「さあ、破壊されてもなお、お前に捕りつく危険な生命体から逃れられるかな!おれは《テラ・フォーミング》の効果を発動!デッキからフィールド魔法カードを1枚手札に加える!おれが手にしたのは《YOUTOUウォーターフロント》!発動するぜ!」
フィールドは一瞬にして湾岸エリアに変貌を遂げる。物流の流れにより空洞化、荒廃したかつての工業地帯がすさまじいスピードで再開発され、大規模な商業施設やテーマパークがたてられ、活気ある街並みを取り戻していく。その中心部にある広場に変わってしまった風景の中で、城前は笑う。
「こいつはフィールドのカードが破壊されるたび、1枚につき1壊獣カウンターを置く。そして、永続魔法《グレイドル・インパクト》の効果を発動!よし、いくか。《グレイドル・コブラ》を攻撃表示で召喚!さあ、バトルだ!」
宇宙人のような黒い目とピンク色の巨大な蛇の姿は嫌悪感を誘う。たった攻撃力1000だというのに、攻撃を命じる城前にどよめきが走る。突然の自爆宣言である。何をする気だ、と警戒する相手だが、《グレイドル・コブラ》は嫌がる様子もみせず、なんの躊躇もなく相手の攻撃の餌食となる。そのとき、相手のモンスターの挙動があきらかにおかしくなる。滴る液体は絶命したことを知らせているのに、ピンク色の蛇がその武器に絡みつき、一向に離れないのだ。そして、ふらふらとした足取りでそのモンスターは相手に刃を向けた。何をしたんだと叫ぶ相手に城前は笑う。
「こいつは戦闘または罠カードの効果で破壊され、墓地に送られた場合、相手フィールドのモンスターの装備カードとなる!そして、おれは装備しているモンスターのコントロールを得ることができるんだよ!さあ、いけ!」
相手のエースの必殺技を叫んだ城前に応じて、モンスターが相手にダイレクトアタックを叩き込む。苦渋に満ちたモンスターの表情、そして大好きなエースを寝取られたあげく、そんな表情をうかべるモンスターから攻撃されるという絶望が相手を襲う。
「おれはカードを1枚伏せてターンエンドだ。そしてエンドフェイズに《グレイドル・インパクト》の効果によりデッキから《グレイドル》モンスターを1体手札に加えるぜ」
相手はドローを宣言する。なんとかエースを取り戻そうと《サイクロン》を発動する。これで《グレイドル・コブラ》を破壊し、取り戻すことに成功するが罠カード《和睦の使者》を発動され、このターンで倒しきれないくなってしまう。悔し気に顔をゆがませた相手は、次こそは仕留めると息巻いて布石を巻きつつ盤面を整える。
城前はカードをドローした。
「《YOUTOUウォーターフロント》の効果により、壊獣カウンター3つのためデッキから《壊獣》モンスターを1体手札に加える!!そして魔法カード《妨げられた壊獣の眠り》の効果を発動!フィールドのモンスターをすべて破壊する!」
一瞬にして広場のモンスターは砕け散り、いなくなってしまう。あっけにとられる相手に城前はさらに畳みかける。
「そしてデッキからカード名が異なる《壊獣》モンスターを自分・相手のフィールドに1体ずつ攻撃表示で特殊召喚するぜ!この効果で特殊召喚したモンスターは表示形式が変更できず、攻撃可能な場合は攻撃しなければならない!俺はフィールドに《壊星壊獣ジズキエル》、そしてお前のフィールドに《海亀壊獣ラディアン》をそれぞれ攻撃表示で特殊召喚!」
湾岸エリアに迫りくる黒い影。見上げるほどの巨体が街を襲う。逃げ惑う人々、悲鳴がこだまする。そして、怪獣大決戦の火ぶたが切って落とされた。
「俺はカードを2枚伏せてターンエンドだ」
相手は目に見えた地雷を踏み抜かなければならない。どうやらモンスターをひくことができなかったらしく、攻撃力が負けていることをわかっていながら、攻撃を宣言した。そして相手のフィールドはがら空きとなる。カードが伏せられ、ターンエンドが宣言された。
「おれのターン、ドロー!罠発動《グレイドル・スプリット》!このカードを攻撃力500アップの装備カードとして《壊星壊獣ジズキエル》に装備するぜ!」
相手はワンキル圏内に入っているからだろうか、せめてダメージを軽減しようとアクションカードを使い、罠カードを破壊する。
「おっと、その前に《グレイドル・スプリット》の第2の効果を発動だ!こいつを装備してる《壊星壊獣ジズキエル》を破壊し、デッキから《グレイドル》モンスターを2体特殊召喚するぜ!《グレイドル・スライムJr》と《グレイドル・イーグル》を守備表示で特殊召喚!!レベル2《グレイドル・スライムJr》にレベル6《グレイドル・イーグル》をチューニング!!さあこい、レベル8!《グレイドルドラゴン》!!」
銀色の胴体に金色の鳥の翼、紫色のコブラのしっぽ、そして緑色のワニの頭部を持つキメラのようにいびつで禍々しいモンスターが特殊召喚された。
「このカードのシンクロ召喚に成功したとき、シンクロ素材にした水モンスターの数までお前のフィールドのカードを破壊できる!さあ、バックをはがしてやるよ!」
《グレイドルドラゴン》の咆哮により、相手の伏せていたカードが破壊されてしまう。
「さらに《グレイドルドラゴン》と《グレイドル・スプリット》を破壊し、手札から《グレイドル・スライム》をフィールドに守備表示で特殊召喚!墓地に行った《グレイドルドラゴン》のモンスター効果により、墓地の《グレイドル・イーグル》をフィールドに特殊召喚!そして、《グレイドル・スライム》のモンスター効果を発動だ!この効果で特殊召喚に成功したとき、おれは墓地にいる《グレイドルドラゴン》を特殊召喚できる!そして、レベル5《グレイドル・スライム》にレベル3《グレイドル・イーグル》をチューニング!こい、もう1体の《グレイドルドラゴン》!!さあ、残りのカードをすべて破壊させてもらおうか!」
コントロール奪取とフィールドをがら空きにする性能をもつ城前のデッキにおいて、最後の殲滅宣言といってよかった。
「さあ、バトルだ!いけ、《グレイドルドラゴン》!相手にとどめを刺せ!」
レベル8で3000打点は攻撃力最高峰である。破壊したところで蘇生した《グレイドル》が追撃を行うだろう。相手は何もできないまま、デュエルは終了した。
YOU WIN!
電光掲示板が城前を大々的に移す。小さなざわめきがだんだん大きくなり、どよめきとなる。興奮気味な司会進行役が解説と実況席にデュエルの詳細について説明を求める。誰もが初めて見るテーマカテゴリだった。そして、だれもが目を焼き付けた。城前という不敵な笑みをたたえた決闘者を。コントロール奪取と相手のモンスターを蹂躙する地雷デッキを操る城前は間違いなくこの大会の台風の目なのは間違いなさそうだった。
そんなざわめきとは全く違う方向性で城前に目を付けた男がいた。ずっとモニタ越しに見つめていた男は突然思い立ったように踵を返す。驚いた様子で立ち去ろうとする上司を引き留めようとした部下に、赤馬零王は淡々と答えた。
「何が何でも彼と話をしなければならない!大会が終わっても引き留めてくれと主催者側に伝えてくれ!」
なぜ、が乱舞する研究室で、零王が言えたのはひとつだけだった。
「今すぐ彼の決闘と他参加者の決闘のデュエルエネルギーを比較するんだ!彼はこの世界の未来を変えてくれるかもしれない!」
わけのわからないまま城前の決闘と他参加者の決闘を比較した研究者たちは、ようやくチームリーダーが言いたいことを理解したようで、早急に手配を始める。数値は証明していた。アクションデュエルを中心としたソリッドヴィジョンに質量を持たせるという技術を管理するスーパーコンピューターにおいて、原因不明のエラーが発生していることが彼らの目下の悩みだった。出力したはずのデータと実際に現実世界で展開しているソリッドビジョンが持つ質量の重さが合わないのだ。理論上は絶対にありえないはずなのだが、現に発生しているのだ。しかもその容量は次第に拡大しつつあり、彼らの計算によれば、時空のゆがみが発生しかねないレベルの誤差が生じるのも時間の問題。だがこの世界はこの技術を前提として発展してきた歴史があり、もはや人々の生活自体この技術がなければ成り立たないところまで到達しようとしていたのだ。代替の技術を開発中だが、実用化まではまだまだ時間がかかる。想定される大災害に間に合うかは微妙だった。
城前の決闘は、彼らが想定しているアクションデュエルとぴったりの質量を伴ったモンスターたちで行われていたのだ。ほかの決闘者たちは誰一人としてここまで理想的な数値にはいたらない。どうしても無視できない誤差が生じてしまう。こちらが修正を加えることでこれまで大事故は起こらないでいるものの、労力は増えるばかり。そんな中現れた城前は、彼らの理論の前提が間違っていないことを証明してくれているに他ならない。《壊獣》、《グレイドル》、未知のテーマではあるけれど、この技術を開発した人間からすれば、この上なく理想的な存在だった。
最大スポンサーからの圧力とアクションデュエルの前提となる技術の提供者の期待により、城前は大会優勝という建前で、いろんな理由をつけて大会会場にとどまることになったのだが、もちろん本人は知らない。
零王が城前と会見することになったとき、いよいよ大物が出てきたこともあってか、城前はさすがに開いた口がふさがらないようだった。
「初めまして、私はこういう者だ」
名刺を差し出され、城前は初めまして、と緊張気味に頭を下げた。
「緊張しなくていい、といっても無理な話だな。すまない、私もいきなり失礼だとは思ったんだが、いてもたってもいられなくてな。単刀直入に言おう、城前君。今、君はどこかに所属しているか?」
「え?」
「《グレイドル》も《壊獣》も初めて見るテーマだったんだ、浅学ですまない、きっと海外の有名なスポンサーがついているんだろう?あるいはどこかの専属デュエリスト?いや、そんなことは大した問題じゃない。私がここに来たのは城前君にお願いがあるからだ」
「私にですか?」
とっさに対応を切り替えられるのは、そういう場所にいるのだろう、と零王は判断した。
「ああ、ぜひ、うちに来てほしい。そして、力を貸してほしいんだ。この世界の未来を救うために。こちらでできることはなんだってしよう、ぜひ頼む」
「・・・・・・なんでも?」
「ああ、なんでもだ」
はっきりと言い切るだけの大企業であることを惜し気もなく提示しつつ、零王は城前の出方をうかがう。そうはいっても、零王の頭の中ではすでに城前を逃がす気はみじんもなかった。どんな手段を使ってでもこっちに来てもらうつもりだった。家族構成、友人関係、洗いざらい調べられ次第、周囲から固めていくことも視野に入れつつ、何がほしいのだろうかと考える。あれだけの強力なテーマカテゴリを惜し気もなく提供できるだけの大企業だ。どれだ、と競合しているところを想像する。企業、もしくはスポンサーからの移籍だ、難題を吹っ掛けられることは想定済みである。この二十代の青年はきっとプロだ。しかるべき教育を受け、プロとなってずいぶんと立つ、そんな印象を受けた。
しばらくの熟考の末、城前は静かに顔を上げた。
「なんでもとおっしゃいましたよね」
「ああ、いった。撤回する気はない。それだけは約束しよう」
「なら、次元転移装置、がほしいです。もしまだないなら、造詣が深い人を紹介してください」
「次元転移、か。造詣が深い人間なら、今ここにいるから必要ないとしてだ。なぜか聞いても?」
「調べればすぐわかりますよ、おれはこの世界の人間じゃない。だから、元の世界に帰りたいんです」
はっきりと言ってのけた城前が笑いかけると同時に、零王の携帯端末がアラームを鳴らす。一言謝り、通話ボタンを押した零王の向こうで、城前の発言を肯定していく事実ばかりが積みあがっていく。城前のテーマカテゴリを開発した会社はどこにもないこと、城前の持つIDカードはもちろんそこに記録されているあまたの大会の記録はすべてそこの会社主催であること。城前が提供してくれた携帯端末の保存されていた画像によれば、全国大会、世界大会、海外大会すらその会社が主催であり、実質1社がデュエルモンスターズの販売と供給、そして市場を独占しているという驚愕の事実。そしてアクションデュエルで質量を食わなかった理由がそのテキストにあること。城前の持つデュエルモンスターズのカードは非常に難解な言語で成り立っているが、ルールが詳細に設定され、一定基準の環境になるよう戦力が均一化されるよう、インフレが起きるよう調整されていることがわかる。1社独占だからこそ可能なカードだった。環境すらコントロールできるのだ。驚くべきことにその成立にオカルト的な伝承を持つカードでさえ量産化され、いろんな人間が所持することができたという。理想郷ながら地獄のような高速環境とインフレを繰り返す世界である。
「城前君、君の持ってるデッキデータを提供してくれないか。もしかしたら、我々は世界崩壊を招く大犯罪人にならなくて済むかもしれない」
「どういう意味か教えてもらってもいいですか?」
「ああ、もちろん。どうして君がこの世界にきたのかはわからないが、正直私は今、神も捨てたもんじゃないなと思っている」
「そうですか」
そして、零王は今の世界の現状と高確率で訪れるであろう未来について語る。
「つまり、おれの世界のデッキデータをもとにカードを再構築すれば、アクションデュエル等の謎の質量の増加が抑えられるかもしれないってことですか。そして、応用すれば軽減にもつながり、運営がうまくいく?」
「ああ、そういうことだ」
「わかりました。そういうことなら、使ってください。おれ、カードプールは広いほうなんで、よかったら全部貸しますよ」
「ほんとうか!?すまないな、決闘者にとってデュエルモンスターズのカードは命より大事だというのに」
「またみんなと会うためです。なんだってしますよ、おれ。研究に必要なら実験にだって協力しますよ。だから、おれをもとの世界に帰してください」
「ああ、わかった。約束しよう、何年かかろうが君をもとの世界に帰す」
「ありがとうございます」
城前はうれしそうに笑った。そして、いうのだ。
「おれが想定される数値なら、ほかの決闘者と比較してみたらどうですか?一番乖離が大きい決闘者が見つけられれば、なにが原因かわかるかもしれないですよ。素人考えですけど」
「ああ、もちろん。それは私も考えていたところだった。協力に感謝する」
「原因、見つけられるといいですね」
「ああ。そうだ、つまり君は別次元から来たなら、実質フリーの決闘者というわけだ。なんにしろ先立つものがいるだろう、ここじゃなんだからわが社に来てくれ。そこでこれからの話をしよう」
「わかりました」
よろしくお願いします、と握手を交わす城前は、零王のしるこの年代の若者にしてはずいぶんと落ち着いているように見えたのである。