おまけ コミュニティ 調整
コミュニティ 調整1

車一台が止められる屋根つきの車庫前には、進入禁止のフェンスがおりている。鈍色のシートに覆われた原付だけが隅の方に鎮座していた。そこを通り過ぎると敷地内をぐるりと取り囲む灰色のコンクリートの壁が現れる。堂島としか書かれていないさび付いた真っ赤なポストをのぞいてみるが、叔父宛のダイレクトメールが入っているだけで、あとは空っぽだ。それらを取り出し、月森は高校指定のカバンを開けた。堂島の表札が掲げられている玄関は引き戸である。最近は物騒だから、と引っ越してきた初日に渡された鍵を探っていると、扉の向こうで忙しなく動く足音が近づいてくる。スリッパをはきかえ、お気に入りの靴を履き、ピンク色のシルエットがカギを開けてくれた。どうやらすりガラスの影に気付いたらしい。がらがらがら、と扉があいた。


「お帰りなさい、お兄ちゃん」

「ただいま、菜々子」


にこにこしながら10歳年下の従妹がうなずいた。いつもならクイズ番組に夢中なはずなのに、わざわざ月森を迎えにきたということは、なにかあるに違いない。どこかそわそわしている菜々子は浮足立っている。どうやって話を切り出そうかタイミングを計りかねているようだった。靴を履きかえようと視線を落とした月森は、見慣れないものがあることに気付いて手を止める。そこにはプラスチックでできた青いプランターが置かれていた。その下にひいてある水受けの皿は湿っている。四隅からは青い棒が伸びていて、それぞれを一定間隔で横の棒が繋がれている。そして、そこに這わせるように苗木が透明な紐で括りつけられていた。どうじまななこ、と油性ペンで書かれたネームプレートが刺さっている。傍らにはピンク色のゾウのジョウロが転がっていた。


「懐かしいなあ、これ」

「お兄ちゃんもやったことあるの?」

「うん、あるよ。菜々子くらいの時だったかな、夏休みの宿題で自由研究をするときにつくったっけ。ミニトマトだよな?これ」

「うん、そうだよ。学校で野菜、育ててるんだ。ベランダで育ててるんだよ。でもゴールデンウイークだと、学校に入れないから、持って帰ってきたの。枯れちゃうから。これ、菜々子の宿題なんだ。先生がね、毎日絵日記書きなさいって」

「そっか、お兄ちゃんも手伝おうか?」

「え、いいの?」

「いいよ」

「やった、ありがと、お兄ちゃん」


菜々子が嬉しそうに笑った。これがお出迎えの理由なんだろうか、と考えていると、どうやらそれだけではないらしい。あのね、あのね、と菜々子がスリッパに履き替えてリビングに入ってきた月森に差し出したのは、学級通信だった。菜々子の担任の先生がお手製で毎月発行しているクラスの活動記録が、イラストや写真付きで紹介されている。わら半紙のすすけた色合いは、無性に懐かしさを感じさせる。軽く目を通した月森は、うわ、懐かしい、こういうのあったなあ、なんていうものだから、なおさら目を輝かせた。今までだったら、たまに帰ってくるお父さんに見せるためにリビングに置きっぱなしにしてあるだけ、ってことの方が多かった。気が付いたらいつの間にか片づけられてしまっていることもざらだ。わら半紙一枚でここまでおしゃべりできるのは、とっても久しぶりなことである。


「ベランダだけじゃなくてね、おっきな畑でもね、野菜育ててるんだよ」

「畑?畑なんてあるのか?すごいなあ」

「すごいの?」

「お兄ちゃんの小学校にはなかったよ」

「えへへ。えっとね、体育館の後ろのほう、プールの横の方にね、おっきな畑があるの。そこでね、みんなで決めた野菜を植えて、育ててるんだよ。お休みの日には、みんなで変わりばんこに水やりしないといけないの。でも、楽しいよ」

「そっか、菜々子はがんばってるんだな」

「えへへ」


菜々子は照れたように笑った。菜々子曰く、幼稚園の頃にも農家の人に土地を貸してもらい、たくさんのサツマイモを植えたことがあるという。でも、その時は収穫まではその農家の人にやってもらっていたようなものであり、いいとこどりって感じだった。今回はみんなでやらなくちゃいけない。大変だけど、楽しい。トマトの野菜キットをくれたのも、小学校に野菜の苗や畑を耕す機械を貸し出してくれたのも、ぜんぶ同じ農家の人だから、菜々子たちはすっかり顔見知りなのだという。さすがは田舎である。敷地内に畑まであるなんてすごいなあ、と月森は思った。グラウンドの確保すらできなくて、屋上に設置されている体育館、もしくは近くの大型施設を使わないとろくに体育が出来なかった母校とは大違いである。プランターでしか生活の授業をしたことがない月森にとっては、ずいぶんと恵まれている気がした。

でも、菜々子のプランターのミニトマトは結構大きくなっている。1週間もすればすっかり色付いて食べごろになるだろう。それを学校に持っていくつもりなのかと聞いてみれば、最後は家族の人と食べていいんだって、との返事である。どうやら学校に野菜の苗木を提供している農家の人が、毎年配布するらしい。毎年恒例ということは、もしかして、里中や天城もやったことがあるんだろうか。なんとなく、そう思った。


「ミニトマトいっぱい取れたら、またお料理作ろうね、お兄ちゃん」

「がんばってお世話しような、菜々子。そしたらお兄ちゃん、またおいしい料理作るから」

「うん!」


すっかりお弁当係に就任してしまった月森は、学校から出された宿題をするためにノートを取り出した菜々子のために、何をつくろうかと思案する。色鉛筆を広げて、さっそく絵を描きはじめた菜々子は、ふと手を止めた。


「ほんとはね、畑に植えてあげた方がいいんだって。農家のおばあさんが言ってたよ」

「そうなのか。なんで?」

「みんなが頑張って育てたから、ミニトマト、鉢植えいっぱいに大きくなったから、狭いんだって。根っこがもっと伸びたいのに、もう伸ばすところがないからかわいそうだって言ってたよ」


プランターの底にまでびっちりと張り巡らされた根っこ、案外記憶に残っているものである。でも、と月森は返した。


「でも、植える所がないよな?かわいそうだけど、プランターで育てたら?」


堂島家は古民家を買い取ったものである。家庭菜園が出来そうな土地は見当たらなかったきがする月森に、きょとんとした様子で菜々子は瞬きした。


「植える所?あるよ?」

「え?あるのか?どこ?」

「おうちの横。ポストがある方の、横のとこ。ほら、階段を上がっていくと、おっきな樹があるでしょ?そこ、うちのお庭なんだよ。今はもうやってないけど」

「コンクリートのタイルとか、いろいろおいてあるとこの?」

「うん。お父さんが片づけちゃったけど、ちっちゃな畑があったんだよ」


寂しそうに菜々子が目を伏せる。てっきり隣のお家の土地なのだ、と思っていた月森にとってはちょっとした驚きだった。ちょっとした花壇、もしくは畑だったと思われるものが片づけられ、肥料土は盛山になってビニルシートがかけられ、放置されていたはずだ。さすがにこちらにやってきて、まだ1か月しか経っていないので、堂島家の家庭事情に言及する勇気はない。でも、何となく背景を察知した月森である。最近、帰るのがおそい、帰ってこない日も多い叔父、小学校にあがったばかりの菜々子、家は留守になる。世話する人がいなくなったから、片づけたのだろう、それだけはわかった。


「なあ、菜々子、あの畑って使っちゃだめなのか?」

「え?」

「せっかくあるんなら、ミニトマト植えてみたらいいんじゃないか。植えるところがあるんなら、植えてあげた方がミニトマトも喜ぶんじゃないかなって思ってさ。今までは菜々子だけだから、世話するの大変だったかもしれないけど、今はほら、俺がいるだろ?」


ぱちぱち、と瞬きをした菜々子は、月森がいってることを理解した途端、いいの!?て声を上げた。菜々子がいいなら、って月森は笑う。菜々子の表情がぱっと明るくなる。菜々子、つくる、菜々子、作りたいって無邪気にまくしたてる女の子がそこにいた。あ、でも、お父さんに聞いてみなくちゃ、って思い至ったが吉日とばかりに、菜々子は速攻で電話の前に走っていったのだった。慣れた様子でカレンダーに書かれている叔父の携帯番号を押しながら、コードレスの受話器に耳を押し当てている。月森はテレビをつけた。チャンネルをローカル番組ばかり流している地方放送に合わせると、ちょうど天気予報を伝えているところである。ゴールデンウィークは晴天に恵まれているようで、どこの行楽地も大賑わいだ。にっこり笑顔の気象予報士は、稲羽市の天気をからりとした五月晴れと太鼓判を押した。


「ほんと?いいの?やったあ!ありがとう、お父さん!」


こちらも朗報が飛び込んできたようだ。嬉しそうに飛び跳ねている菜々子が受話器を持って駆けてくる。かわってって、と促された月森は席を立って台所に向かった。ここだとテレビが近すぎて叔父の声がよく聞こえない。あ、明日、一日中晴れだねって菜々子の声が聞こえる。


「もしもし、今、かわりました」

『ああ、孝介か。菜々子から話は聞いたよ。家庭菜園したいだって?孝介、お前、やったことあるのか?』

「ミニトマトだったら、やったことありますよ。夏休みの宿題で」

『まあ、やったことなかったら、いわないか。なら安心した。一応、道具はそろってるはずだから、どこでも好きなとこに植えなさい。ただし、しっかり世話はするんだぞ』

「もちろんですよ、菜々子の宿題なんですから」

『あはは、そうなのか。なら、なおさらだな。枯らしたら怒られるってわけだ。ま、がんばれよ』

「はい、がんばります。叔父さんもたまには手伝ってくださいね。それじゃ、失礼します」

『ああ、またな』


ぴ、とボタンを押した月森は受話器を所定の位置に戻した。


「ねえねえ、お兄ちゃん。明日って、出掛ける?」

「え?あー、特に用事は無いけど?」

「ほんと?」

「菜々子はどっか行きたいのか?」

「えっとね、その、菜々子ね、ミニトマトの苗が欲しい。せっかく畑に植えてあげるのに、ひとつだけだとカワイソウだから。それでね、農家のおばあさんがやってるお店があるの。菜々子知ってるよ、そこね、たくさん野菜の苗があるんだよ。だからね、お兄ちゃん、一緒にいこ?」









八十稲羽市産の朝どり新鮮野菜、というたくさんのノボリが、はためいていた。たくさんの自動車がとまっている駐車場をぬけると、搬入している軽トラやトラックが列をなしている。忙しそうに作業着姿の人たちが行きかう入り口とは別に、たくさんの買い物客でにぎわう入り口の隣にはかごが山積みになっていた。大きな丸太が目につく巨大なログハウスのような建物である。掲げられた木製の看板は、達筆な文字で店の名前が大きく並んでいた。いくつか自販機がならんでいて、井戸端会議をしている主婦たちがいる。こじんまりとした無人の販売所、もしくは個人経営の販売所を想像していた月森は結構驚いていた。てっきり農園と併設されているのかと思いきや、そこはあまりに遠すぎて菜々子たちの脚では無理だという。菜々子が教えてくれたのは、徒歩でもいける距離にある巨大な直売所だった。

店名のロゴが入ったかごを片手に、はぐれないように菜々子と手を繋ぎながら入った月森は、想像通りの混み具合に気圧される。まるでタイムセールのジュネス食品売り場のようだ。菜々子曰く、祝日だからか、いつもより混んでいるらしい。斜めにしてある食品棚には、冷気が流れている。たくさんの野菜、総菜、加工品、地元産の特産品、日配品が所狭しと並んでいる。隅の方には老人会や婦人会がつくった民芸品、おみやげものがある。ここに来れば食品はたいてい揃いそうだ。ジュネスより価格設定が高めなのは、八十稲羽市、もしくは県内産のものにこだわっているからだろう。店名ロゴ入りのエプロンをしたスタッフが、忙しそうにあたりをかけている。品薄になった商品のプレートをひっくり返し、生産者と商品名が書かれたプレートを設置して、農家の人が山積みにしていく野菜はどんどん少なくなっていく。こっちだよ、お兄ちゃん、って手をひいてくる菜々子に連れられて、月森は人混みを急いだ。

どうやら農家の人向けに野菜や花の苗やタネを売っているコーナーも併設しているらしい。一般の人にも開放しているようで、何人か苗木をカートに入れた女性とすれ違う。すくなくてもさっきよりは人の密度は減っている。ようやく店内のBGMが聞こえるほどのレベルになった。どうやらラジオを流しているようだ。いらっしゃいませー、と声を張り上げるスタッフは、笑顔で接客に追われている。農家の人たちも大変である。作るだけじゃ売れないから、自分たちで売らないと受けないのだ。ここだよ、ここって菜々子が指差すところには、なるほど、確かにたくさんの野菜の苗木が陳列されている。ご丁寧に必要な機材までよこに置かれて売られている。見たことも聞いたこともない八十稲羽ブランドの野菜がずらりと並んでいた。個性的な名前ばかりが並んでいる。言葉遊びが流行っているのか、と邪推してしまいそうになるネーミングセンスなのはご愛嬌。菜々子もとくに疑問をもつでもなく、おいしいよね、プチソウルトマト、と笑っている。


「あの畑って、どれくらいのスペース?」

「えーっと、えっと、トマト作ったことあるよ。あのときは、いち、にい、さん、しい、ご。5つくらいだったよ、お兄ちゃん」

「そっか。じゃあ、あと4本だな」


ミニトマトのコーナーに手を伸ばした月森は、いらっしゃいませー、という聞き覚えのある声におもわず手が止まる。あわてて振り返ると、そこには野菜の苗がたくさんはいった箱を棚に並べている。店名が入ったエプロンを翻し、忙しそうに品出し作業に追われている。傍らには農園の名義が入ったカート。野菜の苗を取り出す先からお客さんがそれを持っていく。あら、とコーナーに入ってきたおばさんが声をかける。


「晃ちゃん。こんにちは」

「あ、こんにちは」

「せいが出るわねえ、お手伝い?」

「そうなんですよ。みんな、田んぼの方に行っちゃって、こっちまで手が回らなくって」

「うちもそうよ。ゴールデンウィークは田植えのための休みだもんねえ。でも偉いわよ、うちの子なんか、メンドクサイってどっか出掛けちゃって、家のこと手伝いやしないんだから」

「あはは。ホントは私も出掛けたかったんですけど、無理やり乗せられちゃいました。これと一緒に放置ですよ、お金ないから帰れないし。徒歩で帰れってひどくないですか、2時間以上かかるのに」

「あら、そうなの?伸江さんたら。でも、それいいわね。今度、うちもそれやってみようかしら。それにしても神薙さんもあっちこっちの田植え代行大変ねえ、伸江さんによろしく伝えてくれる?それじゃあね」

「はい、わかりました」


営業用の笑顔でおばさんを見送った彼は、はあ、とため息をついて作業を再開した。お兄ちゃんのお友達?と不思議そうに菜々子は首をかしげている。月森は頷いた。ゴールデンウィークに予定していた旅行が中止になり、月森は菜々子を連れて、クラスメイトや部活仲間、そして自称特別捜査本部のみんなと連日遊びに出掛けていた。もちろん神薙にも声をかけたのだが、ゴメン無理、と手を合わせて謝られてしまった。神薙は、足を悪くした祖父の代わりに、農園を手伝う名目で祖父母と暮らしている。そのため、ゴールデンウィークは春で一番忙しい時期、といわれてしまえば、真っ先に優先されるのは家の仕事だ。一度も会う機会に恵まれていなかったのである。たまに近況を教えてくれるものの、連日連夜、作業に追われている彼の泣き言を見ていると、そっとしておこう、と見守ることしか月森は出来ていなかった。花村も似たような内容のメールや電話がくることもあるが、アルバイトと家業の手伝いは待遇の落差があまりにもひどかった。お金がもらえることが保障されてるだけアルバイトの方がまし、と花村が言い切るくらいの重労働である。久しぶりの遭遇である。月森はまっすぐそっちに向かった。


「久しぶりだな、神薙」

「おわあっ!?っぶねえ、せーふ、せーふ」


あやうくひっくり返しかけた箱を抱えた神薙は、神薙農園名義のカートに乗せ直して、冷や汗を浮かべた。あわてて敷き詰められた野菜の苗を確認する。ちょっと土がこぼれたくらいで異常なし。はああ、よかったあ、と大きくためいきをついた神薙は、後ろを振り返る。


「あー、びっくりしたぁ。驚かすなよ、月森。なんでこんなとこにいるんだ」


じとめで見上げてくる神薙に、心外だ、と月森は薄く笑った。


「びっくりしたのはこっちだよ。なんでそんなに驚くんだ」

「だってそりゃ、ここ直売所だろ。普通、高校生は来ないって。バイトも募集してないし。ジュネスなら分かるけど、なんでここに?」

「ミニトマト買いに来たんだ」

「ミニトマト?ああ、プチソウルトマト?それなら、あっちの売り場だぞ。こっちは苗とタネしか売ってな」

「ミニトマトの苗を買いに来たんだ、今から家庭菜園するから。な、菜々子」


おいで、と手招きされた菜々子は、月森の傍によっていく。えって声を上げて、月森と菜々子を見比べる神薙は、瞬き数回、月森の言ってることが呑み込めないようだ。


「紹介するよ。俺がお世話になってるおじさんの娘さんで、菜々子。小学校1年生だから、俺より10こ下の従妹なんだ」

「こ、こんにちは。菜々子です」

「ああ、こんにちは。私は神薙晃、月森のクラスメイトで、トモダチなんだ。よろしくな、菜々子ちゃん」


しゃがんで菜々子まで目線を合わせた神薙は、にっこり笑った。こくり、と頷いた菜々子は、つられて笑う。


「千枝から話は聞いてるよ。月森にジュネスが大好きなかわいい従妹がいるって」

「千枝お姉ちゃん?」

「そうそう、一度会ってみたかったんだけど、忙しくて行けなかったんだよな。あーあ、ジュネス、私も行きたかった」

「お姉ちゃんもジュネス好き?」

「うん、好きだよ」

「菜々子も、ジュネス、大好き!」


晃お姉ちゃんって呼んでもいい?って聞かれた神薙は、いいよって笑いながらうなずいた。ごめんな、気を遣わせて、と月森が申し訳なさそうにつぶやいた。気にするな、と神薙は笑う。さすがに7歳の女の子に、お姉ちゃんはお兄ちゃんなんだよ、だから晃お兄ちゃんって呼ばないといけないよ、と教えてもわけがわからないに違いない。男の子みたいな言葉遣いをすることに、ちょっとだけ戸惑いはしているものの、菜々子は無邪気に笑っている。話題は家庭菜園に戻っていった。事情を説明した月森と菜々子に、へーえ、と神薙は口元を釣り上げる。なんだか嬉しそうだ。


「そっか、そっか、なんか嬉しいな。その調子で大事に育ててくれよ、菜々子ちゃん」

「どうしたんだ、神薙」

「どうしたって、まだ気付かないのか、月森。その農家のおばあさんの名前、学級通信に書いてあっただろ?菜々子ちゃん?」

「うん、書いてあるよ。伸江おばあちゃんって」

「あ」


さっきのおばさんと神薙の会話を思い出した月森は、ようやく気付いたらしい。神薙は、遅いぞ、と笑った。


「伸江おばあちゃんは、私のお祖母ちゃんなんだ」

「そうなの?すごいね!」

「ミニトマトの苗、タネから育てたんだ。毎年、八十稲羽市の新入生向けにトマトの苗、作らなきゃいけないからさ、毎年1月になると大変なんだよ」

「ミニトマトの苗、お姉ちゃんがつくったの!?」

「私は手伝っただけだよ。みんなで作ったんだ、大事に育ててほしいな」

「うん、菜々子、がんばるよ」

「ミニトマトか、畑で作るんだろ?やったことあるのか、月森」

「プランターなら、夏休みの自由研究でしたことあるよ」

「よかった、家庭菜園まで趣味だったらどうしようかと」

「神薙は俺を何だと思ってるんだ」

「え?世界で一番忙しい高校生だろ?」

「どう言う意味だよ、それ」

「そのままの意味だよ。ま、がんばれ、いろんな意味で」


意味深に笑う神薙に、月森は意図がつかめず眉を寄せる。ばしばし肩を叩きながら神薙は、せっかくだから、とアドバイスを送ることにしたようだ。畑は放置されてから1年だ、と菜々子から聞いた神薙は、いくつかの野菜をあげて、育てたことがあるかと菜々子に聞いていた。大切な思い出の欠片を拾い集める菜々子から詳細を聞いた神薙は、大丈夫そうだな、って笑う。ぶっちゃけ、『育てる』だけなら、水やりさえ忘れなかったら、勝手に育つから楽な植物だよ、ミニトマトって。あっけらかんと言い放つあたり、先ほどの台詞の真意は明かさないつもりらしい。月森は言及をあきらめた。めんどくさがりは、サボテンさえ枯れさせる。ミニトマトを枯らすのは相当だ、と神薙はいう。


「ミニトマト育てるなら、ミニトマトだけにした方がいい。でっかいトマトは止めとけ。こっちはビニルハウス造らないといけないからめんどくさいんだ」

「神薙」

「なんだ」

「手伝ってくれ、畑づくり」

「……え、そこから?」


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