ヴレインズ試作B
誠也のアバターである少女が常闇の空間に投げ出された。第三者の視点と自分の視点にモードが切り替えられるものの、誠也は自分が丹精込めて作り上げた自慢のアバターを見ながらプレイするため、たいていは第三者の状態である。もともとこのネトゲ、女性キャラクターのアバターや装備が充実しているのはサブカル文化からは逃れられなかったということだろうか。一番目の前に映る時間が長いのはとうぜんながらプレイヤーである誠也のアバターだ。三人称ならずっとアバターの後ろから俯瞰する形になる。男としては野郎の尻より美少女の後ろ姿を追いかけた方が健全というか楽しいというか、乳揺れが実装されている時点でこういうプレイスタイルを見越して運営も実装しているのだろう。デュエルモンスターズが開始されてから長いことたつ。黎明期からプレイしている大きなお友達の割合はきっと現実世界に比例して高くなっているはずだ。だから今回R15なのだ。高校生になっててよかったと思わざるを得ない。


目下に広がるのは、新たなイベントの開幕を予感させる今までとは全く異なる空間である。どこかのデバック空間だろうか、それとも構築中のシステムの内部だろうか。高層ビルが建ち並び、様々な形状の建物が軒を連ねていることから、どこかの街のようだ。しかし、そこに色がない。すべてが黒で塗りつぶされており、窓や建物の輪郭は青、紫、白、緑、といったネオンや電子の世界を強く意識させる配色が教えてくれる。そして風が吹いていた。強烈な風だ。体を持って行かれてしまいそうなほどの、そんな強い風が吹いていた。まるでオーロラのようにめまぐるしく変わる光の帯が絶え間なく世界を斡旋する。その風に乗り、まるで波乗りをするように空間を駆け巡る人間が何人もいる。

風になびく誠也のアバター。《星杯》のテーマに合わせて青色系統の和風なイメージで固めてみたがなかなか似合っている気がする、と自画自賛する。イメージPVを見たとき結構寒そうだったからトップスにしたかったのをこらえて長袖にして正解だった。露出は減るがこっちの方が風のエフェクトに反応しているのがよくわかる。

【ここはLINK VRAINS(リンクヴレインズ)】

(お、チュートリアル?)

脳内に反響する声に誠也は周囲を見渡す。語りかけてくる人間が見当たらないため、おそらく導入の説明なのだろう。

【最新技術と膨大なデータで構築されたVR空間であり、データの風が吹いている。ここではVRD(ブイアールデュエル)と呼ばれるデータの風に乗るための特殊なボードを駆使して行われるデュエルに興じる決闘者たちが熱狂していた】

(ライディングデュエルみてーなもんかな?)

すさまじいスピードで縦横無尽に駆け巡るボードにのった決闘者たちがいるから、きっとあれだろう。誠也の傍らには、突如0と1のデータが集積し、光の粒子がテクスチャとポリゴンを形成していく。そして気づけばそのボードと思われるものが目の前に現れた。まるで乗れと言わんばかりの発光を繰り返している。こっちに来いと矢印が点滅している。このボードのデザインも変えられないだろうか、なんだか無骨だ。チュートリアルが終わったらショップに行ってみようと思いつつ、先に進める。

意を決して乗り込んだ誠也のアバター。彼女を乗せたボードが風をうまく捕まえて疾走し始める。チュートリアルだからだろうか、簡単そうに見えるが結構難しそうだ。やべーな練習しなきゃと思いつつ、誠也はデュエルディスクを構える。チュートリアルならそろそろイベントが始まる。

誠也の読み通り、視点が第三者から自分視点に切り替わった。初めてのイベントは飛ばせない上に自分視点固定だ。

「気づいてたみてーだな!」

後ろから追い抜くように現れたのは、どこをどう見ても第1話でやられるようなモブだ。誠也がデュエルディスクを手にしていたことに気づいて、見た目よりやるみてーだな、と男は笑う。その年齢設定にあるまじきスタイルの良さを強調する和装を上から下まで見て、にやにやしている。気持ちはわかるけどな、と誠也は思う。自分の好みをぜんぶぶち込んだアバターである。父親に願い倒してお小遣いはたいてできたのだ、見まごう事なき美少女だろう自分が保証する。

「見かけねえ顔だな、新米か?なら教えてやるよ。ここでVRDしたけりゃ、通行料が必要だぜ。なけりゃ、そーだな、そっちでもいいぜ」

でも残念ながらこれはチュートリアルな上にR15だからR18展開はNGだ。このモブは謎の声に導かれる形でリンク召喚を行う誠也の餌食になる運命にあるのだ。感謝してほしいものである。いまだに試行錯誤中の《星杯》デッキの礎になってもらうのだから。さあ、いざ、と言うところで風が吹きすさぶ。

思わず顔を上げた誠也の前に、天使のような羽がかわいい、青いツインテールをした少女が現れた。誠也をかばうように男の前に立ちふさがる。青のネクタイが食い込むおっぱいが大変よろしい。よし、俺のアバターのがでかいとこっそりガッツポーズしつつ、誠也はそのノースリーブの彼女を見つめた。こうしてみるとやっぱりノースリーブのトップスにすればよかったなあと思ってしまう。

どうやら謎の声ではなく、彼女がチュートリアルの先導をしてくれる決闘者NPCらしい。邪なことばかり考えている誠也を前に、彼女は心配そうに大丈夫か、なにか変なことはされていないか、と声をかけてきた。どうやら有名なNPCらしい。カリスマデュエリストという位置づけらしく、男は露骨に反応している。結構強いのだろうか。

「ありがとうございます!」

悩みに悩んで選んだ女の子の声が、誠也の言葉を変換してくれる。

「て、てめーはカリスマデュエリストのブルーエンジェル!?なんでここに!」

ブルーエンジェル、たしかに青色系統でまとめられた可愛らしい服に、天使の羽があしらわれたデザインだ。色の系統が若干かぶってしまっているが、こっちは和装だ。あっちは洋服、ジャンルはかぶってない。誠也のアバターの髪の色は和装が似合うように、明るい茶色のウエーブで纏めている。きらきらしたハンドルネームだが、ステラとして活動している誠也も似たようなものだから、とやかく言うことはできなかったりする。どうやら男は何度も彼女に敗北したことがあるようだ。なんども始めたばかりの初心者相手に理不尽なデュエルを仕掛けてはカードを巻き上げるなどの犯罪行為を行っているらしい。

「カリスマデュエリスト・・・!もしかして、あの!?」

男の反応を見て、様子をうかがってみる。ブルーエンジェルと呼ばれた少女は、誠也にウインクを飛ばして男と相対する。どうやら好感触だったようだ。好感度のパロメータを確認することができないのは残念だが、少女は俄然やる気である。

デュエルが開始された。

誠也の目の前にデュエルフィールドが展開される。何度も確認したが、現実世界とは微妙に違うフィールドだ。リンク召喚導入にあたって、このイベント限定で導入されたのだから慣れるしかない。

先攻はブルーエンジェルだ。

彼女が手札から発動したのは《テラ・フォーミング》。デッキからフィールド魔法カード1枚を手札に加える通常魔法である。誠也が初心者だと思っているのか、わざわざ説明してくれる。さすがはチュートリアルである。彼女がデッキからサーチしたのは、彼女が使うテーマを象徴しているカードだった。

《トリックスター・ライトステージ》、彼女がそう宣言した瞬間、周囲にスポットライトが当たる、アイドルたちが踊る舞台に変貌した世界で、誠也は気づけば一番前の最前席にいた。発動時にデッキから《トリックスター》モンスター1体を手札に加えることができる効果があるらしく、彼女は《トリックスター・キャンディナ》という黄色い衣装を身にまとい、メガホンを片手に舞い踊る少女のモンスターを手札に加える。ブルーエンジェルの格好が《トリックスター》を強く意識したものなのは明白だ、どうやらみんな考えることは同じらしい。《星杯》を強く意識してデザインしたアバターを持っている誠也としては共感しかない。そして、彼女は《トリックスター・キャンディナ》を召喚した。


ライトアップされた舞台に歓声が上がる。ファンの期待に応えるように舞い踊る彼女は、デッキから《トリックモンスター》カード1枚を手札に加える効果があるらしい。モンスターだけでなく、魔法、罠もサーチ可能だ。なかなか強力な効果である。キャンディナがメガホンで呼ぶと、彼女のデッキから新たな《トリックスター》が彼女の手札に舞い降りた。そして、彼女は宣言する。キャンディナの効果が発動した瞬間に発動できる《トリックスター》モンスターの効果があると。そして、男がなにもしないのであれば、速攻魔法カード《サモンチェーン》の効果をさらにチェーンして発動すると。男は悔しげに先を促す。ブルーエンジェルは笑った

《サモンチェーン》、《トリックスター・マンジェシカ》、《トリックスター・キャンディナ》の順で効果が処理される。わざわざチェーンの処理まで教えてくれるらしい。親切なNPCである。まずは《サモンチェーン》の効果であと2回通常召喚できることになる。そして《トリックスター・マンジェシカ》の効果がフィールドの《トリックスター・キャンディナ》を対象にして発動、彼女のフィールドに赤い衣装を身にまとったアイドルが現れる。《トリックスター・マンジェシカ》と呼ばれた少女は、《トリックスター・キャンディナ》を彼女の手札に戻してしまう。だがそれはまだあと2回召喚権があるために、キャンディナの効果をもう一度使うことができることを意味していた。そして最後に《トリックスター・キャンディナ》の効果で罠カード《トリックスター・リンカーネーション》が手札に加わる。

彼女はふたたび《トリックスター・キャンディナ》を通常召喚する。そしてもう1枚あったらしい《トリックスター・マンジェシカ》を男に見せて、フィールドに特殊召喚。モンスター効果を《トリックスター・キャンディナ》に発動し、手札に戻る《トリックスター・キャンディナ》。引き替えに2体の《トリックスター・マンジェシカ》。最後に処理される《トリックスター・キャンディナ》の効果はまた罠の《トリックスター・リンカーネーション》のサーチに使われる。あとはもう1度《トリックスター・キャンディナ》が通常召喚され、3枚目の《トリックスター・リンカーネーション》が手札に加わる。

彼女の罠魔法ゾーンに3枚置かれるが、間違いなくサーチした罠三枚だ。そして彼女はエンドを宣言した。

そして、男はカードをドローする。

彼女は高らかに《トリックスター・ライトステージ》と《トリックスター・マンジェシカ》の効果の発動を宣言、それぞれが200、総計800のバーンダメージが男を襲う。まさかのバーンデッキである。愛らしい姿とは似ても似つかない効果に誠也は虚を突かれるが、微々たるものだと男は笑った。なにか効果を発動するか確認する彼女だが男は特にないらしい。先を促す。もうすでに彼女の口元は笑みを浮かべていた。誠也はいやな予感しかしない。

そしてスタンバイフェイズ、彼女はすべての罠カード《トリックスター・リンカーネーション》を発動。1枚1枚チェーンしていく。男はそれを止めるカードがないらしい。ブルーエンジェルは促す。

まずは手札をすべて除外し、その枚数分だけデッキからカードをドローしろと。後攻1ターン目である。ドロー分も含めてカードは6枚だ。男は何もできないままカードを6枚除外し、6枚ドローする。ここで《トリックスター。マンジェシカ》の相手の手札にカードが加わるたびにそのカードの枚数×200ダメージ与えるというモンスター効果が牙をむく。1200バーンが男を襲う。そして《トリックスター・ライトステージ》の効果で200バーン。チェーンはすでに積まれてしまった。さらに効果を差し込むことはもうできない。その意味を男が悟ったときには、すでに終わった後だった。男は何もできないままさらにカードを6枚除外し、6枚ドローする。1400バーン。さらに6枚除外し、6枚ドロー。1400バーン。合計18枚のカードが除外され、手札が6枚、すでに24枚のカードがドローされてしまったことになる。

誠也はえげつないコンボに言葉が出ない。

(《灰流うらら》って《星杯》にはいるっけ?でも毎回600バーン食らう状態でデッキの半分除外とかもう立ち直れる気がしねえ。先攻限定とはいえやべーだろこれ、必要パーツ少なすぎんぞこれ)

これに懲りたらもう馬鹿な真似はやめるよう、ブルーエンジェルが言う。しかし男は懲りた様子もなく捨て台詞を吐いてボードに乗り込み去って行った。ある意味根性がある男なのかもしれない、その熱意を別のところに向けたらいいのに、と誠也は思った。大丈夫かとブルーエンジェルが問いかけてくる。はい!と誠也は大きくうなずいた。

「おお、凄い!強い!かっこいいですね!さすがはカリスマデュエリスト!デュエルも強くてかっこよくて、かわいいなんて凄いです!ファンになりました、握手してください!」

よくある反応なのだろう、彼女はきれいな笑みを浮かべて握手してくれた。

「えへへ、ありがとうございます!はじめまして、ボクはステラっていいます!よろしくお願いします、ブルーエンジェルさん!」


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