「城前がいなくなった?そういえば、最近見かけないな」
(付き合い悪くなったよな、彼女でもできたんじゃない?)
「よかったじゃないか、俺達は追われてる身なんだ。城前にも何度迷惑をかけてきたか分からない。これもいい機会だ、このさい」
(なにいってんの?二度と会わないってことは、二度とデュエルできないってことじゃん。そんなのやだよ、寂しいじゃん。だから却下♪)
「おい待て待て待て、このあいだも騒ぎを起こして逃げ回るはめになったばかりだろう、忘れたのか?!」
(城前がかばってくれたから、あの子もおれ達も逃げられたんだよな!ほんと面白いやつだよなー。あのときのデュエルが決着ついてないのに、居なくなられたらオレが困るんだよ。だから捜そう!昔から探し物は得意なんだしさ)
「そもそもお前がオッドアイズ・ファントム・ドラゴンを出さなかったら大事にならなかったはずだと前も言っただろう!」
(しょうがないだろ!城前も困ってたし、あの子も泣いてたんだから!みんなを楽しませるのがエンタメデュエルの伝道師たるオレの使命なんだ。いくらアンタでも、それを邪魔するなら許さないよ)
「しかしだな……」
(いつまでも過去の失敗ばっか振り返らないで、前見よう前!さあ、城前捜しに行こう!たしかワンキル館のスタッフ証付けてたよね?)
「ああもう、わかった。おまえは黙ってろ。ここからは俺が行く」
はあ、とため息をついた少年は、ワンキル館に赴いた。
白壁土蔵造りの複数の建物で構成されている広大な敷地を持つデュエル史料館、通称ワンキル館は、民芸調の落ち着いた雰囲気の建物である。デュエルモンスターズが誕生したときから収集されたコレクションの規模や内容のニッチさからMAIAMI市を代表する博物館として世界に知られている。デュエルモンスターズのカードプールと環境の歴史を解説する1号館、当時のデュエルディスクなどを展示する2号館、世界大会や記念作品など関連する貴重な資料やカードを展示してある3号館、デュエルモンスターズの機械や設備を修繕する4号館までがメインとなる建物だ。スタンダードなテーブルデュエルから派生してきた、様々なデュエルを体験することができる大型施設を備えた新設の建物である5号館だけは、メインの建物と離れた場所にある。どちらも入るには受付で入館料を払わなければならない。入館料は一般500円、高校大学生400円、子供は200円である。開館時間は10時から17時。休館日は毎週水曜日と12月28日から1月4日まで。入る必要性を感じないので、受け付けの女性に声をかけた。あら、こんにちは、と妙齢の女性2人が対応してくれた。
「城前はいますか?」
「あら、城前君のお友達?ごめんね、3日ほど前に出掛けたまま帰ってこないのよ」
「3日も?」
「友達のところに出掛けてくるっていったきり帰ってこないって館長が言ってたわね。まあ高校は休みだし、高校生だし、よくあることじゃない?城前君も高校生だしね」
「でも、いつものスポーツバッグだけなんでしょ?さすがにラフ過ぎない?」
「もしかして、なんにもいらないお友達のところに行ったのかしらね?」
「そーね、城前君も高校生だしねー」
受け付けの二人はニヤニヤしながら世間話を始めてしまった。どうも、とその場を切り上げ、踵を返す。少年は思案顔だ。
(3日も出掛けるのに、スポーツ鞄だけってことは、やっぱり私物を置いてる友達の家に転がり込んだってこと?一人暮らししてるんだから、いらないよねそんなの。やっぱ彼女ができたっぽいね。なんだよ、言ってくれればいいのに)
「それほど俺達は仲良くないだろう」
(いーや、城前ならいうね。オレ、彼女が出来たんだよ、ってすっげー嬉しそうな顔で言うよ。きっと)
「それもそうか、違いない」
(城前の好みってどんなだろうね。大人のお姉さん好きそう。オレ、気になるなー、やっぱ探そう)
「結局そうなるのか……」
(なんだよ、気にならないの?)
「うっ……ならないと言えばうそになる。でもな、そこまで俺達があら捜ししていいことか?」
(面白そうでしょ?デュエルモンスターズが出来る夢のような環境から出てくなんて、よっぽどぞっこんなんだよ、城前。どんな女の子かオレ気になるなー。どうやって探そうかなー)
「人の話を聞け」
(やだ♪)
はあ、とため息をついた少年の先には、MAIAMI市に張り巡らされている監視カメラの1台。これが一番早いか、と少年はレオ・コーポレーションのソリッド・ビジョンをハッキングする要領で、警察やレオ・コーポレーションの伝家の宝刀である監視カメラのデータを盗み取ることに成功した。デュエルディスクにデータをぶち込めば、マッピングが完成する。あとが残らないようにすべてを消去した後、少年はゆっくりと歩き始めた。
(いいねいいね、隠れ家って感じで)
「ここか……やはり彼女の家じゃないか、ここ」
(にしては出てった形跡ないけどね」
「……だな」
辿り着いたのは、どこにでもありそうなマンションである。問題は監視カメラのデータによれば3日前の夜、ここにほど近い駐輪場に愛車を止めた城前は、ここの一室に入っていくのが確認されてから1度も部屋から出ていないことだろう。いくら私物を置いている半同棲生活をしているとしても、消耗品はなくなるだろうし、二人分の食料を買い出しに行く女性なり男友達なりいそうな気がするが、城前以外であの部屋に入った人間はいないのだ。むしろ少年が入手した監視カメラのデータだと、城前以外に出入りしている人間が確認できないのである。初対面で警察につつかれると困る理由がある、と明言していた城前である。仄暗い事情でもあるのなら、いくのは憚られる、と少年は考えた。あいにく相方はそんな考え微塵もないようだが。
(もしかして、閉じ込められてるんじゃない?城前ってノリいいから、大人のお姉さんに気に入られちゃったとか)
「なんでそうなるんだ。城前は自分の意志であの部屋に入っていっただろ」
(でもさ、デュエルの途端に豹変するやつだっているんだし、二人きりになった途端ってあると思うなあ、オレ)
「……」
少年はなにも言わずに目をそらす。こころあたりが約一名いたせいで、返す言葉がなかったのだ。
(ポストだけでも見ておこうよ)
「……ポストだけだぞ」
さいわいマンションはポストが誰でも見られる位置に設置されている。少年はその一角をみて、違和感を覚える。ポストがすべてガムテープで固定されている。ついでに近くの壁にはペンキで落書きがされている。近くにある花壇は放置されているようで、すっかり枯れて荒れ放題。ついでにいえば、このマンションのベランダは、人の営みが全く感じられない建物だった。うすら寒くなってきた少年が水道の料金メーターが並ぶ一角を見つけた。目を走らせるがどのメーターも止まっており、動いている気配がない。つまりどの部屋も水が止められている、人が住んでいない部屋ということだ。少年は驚いた。城前がいると思われる部屋は普通に明かりがついているんだが、どういうことだ。さすがに引け目を感じていた少年も内なる声の言葉が信憑性を帯びてきて顔が険しくなる。
「いくか」
(待ってました、そうこなくっちゃね!)
少年は城前がいるはずの部屋に続く階段に向かった。
「……これはっ……!」
そこには立ち入り禁止のテープが張られている。ラミネートされているお知らせによるとこのマンションは耐震偽造が発覚し、建て替えが行われるため住民はすべて立ち退いているようだ。その後、建築業者との交渉が難航しているのか、数年前からずっとこのままのようだ。つまり、ここには誰も住んではいけないということだ。とうとういても経ってもいられなくなった少年は、そのテープを無視して一気に階段を駆け上がる。城前が入ったはずのマンションの一室に辿り着くと、やはりここだけライトがついている。ぴんぽん、とチャイムが鳴った。どんどん、と壊れかねない勢いで乱暴にぶっ叩く。
「おい、城前!返事をしてくれ、居るんだろう!?」
(おーい、城前、生きてる?)
「滅多な事いうんじゃない!おい、城前、返事してくれ、おい!」
しばらくして、がちゃりとドアが開く。
「な、なんだよ、お前ら!?どうしてここに!?」
部屋着姿の城前がいる。びっくりしている様子だ。ざっと見る限り、普通に元気そうである。チェーンを外してドアを開けてくれるあたり、軟禁されているわけではなさそうだ。ほっとした少年はため息をついた。さすがに野次馬根性で彼女を特定しようとしたとはいえないので、考えていた理由をしれっと織り交ぜる。心配して損した、とぼそりとつぶやく。
「それはこちらの台詞だ、城前。あそこの駐輪場に城前のバイクを見かけたから、ひょっとしてと思って来てみたらこれか」
「あ、あー……そういうことか。わりい、おれここに住むことにしたんだわ」
「……は?」
「聞いてくれよ、おれさ、彼女が出来たんだぜ!料理が上手くてさ、居心地好いんだよな。今日は仕事に行ってていないから、おまえらに会わせらんないのが残念だけどさ」
「……はっ!?何言ってるんだ、城前、しっかりしろ!ここは立ち入り禁止だろう!そもそもここには誰も住んでないぞ!?」
「はあ?何言ってるんだよ、ここはおれと彼女の部屋だっての」
きょとんとしている城前に、うすら寒さすら覚えた少年は、返事も聞かずに中に入った。それはそれは、異様な部屋だった。数年間使われていないのに、なにも劣化していない上に、問題なく使用することができる部屋が広がっていたのである。花瓶には鮮やかなひまわりが飾られており、丁寧に手入れがされているようでみずみずしい。部屋全体が清潔に保たれ、整理整頓されている。ちょうどいい室内温度に保たれている。テーブルの上には、仕事に行くから食べてくださいと一筆添えられた置手紙とラップがかけられた食事が用意してある。城前はルームシェアする彼女がいろいろやってくれているんだ、とのろけを聞かせてくるが少年の表情は青ざめていくばかりである。
「城前、彼女って誰だ」
「え?彼女は彼女だよ、いわせんな恥ずかしい」
「だから、名前は何だと聞いてるんだ。彼女なら答えられるだろ?」
「さあ、何だろーな。なかなかタイミング合わなくて、会えてないんだけどさ、こんな気が利く子なんだ、きっといい子に決まってるだろ」
「まさか、名前も知らない子と同棲してるのか、お前」
「いやー、それくらい普通だろ?あんないい子なんだ、別れるにはおしいって」
「城前」
「なんだよ?」
「お前、おかしいぞ。何があった」
「いや、なんだよ、突然。普通だよ、普通」
「普通じゃないから聞いてるんだ、一日も外に出ないなんて、おかしいだろ」
「いやだってさ、あの子が寂しがるからさー」
埒が明かない問答である。さすがに少年は城前の言動がおかしすぎて、全く会話がかみ合わないことに鳥肌が立っている。ここに居てはいけない。ここに城前を置いてはいけない。そう強く感じる。ここにずっといては少年も城前も壊れてしまう。城前は少年の忌避感などお構いなしに、いかに彼女が優しいかメモを見せてくる。弱音を吐く城前を激励する言葉が並んでいる。丸文字のかわいらしい女性の文字である。帰りたい、戻りたい、家族が心配だ、でも帰り方が分からない、という城前の仄暗い背景をうかがわせる言葉が並び、それをひとつひとつ慰める言葉が並んでいる。ここだけみれば温かな交流だが、あまりにも状況が異質すぎた。少年はずかずかと部屋を進み、スポーツバッグをひったくる。さいわい私物はほとんどあるものを使っていたようで、なにも出していないようだ。携帯を付ける。そして、警察に電話をした。ここの住所と不法侵入者が2名いる。ファントムである。そう告げて電話を切った。ぎょっとした様子でなにしてんだよ!?と驚く城前にスポーツバッグを投げつける。
「もうすぐ特殊部隊がくるぞ、城前。またあいつらの尋問が受けたくなければ、来い」
「はあっ!?なんだ、なんだ、どうしたんだよ、お前!なんで遊矢みたいなことしてんだよ!?おれと彼女を巻き込むなよな!」
「言い訳は後で聞く。はやくこい!」
「だから、なんでだよ!?」
「彼女が帰って来る前に、お前はここから出るべきだ。特殊部隊に彼女が捕まってもいいなら残るといい」
「んのやろ、まさか彼女が出来てうらやましいからって、こんな、くっそ!」
遠くからサイレンが聞こえてくる。さあっと青ざめた城前は、泣く泣く少年に連れられて部屋を後にしたのだった。
落ち着いてくるたびに、あの部屋に帰りたくなる衝動に駆られる城前が気が気じゃない少年は、ハッキング用の監視カメラをワンキル館に付けようか本気で検討し始めるのは時間の問題である。