ペルソナ4 最終話

この世界にあるアイテムの中には、月森たちもいまだに用途を把握していないものがいくつもある。白く濁っていてカルキ臭のする四角い氷と違い、この世界で入手することができる氷もそのひとつだった。宝箱からでてきた、ごろごろと入っている氷の袋はずいぶんとシュールな光景である。なんだよ、と花村たちが落胆するのも無理はない話である。どこまでも澄んでいる綺麗な氷とはいえ、氷は氷だ。だいだらの店主の反応はかんばしくないし、寒がりだから近づけるなと怒られてしまったから、防具や武器の素材でないことはたしか。しかし、換金アイテムというわけでもない。いまのところ、月森が受けることができるクエストの要求品というわけでもない。かなりの頻度で出現する氷の用途が分からないまま、気付けば結構たまっていた。かさばるし結構重いそれは、アイテムの持ち運び要員であるクマからも、ちべたあい、とあんまりよろしくない。水は凍り始めると純粋な水の部分から凍り始める性質がある。水の成分に近いものから徐々に凍っていき、空気や不純物は内側内側へと追いやられていき、行き場がなくなると水と一緒に凍るのだ。そのとき水に溶けていた空気は凍らず気泡となり、氷の内側は白く変色してしまう。その中心部分には空気と共に不純物がある。それが異臭のもとなのだ。しかし、驚くほど透明な氷はまるでガラスのようにクリアで、白い濁りも異臭もない。大規模な機械と48時間にもおよぶ長い時間がなければできないはずの氷は、まるでステンレスのような重さがあり、しかも解ける気配がない。からん、という氷屋でしか聞けないクリアな音がする氷であっても、さすがに月森たちは食べる気にはなれなかった。その氷の使い方をようやく月森たちは知ることになる。



雪子の影が召喚した新手の敵は、2体の小柄な王子様だった。王冠を被り、真っ赤な貴族の服を着ている王子様は、右手の剣を振り上げて月森たちを威嚇する。その髪型はショートボブ、色は明るい茶色、まるで里中を連想させるような風貌をしている。もうひとりは全く同じ服装をしている長身の王子様だった。小柄な王子様との違いは、その冠がさび付いていて、携えているのは剣ではなく槍であるということだ。黒髪のショートカット、まるで神薙を模しているようだった。いらない、いらない、きえてしまえ、と高らかに宣言しておきながら、雪子のシャドウが連想する白馬の王子様は二人の存在が強く反映されている。いちはやく動いたのは、なんと後衛でクマを守っているはずの神薙のシャドウだった。その表情はいつになく緊張感に満ちていた。焦燥感がにじみ出ている。気が動転しているのか手が震えている。置いて行かれたことに絶句して、神薙の名前を呼んでいるクマなんか意も解さず、もっているアイテム袋をひっくり返し、神薙のシャドウは迷うことなく戦闘体勢にはいった新鋭に奇襲をかけたのである。



見覚えのある布袋が宙を舞う。ぐるんぐるんと回転しながら投げられたそれは、綺麗な放物線を描いて長身の王子様に直撃した。たくさん入っていた氷が澄んだ音を立ててばらまかれる。絶句している月森たちの目の前で、その王子様は悲鳴を上げて倒れ込んだ。どうやら弱点のようである。こうやってつかうのか、と月森たちは思った。神薙のシャドウは、本人曰くこの世界に生れ落ちてから4か月になる、かなりの古参のシャドウである。いわずもがなこちらの世界の住人だ。だから月森たちの用途が分からないアイテムの効果を知っていたのだろう、なにはともあれ助かった。きっとクマから新鋭のスキルや能力を聞いて、厄介なことになる前にコンボを潰してくれたのだろう。早々に判断した彼らの行動は早かった。シャドウたちの標的が一気に神薙に向いたからである。後れを取り戻そうと、里中が豪快にカードを蹴り上げた。


「晃を守ったげて、トモエッ!」


女性のラインが出ている黄色いボディスーツに身を包み、仮面と烏帽子が同化した女武者が召喚された。平家物語に登場する太刀と弓で戦う女武者は、先陣をきってくれた仲間を守るために太刀を振り上げる。豪快に黒髪を振り乱しながら叩きつけられた太刀は、一陣の風となって雪子のシャドウ、そして2体の王子様たちに襲い掛かった。一瞬だけ雪子のシャドウはその煌々と燃えている翼を真っ白に染められた。1体の王子が強烈な冷気にさらされて真っ白に染まる。苦悶の表情を浮かべた彼らは、鼓膜が破れそうな絶叫を上げて後退した。ことごとく氷結系の技が弱点だったようである。雪子のシャドウが生み出した存在のため弱点がかぶっているのかもしれなかった。さっきのお返しなんだから、って里中が宣言する。トモエに庇われる形で月森たちのところに戻ってきた神薙は、わりいな、とバツ悪そうに言葉を濁す。どうやら長身の王子様に見覚えがあったらしく、真っ先に潰さなければ、という焦りの余りダウンを優先してしまったことを後悔しているようだ。


「わりい、ジオを打ち込んだ方がよかったな」


視線の先にはダウン状態になっている2体のシャドウ、そして辛うじて立っているシャドウがいる。神薙がモデルのためか、ジオが弱点だと本能的に感じ取ったのだろうか。それとも別の理由があるのかはわからない。だが唯一立っている奴の弱点が電撃ならジオ使いの神薙が攻撃していればもっと有利に進めたのは事実だ。今回、クマのアナライズ情報がかなり冴えている。月森は気にするなよ、と笑った。


「来てくれ、オベロン!」


間髪入れず少年姿の可憐な王子様が召喚される。お気に入りの人間に危害を加えるシャドウに容赦するつもりはない妖精王は、シャドウたちめがけて、追撃の雷撃を打ち込んだ。ブーストがかかっている上に全体に及んだ雷撃が雪子のシャドウを苦しめる。長身の王子様はいよいよ気絶してしまい、びくともしない。弱点が直撃したもう一人の王子様も崩れ落ちた。


「よっしゃ、今度こそ気絶しちまえ!頼むぜ、ジライヤ!」


最後のしあげ、とばかりに呼ばれた義賊は、ダウンしたまま動かないボブカットの王子様めがけてとどめの一撃をお見舞いした。脳天を直撃する強烈な攻撃をもろに喰らってしまったシャドウは、いよいよもって気絶してしまったようでびくともしない。雪子のシャドウでさえ、あたりを一瞬で燃やし尽くしてしまう強烈な一撃を持っているのである。何度も連発されてはこっちが持たない。ペルソナを召喚できるとはいえ、所詮は人間である。ペルソナを行使できる精神力を維持できるのは気力があるからだ。ペルソナが請け負ってくれた軽減も、ダメージは蓄積されてくると結構きつくなってくる。長期戦は神薙の言うとおり押し切られてしまう可能性が高いだろう。一気に片づけなくては、と月森は必死で考える。里中さんは貴重な気絶誘発要因だ、回避の魔法や回復で支援しながら氷結技を連発してもらう。花村はこの調子でクリティカル率が高い物理技で押してもらったり、サポートしてもらったりするとして。月森は神薙を見た。


「神薙、いけるか?」


前線にとどまるよう促す月森にシャドウは舌打ちした。


「こっちがサポートしてやっから、お前はガンガン打ち込んでろ。こっちは魔法も物理もお前の劣化なんだよ。バステ技が効かねえ以上、俺は能力ダウンの技しかろくにつかえねんだ。知ってるだろ」


だからアイテム袋持たせたんだろうが、とぼやいたシャドウに、わかった、と月森はうなずいた。後ろはまかせた、とばかりに月森たちはつかの間の隙をついて猛攻を開始する。アイテムによる属性攻撃は固定だ。レベルが低い神薙でもなんとかなるのはそのためだ。黒暗天であるシャドウのスキルは、状態異常ありきの構成だった。ジオ系列の技を除けば状態異常の付加率上昇、追加効果つきの物理技、状態異常、相手の能力をダウンさせる技、状態異常コンボが成立すると大ダメージ、もしくは即死効果を与える技に大きく偏っているのだ。不幸をもたらす女神である。もちろん回復技など覚えない。不運を連想させるスキルばかりが並んでいるが、バステありきの構成は格上のシャドウには通用しない。神薙は慎重にシャドウを観察する。しょっぱなから焼き払いを撃ち込まれた以上、コンセントレイトから焼き払いでもされたらさすがに死ぬ。こっちの能力値がダウンされた上に、暴れまくりを連発されたら間違いなく死ぬ。本来なら雪子のシャドウを倒したあと、新しいダンジョンの主として現れる不愉快な存在のはずの王までなぜかここに召喚されてしまっているのだ。だからささやかな抵抗のつもりで、相手の魔法と攻撃の威力を減少させる技を発動させることにした。これで最悪でも死にはしないはずである。


神薙は序盤に兆候が見られた、暴れまくりの布石を事前に封じることができたことに安堵して、はあ、と息を吐いた。しかし、気絶していたはずの王子様が目を覚ましてしまう。王子様が剣を大きく振り上げて、倒れてしまった片割れに剣先を向ける。鮮やかな光が降り注ぎ、どうやら回復してしまったようだ。げ、という言葉がもれる。めんどくせえ、と神薙のシャドウは顔をゆがめた。





平行世界の神薙晃によってもたらされた情報によって、間違いなくシャドウはここにいることを許されている。笑いすら込み上げてくるほど滑稽だ。


しかしながら、神薙晃という人間とシャドウの関係は、少々毛色が違っていた。

昔、人間は3種類いたと言われている。彼らはまるかった。あたまが2つ、手足が4つ、そして凹凸が2つ。それは男男、女女、男女の組み合わせである。しかし、自分たちの力を過信しすぎて神の怒りを買った彼らは、神様によってまっぷたつにされてしまった。世界には男と女しかいなくなった。分割されてしまった人間は、昔の姿を懐かしがって、自分の半身を求めるようになったといわれている。しかし、せっかく会えた片割れが一人で生きていけるとしたら、間違いなくこの世界にはあまりがでてしまう。そんな関係だった。



シャドウは神薙に強烈な執着を見せているが、神薙自身はシャドウをとんと相手にしない、しかも必要とすらしていない。シャドウが死んだとしても、神薙は頓着せずにいきていく、そんな致命的な落差があった。だからシャドウがペルソナにならず、シャドウのままである、という異常事態であるにも関わらず、危機感など皆無なのだ。あっさりとシャドウに体を譲り渡してしまうという暴挙にでる。それはきっと、シャドウが本来の持ち主だから、という建前がある一方で、神薙にとってすべては過ぎ去ってしまった過去の時間軸にすぎない、これから歩む人生もかつて歩んだ人生の焼き増し、もしくは劣化した世界に過ぎないと感じているからに他ならない。きっと神薙はたった一人でも生きていける。本来なら神薙の体に憑依している平行世界の神薙は、シャドウ自体生まれようがないのだ。二度と執着できるものに出会わないと確信してしまった人間だから。平行世界の同一人物でありながら、平行世界からやってきたもうひとりの自分に体を譲り渡してシャドウに成り下がった男は、運命を共にしてくれる人間を切望する、枯渇している人間だった。シャドウに身を落とした男がヒルコになったのはそこに理由がある。

本来なら、男がこの身体の持ち主に復帰して、憑依している精神がペルソナの役目を負えばいいのかもしれない。しかし、すべては遅すぎた。人間からシャドウに身を落とした男は、もうもどれない。あと戻りすることはできないことを、この男はよく知っている。だからカミナギアキラに執着しているのだ、それしかできないから。


「これで終わりだ!こい、オベロン!」


妖精王の強烈な雷撃が全体に炸裂する。王子の加護を失った雪子の影は、なすすべなく地に倒れ伏した。


「雪子!」


ようやく牢獄から解放された雪子に一目散に千枝がかけよる。極限状態からようやく解放された雪子は、おぼつかない足取りのまま千枝に崩れ落ちた。大丈夫か、と花村と月森が声を上げる中、暴走から解放された雪子の影は本人と寸分狂いない大きさに戻ったまま静観している。


『ねえ』


雪子の影に呼びかけられ、彼はなんだよと返した。


『どうして晃ちゃんが私と同じ存在に堕ちてるの?晃ちゃんの体に入ってるの、誰?晃ちゃんじゃないでしょ?』

「俺がなりたいと思った自分ていったら笑うか?」

『あれが晃ちゃんの影?』

「だった、だな。俺が望んだから今はあいつが神薙晃だ。あいつが受け入れてくれなけりゃ、俺はもう影にもペルソナにもなれねえただの思念体だ。どこにもいけない」

『えっ』

「俺はそういう伝承があるって聞いたから実行しちまったんだ。今はなぜか伝承が変質してるけどな。気をつけろ、俺の体でなにかを実験してたやつがいるんだ。あいつは俺が入れ替わりを望んだ影だが4月からの記憶しかねえ。俺がここに残ることを決めて、あいつを現実に返したのは三ヶ月前だ。空白の三ヶ月、俺がなにをしてたか調べた方がいいぜ。俺は干渉されちまうらしいからな、こっから先はお口チャックだ」

『本物さんにはいわないの?』

「いうのかよ、俺はシャドウになってて、お前らが神薙晃だと思ってんのはシャドウの方だって?やだね、俺はあいつに神薙の人生を歩ませるためだけにここにいるんだ。なんのために人間やめたと思ってやがる。この記憶も想いも人間でいたら、いつかは思い出になっちまう。記憶じゃなくなっちまう。それが我慢出来なかったから俺はここにいるんだ。これだけは俺だけのもんだからな」


雪子の影は悲しそうに目を閉じた。晃からもたらされた情報は深層意識に刻まれ、しかるべき時に思いつきとなってふたたび浮上するだろう。晃が望むなら仕方ない。もう遅いのだ。


雪子の影はこちらに歩み寄る彼らに気づいて顔をあげる。神薙のシャドウの気配が消える。かわりに呆然としている神薙の姿がある。ボロを出す前にひっこんでしまったようだ。終わったみたいだな、と笑顔の神薙に、シャドウに体を受けわたすとか何考えてんだと花村と月森の叱責がとぶ。それしか方法がないんだ、仕方ないだろう。それに本来の体の持ち主だ勝手は私よりわかってるとあっけらかんと返され、またそんな自分を貶めるような、と月森はためいきをついた。雪子は自分を見つめ、受け入れることを宣言する。シャドウは昇華され、新たな姿が誕生する。アマテラスが誕生した。その負荷はあまりにおおきく、雪子の意識は遠のいていく。

「ここからが本番だ、みんな、急いで帰ろう」

「え?」

雪子を背負う神薙が不思議そうに月森をみる。


「そうか、シャドウがここまできたから神薙は見てないんだな。俺たちがここまでくるのに時間がかかったのは、現実世界で上手くいかなかっただけじゃないんだ」

空が満月になる。

「げ、こんなとくに!」

「急ぐぞ神薙。みんな、傍によろう。カエレール発動してくれ!」

月森にいわれるがまま、神薙はあわててアイテムを起動する。満月になった瞬間にシャドウというシャドウが暴れだしたのだ。しかも、骸骨の明らかに規格外のシャドウがこちら目掛けて襲いかかり、あと少しでというところで神薙たちはクマと待ち合わせているいつもの場所、比較的霧が浅い場所にたどり着いたのだった。

「あ、危なかったあ......」

「魔人があんだけ気づくの早いとかやべぇ、早く出ようぜ。このままじゃ、あいつまで」

「出口まで遠いしな」

神薙は驚きすぎてぽかんとしている。月森はイゴールたちが魔人と呼ぶ存在が満月か新月になると現れると教えてやった。それに長居するとさらにヤバいやつが現れると。

背後から鎖の音がして月森は神薙に走れと先に行かせた。

「くっそ、まだ出口まで遠いってのに!」

「《刈り取る者》......いや違う、あれは......」

霧の向こう側から姿を表した存在に月森は血相変えて叫んだ。

「小西先輩の時に出たやつだ!逃げろ、みんな!廃人にされるぞ!」

そこにいたのは《刈り取るもの》と呼ばれる存在がなにものかに改造された痛々しい姿だった。

「月森、あぶない!」

仲間の声がする。悲鳴が上がる。そこに鳴り響いたのは、振りかざされたペルソナ狩りの鎌ではなく、剣だった。

「人は社会で生きていくゆえに、数多の仮面(ペルソナ)でその身を縛られる。反逆者の自分、堕落者の自分、放浪者の自分、疎外者の自分。そうしていくつもの仮面に惑わされ、仮面の下に隠された己を偽って、本当の自分から逃げ続けるうちに、人はいつしか暴かれる。仮面の下に隠された自分の素顔を」


目を閉じていてもその音の変化ははっきりわかった。ちょうどテープを早回ししたように、そのせりふの途中でぎゅうっと音が高くゆがんだ。空間ごとゆがんだように、頭がくらっとした。

そして、その恐ろしい臭気がふっと消え、何か甘い……花のような、ごく薄い香水の 匂いのような香りがじょじょに感じられるようになった。目を閉じているから匂いがよくわかった。それは女の 肌 の匂いと、生花の混じったようなかすかに澄んだ……誘惑にかられて見てしまった。  

そして、心臓が止まりそうになった。  

月森たちの前にはなぜか赤毛の男がいるのだ。

「ヴァルナ」

ヴァルナはアーディティヤ神群の最高神で、デーヴァの代表インドラに対してアスラの代表とされる。

天則(リタ)と掟(ヴラタ)を護持して世界の秩序と運行を守り、人間を監視して悪行に裁きを下す司法神として最も重要な神とみなされた。

さらに幻力(マーヤー)で三界を創造した始原神、降雨や水流を幻力で操作して万物を養う維持神とされ、ヴァルナの息は風、太陽は眼であり、彼は天を支えて己が創造物を運行させ、その中に遍在する存在である。

特にヴァルナは天則や掟を侵す者を裁く司法神としての性格は恐れられている。ヴァルナは“千の目(星)”や間諜を用いてあらゆる時・場所で人間の行為を監視し、欺瞞に満ちた悪人を縄索で縛り、水腫をもたらして罪人を罰したという。さらに、人を縛るヴァルナの縄索から身を守り解放するために多くの讃歌や儀礼が設けられたとされ、ヴァルナの名をインド・ヨーロッパ族の“wer-(縛る)”という語根に見る説も存在する。

厳格な存在ではあるが、一方で悔悟した者を許し、医薬を用いて人間の命を守る慈恵の神でもある。

天空神でもあり天地に雨を降らせて豊穣をもたらし、夜間の太陽の進行を支配するとされ、天上の水に住むことから水神ともされた。

時代が移ると共に上記の神格はブラフマーやヤマに奪われ、西方を守る護世神や風神を経て最終的に水神、海上の神の地位に落ち着いた。

海、水の神としてのヴァルナは、水中に純白の城壁と天界の樹木に囲まれた領土で数多の従者をかしずかせて妃と玉座に就いている、もしくは海底のプシュパギリという山の上に宮殿に座し、千頭の白鳥を従者に地界の海を巡って、海の闇に潜む悪魔を監視しているという。なお、海は月の出立地であることからヴァルナは月神ソーマの父ともされる。

また契約の神ミトラと強く結び付けられ、ミトラが太陽と昼に関連付けられると、ヴァルナは月と夜に関連を持つ神とみなされるようになった。

ヴァルナはマカラという海の怪獣に乗り、ナーガパーシャ(蛇の縄)を武器にするとされ、妻にヴァルナーニ、ガウリー、ジェーシュターがいる。

ヴァルナの起源は異説も多いがインド・イランの最高神とされ、ゾロアスター教のアフラ・マズダーと同根の存在である。この為に“アスラ”の長たるヴァルナの成立経緯を根拠にして、アフラ・マズダーと大日如来を同一視する説が存在する。

またギリシャ神話の天空神ウラヌス、水神としてポセイドン、ネプチューンと同一視する説もある。

語源は明確化されておらず、ヴァルナの語は『覆う』『全てを包容する』という意味で、星空もしくは星空の背後にある存在を意味するという説、ウラヌスに関連して『蒼穹、青い空』を意味する説、アッシリアの月の神に由来するという説(あまり一般的ではない)があるという。

また、宗教学者ミルチア・エリアーデはヴァルナとヴリトラの近似・同一性を唱えている。エリアーデは両者の特徴として、“原初の閉じ込められた水”としての属性、ヴァルナの縛りつける力とヴリトラの水をせき止める力、「マハーバーラタ」におけるヴァルナをナーガの王の一柱と数える記述と悪蛇アヒと同一視されるヴリトラの性格を挙げている。

仏教では十二天の一柱で西方の守護者、水天になった。水を司る龍神で、右手に剣を左手に羂索を執り亀の背に乗る姿で描かれる。


歪な死神は一瞬にして粉砕されてしまったのである。




「やはりあらわれたか......これで2度目だな、少年。いったはずだぞ、長居するものじゃないと」

「あんたはあの時の......」

「花村、この人は?」

「小西先輩連れて脱出する時にもたすけてもらったんだ」

「前にも話したが、グリム・リーパーは、英語で書くとGrim Reaper。その意味するところは死神だ。本来、この世界に長いこといるといると出現するはずの《刈り取る者》が何者かによって改造された存在だな。課せられた使命は《ペルソナ》狩り。ペルソナ使いは無理やり《ペルソナ》を剥ぎ取られると廃人になってしまう。《ペルソナ》になりえる《シャドウ》を剥がされても同じだ」

「!」

「この世界に放り込まれる人間は偶然にも《ペルソナ》に目覚める可能性がある者ばかりだ。第1の被害者である山野アナもそう。マヨナカテレビをみていたが、あれは《イワナガヒメ》になりえる《シャドウ》だった。山野アナは自分のシャドウに襲われたあげく、グリムリーパーにシャドウを奪われて廃人になり、この世界からはじき出されて死んだと考えるのが自然だ」

《イワナガヒメ》

大山津見神(おおやまつみ)の娘で、木花之佐久夜毘売(このはなさくやびめ)の姉。

木花之佐久夜毘売とともに天孫邇邇芸命(ににぎ)の元に嫁ぐが、石長比売は醜かったことから父の元に送り返された。大山津見神はそれを怒り、石長比売を差し上げたのは天孫が岩のように永遠のものとなるように、木花之佐久夜毘売を差し上げたのは天孫が花のように繁栄するようにと誓約を立てたからであることを教え、石長比売を送り返したことで天孫の寿命が短くなるだろうと告げた。

『日本書紀』には、妊娠した木花開耶姫を磐長姫が呪ったとも記され、それが人の短命の起源であるとしている。

また『古事記』において大山津見神の娘で、須佐之男命の子の八島士奴美神と結婚する、木花知流比売(このはなちるひめ)は石長比売の別名であるとする説もある。


石長比売は岩の永遠性を表すものとされる。名義は「岩のように長久に変わることのない女性」と考えられる[1]。

木花之佐久夜毘売と石長比売の説話はバナナ型神話の変形であり、石(岩)がイワを名前に含んだ女性に変化している。上記の説話から不老長生の神として信仰される。

「なんで《イワナガヒメ》ってわかるんだよ」

初めて見るペルソナが使える大人に神薙がくってかかる。

「経験則からだ。俺はこの力に目覚めて10年になる」

「えっ、ペルソナってそんな昔から?」

「この街は50年周期で似たような事件が起こっていると調べはついている。市井に溶け込みながら生きることを選んだ人間が多いだけだろう」

「あなたは?」

「俺か?俺はリヒト。こういう事件を専門に調べている者だ」

差し出された名刺はフリーのライターだった。

「世界五分前仮説を知っているか?」

リヒトはそういった。

それは「世界は実は5分前に始まったのかもしれない」という仮説である。

哲学における懐疑主義的な思考実験のひとつで、バートランド・ラッセルによって提唱された。この仮説は確実に否定する事(つまり世界は5分前に出来たのではない、ひいては過去というものが存在すると示す事)が不可能なため、「知識とはいったい何なのか?」という根源的な問いへと繋がっていく。

たとえば5分以上前の記憶がある事は何の反証にもならない。なぜなら偽の記憶を植えつけられた状態で、5分前に世界が始まったのかもしれないからだ。

世界が五分前にそっくりそのままの形で、すべての非実在の過去を住民が「覚えていた」状態で突然出現した、という仮説に論理的不可能性はまったくない。異なる時間に生じた出来事間には、いかなる論理的必然的な結びつきもない。それゆえ、いま起こりつつあることや未来に起こるであろうことが、世界は五分前に始まったという仮説を反駁することはまったくできない。したがって、過去の知識と呼ばれている出来事は過去とは論理的に独立である。そうした知識は、たとえ過去が存在しなかったとしても、理論的にはいまこうであるのと同じであるような現在の内容へと完全に分析可能なのである。

「この木は芽が出てから今年で12年になる、だから年輪が12本ある」

このような言い方も日常でもよくするが、年輪が12本あるという事実を「結果」とみなせば、これに対応する「原因」が位置すべき過去が存在するはずだとは主張し得るものの、このような主張もまた完全に証明することはできない(もちろん反証することもできない)。これは世界5分前仮説の場合と同様の理由による。それは因果律である。因果律というのは論理的な必然性から導かれたものではなく、日頃の経験から無意識的にそれを前提として思考しているという類の仮定であり、因果律自体を論理的必然から導くことは出来ない。これはつまり「違う時刻に起きた二つの現象の間にはある種の関係がなければならない」ということを論理的な必然性だけからは導けないという事である。そのため、今起きている事やこれから起きることをどれだけ調べても、それによって過去の出来事を完全に証明または反証する、ということは(厳密に考えると)不可能である。

以上のような哲学の分野における懐疑主義的な創世議論は、神学の分野でフィリップ・ヘンリー・ゴスが提唱したオムファロス仮説(世界の年齢に関する自然科学と聖書の矛盾を解決するため、そのような古い状態で初めから創造されたのだ、という創造論の議論。オムファロスはへそのことで、アダムとイブが親から産まれたのでないにもかかわらずはじめからへそを持った形で作られたというところから。)から強い影響を受けている。

「俺はこの本を託されたから、それが本当だとわかる。でもそれを証明することはできない。知っていることを君たちに話すことはできる」

リヒトは語り始めた。

かつて世界は悪魔が平然と跋扈しており、見えた人間が襲われていた。そして、生き長らえた人間だけがペルソナ使いになれるが、悪魔はペルソナ使いを襲う。だからペルソナ使いになることは日常との別れを意味していた。

しかし、リヒトが観測した2回の改変が今の世界をもたらした。

人間と悪魔の世界が隔離され、その境が曖昧な場所がこのような世界になり、シャドウという存在が徘徊するようになった。時折、なんらかの事件に巻き込まれたり、この世界に迷い込んだりしてペルソナ使いになる以外、力を手に入れる方法はなくなった。

「本来なら悪魔もペルソナもシャドウも現実世界に影響を与えることはできない。この街の霧の日のように境が曖昧になる特異な地形でもない限りはな」

「誰かが放り込んでるのは、ペルソナを奪うため......?」

「そんでなんかやべーことしてるってことかよ!?」

「!?」

「俺はそれを調べるためにここに来たんだ」








ようやく目を覚ましたとき、見えたのは神薙の背中だった



「...晃ちゃん、あの、」

「今はいい。ゆっくりおやすみ」

「うん、ありがとう。ただいま」

「おかえり、雪」


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