「本気か、零王!お前、今、何を言ってるのかわかっていってるのか!?考え直せ、それだけはしちゃいけない!ほんとうにどうしたんだ、お前、正気なのか?落ち着け、落ちついてよく考えてみるんだ!それは零児君を1人にするってことなんだぞ!たったひとりの肉親であるお前がそんなことしたら取り返しがつかなくなることくらいわからないか!わかれ!わからなきゃいけない!お前は研究者である前に、一人息子を持つ父親でもあることを思い出さないか!!」
扉越しでも聞こえてしまう罵声に、ノックしようと構えていたズァークは、そのままそっと手を下ろした。
「……お取り込み中みてーだな、どうするよ、ズァーク」
「……まただな」
「また?」
「おそらく古巣に連絡してるんだろう」
「古巣?」
「榊さんはもともとこの国の軍事機関の研究員だったんだ。研究していた質量を伴ったソリッドヴィジョンの研究が民間にも広く応用が利くとわかって、民間利用を考えるために早期退職して会社を立ち上げた。赤馬零王研究員や他の研究者達と民間会社を作り、ある程度軌道に乗り始めた段階で独立、アクションデュエルの構想をぶち上げて第一人者になった経緯があるんだ」
「へー、そうなのか」
「ああ、独立したとはいえ、今でも時々意見を求められて出かけることも多いんだが、ここのところ本当に多い。代わりに俺が代役に出ることも多くなってる」
「それがあの電話?」
「榊さんはなにも教えてくれないけど、たぶん大変なんだろうな。質量を伴ったソリッドヴィジョンの研究については赤馬研究員と共著が多いから権利も今でも多く保有してる。今、この世界でレオコーポレーションの技術の貢献度は計り知れないし、それだけ大きなお金も物も人も動くから」
「たいへんだねえ」
「そうだな、できることなら力になりたいけど、俺はデュエリストだけど研究者じゃないからこっちの分野はからっきしなんだ。城前は?」
「おれもこっちの分野は高校以来音沙汰無し」
「だよな」
「なあ、ズァーク。赤馬零王研究員ってレオコーポレーションの?」
「ああ、社長のな。会ったことはないけど、一人息子がいるらしい。榊さんが時々話してくれるのを聞いたことがあるだけなんだ」
「へー」
「中学生なのに大学に行ってるらしいぞ」
「え゛なにそれすごくね」
「すごいどころじゃない。××大学だ、名前だけなら聞いたことあるだろ。この国で一番賢い奴らが集まるところだ」
「まっじかよ、じゃあ息子もばりばりの科学者ってこと?すっげえな」
「そうだな。赤馬社長と榊さんが考案したペンデュラム召喚を真っ先に会得したってきいてる。俺も早くデュエルしてみたいな」
「……そ、そうなんだ?」
「ああ」
城前は冷や汗たらりである。
何この世界。
ペンデュラム召喚がすでに存在していて、赤馬零王には娘ではなく息子がいて、しかも名前は零児だと?しかもプロのデュエリストじゃなくて大学生だと??これじゃあ柚子ちゃんたち生まれないじゃねーか!しかも零児はすでにペンデュラム召喚の使い手とかいみわかんないんですけど?!まさかエンディング後か?いやいや、それならズァークはそもそも存在しないはずだ。まるで意味がわからんぞ状態だが、城前の挙動不審をアクションデュエルの先駆達の研究室に来てしまった、と今知らされた格好なので、驚きすぎて言葉にならないというふうに取られたらしい。ズァークがにやにやしている。
「なあ、もしかして榊さんにも息子がいたりする?」
「気づいたか?」
ズァークは笑う。
「ああ、遊矢は榊遊勝さんの息子だぜ。優れたハッカーでアクションデュエルも天才の領域、噂で聞いたことくらいはあるよな」
「まじかよ」
「まじなんだな、これが」
「ズァークは遊矢とどういう関係?兄弟子?」
「まあ、そんな感じかな。将来が楽しみなんだ。精霊を見れないことだけが残念だぜ、あいつのオッドアイズもなかなか見所があるのにな」
まさかのラスボス候補が柚子のお父さんみたいに、兄弟子ポジションである。ここまで聞いている話だとどこまでも平和な世界に聞こえてしまう、先ほどの鬼気迫った遊勝さんの電話さえなければ。ここまでくるとこのパラレルワールドにおいては、柚子シリーズはどうなっているのか気になって仕方ない城前はそれとなく聞いてみた。
「じゃあさ、柊柚子って知ってる?」
ズァークはにやっと笑った。
「やっぱり来ると思ったぞ、城前。そっちが本命の質問だな?」
「……はい?」
「柊さんはたしかに美人だけどやめとけ。お前に振り向いてくれる確率は零だ」
「柊さん?」
「しらばっくれるなよ、あれだけお姉さんモンスターについて力説しといて。年上のスタイルがいい女性が好みなのはわかったから。頼むから俺に余計な恥かかせないでくれよ、見込みがあるからここに連れてきてやったんだからな」
おそろしくてその先がきけない城前である。どういうことだろう?成人のズァークがさん付けする柚子ちゃんいくつだよ。というかレイちゃんはいないのか!?気になって聞いてみたが、誰だそれ、と首をかしげられてしまった。まじか、まじか、え、どうなんのこれからこの世界、と城前は混乱する。
「榊さんは忙しいみたいだし、奥で待ってよう。いつもそうだからな」
「え?あ、おう」
ズァークにまねかれ、城前は遊勝塾とよく似た離れの建物に通された。
「あれ、ズァーク、それ誰?お客さん?」
広大なデュエルフィールドの真ん中で練習していたのは、幼い遊矢である。遊勝さんが失踪する前よりは大きいから、小学校高学年と言ったところだろうか。父親の失踪という悲劇がなかったためか、城前の知る性格とはほど遠い。
「ああ、今日からアクションデュエルを始めることになった城前克己、アマチュアのデュエリストだぜ」
「よろしくな」
「へー、そうなんだ!ズァークがつれてくるってことは実力は折り紙付きってことでしょ!?なになに、どんなデッキ使うの?」
「それは見ての楽しみだ。でも安心していいぜ、この間の大会、準優勝はこいつだからな。しかも初出場でだ」
「えっ、あの世界大会予選の?」
「ああ、結果報告も兼ねて、フリーだって言うからどっかに声がかかる前にと思って連れてきたんだよ」
「初出場で、フリーで、準優勝?すごいじゃん、城前さん!」
「お、おう?」
遊矢はにぱっと笑う。環境が違うとここまで違うのか、と思う。でも、柚子や権現坂といった友達がいないのが気になった。家族関係が良好な代わりに友達関係が壊滅状態な世界線の遊矢なのだろうか。いや、一応ズァークみたいな兄弟みたいな父親の弟子はたくさんいるみたいだけども。遊矢はお客さんがうれしいのかズァークに城前について根掘り葉掘り聞いている。好奇心旺盛なとても子供らしい様子にちょっと安心する。
「榊さん忙しいみたいだし、遊矢、城前にアクションデュエルおしえてやってくれ」
「いーよ、オレに任しといて!」
ウインクを飛ばした遊矢はこっちに来てよ、と城前の手をつかんでフィールドに連れて行った。
『アクションフィールド、アスレチックサーカスを発動します。このカードはこのカード以外の効果を受けません。このカードが存在する限りアクションカードをフィールドに4枚出現させます。プレイヤー双方は1ターンに1度しかアクションカードを1枚だけ入手することができません。1枚取られた場合、そのターンはアクションカードは出現しません。複数手札に持つことは可能です。扱いは速攻魔法と同じため、すべてのフェイズで使用することができます』
アニメよりだいぶ制限が加えられているようだが、展開するフィールドはアニメでよく見たフィールドだ。
「じゃあ、はじめよっか城前さん」
「おう」
城前は待ったが、遊矢は何も言わない。
「ん?あれ、どうしたんだよ、城前さん?先攻はそっちでしょ?遠慮してる?もしかして。やだなあ、オレはアクションデュエルのずっと先輩なんだよ、遠慮してちゃだめだめ」
「いや、別にそういうつもりじゃねーんだけどなあ。前口上とかねーの?アクションデュエルって」
「前口上?ライディングデュエルみたいな?うーん、ないと思うよ?」
まじかよ、ほんとにパラレルワールドだなこの世界、と思いつつ城前は遊矢に先攻を譲った。
デュエルが幕を開けた。