ペルソナ5 夢主のコープ ランク3
アキラから連絡があったのは、1週間後のことだった。

滝水の家は調布市の奥、深大寺近くの閑静な住宅地からはずれた竹林の奥にあった。竹林の手前で車を止めたアキラより先に降りた来栖は、その先に続く小道を見つける。

「はえー、ぜんぶ私有地かよ。滝水の実家、金持ちだな」

モルガナは大きく伸びをしながらつぶやいた。

「あ、来栖さん」

「お、噂をすればさっそく来たぜ」

「こんばんは」

「こんばんは。今、帰り?」

「ええ、部活の帰りなの」

ケイはどこか恥ずかしそうにしている。あのときは補導されないようにがっつりメイクをしていたから、ずいぶんと大人びて見えたが今はどこからどう見ても普通の高校生だ。ここでようやくアキラはケイがコーセイの学生だと気づく。このジャージは祐介がルブランに泊まったとき、パジャマ代わりにきていたはずだ。こんなことなら制服でかえればよかった、とケイは後悔しているらしい。制服とジャージの合わせ技はクラスメイトがよくしてたなあ、とアキラは思う。なつかしい。

「お待たせ」

「あ、津木さんも。どうしたんです?お母さんに用事ですか?」

「うん、そんなところ」

「じゃあ、案内しますね」

「お願いできるかな?一応、アポはとってあるんだけどね」

「わかりました。ちょっと待ってくださいね」

竹林を囲う生け垣の先にケイは手を伸ばす。そして機械に向かって話をはじめた。どうやらセキュリティはそれなりに機能しているらしい。

アキラから聞いた話では、滝水の実家はそれなりに昔から悪魔を使役してきた家系のようだ。悪魔に対する知識も対応も知っている。跡継ぎが悪魔を嫁にしても受け入れてしまうくらいには寛容らしい。金持ちの考えることはよくわからないとはアキラの談である。

精神世界の恐るべき隣人は、一定の距離を保たなければ、デビルサマナーはいい意味でもわるい意味でも影響をうけてしまう。関係が破綻するのは目に見えているのに、絡みついた糸をたぐり寄せて、深い関係になってしまう者たちが一定数はいるらしい。人間が死ぬのが先か、いつかくる別れに悪魔が耐えきれずに手を出してしまうのか、チキンレースははじまっている。アキラが知るだけでも人間ではなくなる呪詛をかけられてしまった者、物理的に一緒になってしまった者、懇願されてなくなく手を下した者、あまたの終わりがある。先人が悲劇に見舞われていることはわかっているのに止められないのが恋なのだとしたら怖いなあ、とアキラは他人事のようにつぶやいていた。たしかに12のころから、そんな苛烈な恋愛模様を目の当たりにしてきたら、普通というものが遠くなってしまっても無理ないかもしれない。だから、コカクチョウと滝水の関係について、あんなに淡々としてたのか、と来栖は思った。いちいち気にしていたら精神が持たないのだろう。だから未だに恋人できたことねーんだな、と笑ったモルガナをアキラは否定しなかったが、肯定もしない。ただ苦笑いを浮かべただけだった。でもその手は信号待ちの間鞄の中に手を突っ込み、モルガナが呼吸困難で死を覚悟するまでくすぐり倒したから思うところはあったようだ。


ケイは、なにも知らないままでいてほしい。コカクチョウと滝水のいつか迎える終わりを目の当たりにしないままの人生を歩んでほしい、とコカクチョウは望んでいるように思う。音を立てて門が開いていくのを確認して、ケイが振り返る。

「いきましょう、来栖さん、津木さん。迷子にならないように、しっかりついてきてくださいね」

ケイがいう通り、竹林はまるで山道のような小道以外先を許してくれるところはなさそうだった。

「おーい、ケイちゃん」

ずいぶんと歩いたところである。ようやく母屋があるという小道の岐路にたったとき、竹林の中から声がした。来栖は反射的にケイを守るように側に寄せると、あたりを見渡す。突然抱き寄せられたケイは顔を赤くしたまま硬直した。鞄の中から顔を出したモルガナはあっちだと身を乗り出し、腐葉土の大地に降り立つ。すでに忍ばせていた端末を構えているアキラの視線の先には、見慣れない民族衣装の少女がいた。いや、少女たちがいた。

「ケイちゃんってどれ?」

「どれだろ?」

「おーい、ニンゲン。死にそうな顔してるのがケイちゃん?」

一見すると、寒い地方にありそうな真っ赤な民族衣装を身にまとった、普通の黒髪長髪の少女たちだ。空を飛んでいること以外は。目を凝らせば、それは赤毛ではなく、鳥のはねだとわかる。髪と鳥の翼の境界が曖昧になり、民族衣装との境界がわからなくなる不思議な造形をしたイケイの少女たち。間違いなく、ケイの母親がいっていたコカクチョウたちの嫌がらせで派遣されている悪魔だろう。

「近づいたらだめだ、来栖君、モルガナ。こいつらは怪鳥モーショボー。モンゴルに伝わる悪しき鳥。幼くして死んだ少女が変異して生まれた悪魔だ。顔を鳥に変えて頭蓋骨を割って延髄を啜るえげつない悪魔だよ」

えげつない警告に来栖たちの顔がひきつる。ケイは通り越して真っ青だ。アキラの失礼すぎる解説に、不満げに顔をゆがめた彼女たちは口々にひどーいと口をとがらせる。

「レディに向かってなんてこというの、ニンゲン」

「そーそー、口の聞き方がなってないぞー」

色白のかわいらしい少女たちは、艶やかな黒い髪の先端を羽のように左右に広げ、飛び交っている。一生懸命羽をばたつかせながら、3体、4体、と姿を現し始めた彼女たちの目は煌々と輝いている。

「アタシたちだって好みがあるんだから」

「いくらニンゲンがおいしそうなマグネタイトたれ流してても、こうも生意気だと食べる気なくなるー」

ねー、と両手をあわせ、まるで鏡写しのように少女たちは来栖たちをみる。無邪気な笑顔が今はただただ恐ろしい。きゃはは、という笑い声が乾いた破裂音で絹を裂く悲鳴に変わる。

「食べなくて結構だ、さっさと消えろ」

ばっさりと切り捨てたアキラは端末から悪魔を召喚する。そして、火炎攻撃を命じた。幾度も退治してきた悪魔なのだろう。銃撃と火炎が弱点だと看破したアキラは容赦なく防衛省から支給されている銃を打つ。

「おそーい」

「っ!?」

「アキラ!」

後ろから抱きついてきた少女がアキラの首に指を這わせる。その冷たさとこれからなにをしようとしているのかわかっているアキラの抵抗は迅速だった。んー!とだだをこねる子供のように離れようとしない彼女をアキラの使役する悪魔が火をとばす。髪が燃え、悲鳴を上げた彼女は一瞬ひるんで手を離す。アキラは身を翻して銃口を向けた。発砲するがモーショボーは身体が吹っ飛んでも抱きつこうとしてくる。黄緑色に発光する蛍光塗料が四散した。

「バフォメット、マハムドだ!」

「だからおそいってば!いっしょにいこうよ、ニンゲン」

次の瞬間、モーショボーの身体が粉々に四散する。

「アキラ!」

巻きおこる爆発に巻き込まれたアキラと使役する悪魔の姿が見えなくなる。助けにいこうとするが他のモーショボーたちが容赦なく暴風をたたきつけてくる。耐性があるモルガナがあわてて来栖を支援するが、今度はかばっているケイめがけてモーショボーが飛んでくる。

「いやあっ!」

たまらず悲鳴を上げたケイをかばう来栖を背に、モルガナがその突撃をはじき返した。


「ワガハイたちもいくぞ、暁!」

「ああ」

「ケイのこと頼んだぜ」

「いわれなくても。こい、アルセーヌ!」

黒い羽があたりに四散する。赤を基調としたカラーデザインとシルクハットのように伸びた頭部、そして黒い翼が強烈にケイにやきついた。黒と白の仮面をつけた異形は、長い爪、ハイヒールのように長い足を蹴り上げ、来栖の背後に降り立つ。

『己が信じた正義のために、あまねく冒涜を顧みぬ者よ』

凛と響く男の声は、紛れもなく来栖の声である。ケイは始めてみるペルソナの力に愕然としている。デビルサマナーではない、とわかったのだろう。アキラのように召喚機を使う気配がないのだ、突然現れた異形の秘めた強い意志は紛れもなく来栖由来のもの。瞬きすら忘れて見入っている。

『我の名を呼んだな、来栖暁。今一度我の力が必要か。ならば存分にふるえ、その怒りを』

初めて対面したときから、もうひとりの自分は己の原動力が怒りだと称した。ならこのわき上がる激情をぶつけるのが来栖のとるべき行動なのである。迷いはなかった。


「マハエイガオン!」


モーショボーの身体が呪詛にむしばまれ、闇にのまれて消えていく。少女たちの悲鳴が木霊した。


「アキラ!」

「津木さん!」

「おいおい、大丈夫かよ、アキラ!」


ようやくあたりを覆い尽くしていた砂埃が消え、視界が明瞭になる。そこに倒れている姿を見つけた来栖たちは駆け寄った。けほ、と口の中に入ってしまった土を吐き出し、乱暴にぬぐったアキラは大丈夫だよといいながら軽く手を振った。その手を取り、引き上げてくれた来栖に笑いかける。

「心配してくれてありがとう。あ、モルガナ、魔法はいいよ。無駄に場数はふんでないよ、身体だけは丈夫なんだ」

「にしては下手こいたけどな!」

「僕としたことがうかつだった。だいぶん、事態は悪い方に向かってるみたいだね。まさかケイさんがいるのにバイナルストライクかましてくるとは思わなかった」

身体の土を払いながら、アキラはケイをみる。

「急いだ方がいいかもしれない。ケイさん、たてる?」

「あ、はい、大丈夫です。でも、津木さんは」

「僕なら大丈夫だよ、いつものことだ。ほっとけば直るさ。そんなことより、先にいそごう。時間を稼がれてしまった」



コカクチョウの繁殖のために、数少ない仲間になる可能性があるケイを連れ帰ってほしいという願いとあきらかに矛盾した状況である。いやな予感しかしない。不安な顔をしたままケイは道を案内する。来栖たちは先を急いだ。



「ここに来たということは、もはや人間の姿に未練はないわけね?つまらない遊びもやっと飽きたみたいだし。さあ、アタシたちのところに戻ってきなさい。一緒に人を狩る者となりましょう」

「残念だけど、そうはいかないわ。たとえ同族であろうとも、あの人とケイにけがをさせた時点で貴女たちは私の敵よ。話が違うわ」

「いつの話をしてるのよ、もう7年も8年も前じゃない。今のアタシたちは、そんなどうでもいいこと、とっくの昔に興味なくなってんの。わかる?なんでそこまで人間にこだわるの?わからないわね。悪魔は悪魔、いくらアタシたちが人間に化けられるからって、人間になれるわけじゃないのよ?人間とずっと一緒になんか生きられやしないわ。さあ、バカなこといってないで、そこの人間共を食い殺して悪魔の姿に戻るのよ、ほら」

「嫌だといってるでしょう。私はあの人と、ケイと、一緒に生きると決めたのよ」

「そう、残念だわ。すっかり人間に毒されちゃって。だからアタシは反対したのよ、最後まで。仕方ないわね。いやだってんなら、無理矢理連れて行くまでよ」

「そうはさせないわ」

彼女がコカクチョウに戻ったとき、お母さん、という声が響いた。

「あ」

ケイは言葉が続かない。

「ケイ、こっちに来ちゃだめよ。津木さん、来栖さん、力を貸してもらえる?」


「もちろん」

「ああ」

「ケイ、こっから先はいっちゃだめだぜ、あぶねーよ」

「あ、あ、」

彼女は悲しげにほほえむ。

「ごめんね、ケイ。こんな化け物で。できることなら、私が貴女のお母さんになりたかったわ」

先ほど爆発四散したモーショボーを蘇生する魔法を唱えるコカクチョウを前に、アキラと来栖は戦闘体制に入る。上り始めた月が竹林を明るく照らし始めていた。


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