だから神話などの本を読むのが好きだし、父親のことを尊敬しているから仕事の内容を聞くのが好きだという。きっとケイのことだ。コカクチョウだとばれた瞬間に、いつか自分もコカクチョウになる運命にあり、それに抵抗するか受け入れるか選択するときが来ると理解すると母親は覚悟していた。ちがう、とはっきりいわれたことで母親の表情はほっとしたい気分だが、ケイが明らかにおかしいため心配なことがわかる。

アキラは泣いている幼い女の子を相手するように、ひざを折り、うずくまっているケイの目線にあわせる。嗚咽が混ざり始めたケイをのぞき込み、辛抱強く対応するアキラ。やがてちいさくうなずいたケイは、すっかり力が入らないようでアキラに背負われると母親の案内で母屋に向かったのだった。


応接室に通された来栖たちに、ケイが母親に付き添われてやってきたのは、30分後のことだった。


「津木さん、来栖さん、ありがとうございました」

「一度ならず二度も助けていただいて、ほんとうにありがとうございます」


女性二人は深々と頭を下げる。ケイは泣きはらした顔をしている。それでも出てきたのはお礼を言いたかったから、そして伝えなくては行けない、という気持ちが羞恥心を上回ったからなのだろう。向かいに座ったケイは、たったひとこと、思い出した、とだけ告げた。


「津木さん」

「なにかな?」

「悪魔討伐隊には、×××という人、いませんか」

「×××・・・・・・ああ、ニッカリさん?うん、いるよ」


ニッカリは通称で本名は違う。でもみんなアキラが悪のりで呼び始めたあだ名を呼び始めたものだから、諸悪の根元は本名をすぐに思い出せなかったのだった。ケイはうれしそうに笑った。


「私、ニッカリさんに助けていただいたんです。また、機会があれば逢わせていただけませんか。お礼がいいたいんです」

「うん、いいよ。たぶん、ニッカリさんも喜ぶと思う」


民間人が逢うにはちょっと面倒な手続きがいるんだけどね、と前置きして、アキラは話し始めた。悪魔を討伐する組織は、秘密裏に政府機関でも民間機関でも存在している。アキラが所属する悪魔討伐隊は、防衛大臣であるタマガミが創立、主導権を握る政府機関である。従来の政府機関は都内のオカルト事件の解決に奔走する点は、民間と変わらないが解決の方法には政府の要請が優先される。それぞれの管轄する省庁の立場で捜査に参加し解決にあたるため小回りが利かない。海外の進めている霊的な兵器の調査や悪魔がらみの国際的な陰謀を政治に持って行ってしまう。続発する政治家に対する悪魔の憑依に、内々で強権を発動できるところは紛れもなく強みだったが、様々なしがらみはいつだっ手現場にいる人間にとっての憂いだった。それ故に悪魔討伐隊のように表向き民間機関に偽装した小回りが利く部隊は、始まりはタマガミの私的な投資から始まった。タマガミが防衛省の大臣になったことで所属は防衛省の特殊2課となった。タマガミが某国と取り引きして入手したシュバルツバースの情報をもとに、霊的な存在を実践支援に用いる研究を行う施設から派生し、実践する人間がやがて部隊となった。霊的な国土防衛のため、能力に特化した者を先導役とし、少数部隊の実行部隊を有するまでに規模が拡大した時期もある。それがアキラの知る悪魔討伐隊だった。主に異世界化した地域の解放作戦を担当し、日本に関わる霊的な侵略に対応するため様々な実験が行われ。実践に耐えうるとされたものが投入された。それが3年前までの話。今は日本の防衛に関わらない些細な事件、と政府機関が切り捨てる事件を中心に処理することが多い。


アキラの上司であるツギハギをはじめとした、最初期の悪魔討伐隊は、警視庁や自衛隊のエリート、シュバルツバースの調査隊に属していた者などで構成された一種のSWATで、武装に関しては様々な権限を有していた。東京地下に存在する無限発電所ヤマトの警備という大義名分があるため、特例的に銃を保持することが許されている。そこにシュバルツバースにしかいなかったはずの悪魔が出現するようになり、水面かでその存在がささやかれはじめ、スマホのアプリで爆発的に認知度が高まった。松田によって悪魔召喚プログラムを偽装したアプリ、通称DDSがばらまかれ、使いこなす若者が出始めた。DDSは個人が持つマグネタイト量を参考にアプリが起動できるか、できないかで適正を見極めていた。それを起動できた若者たちこそがアキラが尊敬してやまなかった先輩であり、失踪する直前までつきあっていた姉の彼氏であり、最後まで仲良くすることができなかった喧嘩友達だった。


きっとケイを助けてくれた滝水と共にいた男性は、最初期の隊員だった。そして×××という名前、そして使っていた悪魔なら間違いないだろう。


小さな女の子がないている。たくさんの人間が倒れている中、生存者がいると叫ぶ声がする。むせかえるような血の香りをまとい、誰の血かわからない赤をかぶり、ケイは泣くことしかできなかった。その感情の発露から発生するマグネタイトによってくる悪魔をなぎはらい、駆け寄ってきてくれたのはだれだったのか。ケイの記憶の向こうで、アキラの持つ悪魔召喚プログラムがダウンロードされた端末は見つけることができなかった。お父さんとお母さんがと繰り返し泣いているケイに、驚きの余り目を見開いた男性はよかった、とだけつぶやいた。こんな小さな子供までさらおうとしたのか、悪魔め。その言葉は怒りに満ちていた。





ケイの脳裏によみがえる幼少期の忌まわしい記憶。コカクチョウたち、来栖たち、彼らの激戦による濃厚な血の香りにケイは思い出してしまう。余りにも久し振りな感覚だ。思わず飛び込んだ廊下からは、怒号と悲鳴が飛び交っている。まさに阿鼻叫喚、いてもたってもいられなかった。ケイは知っている。どんどん強くなる血の香り。そこに混じる異形のにおい。人間だってその違和感にさえ気づければ、わかるのだ。それは日本であるまじき殺し合いだった。


「私のお父さんとお母さんは、私が小さい頃から吉祥寺近くにある教会に通っていたんです。私も一緒でした。お菓子を買ってもらえるから、いくのが楽しみだったんです。あの日は日曜日で、みんなでお話を聞きにいった帰りでした。みんなで歌を歌ったんです。いつも教会で歌うんですけど、そのときは教会にまだ人がいるのか誰かが歌っているのが聞こえてきました。私、歌うの好きだから、ちょっと難しい歌だったけど、とってもきれいな歌だったから歌ったんです。そしたら、お母さんたちが喜んでくれて。いつも上手だってほめてくれるんですけど、そのときはものすごく喜んでくれて。誕生日でもクリスマスでもないのにケーキを買ってくれたんです。そして、明日、学校だけどお休みして教会に行こうって。私の歌、すぐにでも神父様に聞かせてあげないと行けないって。マラソン大会が近かったから、体育でるのいやだったんで、私、うんっていったんです。そしたら、いい子だな、ケイは、それでこそ、うん、その先はわからないです」

「無理に話さなくてもいいよ、ケイさん」

「ううん、だめです。津木さん、私の事件のこと、追いかけてくれてるんですよね?お父さんとお母さん、殺した人捕まえるために。なら、私も思い出したこと、話さなきゃ」

「そういうことなら・・・・・・うん、続けて」

「たくさんの悪魔が私たちを取り囲んで、私を連れていこうとしたんです。あと1人足りないから、つれていけって」

「あと1人?」

「はい、3人まであと1人って。お前は別格だからって。そのとき、おとうさんとおかあさんは・・・・そしたら、教会の人が来てくれたんです」

「教会の?」

「はい、たぶん。教会でいつも警備なのかな、白い服を着て、教会の外や中を二人で歩いてる人たちだったんです。でも、」

アキラの目がすっと細くなった。

「ケイさん、聞きたいんだけど、いいかな」

「は、はい」

「白い服の二人は、ケイさんを助けてくれた。保護してくれるはずだったけど、悪魔に負けた」

「・・・・・・はい」

「悪魔みたいに、マグネタイトまき散らして消えた」

「どうしてそれを?」

「企業秘密、かな」


信じてくれないかもしれない、を言い当てられ、ほっとしたのかケイの言葉はふたたびそれを補強するような形で進んでいく。最後にアキラはスクラップブックを広げ、事件の質問者リストから見覚えがある人間がいないか確認を求めた。


「あれ?あれ?どうして、でも、あれ?」


協会関係者の写真を見たケイは固まる。


「この二人なんだね?」

「はい」


来栖はケイの反応と写真を見比べ、まさかとアキラをみる。


「現場にはケイさんの両親の遺体しかなかったんだ。なら、そこにいた人間はみんな悪魔だった、そういうことだと思うよ。悪魔は死んでも魂さえ砕けなければ蘇生させることが可能だ」

「そんな」

「ケイさん、事件はまだ終わっちゃいない。わかっただろ、その教会には近づいちゃだめだ。いいね?」

「は、はい」

うなずいたケイにアキラは満足そうに笑った。協力してくれたおかげでだいぶ事件の全体像が見えてきた、と感謝したものの、すべてが終わるまで話すわけにはいかないから、とアキラは断る。ケイは残念そうだが、うなずいた。来栖は促されて立ち上がる。そしてケイたちに門の前まで見送られ、車に乗り込んだ。車はゆっくりと走り出す。


「アキラ」

「どうしたんだい、来栖君。なにか気になることでもあった?」

「さっきのスクラップ、ケイのお母さんにも同じ人を見せてたよな。もしかして、知ってたんじゃないか?はじめから」

「教会の人間が悪魔だって?」

「ああ」

「だとしたら?」

「なんでわざわざ確認するんだ?藤原って人からの情報は正しかったんだろ?」

「子供の頃の記憶なんてあてにならないからね」

「ケイのことか?ならなんで」

「違うよ、僕のこと」

「え?」

「12歳の僕のこと。ケイさんにも、滝水夫妻にも確認がとれたから、僕はいよいよ現実を受け入れなくちゃいけないってわけだ。覚悟はしてたけど正直きつい」

「待ってくれ、アキラ。話が見えない」

「グーグルで検索すればすぐにわかるよ、調べてみたら?シュバルツバース調査隊、3号艦エルブス号、観測班」


ああ、それは。入力するまでもなく、かつてモルガナにシュバルツバースについての検索結果をみせたから履歴にすぐでてきてしまう。アキラの両親の記事が飛び込んできた。


「ごめん、来栖君。正直、僕自身頭が混乱してるんだ。しばらくアルバイトは休みにしよう」


prev next

bkm
[MAIN]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -