ペルソナ4 第10話
ペルソナ10

「もう、わけわかんないよ、晃。次はね、雪子だったの。一番に気付いたのはアタシだった。小西先輩がいうには誰かに突き落とされたことは覚えてるんだけど、それ以外のことはさっぱりなんだって。無理もないよね、あんなとこ、突然放り込まれたらわけわかんないもん。何とか、今度こそあっちの世界に人をほおりこんでる犯人捕まえようって頑張ってたんだけどなあ」

「いうなよ、それは。俺達しかテレビん中入って助けられる人間なんていないんだ、うだうだいっても仕方ないだろ、元気出せよ里中。お前らしくないぞ」

「わ、分かってるってば。おとといは、その、迷惑かけちゃったし」

「花村も里中さんも大事な人が大変な目にあってるから、何とか助けようとするのは分かるんだけど、どうしても自分のことはほったらかしになるみたいなんだ。結構シャドウたちも強くなってきて、里中さんは危ないから留守番を頼むって方向になったんだけど、それが返って追いつめちゃったみたいでさ」

「月森はなんでか何体もペルソナ使えるからさ、俺たちは一体しか使えないせいでどうしても戦力を大きく月森に負担かけちまうんだよなあ。なんか防具とかアイテムを買う資金集めとか言ってバイトまで始めちまうし、そのうち倒れるんじゃねーかって心配したんだよ。里中の気持ちも分かるけどーって言ったんだけど、中立のつもりだけどやっぱ月森よりになっちまってさ。で、里中が一人で飛び出して行っちまって、俺と同じパターン。やっぱ俺ら男だから、なかなか話しにくいこともあったみたいでさ、フォローしきれなかったのが原因ってやつ?わりいな、里中」

「もう、いいってば。恥ずかしいからやめよう、この話!」

「月森、詳しく」

「やめてってばあああ!今はそれより雪子の救出の方が大事でしょ!もう時間がないんだよ、どうするの?」

「いつもの通りジュネスのフードコート前に集合でよくね?」

「いつもはそこでやってるのか?」

「うん。よかったら晃にも来てほしいんだけど……」

「え?!晃も来るの?ほんとに?」

「おいおいおい、ペルソナもないのに大丈夫か?」

「確かに晃のシャドウはペルソナにはできてない。でも晃は自分自身を受け入れているし、もう和解も済んでるんだ。きっと力を貸してくれると思う。戦力は多い方がいい」

「ああ、あいつならきっと嫌でも飛んでいくと思う。私も助けてもらったから、少しでも力になりたいんだ。私も捜査本部に入れてくれ。そしたら、ここ、支部につかってもいいから。私自身は戦う力は持たないけど、それ以外のことを頑張るから」

「んー、まあ神薙がそういうんならいいぜ」

「まあ、あっちの世界だと身体能力が段違いに上がるんだ。こっちで適当に防具とかあつらえておくから、いつでも来てくれ。待ってる」

「了解、リーダー」

「ね、晃」

「うん?」

「その、えっとー、あー、そのさ、よく分かんないんだけど……扱い方とか考えた方がいい?」

「真夜中テレビ、見たんだ?」

「………ん。ごめん」

「謝るようなことじゃない。私がこの街に来た理由は、いろいろあるけれど、きっと雪にお礼を言いたかったからでもあるんだ。正直、この2年間の高校生活を終えたなら、きっと二度と踏まない土地になると思う。それでも、こうして目を合わせて話してくれるだけでどれだけの助けになるか、きっと千枝は知らないんだろうな。ありがとう。私自身、5年もの歳月をかけて昇華してきたことでもあるんだ。すぐに結論を付けろとは言わないよ。相手に対する配慮とごめんなさいを言える勇気があるなら、それはきっとコミュニケーションになると思うんだ。変に身構えないでくれないか。きっと、さ、そういうことを気にせずにジョークとして過敏に反応しないでさらりと笑いあえるような関係が、きっと一番いいことなんだと思うんだ」

「そっかあ……あたし、そーいうのわかんないからさ、嫌なこと言っちゃったら教えてね?そっか、わー、なんかなんか、そのあたしさ、そのー晃、ってさ、男の子なんだよね?」

「私は生まれた時からそうだよ。一度たりとも女になった覚えはないな。今は身体の性別に合わせてはいるけれど、成人したら体も手術を受けるつもりだから」

「そっかあ。……ううう、もったいない。でも、そういう場合でもないんだよね?うーん、むつかしいなあ」

千枝の眼差しは私の脂肪の塊に向かう。私は肩をすくめた。

「そーだ、晃、スリーサイズ教えてよ。そうじゃないといい感じの防具とか付けられないから」



さらりとセクハラ発言をかます里中に思わず沈黙する男性陣。ば、ばっか俺たちの前できくなよ!せめてかけよ!と赤面した花村の声が響く。花村の反応と里中の問いかけに心中複雑な私に、月森がフォローしようとしてくれるがなかなかいい言葉が思いつかず、助け船は来ない。分からない、と苦笑するとメジャー持って来いとなぜかやる気満々の里中に捕まってしまう。チャイムが鳴るまで、私は逃げ回る羽目になった。


だいだらのおやじが待ち構えている武器屋にいくことになる。きょうは雨が降り続いている。何としてでも29日までには天城を救出しなくては。



小雨だった雨粒が次第に激しさを増し、本降りに差し掛かる通学路は、翌日の霧を予感させている。不安げに空を見上げる千枝と共に、私は花村たちと合流して、商店街を目指していた。病み上がりの私が無理を推して千枝たちの仲間に入れてくれと説得したのは、他でもない。今日が最後だからだ。タイムリミットは、今日なのだ。天城の救出期限は今日が最終日なのだ。霧の予報が出ているから、漠然と月森たちは焦っているようだけど、間違いなく明日の朝は自然現象とは違う怪異現象としての霧が発生し、テレビの向こう側の世界がこちらの世界を浸食する日だ。ここまで天城の救出が遅れてしまっているのは、きっと私にも原因の一端があるから、絶対に引くわけにはいかなかったのだ。月森は、私の救出をきっかけにペルソナの覚醒が早まり、触発された花村のペルソナの出現が早まったおかげで、小西早紀先輩を助けることに成功した。それと引き換えに、ハードスケジュールを組まされている月森たちは、天城の誘拐阻止、真夜中テレビのチェック、救出、という流れをかなりの短期間でこなさなければならなくなってしまった。本来なら3週間近い猶予があったはずなのに、里中のペルソナが覚醒した関係で1週間と少ししか月森たちには残されていないのだ。進行速度は最悪に近い。天城の救出を最短で終えた私からすれば、文化部の入部を終えて、それぞれのキャラ達との絆上げに苦慮していたころだ。どうしても責任を感じてしまう。もしも、が頭を掠めてしまう。私だけでいい。今日失敗したら最後、連続殺人事件の犠牲者はもう一人増えることになり、第一発見者の千枝は今にも泣きそうな声で月森に天城が亡くなったことを知らせることになる。ベルベットルームの住人の力を借りて1週間を無かったことにするのか、それともゲームオーバー後の世界で天城を欠いた世界を生きていくことを選択するのか私は知らない。そんなこと、そもそも絶対にあってはならないのだ。私はこの世界のカンナギアキラと約束したんだ。私がこの世界のカンナギアキラとして生きていくと決めた以上は、絶対に後悔しない人生をおくるんだと。そのためには、カンナギアキラが愛した人が無情にも殺されてしまうなんて悲劇はあってはならないのだ。なにができるか分からないけれど、きっとこの世界のカンナギアキラだったかつての人間は、シャドウに身を落としてしまったあの男は。私を生み出すきっかけとなった天城雪子の危機を把握したら、絶対になにか行動を起こしてくれるはずだ。私の持っている知識を月森に伝えることになったとしても、構わないとさえ思う。思い詰めた表情をしている私は、月森たちにどう映っていたのだろう。コンビニで買った安い雨具についた水滴を振り払うこともしないまま、重くなってくるビニル傘をさしている私を気に掛ける手がある。ぽんぽんと肩を叩かれた私が顔を上げると、そこには心配そうに覗き込んでくる里中がいた。


「大丈夫だよ、晃。ぜーったいに雪子を助けよう!ね!晃は一人じゃないんだから」

「そうそう、むしろ俺達の方が先輩っつーか?月森のペルソナ見てんならわかるだろ?
 俺も里中も天城を助けられる力があるんだ。大船に乗ったつもりでいろよ。
 な?相棒」

「ああ。花村や里中さんの言うとおりだよ、神薙。絶対、大丈夫だ」

「………ありがとう」


込み上げてくるものがあって、目頭が熱くなる。乱暴に目をこすった私は気丈に笑って見せた。月森たちは笑って先を促してくれる。そうだな、泣くのは天城と感動の再会を果たした時まで取っておかないと損だ。気付けば商店街の街並みになっていて、月森たちの御用達であるちょっと危ないアートなお店が近付いていた。ずいぶんと物思いにふけってしまっていたらしい。気を付けないと。気を引き締めた私を尻目に、なぜか月森が足を止めた。商店街に軒を連ねるシャッター店の間にある白い壁のあたりを見つめている。青い蝶がひらひらと飛んでいるのが分かった。ああ、そうか、ここはベルベットルームに入れるんだっけ。月森がポケットから重厚なカギを取り出す。花村たちには見えないはずだ。おいおい、いきなり月森が消えたらみんなびっくりするだろう、なんで普通に鮮やかな色彩を放つ異空間への入り口に入ろうとしてるんだ、こいつは。少しは誤魔化せよ。トイレとか、アイテムの購入をしてくるとか、いろいろ理由はあるだろうに、と思いつつ、月森、と声を掛けようとした私は花村に先手を打たれてしまった。


「あ、そういや、神薙は初めてだっけ?」

「え?なにが?」

「月森が入ろうとしてるところだよ。ほら、あの青い扉の」


花村が普通にベルベットルームの入り口を指差すものだから、私は訳が分からなくなって硬直してしまった。なんで花村がしってるんだ?ここは月森だけが入れる特権の場所じゃなかったっけ?あれ?あれ?あれ?あまりにも想定外な出来事が発生してしまい、すっかり二の句がつげない。そんな私の様子を見て、花村は悪戯が成功した子供の様に笑う。里中と顔を見合わせて、笑みを濃くした。なんだろう、このドッキリを仕掛けられた時の虚脱感。二人を見比べて、首をかしげるしかない私に里中が後ろから背中を押してくる。


「やっぱり最初はそう思うよね!あたしもペルソナを持つまでは、いきなり月森君が壁の向こうに消えちゃうようにしか見えなかったんだもん。そっかあ。晃はペルソナじゃないけど、もう一人の自分の状態になってるシャドウがいるから見えるんだ。ちょっと残念だなあ」

「ここはペルソナが使える奴だけが入れるんだってさ。すごくね?ほら、行こうぜ」

「え、ちょ、待って、え?!」


レッツゴーって里中に押されて、花村に促されて、私はベルベットルームの扉を潜り抜けた。









光の向こう側は、私の知っているベルベットルームではなかった。いや、もともとベルベットルームとは名ばかりの、月森の先行きの見えない不安を暗示する濃霧の中をひたすら走行する高級ベンツだったはずだ。誰もいない運転席。青い高級仕様のソファには、男と女の2人だけだったはずだ。でも、私の目の前に広がっているベルベットルームと花村たちが言った異空間は、パイプオルガンが控えているオペラステージ、誰もいない観客席、ドーム型の天井にはシャンデリアが荘厳に輝いている。ステージには仮面をつけた女性が言葉の無いオペラを歌っていて、後ろ姿しか見えないピアニストがメロディを刻んでいる。そのステージのすぐ横には司会者の台があり、傍らには黒いサングラスをかけたキャンパスを構えている画家の男がいる。司会進行役の背丈の低い男は私にスポットを当てた。


「ようこそ、ベルベットルームへ。ここは人の心の様々なる形を呼び覚ます部屋。貴方方をお待ち申し上げておりました。我が名はイゴールと申します。我らが4人、貴方方の新たな心、新たなペルソナの目覚めをお助けするよう、仰せつかっております。以後、お見知りおきを」


恭しくお辞儀をされ、私は反射的に軽くお辞儀を返した。不安になって花村と里中を見れば、どうやら二人も月森に同じようなことをされたのだろう、仲間が出来てうれしいと言った様子で暗がりの中にやにやと笑って観客席に座っている。月森はイゴールの傍で笑っていた。この野郎。すると、ピアノがやんだ。そして、すっくと立ち上がった男がこちらを向いて、礼をする。ひ、と私は言葉を飲んだ。男の付けている仮面は目がなかった。


「オレは名無し。閉ざされし、心の扉を開くピアノ弾き。俺が紡ぐ音色は、お前たちの心の扉を開くためにある。それには俺自身、己の心の中と対峙せねばならん。だからこそ自らの目を塞ぎ、永年の夜が過ぎた」


今度はコーラスがやんだ。仮面の女が笑いかける。


「私はベラドンナ。己という魔物に挑む、もののふ震える歌うたい。貴方方の心を鎮めるのが私の役目。そのためには、私自身、己の内なる音楽にのみ耳をそばだてねばなりません。それゆえ、現世の音が届きませんが、あなたのおっしゃりたいことは凛々しい口元を見れば分かります」


そして、最後にイゴールの横にいるサングラスの男が笑いかけた。


「僕は悪魔絵師。人のうちに住まう、神と悪魔を描く絵師だ。僕は己の心情を絵で語る」


私の世界にもいたぞ、悪魔絵師。ペルソナ4に登場する主要キャラ以外のペルソナのデザインを手がけた人じゃなかったか。ちょっとあっけにとられてしまうと、月森が教えてくれた。


「俺がイザナギを呼んだ時のこと覚えてるか?」

「………ああ」

「ペルソナを呼ぶときに出てくるカード、見たことあるだろ?神薙。
 あのカードはこの人が書いてくれたんだ」

「この世界に来る前に、君たちに危機が迫っていたからな。今回は特別だ」


悪魔絵師は笑った。そして、ゆっくりと私に手招きする。促されるまま、私はステージに上がった。あまりしゃべることは得意ではないという悪魔絵師は、月森に私の話を聞いてずいぶんと興味がわいたらしい。久しぶりに創作意欲が掻き立てられると静かながらその口ぶりにはたぎるものがあるようで、私は言われるがまま立っていた。月森はイゴールに新しいペルソナを作ってもらうことにしたようで、マーガレットです、と手短に挨拶してくれた秘書に連れられてステージに向かった。ベラドンナと名無しは所定の位置に戻って仕事を始めた。


「ここにいる連中は死を知らない。もちろん、僕もその一人。ここの住人となり、永遠の時を手にしたと同時に、僕は絵画以外のものに執着しなくなってしまったんだ。ここに来て、一番よかったと思えることは、現世の人々の心が、手に取るようにわかることだ。それが荒んでいく様子も、実によく分かるよ」


サングラスがゆがんだ私を映す。画家は筆を走らせる。斜めに私を見ながら続けた。


「悪魔の姿は、人間が考えたものだ。しかし、人間に悪魔を想像させた原型が必ずある。そう僕は考えている。僕はこのキャンパスにそれを描きたいんだ。君たちにペルソナを現出させる媒介としてカードを渡すのは、その一環でもある」


どきどきしながらキャンパスを見ている私に、悪魔絵師は新しい絵の具を走らせる。


「時たま考えるんだ。現実、いわゆる僕らにとっての世界というやつは本当に一つしかないのか、否かとね」


独り言のようにつぶやかれた言葉に、心臓が止まるかと思った。私は正直この場から一刻も早く逃げ出したい衝動に駆られたが、動かないでくれ、と低い声で言われてしまえば何も言えなくなる。この男は私の正体に気付いているようだ。


「その世界にはきっともう一人の自分が存在する。同じ、普遍的無意識から生じたペルソナであっても、扱えるものと扱えないものが存在するだろう。所詮、人の心はままならない。君も僕からすれば絵に魂が宿った一つの形だ。君はまだ迷っている。答えはいつもすぐ近くに合って遠いものだ。だが、一度それを捕まえれば、後は迷うことはない。君にはそれが見つけられることを祈っているよ」


筆がとまる。男はキャンパスに最後の一筆をいれた。


「僕はいつでもここにいる。また気が向いたら、月森君たちと共に立ち寄るといい。ここでは、時間は意味を為さないからな。タロットは心のひな形だ。心が人の運命を回す。さて、君にはこれをあげよう」


キャンパスが一瞬でトランプサイズの小さなカードに圧縮される。それを手渡された私は、見たこともない絵柄に見入る。


「これから君はこのカードを通して、【降魔】をすることで、戦うことになる」

「こうま?」

「ペルソナという力は、神や悪魔の姿をしたもう一人の人格を憑依させることで発動するんだ。【魔】物を自らに【降】ろして戦う。50年前にこの部屋にやって来た者たちは、そう呼んでいたよ。ペルソナを降魔することで、ペルソナのもつ能力を一時的に君たちは使うことができるようになる。魔法、技、防御相性、いずれも相性があるんだ」


悪魔絵師が月森を見る。


「なにものにでもなる愚者を体現したような彼は、特に制約もなく様々な属性の、しかも複数のペルソナを所持することができるが、普通は一つが限界だね。向こうの彼は魔法使い、彼女は戦車に属するペルソナを扱うことができる。相性が悪いペルソナを使うと、降魔すらできない。君はどうやらいずれのアルカナとも相性が悪いようでね、かつてこの世界を生きていたもう一人の君しか相性がいいペルソナはいないようだ。もし、君がペルソナだったならここまで極端なものにはならなかっただろうね」


黒暗天と書かれているカードを私は握り締めた。悪魔絵師は詳細を教えてくれた。りせの初期ペルソナ吉祥天の妹だそうだ。閻魔王の妃の1人で、不吉・災いをもたらす女神と聞いて、私は閉口する。ここでも女を強要されるのか。黒闇女、黒夜天、暗夜天、黒夜神、あるいは別名“黒耳”(こくに、KālakarNī、不幸・災難の意)などとも呼ばれ、その原語は、元来“世界終末の夜”を意味するらしい。つねに姉の吉祥天と行動を共にするが、彼女の容姿は醜悪で性格は姉と正反対で、災いや不幸をもたらす神とされる一方で、シヴァ神の妃であるパールヴァティの暗黒面である戦闘女神ドゥルガーだったりするらしい。パールヴァティは天城のコミュニティである女教皇に属する女神の筈だ。たしかにあの陰湿さは疫病神と呼称されても仕方ない気がする、と被害者な私は思ったのだった。ひとつ心配があるとすれば、ここに描かれている骸骨の杖を携えた死に神は、素直に女の姿で出てきてくれるだろうかということだ。









稲羽市の中央通りにある商店街を南側に進むと現れるのが、金属細工だいだら.だ。ちなみに最後の・はアクセントではなくて、ボッチとよませるから・までが店名だ。金属細工ダイダラボッチが正式名称なんだけど、残念ながら粋な店主のネーミングセンスはペルソナ4の資料集が発売されるまで誰も知らなかったという悲劇。私も普通にだいだらってなんだろうと思ってたうちのひとりだ。RPGにおける定番の防具や武器を月森たちはここで調達している。テレビの中の世界で集めた素材を持ち込むと、加工してくれて、様々な自称アートを作り出してくれて、月森たちに提供してくれる。ちなみに月森たちの活動資金源は主にアルバイトや素材の売却なわけだから、大事なお店だ。私も1週目はお世話になった。もちろん店主は月森たちの事情を全く把握していないため、自称アートを理解してくれる稀有な高校生集団としか思ってない。店主のオヤジ曰くアートらしいけど、どうみても言ったもん勝ちなのは気のせいじゃないはずだ。状態異常を発生させる武器とか拳銃とかやり過ぎだし、何を表現したいんだかよく分からない。とんてんかんしか音がしないのに、できあがるのは一流の武器ばかりなのもものすごく謎だ。範囲が広すぎる。銃刀法に違反しそうな武器を売っているあたりどうなんだろう、って思っていたら、アニメではまさかの主人公たちが武器なししばりを敢行したもんだから、花火師としてしか出番がなかったのには笑ってしまった覚えがある。世知辛い話だ。警察署が何も言わないあたり表向きは結構ごまかしがきくのかなあ、と思っていたら、その通りだった。


月森たちに案内してもらうかたちで店内に入った私を待っていたのは、所狭しと並ぶいい仕事してますねえと中島鑑定士が喜びそうな骨とう品の数々。花村が隅っこに飾ってある壺を見て、ただで手に入れたのにこんな値段がするのかよって驚いてるあたり、月森たちが持ち込んだアイテムを骨董品として売ってるようだ。いい根性してる。たしか庫出し品を引き取ってくれるはずだから、骨董屋が本業なのかもしれない。こんにちは、と口々に挨拶する月森につられて挨拶をした私に、よう、とオヤジは笑った。昔気質の職人らしく角刈りあたまにねじり鉢巻き、くわえたばこといった装いのオヤジは、顔の左半分に大きな刀傷があって、さらに眼光が凄みを増している。笑ってるからある程度柔和してるとは言え、真正面から見るとずいぶん怖い。でも、この傷は飼ってる猫にひっかかれた名誉の負傷らしいから無類の猫好きだし、謎の俳句をかましたり、構ってもらえずすねたり、お調子者な一面もあることを思えば案外大丈夫そうだ。霧が出てきて町中がバイオハザード・サイレン的なパニック状態になった時なんか、工房の火が消えると凍え死ぬとか寒がりにも程がある発言で笑わせてくれた。まあ、月森のことを戦国武将のような雰囲気を感じるとかいうあたり天然はいってるのかもしれないけれど。私たちと同級生の娘がいるあたり壮年のオヤジは、私をみて興味深そうに笑った。


「新入りかい?お嬢ちゃん」

「ええ、まあ」

「はっは、名前は?」

「神薙です」

「ああ、神薙農園とこのお孫さんか。話にゃ聞いてるぜ。女の子でこの店にくるのは里中のお嬢ちゃんくらいなもんだと思ってたが、どんどん増えてくなあ、月森の兄ちゃん。アンタも隅に置けないねえ。あ、それともあれか?ジュネスのにいちゃんのあれかい?」

「違いますよ、私はただのトモダチだ」

「そりゃ残念だ。そんな顔するほど嫌だったかい?悪かった、悪かった」


からかい調子のオヤジである。月森と花村が好みのタイプではない、もしくは彼氏がいると勝手に判断したらしいオヤジは煙草をくゆらせながらにやにや笑う。私の反応を見て面白そうに目を細めた。私が男であると知ったばかりの月森や花村は私の反応をひやひやしながら見ているが、さすがにいちいち気分を害して衝動に駆られるまま暴露するほど私は短気ではない。んもう、セクハラだよ、アタシたちはそんなんじゃないの!と里中が仲裁に入ってくれるので、私はそのままほっとくことにした。どうせ卒業したらいなくなる土地なのだ。いちいち相手をするのも面倒だ。


「お詫びといっちゃあなんだが、神薙のお嬢ちゃんにあうアートを作ってやろう。ちょっと待ってな」


そう言ってオヤジは工房に消えた。どうやら月森は昨日潜入したときに回収したシャドウの欠片をごっそりオヤジに提供したらしい。ずいぶんと乗り気で扉が閉められた。


「ねえねえ、晃。制服の下に着こんでく防具どうする?やっぱアタシと一緒の方がいいかなあ?でも、晃っておっきいもんねえ」

「どこみてるんだよ、千枝。そっちこそセクハラだろ」

「えー、女の子から男の子にはセクハラって言わないよ!」

「逆セクハラって言葉があってだな……」

「何の話してんだよ、お前ら。つーか神薙はこんなところで着替えようとすんな、頼むから。せめてトイレで着替えてきてくれよ、目のやり場に困るわ」

「なんだよ、人を痴女みたいに」

「お前は気にしなくてもオレたちは気にするの!な、月森」

「花村、お前、なんでそんなこというんだ」

「おーし、黙れ、このむっつりスケベ!つーかボケが多すぎるんだよ、オレだけじゃさばききれんわ。頼むから黙っててくれ!」

「はいはい、わかった。じゃあ行こうよ、晃」

「平然と男の着替え見ようとするなよ、千枝」

「えー」

「えーじゃない。はやく貸してくれ、その防具」


つまんないの、ってシャレにならないブーイングをかましながら、ようやく渡してくれた防具のベストを数着片手に、私はだいだらの奥にあるトイレで試着することにした。結論から言うと、私は男用の防具も女用の防具もいけるようだ。ただ、女用の防具は言わずもがな今のメンバーは千枝だけだから、千枝サイズに造られてる奴の使い回しになる。身長だけなら花村と同じくらいの私には小さい。雪用のやつが造られるようになれば話は別になるかもしれない。どのみち丈の問題はかわらないけれども。それにこの防具はドレス仕様だ。誰が着るか、こんなやつ。全体を見た私は適当に折りたたんで洋式トイレのふたに置いた。男女兼用のはメタルジャケット。男用は唐獅子模様のはんてんだ。たしかどっちも防御は同じはず。はんてんの方が力が一つ分補正がかかるはずだ。でも、見た目的に考えてもこもこ綿が編み込まれた昔懐かしの冬の寝巻を制服下はなかなかシュールだ。無難に男女兼用のやつを使うことにした。脂肪の塊が邪魔してちょっとキツイのが恨めしい。しばらくして私は月森たちのところに帰ることにした。コンバットドレスを着てくれなかったと千枝はむくれている。勘弁してくれ、ただでさえ八十神高校の制服はタチの悪い女装してる気分になれること請け合いなんだから。私に死ねといいたいのか。


「メタルジャケット借りるな、月森。他のは返すよ」

「ああ、わかった。でもテレビの中は危ないから、もし何か違和感があったらいってくれ。予備はいくらか用意してあるから」

「へえ、準備がいいんだな」

「使いまわしてるだけだよ。だいだらのオヤジさんにうっかり見つかっちゃって、どんな使い方したらアートをぼろくそにするんだって怒られたんだ。時々こうやって直してもらってるんだよ」

「ああ、消耗品だからか」

「そういうこと」


オヤジはまだ帰ってこない。自然と話題は私の渡された謎のタロットカードにうつる。


「月森、みたことあるか?」

「これが神薙のアルカナか……ペルソナでもシャドウでも見たことはないよ。ただ」

「ただ?」

「見覚えがあるデザインだなとは思うんだ」

「ほんとか?」

「ああ、でもどこだったかな。ちょっと待ってくれ、今思い出すよ」


ペルソナ4に出てくるシャドウ、そしてペルソナは、すべてタロットカード占いでおなじみのアルカナというカードにすべての所属が指定されている。愚者、魔術師、女教皇、女帝、皇帝、教皇、恋人たち、戦車、剛殻、隠者、運命、正義、つるされた男、死神、節制、悪魔、塔、星、月、太陽、審判、世界の22こだ。まだコミュニティが発生していなくても、クマの情報解析によって所属のカードの絵柄は見えているはずなのに、シャドウでもペルソナでも見たことないデザインだと月森ははっきりと言った。これではお手上げだ。相性が悪いと発動すらできないと言われてしまった手前、せめてこのカードの意味するところが分からないと困る。悪魔絵師から渡されたカードは実に奇妙な絵柄をしている。普通ならさっき上げた22このアルカナを示すデザインが表示されないとおかしいのだ。でも、悪魔絵師曰くどのアルカナとも相性が悪いらしい私がもらったのは、黒暗天専用のカードといっても差支えない物だった。川が流れる平地には山があり、木々がたち、空がある。中央にいるおぞましい姿を覆い隠しているであろう黒く塗りつぶされた黒い影が黒暗天なのは確定だ。もっているのが髑髏の杖だから、冥界の王様の妃という伝承に符合するものがある。問題は黒暗天がもっている黄色くて丸いコインのようなもの。中には一筆書きで描いた☆が収まっている。黒暗天は骨格的に折れてしまったような不自然な形でコインを持っていて、そのコインは黒い影よりも大きく表示されている。よくわからない。まるでコインの方がメインだ。それなのに月森は見たことがあるらしい。どこでだよ、まさか23番目のアルカナでもあるとか言うんじゃないだろうな。


「思い出した。あれだ、シャドウたちを倒した時に、時々落としていくカードのデザインに似てるんだ」

「カード?」

「ああ、そっか、神薙は知らないんだっけ。そのペルソナで分かったと思うけど、オレたちはテレビの世界でペルソナの力を借りて戦うんだ。ペルソナとシャドウが紙一重なのは神薙も知ってると思うけど、襲い掛かってきたシャドウを倒すとカードを落とすんだよ。それをベルベットルームに持って行くと、ペルソナに変えてもらえるんだ。シャドウは生み出した本人しかペルソナにはできないから、悪魔絵師にお願いしてカードをペルソナに替えてもらってから、オレはイゴールに適性を調べてもらって、ペルソナを付けてもらってる」

「ああ、なるほど」


さすがに突然複数のカードが現れて、シャッフルタイム、月森が引いたカードでペルソナを入手ってわけにはいかないらしい。ちょっとメンドクサイ仕様のようだ。シャドウの属性アルカナが分からないと月森は好きなペルソナを入手できない。逆を言えばクマは間違いなく相手のアルカナを言い当てるわけだから、解析能力はかなり上昇してるらしい。なんの補正かは知らないが、先輩を助けられたのは伊達ではなさそうだ。


「でも、出てくるシャドウの中には時々ペルソナにならないカードを落とす時があるんだ。三つ葉のクローバーと、剣と聖杯、あとはこのコインみたいなカードがついてるやつ。ペルソナが使える技だったり、回復してくれるアイテムだったり、ここで高く買い取ってもらえるやつだったりするんだよ」


思わず私は笑ってしまう。


「なんだよ、それ。じゃああれか、私のペルソナは換金アイテムなのか」

「ちがうちがう、さすがにちがうって。
だってオレが見慣れてるのは、神薙のペルソナがいない、
 大地と空と雲があって、雲の中から手が出てきてコインを持ってるシンプルなカードだ。
 シャドウが落とすってことは、オレたちのアルカナとはまた別の系列かもしれないだろ」

「まあ、それもそうだな。アルカナか、占いはてんで興味がないからわからないな。
 帰ったら本屋にでもよって調べてみるよ」

「ああ、天城を連れて帰れたらいやってほど調べよう」

「ちなみに月森が見慣れてるコインのカードはなににかわるんだ?」

「………ここで売れるよ、高値で」

「やっぱり換金アイテムじゃないか」


私の指摘に月森は卑下するもんじゃないとたしなめる。私と月森の会話を聞いていた里中が、そういえば、って持ち前の直感で会話に入ってきた。どうやら月森から支給された新しい武器、もとい殺人シューズを装備し終わったらしい。自分のシャドウから入手した素材を自分で装備するってなんかシュールな気がするのは気のせいか。


「そういえばさ、そのカードってあれだよね。トランプに似てるよね」


その一言に花村が反応する。月森からもらった新しい武器は、早紀先輩を助けたダンジョンから入手したアイテムからできたようだ。あいかわらず銃刀法違反まっしぐらな二刀流だ。使い心地を確かめていた花村は無駄に上機嫌である。


「あー、コインはダイヤで、クローバー、剣はスペードってか?聖杯はなんだよ、里中」

「まああとはハートじゃない?だってコインのカードは換金できるし、ダイヤはお金のことでしょ?たしか。剣のカードはペルソナのスキルが増えるし、アタシたちに一番役に立ってるよね。ほかの2つは分かんないけどさ」

「トランプかっつーの。それじゃあ、神薙のペルソナ、54枚もあるのかよ。
 何重人格だよ、おい」

「じゃあオレは八重人格だな、花村」

「え?あ、いやいやいや、別にそう言うつもりで言ったんじゃねえってば。
 そりゃ俺だって転校生なのに、なんでお前は何個もペルソナ使えるんだよーとは
 ぶっちゃけ思うよ?思うけどさ、思うだけだっての。
試しに月森からペルソナ借りたらえらい目に遭ったしなあ」

「相性悪かったのか?」

「いんや、神薙も聞いただろうけど、発動すらできないってなったらまずいっしょ?
だからイゴールには相性いいっていうやつを付けてもらったんだけど、
 オレがいっつも使ってるペルソナと勝手が違いすぎてさ、なんつーか重いんだよ。
 ペルソナ呼ぶのがまず大変だし、スキルを発動すんのも結構きついんだ。
扱える武器も変わっちまうから、慣れる前に大変でさ、もういいやってなったんだよ。
戦闘中に何度も何度もチェンジしちゃうお前の精神力の高さにオレはビックリだよ、わりとマジで」

「花村が他のペルソナ使えてくれたら、オレの負担も今よりずっと減るんだけどなあ」

「わるいごめんかんべんしてください。こっちの世界に帰ってからマジで筋肉痛で死にそうになったんだよ。バイトにも差し支えるからやめとくわ、俺」

「そんなに大変なのか。なら、月森がリーダー張るのは当然だな」

「ホント、月森君ってすごいんだよ、晃。アタシも慣れるまで大変だったんだもん。だからさ、晃も無理しないデネ」

「分かってるよ」

「それならよろしい。アタシが守ってあげるからさ、心配しないでよね。雪子と早く仲直りしてくれたら、それでいいからさ」

「ああ、わかってる」


きっと言葉を交わすのは、私が降魔させたカンナギアキラ、そのひとだろうけど、さすがにそこまで言う必要はないだろう。私はカードを握りしめた。


「待たせたな、神薙のお嬢ちゃん。アンタにはこのアートがぴったりだ!さあ、持ってってくれ」


ようやく帰ってきただいだらのオヤジが出来上がったばかりの真新しい武器をカウンターに置いてくれた。これまた銃刀法違反でしょっ引かれそうな代物に思わず私は顔が引きつるのを感じた。おー、かっこいい!と千枝が目をキラキラさせてよってくる。持ってみてよ、って言われて、それがどんな武器かわからないまま、私はそれを受け取った。ずっしりと重い。不安そうな顔を察したのか、テレビの中だとペルソナの能力を借りることができるから苦ではなくなると花村が教えてくれた。どういう訳かだいだらのオヤジは所持しているペルソナに合わせた武器を作ってくれるとのことである。なにその天啓。あれか、黒暗天がこれを造れとだいだらのオヤジにメッセージでも送ったのかと勘繰りたくなる。改めて私はそれを眺め見た。


「なんかフォークみたいだな。悪魔が持ってそうな……」

「ちがう、ちがう、ちがうぞお嬢ちゃん。オレが想像してるのは、悪魔が持ってる農具じゃなくて、漁師が使ってる方のやつだ。あんなちゃっちいやつと一緒にされちゃ困るぜ」

「海の神様がもってるあれ?」

「そうそう、ディスティニーランドに出てくる海の神のおやっさんが持ってたあれだ」


私がだいだらのオヤジにわたされたのは、槍だった。先端が三つに分かれてる槍だった。とったどーでお馴染みの芸能人が海の中で魚を捉えるのに使うあれだ。もともと魚を取るために使われてた武器だ。鋭利な刃物が3つ並び、それぞれにケースがついている。使い方としては、引っ掛けて切ったり、突き刺すのが基本になりそうだ。ずいぶんと初心者でも扱いやすい武器を提供してくれたものだ、と安心する。槍の間合いは安心材料だ。戦闘時にシャドウとの間に距離がとれれば、それだけ恐怖感も薄まるし、基本動作や用途は簡単そうだ。使い方はあいつに聞けばいいだろう。接近戦が壊滅的に弱くなるけど、たしかあいつはシャドウの時にジオを使ってたはずだ。魔法を使えるんならある程度はましになるだろう。でもなんで槍なんだろう。死者の国の王の妃なら死神よろしく大きなカマでもよかった気がするが。


「これから組み立て方法を教えるからこっちにきてくれや」

「あ、はい」


さすがに私の身長以上あるやつを外に持ち出すのはむりだ。だいだらのおじさんに言われて私はカウンターに向かった










「テレビの世界に行く前にさ、行きたいところがあるんだよ。ちょっと付き合ってくれねえかな」

「え、どこに行くんだ?花村」

「ああ、そうか。神薙を連れていくなら行かないとダメだよな」

「あはは、すっかり忘れてたねえ。あぶない、あぶない、また怒られるとこだったよ。ナイス、花村、よく思い出したね」

「え、ちょ、話が見えないんだけど、教えてくれないか。どこに行くんだよ」

「てんちょーのとこだよ、晃。花村のおとーさんのところ」

「テレビの世界にいくには根回しも必要ってことだよ、神薙」


さらっととんでもないことを言い始めた月森に状況が呑み込めない私ははあっ!?と声を上げてしまった。どういうことだよ、と思わず詰め寄ってしまった私に、花村は苦笑いで私と月森を指差して、元はといえばお前らのせいだかんなって肩をすくめて教えてくれた。意味が分からない。え?え?と疑問符を飛ばす私に月森は補足して説明してくれた。私が自室からもう一人の私に引きずり込まれた日のことを思い出してほしい、といわれた私は改めて回想してみる。月森は真夜中テレビに映るシャドウに殺される寸前の私を助けようとして手を伸ばし、居間のテレビから落っこちた。私の救出が成功した月森は、ぐったりとしている私をおんぶして(余計なことを思い出してしまい頭が痛くなった)クマのところに行き、クマからテレビを出してもらって私たちはテレビの世界から生還を果たすことができたはずである。どこだったか覚えてるか、といわれて私は思い出した。クマのテレビはジュネスの家電売り場のどでかいテレビと繋がっている。だからクマに問答無用で押し込まれた私たちは、夜明け前の閉店したジュネスの家電売り場に叩き出されてしまったはずだ。本来誰もいない無人のデパート。防犯カメラは作動している。鳴り響く防犯ベル。自動的に通報されるのは契約している警備員の事務所。第一発見者は施錠がきっちりされているかを確認して回っていた警備員のおじさんと……あ。ようやく思い出した私は、警察に通報するついでに救急車を手配してくれた人を思い出し、花村を見た。もうあの時は一気に押し寄せてきた安堵の波に押し流されて、すとんと眠りに落ちるように朦朧としていたからおぼろげだが、直売の野菜を納品するときに何度か顔合わせをしたことがある男性が頭に浮かぶ。あの時は大変だったと月森は遠い目をした。完全にブラックアウトしている私を抱えて、凍りついた空気の中でしどろもどろになりながら話をしたのだと思い出すだけでちょっと泣きそうな顔をしているのが申し訳なくなってくる。花村を呼んでくれと朝早くにマジ切れした父親にたたき起こされたオレの身にもなってくれととは花村の小言だ。仕方ないだろと月森はふてくされている。引っ越してきたばかりの月森に転校生仲間だと気安く話しかけてくれた花村しか転校してきたばかりの月森のことを証言してくれる友人としてとっさに浮かばなかったらしいのだ。まあ陽一さんのネームプレートを見れば連想するのはしかたないけど。


「警備員のおじさんと花村のお父さんは、俺たちがジュネスの家電売り場で立ち尽くしてるところをばっちり目撃したんだよ、神薙。普通に考えて、行方不明になってた神薙を誘拐したのは俺だから疑ってくれって言ってるようなものだろ。下手したら殺人犯にも間違われるかもしれないと思ったらもう頭が真っ白になってさ。警察や救急車が来る前に、テレビに手を突っ込んだりクマに説明してもらおうとして陽一さんたちもあっちの世界に連れてっちゃったり、いろいろ仕出かしたんだよ。その結果がこれだ」


月森は遠い目をしている。


「どこまでアクロバティックなんだ、月森。無茶苦茶だな、お前」

「俺は神薙みたいに、何があっても客観的に物事が見られるほど大人じゃないんだよ」


その冷静沈着すぎる性質を分けてくれと月森は私を見た。その時のことを思い出すと死にたくなるほど恥ずかしいらしい。おかげで監視の目がきついけどなーと花村は疲れたような顔をしている。バックヤードから持ってきた模擬刀をぶん回した件で銃刀法違反で前科持ちになるところを、堂島さんの口利きで無かったことにしてもらったことがよほど堪えたらしい。この様子だと何があったのか報告する義務が課されているようだ。もうある意味公然の秘密となりつつあるのは気のせいか。なんかごめん、私のせいで思いっきり出足をくじかれてたんだなって月森に謝ると、協力者はいた方がいいよ俺たちだけでは出来ることも限られてくるから、とスマイルが浮かんでいる。でも目が笑ってない。思いっきり笑ってない。これはなんらかのお詫びを考えなくてはいけないなあと焦りながら私は思った。警察を呼ぶことも考えたそうなのだが、目撃者だったから納得した面があるとはいえ、さすがにテレビの世界と連続誘拐殺人事件の関連性を訴えるには電波すぎる話だ。真夜中テレビとの接点も陽一さんたちからすればすべてが1本の線でつながっていることを認めざるを得ないとはいえ、状況が状況である。結局、陽一さんと警備員のおじさんは花村たちのなんちゃって探偵部の活動を黙認する代わりに、バックアップする体制を整えてくれているらしい。人払いとかの面で。テレビの世界で戦う手段がない大人が何もできないのは歯がゆいらしいが、子供である花村たちにしかできないのは事実であるため、どうしようもないのだそうだ。なんかとんでもないところまで原作かい離が進んでしまっている現実に、今さらながら仕出かしたことの大きさを感じてしまい、バタフライ効果に戦慄する私である。


「あのテレビ、今は店長の部屋に置いてあるんだよ。おかげでクマんとこまで遠くなっちまったぜ、めんどくせえ」

「なにいってんのよ、花村。おかげでアタシらは毎日バレル心配なくいけるんじゃない」

「そうだけどよ……毎日切々と訴えられる身にもなってくれよ、俺たちにしかできないことだってのになんでわかってくれねえかなあ」

「それは仕方ないだろ、花村。陽一さんも心配してるんだ」

「わかってるけどさー」


テレビの位置までかわっているということは、私の知っているテレビの世界とはまた違った空間が広がっていることは確定のようである。あれだけ同じところから入れとクマから言われていたのにと思いつつ、花村たちの話を聞いているとどうしようもないことが分かる。幸いクマと合流できる経路は分かっているようだから、心配するには及ばないのだろうけれど。今の状態にたどり着くまでには様々な苦労があったに違いない。月森は私に気遣って口にこそしないが、なんとなく、他のコミュニティを総無視してジュネスに通いつめているのを垣間見た瞬間だった。


関係者以外立ち入り禁止のスタッフ入り口を潜り抜けた私たちは、花村に案内される形で家電売り場のバックヤードを案内される。山積みの段ボール箱が入っている滑車やいろんな家電の包装がされている四角い山の道を潜り抜ける。パートのおばさんたちが忙しそうに駆けずり回っている。バイトなのにやっている仕事は低賃金で働かされているバイトリーダーという店長の息子を見かけたおばちゃんが、陽介ちゃんと笑いかけるたびに、花村は愛想よく笑って挨拶した。どうやらおばちゃんたちにはバイトの面接にやって来た高校生にうつるらしく品定めの眼差しだ。花村の足取りはどんどんバックヤードの奥に進んでいく。てっきり家電売り場に展示されているであろう巨大なテレビの入り口に直行するとばかり思っていた私は、見当はずれな足取りに違和感を覚えたまま一番最後尾をついていくしかない。月森も里中も何も言わないまま、慣れた様子ですいすい段ボールの壁を潜り抜けていく。ここからはみ出すなと青いテープが張ってある避難経路ぎりぎりだけは確保してある通路には、時々スプリンクラーや消火器、見たこともない防犯関係の扉がみえる。花村の後姿を必死で追いかけていた私の目に飛び込んできたのは、スタッフが常駐している部屋である。バイトやパートの人たちがいるへやではなく、いわゆる正社員の人たちが利用しているスタッフルームだ。今日利用している電力メータが書いてある電子掲示板のすぐ横には、店長しか入れない部屋がある。花村はスタッフルームの横にある店長の部屋の扉をノックすると、呼鈴を鳴らした。男性の声がする。どうやら一人息子の形式ばった挨拶などお見通しらしく、あっさりと扉があいてしまい、花村とよく似ている容貌の男性が顔をのぞかせた。花村たちを確認するなり、花村陽一さんは手招きして私たちを招き入れてくれた。促されるまま応接室に通された私は里中の隣でソファに座るよう言われて、そのままふかふかのソファに座りこんだ。商談を進める大事な部屋は防音が効いている扉があり、しっかりと施錠された。ぽかん、としている私をまじまじと見つめた陽一さんは安心したように笑った。私だけが事情を呑み込めていないことを悟ったらしく、何も説明せずにここまで連れてきたのかと見つめる先には、あ、忘れてたとばかりに私に手を合わせてくるうっかり王子がいる。


「陽介から無事に退院したと聞いてね、元気そうで安心したよ」

「あの時はお世話になりました」

「いや、僕たちは当たり前のことをしただけだから気にしないでくれ。
 でもね、本気なのかい?まだ神薙さんは病み上がりなんだろう?
 あの世界のことを知っているとはいえ、まだ本調子でもないのに行くのは
 やめた方がいいと僕は思うんだけどね」

「大丈夫です。月森たちがいますから」

「正直、月森君たちがあの世界に行くこと自体やめてほしいことなんだけどね、
 きっと神薙さんも行くのを止めることはできないんだろうな。残念だよ」


何度となく繰り返されてきた問答なのだろう。家族よりも友人たちを優先する思春期の息子たちの扱いづらさに陽一さんは手をこまねていているようだった。本心としては、きっとあのテレビを売りに出すことで花村たちとあの世界の接点を完全に絶ってしまいたいのだろう。でも、小西先輩や私という月森たちにしか助けられないという前例が出来てしまっていることも事実であり、現在進行形で天城がテレビの世界に閉じ込められている今、実行に移すと言うことは連続殺人事件の共犯者となることを意味している。ペルソナがない人間にとってあの世界は無力でしかない。霧が出るとあの世界にいる人間がシャドウに食い殺されてしまうという事実は、私が助けられなかったアナウンサーについて月森に懺悔したことが花村経由で伝わっているようだ。何度同じことを言うんだと辟易している花村は、そんなことどうでもいいからテレビにいって来るってどこか素っ気ない。親の心子知らずとはこのことだ。


「天城さんを助けられたら、これが最後にするんだよ」

「最後にできたらいいけどな。まだ捕まってないだろ、犯人」

「それを言われたらどうしようもないね、はは」


胸を張って大人に任せろと言えない歯がゆさが透けて見える。私は気付かないふりをして、見送ってくれる優しい大人に背を向けてテレビの向こう側に足を踏み入れた。






テレビの向こう側に待っていた世界は、私たちが商店街からジュネスに向かう過程で通った道がそのまま再現されていた。赤と黒のストライプな空や瓦礫にさらされている崩壊した景観がなければ夕暮れ時の稲羽市と錯覚してしまいそうになるほど、再現度が高いジオラマが広がっている。きっと霧の日になるたびに発狂したシャドウたちによってこの世界は世紀末状態になるのだろう。この世界に迷い込んだ人間が増えるたびに、その人間にとっての稲羽市がこの世界に出現していくことになる。陽一さんたちをクマのところに連れていってしまうという暴挙をやらかした月森によって、このエリアはジュネスという形で新しく出現しているようだった。シャドウが出現しなくてよかったな、ホントに。大人でもシャドウやペルソナは発現するみたいだから、外からやって来た人間である陽一さんももしあの人に見染められてたら月森みたいなことになってたかもしれないんだから結果オーライである。まあ落っこちたところがクマのいるスタジオなんだからシャドウは出る訳がないんだけど。でも、ここはそのエリアではない。だからシャドウはいるはずだ。私は花村たちに習って、楽器を仕舞うケースに似せて作ってもらった箱の中から、槍を取り出して組み立てる。だいだらのオヤジから教わったばかりの相方を組み立てた私は、お守りのように携える。一番最後に準備が完了した私に、月森が渡してくれたのはアイテムが入った袋だった。クマと合流するまではシャドウに対する対策を立てるのも限界があるそうで、私にまで気を遣うと大変な苦労をするのは目に見えている。私は安全なところをついていけばいいようだ。ようするにレベルが足りないらしい。だろうね。


「神薙は初めてだろうから、まずは俺たちのあとをついてきて。
 何があるか分からないから、いざというときに為にもっててほしいんだ」

「アイテムがかりだな、分かった」


ご丁寧に用意してくれているくしゃくしゃのメモ帳には、アイテムの用途が書かれている。きっと里中や花村とひとつひとつ調べながら書きこんできたのだろう、筆記体がてんでばらばらだ。まあ、こんなもの無くてもだいたい分かるけど。ふむふむ、と確認する振りをして、私は名称とアイテムの形がなんら変わらないことに安堵する。見れば分かるよ。1年間お世話になったアイテム群なんだから。もちろんそんなこと言えるわけないので沈黙を守るが。


「ねえねえ、月森君。今のうちに晃のシャドウがちゃんとペルソナの代わりをしてくれるかどうか、確認した方がいいんじゃない?悪魔絵師の人は大丈夫だって言ってたけどさ、やっぱり心配だよ」

「そういえばそうだよな、神薙は記憶が吹っ飛んでるからペルソナにできてないんだっけ。
 シャドウがいきなり襲ってきたらどうしようもないもんな」

「……どうする?神薙」


私は懐に仕舞っていたダイヤのタロットカードを見つめた。


「降魔するんだったか?」

「ああ、ペルソナに憑依してもらうんだ。装着している間は、そのペルソナの力を俺たちは使うことができるし、守ってもらうことになる」

「憑りついてもらうってことか。わかった。やってみるよ。
 ただ、私の場合はシャドウのままだから、意識を乗っ取られることになると思うけど、
 急に人が変わったみたいに口調が変わったりしても驚かないでくれよ、花村、千枝」

「え、ちょ、大丈夫なのかよ」

「無理しないでよ、晃」

「大丈夫だ。私よりも雪を助けたがってるのはあの男だから、むしろシャドウの方がやる気があると思う。私は真夜中テレビの出来事のあたりが完璧に記憶にないんだ。だから、雪に対する思いもあの男が全部背負ってる。悪いようにはしないと思うよ。月森に完膚なきまでに叩きのめされてるからな。襲ってきたりはしないよ、きっと。雪を助けるためだったらなんだってするさ」


もしも何かあった時のための準備は万端なようだから、と私は月森を見て苦笑いだ。なんだ?と月森は意図を測りかねて首をかしげているけれど、私は悪魔絵師との会話の中で月森を見た時に、ずーっとペルソナ合体をし続けているイゴールと月森の背中を見ているのだ。ネタバレをばっちり仕込んであるあの男のことである。月森にリベンジをするような大馬鹿ではないはずだ。マーガレットからのペルソナ合体予報を聞いて、わざわざマハブフもちのべリスを誕生させてるあたり、月森は完璧にペルソナ合体にはまっている気配がする。きっとアニメの主人公の様に2週目の事故ナギしばりはしないにしても、とっくの昔に仕込みを終えたペルソナをペルソナ図鑑に登録してそうな気配しかしないのだ。あの男の弱点が雷であることは月森がよく知っている。すぐに弱点を突かれてノックアウトが関の山だ。だから正直私はあまり心配していなかった。むしろ今ここに私がいることの方がお門違いな気がしてならない。私がここに来たのは、あの男と雪を合わせるためでもあるのだから。もともとこの身体はあの男のものだ。憑依してる私がどうこういう権利がないのも事実だ。


「なんか二重人格みたいだぞ、神薙」

「あながち間違いでもないさ、花村。私はあの男の後に生まれたようなものだから」


記憶を失った後に出来た人格と前の人格は違うと取った花村は、あーわりい、と謝ってくれる。いいやつだ。しかし、私はシャドウであるという事実を告げたときのことだと勘付いたらしい月森は、神薙、と咎めるような眼差しを向けてくる。私は肩をすくめた。あの男がこの身体に収まっている間、私はどこにいるのだろう。それだけがちょっと心配だった。願わくばこのまま役目を終えて元の世界に返して欲しいんだが、そう簡単にはいかないだろう。はあ、と小さくため息と浮いて、私は黒暗天のタロットカードを握り締める。


「黒暗天」


ここから先は、私の記憶は完全に途絶えている。


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