「 和波、この間はありがとう、上がってくれ」
「え、でも」
「もう終電ないだろ。迷惑かけたし、狭いけどよかったら泊まっていってくれ」
「大丈夫ですよ、僕、」
「今何時だと思ってるんだ、補導されたときなんて説明するつもりなんだ?」
「う」
「 和波が普通にリンクヴレインズを使えるなら、俺の家の設備からログインしろっていえたんだがな。できないだろ?」
「た、たしかにおいてきぼりです……わ、わかりました。ありがとうございます」
「なんでそんなうれしそうなんだ」
「だって友達の家に初めてお泊まりですよ、なんかうれしくて」
「小学生か、お前は」
「えへへ。あ、コンビニでなにか買ってきますね」
「え?いや、それくらい貸してやる」
「……だって、たぶん、僕、藤木君のサイズ大きすぎるんです」
「……ああ、わかった」
憂い顔の 和波に遊作は笑ってしまう。
「な、何笑ってるんですか、藤木君!僕気にしてるんですよ、これでもぉっ!」
うわあん、と大げさに泣くふりをしながら、 和波は笑う。そして、財布だけ持って外に出た。さて、いつもしまいっぱなしにしている毛布を発掘しなくてはならない、どこにあっただろうか。どこか気分が浮ついている自分に気づきながらも、遊作は押し入れを探ることにした。
お泊まり、というには淡々としたものだった。でも、お互いなんだか楽しくなって、会話が弾んだ。夜遅くまで話し込み、おそらく明日はお昼頃に起きるだろう、という予感をもって、二人は眠りについた。
「……?」
なんとなくのどが渇いた 和波は、目を覚ます。遊作は規則正しい寝息を立てて眠っている。
(なんか近くない?)
意識している相手だ、自信過剰にもなる。おちつこう、と 和波は深呼吸した。そっと起き上がった 和波は、リビングに向かう。水が欲しかった。そうじゃないとほてった体をもてあましてしまう。
(僕の寝相が悪いだけだよね、うん、知ってた)
和波は寝相が悪いのだ。どうやらタオルケットを抱き枕のように抱きしめて眠っていたようで、寝返りを打つうちに遊作のところにまで転がっていたらしい。ああ、よかった、早とちりする前で、と安心しつつ 和波は戻ることにした。
(まずい、まずい、意識し始めたらとまらなくなってきた)
やけに吐息が甘いのは、間違いなく気のせいである。なんとなく気まずくて 和波は聞かなかったふりをして、毛布をかぶる。
「 和波……」
どんな夢を見ているんだろうか、気になって眠れない。無意識に耳をそばだてる。
いや、いやいやいや、落ち着け僕、なにしてるのさ、ナチュラルに変態さんじゃないか!必死で頭から煩悩を振り払おうとするが、変なテンションなまま寝てしまったのがいけないのだろうか。今まで意識しないようつとめてきたというのに、今、遊作の家に二人きりである、という事実が異様に羞恥心を生んでしまう。楽しいお泊まり会の雰囲気はすっとひいていき、本来向けるべきではない、抱いている感情の高ぶりに愕然とする。落ち着け、失恋は確定してるんだ。ここでことを起こせば、今のポジションすら失うことになるんだぞ。本気か。遊作は男でクラスメイトで同級生で高校生男子だ。落ち着け。もちろん、その程度でなんとかなるなら、 和波は悩んだりしない。
「……!」
なんてタイミングで寝返り打つんだよぉっ、と 和波の心は絶叫した。幸せそうに寝てるなあ、かわいいなあ、とかみしめる。頭をなでたくなる衝動を抑え込み、背を向ける。たまたま手が当たった。遊作は図体がでかいから寝返りも大きいのだ。そして、いつもは空を切るはずのそれが誰かの存在を感知した途端、たぐり寄せるようになぞる。そして、人寂しいのか、こつん、とあたまを預けてきた。うわあああっと 和波は沸騰しそうになるほど上気した顔を自覚して、悶絶する。気持ちはわかる。気づいたら誰かいる、という感覚は、いつも一人で寝ている人間には無性に泣きたくなるほどの恋しさをもたらしてしまう。さすがにこれ以上は、と理性への敗北を察知した 和波は、先手を打って断腸の思いで押し戻す。細く見える体は意外と筋肉のついた紛れもない男のもので、どんどん高ぶっていく自分を感じてしまう。まずい、抑えが効かなくなる、と 和波は背を向けた。
「ああもう、好きだなあ」
こっそりつぶやいた言葉である。
「おやすみ、藤木君」
和波は目を閉じた、のだが。
「おい」
「……」
「 和波」
「ふ、藤木君、どうしたの?」
「さっきの、どういう意味だ」
「どういうって?」
「聞こえてた」
和波は凍り付いた。背中の向こうから遊作の動揺が伝わってきて、とてもいたたまれない気分になる。
「え?なんで?友達として、って意味ですよ?それ以外になにかあります?」
うかつにもほどがある自分が笑ってしまう。その含み笑いをどうとらえたのかは知らないが、遊作は 和波の手をつかむ。こっちを向け、といいたいらしい。ごそごそしながら振り返った 和波に、遊作はその手をつかんだままのぞき込んでくる。
「好きって、俺のことが?」
真剣な表情で聞かれる。決してさげすんだり、気持ち悪がったりする様子はない。ただそこにはどういう意味だと問いただすまなざしがある。どこまでも真摯な対応に涙すら出てくる。もちろん言葉の綾だが。
「うん、好きですよ、友達として。大好きですよ。サイコデュエリストとしての僕をみても、友達でいてくれたのは、藤木君が初めてですから」
本心である。嘘ではない。そこにそれ以上の感情はあるが、友達として大好きなのは事実だ。だから 和波は沈黙を選んだのである。沈黙が降りる。空気が凍り付いた、というよりは惜しげもなく恥ずかしい言葉を紡ぐ 和波にはずかしくなったらしい遊作が言葉を探しているが故の、だが。
「何……言って……」
遊作は心なし声がうわずっている。動揺は隠し切れていない。もともと考えていることが顔に出る遊作だ、もうわかりやすいくらい動揺している。それはそうだろう、 和波だって恥ずかしくて照れているのだ。言われた方はもっと恥ずかしいだろう。友情を確かめ合うなんて小学生じゃあるまいし。いきなり、臆面もなくいわれたらうれしくても先に言いようのない悶絶が先に来るのは当然だ。
和波はそれ以上に隠したいものがあるから言うのだ。どうかごまかされてくれ、と願う 和波の言葉は通じたらしく、手をつかむ力は緩くなる。
「お休みなさい」
「ああ、」
遊作が固まっているのを見て、これ幸いと 和波が背を向けても何も言わない。おやすみ、と紡がれた言葉はどこか優しかった。
(ちょっとした拷問じゃないかなあ、これ)
和波は悶々としたまま目を閉じる。今眠りに落ちても、変な補正のかかった夢を見る予感がするのだ。 和波はさぞ発情しきった嫌らしい顔をしているだろう。それだけは遊作にみられたくなかった。遊作の寝息が聞こえるまで、どうせ眠れやしないのだ。 和波は何も考えないようにひたすら沈黙する。
「 和波、もしかして、俺に気を遣ってるのか?」
「はい?」
「だって、お前が、こんな、」
「藤木君?」
「お前はplaymakerである俺にスピードデュエルの可能性を見いだしたんだろ、そこから友達になりたいと思ったんだろう?その延長上にいる俺がヘマして、大丈夫なのか」
「いってる意味がよくわからないんですけど、playmakerも藤木君もどっちも君では?」
「でも、お前、」
「考えすぎですよ、藤木君。僕は君や草薙さんほど頭がよくないので、いってることが難しくてよくわからないです。そんなやつが、そんなむずかしいこと考えるわけないじゃないですか。僕が遊作くんと友達なのは、一緒にいて楽しいからですよ、それと楽だからです。それって大事なことじゃないですか」
「だが、」
やけに食い下がる遊作である。よくわからないものの、へんなスイッチが入ってしまったらしい。 和波にとってはどうでもいい、ささいなことが気になって仕方ないようで、あれでも大丈夫なのか、これでも大丈夫なのか、と思いつく限りの失望しそうなことについて並び立ててくる。まるでどこまで甘えていいのか距離を探ろうとしている子供のようだ。時々、遊作は見合わないほどの幼さを垣間見せることがある。それが失われた記憶と関連があるのかまではわからないものの、 和波にとってはかわいいにしかならないので、どっちでもいいのだった。
「もしかして、誰かになにかいわれました?」
「いや、俺が勝手に不安になってるだけだ」
「そうですか」
「ああ」
「よくわからないですけど、僕はずっとここにいますよ、藤木君。僕は君の友達だし、友達でいてくれたらうれしいです」
その言葉は 和波が 和波自身の心にくさびを打ち込む作業だった。ともだち、の一言にここまで穏やかに笑う遊作に、どうとち狂ったら愛情を向けている、だなんて言えるのだ、という話である。遊作はちゃんと受け止めてくれるのだ、と都合良く解釈したらしかった。ひどくうれしそうに笑っている。