連載夢主でズァーク夢A
高級住宅地の一角に、とりわけ広大な敷地を囲う壁がある。厳重にセキュリティシステムに管理されている扉を抜けると、玄関に向かって広がる長い私道が続く。手入れされた生け垣や低い木々、広大な芝生が広がっていた。ひときわ目を引くのは最新鋭のシステムを導入したアクションデュエル専用のデュエルフィールドだろうか。屋内にあるが、天気のいい今日のような日はこうしてフルオープンとなっていた。

そして、さらに大きな豪邸の両開きの扉を開けると、広い通路が続いている。壁画や装飾が施された高い天井からは吹き抜けが陽だまりを生んでいた。曲線を描く階段からは二階、三階に続く廊下が見えた。広々とした部屋がたくさんある。足元を踏みしめるだけで高いとわかるふかふかな絨毯を進んでいくと、とりわけ大きな部屋にでる。ゲストルームではない。この豪邸の主の出現率が一番高いリビングルームである。防音システムとソリッドヴィジョンが標準装備であり、巨大なホームシアター設備が設置されている。そして用途不明の高価な電子機器。湿度と温度が快適なよう調整された空気の中、彼は落胆したように肩をすくめた。

「はい、わかりました。連絡ありがとうございます。また詳細がわかったらこの番号に、はい、はい、お願いします。それでは」


最近多いな、とズァークはため息をついた。数か月前から決まっていたはずのスケジュールがいきなり変更になると、なにをしていいんだかわからなくなってしまう。アクションデュエルだけでなく、工事現場や大規模なイベントなど質量を伴うソリッドビジョンを支えるレオコーポレーションのシステムに不具合が起きると、途端になにもできなくなってしまう。例にもれず、アクションデュエルを主な活動拠点としているズァークもまた、今日から数日にわたって行われるはずだったデュエルモンスターズの大会とそれに関連したイベントが延期になってしまった。うれしくない休暇である。さてどうするか、とぼんやり考えながら、ポケットを探る。


「そう急かすなよ、お前らな。お前らだってデュエルしたかっただろ?え?こないだも似たような休みもらったばっかりだろ、俺はうれしくないよ」


大きな独り言だが、気にする人間は誰もいない。この大豪邸はズァークと彼のモンスターたちのものだからだ。リビングにアクションフィールドを展開するアナウンスが響く。ソファに向かうズァークを追いかけて、カードをデュエルディスクにセットしたわけでもないのに、彼のカードバンクからモンスターが実体化された。かまえーとばかりに後ろから乗っかってくるドラゴンに潰されそうになる。もちろん甘噛みだし、抱っこをせがむ子供のような無邪気さとやさしさが同居しているのだ、くすぐったくすらあった。隙あらばスキンシップを試みるモンスターたち。こうやって実体化できるのはこのアクションフィールドの容量一杯である。これでも制限しているほうなのだ。うっかりスペックを超過するとライフラインが異常を検知して緊急停止してしまう。勝手をつかむまで契約会社に何度も連絡を入れた日々を思えばぜひとも勘弁してもらいたいものだ。そうでもしないと、突然発生した高エネルギーに隣人から通報されかねない。まるで本物であるかのように、生き生きとしている完成度の高い精巧なモデリングがズァークのデュエルの評判を呼んでいるのだが、ズァークから言わせれば当然の評価だ。こいつらは生きているのだから。


「うーん、結構大型のメンテナンスみたいだな。これじゃお前だけか」


われさきに、と飛び出してきたドラゴンは、そのメンテナンスが終わるまでは主を独占できると分かったらしく上機嫌である。ズァークが契約しているこのシステムもメンテナンスの対象のようだ。制限をかけることを詫びるメールが入っていることに気づく。

精霊はレオコーポレーションの質量を伴うソリッドヴィジョンの普及により、自然発生的に生まれたいわば付喪神のようなものだ、とズァークは考えている。画像が質量をもち、そこから自我が発生し、魂と心が生まれ、そして生物として誕生した。アクションデュエルが普及するにつれて爆発的に増えていった彼らは、ズァークの確認するだけでも途方もない数に及んでいる。ズァークが生まれたころにはすでに普及していたこの技術である。だというのに、知覚できると公言している人間をズァークは一人も見たことがなかった。彼らの声を聴きとれ、コミュニケーションが行えるのはズァークだけのようだった。彼の見る限り、プロになってから名のある決闘者はその存在を知覚できないだけで恩恵に預かっている。そのデュエルタクティクスはもちろんプロデュエリストの努力と才覚の賜物だが、さらに上に行くには運命力が必要だとよく冗談でいわれる。ズァークにいわせればそれはどんな形であれ精霊と関係を構築しているのかに直結していた。


俺は精霊の声を聴けるんだ、とプロデュエリストとしてデビューした当初、公言してはばからなかったズァークである。冗談だと取られたこともあったし、まるで生きているようにふるまう高性能な自主学習機能を搭載したAIを指しているのだと見当はずれの考察をされることもあった。それでもズァークが戦歴を重ね、トップ層に食い込み始めた時には、だれも揶揄する人間はいなかった。少なからず決闘者ならその存在を意識した瞬間があるのだ、とズァークは思っている。ライフポイントが鉄壁の時、どうしても突破できない盤面に出くわした時、どうしても負けられない時、ここ一番で盛り上がれそうな局面に立った時。運命的なドローをすることもあれば、モンスターが想定していない動きをすることで危機を脱したり、アクションカードを取得できたりする。偶然、必然、いろんな言い方があるが、特定のデッキをずっと使い続けていくとその場面に遭遇する機会が飛躍的に上昇することは、誰しもが経験則としてわかっているのだ。ズァークは決闘者を始めたころからそれがわかっていただけであり、ズァークが公言することでその存在を主が意識し始めたと悟った時、精霊たちは躍起になって活躍し始める。その存在に気付いてほしくて懸命に頑張る。その姿がいとおしいほどに健気で、なんとなくその存在を意識したとき、ズァークの対戦相手は穏やかな顔になった。だから、ズァークは決めたのだ。精霊と決闘者をつなぐ、どちらにとってもいい関係が構築できるような、そんな存在になりたいと。だから、ズァークはアクションデュエルが好きだし、今回の大会に向けて調整に余念がなかった。それだけに残念でならないのである。


マネージャーからの連絡はきそうにない。なにか入ってないかパソコンのAIに呼びかける。


ズァークの意思ひとつでシアターが表示され、レオコーポレーションの大型アップデートのお知らせと謝罪の文面が検索される。様々な憶測が飛び交っているが、ズァークの興味を引くものはとくになかった。


「どれくらいだって?さあな……これだけ大型のとなると数日はかかりそうだなあ」


出演予定だった大会のホームページを呼び出してみるが、やはり数日予定がずれそうだと書いてある。


「だってさ。仕方ねえよ、こればっかりは。このシステムが死んだら、それこそお前ら全員死んじゃうじゃないか。そっちのほうが嫌だよ、俺は。俺だけじゃない、みんな悲しむだろ。だからレオコーポレーションにはしっかりがんばってもらわないとな」


ソリッドヴィジョンのある環境でしか生きられない精霊たちは、レオコーポレーションのシステムと連動しているといっても過言ではないのだ。サイバーテロで大きな被害を受けようものなら、もたらされる被害は甚大なものとなる。そのためのメンテナンス、アップデート、そして大型のシステム更新だと考えているズァークは、つまらないとぼやくドラゴンをなだめた。


「せっかくだし、サイドの構築でも考えとくか」


大規模な大会である。レオコーポレーションの名を冠するだけあって、その出場枠は世界中から集っている。この国の代表としてその1枠を手に入れたズァークも初戦突破は容易ではないレベルの歴戦の勇士達が集う大会だと聞いているのだ。久しぶりに主を独り占めできるとべったりなドラゴンに構ってやるのもいいが、こうしてデッキ構築を再考することもまた次の大会のモチベーションにつながる行為である。ズァークの愛用するペンデュラム召喚にとっての天敵を使用する決闘者はいないか意識するのとしないとでは大違いだ。仮想敵を前提に構築は考えなければならない。相手を意識しない決闘などこの世には存在しない。エンタメは相手がいてこそだ。


ズァークがまずは考慮すべきデッキギミックを取り入れている決闘者をリストアップする。ズァークとの対戦歴も表示させ、その中でさらに厳選していく。後ろから相手の精霊についてドラゴンから助言を受けながら、ズァークはそのうちの一人をみた。


「城前か、まだ戦ったことないんだよな」


噂には聞くところである。今季から本格的にアクションデュエルに参入したプロのデュエリストだ。ライディングデュエルのライセンスはまだ持っていないようで、もっぱらマスタールールでの活動が主である。今は休暇を通じてそのライセンスを取るための講習に通っている、とSNSの目撃情報や公式ブログに掲載されている。ズァークは海外の環境に精通しているわけではないが、1度は耳にしたことがある国の出身である。デュエルモンスターズにデュエルディスクを導入し、ソリッドヴィジョンを導入したかの国の出身だというのだから、弱いわけがないのだ。略歴、こちらの大会での戦歴、なかなか華々しいデビューだったようである。先輩として負けるわけにはいかないなとズァークは思った。


《壊獣》という新規テーマを愛用している決闘者だった。


ざっと戦術を確認する。ズァークはあからさまに嫌そうな顔をした。ドラゴンも相手の戦術を想像したのか、うめいている。


《壊獣》は相手モンスターをリリースして特殊召喚できる最上級モンスター、壊獣を用いたテーマカテゴリだ。相手の厄介なカードをリリースし、壊獣にしてしまうことで相手の戦術を封じるコントロールデッキである。相手のモンスターをリリースして、相手のフィールドに壊獣を召喚し、それに応じてモンスター効果でより有利な壊獣を呼び出し、自作自演の怪獣対戦を決行。相手のフィールドは焼け野原、焦土と化す。基本的なシナリオは変わらないようで、その弱点を補うために《グレイドル》などの別テーマとの混合でいろいろと戦術を模索しているのがうかがえた。


「《壊獣》だけなら初動が遅いし、1体しかたたないから物量で押せるけど……混合デッキだとなあ。うーん」


大量展開に追いつけない弱点を潰せるテーマを探しているように、ズァークには思えた。それなら本家本元のペンデュラム召喚の本領発揮と行きたいが、上からふたをするタイプの盤面には驚異的な突破性能を誇るようだし、罠魔法を駆使しないと回らないようだから慎重にいかないと。ずいぶんと頭を使うデッキのように思う。やはり初動のうちにエンジンであるあのフィールド魔法を潰しておくべきだろうか。一度張られたらなかなか除去できそうにない。こういうときが一番楽しい。思考の海に沈んでいると、ドラゴンがうなり始めた。


「うん?どうしたんだよ、そんな顔して。え?いやいやいや、そんなわけないだろ。プロなのにそんなやついるか、普通?」


ドラゴンは警告を発する。


「お前がそこまで言うなら確認してみるか?」


ズァークは城前の動画を探した。精霊がいない決闘者など存在するのだろうか。





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