ヴレインズ試作@
こんこん、とノックが響く。なにー?と次の大会に向けてデッキ調整をしている少年に声をかけたのは、すぐ隣の部屋にいる年の離れた兄だった。

「智也、智也、俺だけど入っていいか?」

「いいよー、散らかってるけど」

入ってきた兄に、くるりと椅子を回した少年は首をかしげる。

「どうしたの、お兄ちゃん」

「デッキ調整してるとこわりーな、ちょっと聞きたいんだけどさ、智也。おまえってジェムナイト使ってるじゃん?」

「うん」

「《ジェムナイト・ラズリー》と《ブリリアント・フュージョン》と《ジェムナイト・セラフィ》貸してくれねー?ついでに回し方教えてくれよ」

がたっと思わず智也は席を立つ。

「ちょ、おい、どうしたんだよ?」

「お兄ちゃん、デッキ組むの!?」

「え、あ、あー、一応?ネトゲの方だけど」

「・・・・・・またぁ?」

あからさまにがっかりしてしまった智也に、おにいちゃんと呼ばれている青年は困ったような顔をする。

「ネトゲの方のデッキなのに、なんで僕のカードいるの?」

「カードの番号が知りたいんだよ」

「番号ってどれ?」

「ほら、カードの右下にあるやつ」

「これ?」

「そうそれ。ネットで調べたらいいんだけどさ、今スマホアップデート中でつかえねえんだよ」

「うん、わかった。ちょっと待ってね」

「さんきゅー」

カードを探し始めた智也の後ろでベッドに座った彼は、また新しく飾られている記念品を見つけた。

「お、また入賞したのか。おめでと」

「ありがと。あのね、そこの大会、お兄ちゃんの行きつけだったとこのお店の大会なんだよ」

「まじで?すげーじゃん、決闘王の生家って決闘者にとってあこがれの聖地じゃねーか。まじでおめでとう!これはまたどっか食べに行こうぜ」

「うん。はい、カード」

「さんきゅー、ちょっとメモるから待っててくれよ」

「使う?」

「おう、さんきゅ」

彼は差し出された紙と鉛筆でさらさらと走り書きを始めた。見つめる智也のまなざしはどこか寂しげだ。

「最近こないねって店主のお爺さん寂しがってたよ?」

「あー、もうそんなにたつのか」

「うん」

「スランプだって言っといてくれ。こればっかはどうしようもねーわ、モチベがあがんねーと」

「・・・うん」

「そんな顔すんなよ、智也。お兄ちゃん悲しくなるだろ?」

「だって、誠也お兄ちゃん、ほんとは、」

「こらこらこら、勝手に人の心読もうとすんじゃねーよ、約束したろ?俺みたいになるぞ」

「・・・・・・ごめん」

「この話はとりあえずおいといてだ。さんきゅー、これでとりあえずたたき台はできたっと」

「今度はどんなデッキ組むの?」

「んー、なんか新しいイベント始まるっぽくてさ、そこでしか使えないオリジナルテーマ。みるか?」

「うん」

智也は誠也につれられて、隣の部屋に足を踏み入れた。快適なネトゲ環境が整っている。慣れた様子で海馬コーポレーションが運営しているネットゲームにログインした彼は、今のカードプールを表示した。

「どーよこれ、《ジェムナイト》と相性よくね?《ジェネクス》も考えたんだけどさ、さすがに回し方複雑すぎてわかんねえから専門家がいるなら《ジェムナイト》混ぜてみようかなーって」

「《星杯》?《リンク召喚》?また新しい特殊召喚がでるのかな?」

「さー?海馬コーポレーションのホームページ見たけどなんもねえし?つーかあの人、今宇宙だろ?公式発表するにしてもまだまだ先じゃねーかな。決闘王がカードデザイナーになるって発表されてからまだ2日しかたってねーのに、いきなり環境変えたりはしねーだろ」

「そっか。じゃあ、ネットだけで使える特殊召喚なのかな」

「たぶんな−、ほら、リンクってネット用語だし。それっぽいイベントでもあるんじゃねー?」

彼はこのネットゲームにハマるあまり、現実世界での公式大会からすっかり足が遠のいている状態だった。兄にあこがれてデュエルモンスターズを始めた智也からすればさみしいが、これでも改善した方なのだ。かつての兄はひどいものだった。極度のスランプに陥りカードゲーム自体やめてしまおうか、と思い詰めたし、外に出ることが怖くなり学校に行けなくなったりもした。今は表面上は学校にも通い、友人関係もある程度修復できており、世間で言う普通の生活ができるまでになっている。その原因が智也がデュエルモンスターズを始めるきっかけになったレンタル大会にて、かつて世界で悪事を働いていたグルーズの生き残りたちが引き起こした闇のゲームに巻き込まれてしまったことなのだ。弟や弟の友達を助けようとして、彼はサイコデュエリストとしての才能が開花してしまった。彼が顕著なのはマインドスキャン、いわゆる相手の考えていることを読み取り、セットしているカードや手札などがわかってしまうという能力だった。これは対人としては最強クラスのインチキ効果である。今でこそ海馬コーポレーションの医療施設でカウンセリングをうけたおかげで、制御することができるのだが、そこに至るまでの過程で失うものが多すぎた。モチベーションがあがらず、スランプから抜け出せない、が誠也の口癖だ。ネットゲームなら直接相手と会うことはない。だからデュエルができる。兄がハマるのも無理はなく、智也は強く言い出せない原因でもあった。でもネットでもデュエルをする楽しそうな兄を見れるならそれでいいのかもしれない、さみしいけれど。

「《星杯》ってどんなテーマなの?」

「んー、まだカテゴリ化されたばっかのテーマだからなあ、わかんねえや」

《リンク召喚》についても、まだまだわかっていないので、説明は後回しにするとしてとりあえずこの青いカードだと誠也はいう。儀式と同じ色だとは言ってはいけないのだ。この青いカードたちは共通して、フィールドから墓地に送られたとき、手札から《星杯》モンスターを1体特殊召喚する効果を持っている。誠也がこのテーマを使おうと思ったのは、ガチャで回した結果一番多くカードが出たからパーツがそろっているという単純な理由だった。この新しいイベントでは《リンク召喚》推しのようだから、カテゴリ化された段階で多くのリンクモンスターがもらえるのだ。《リンク召喚》を勉強するにはやはり回すのが一番である。属するモンスターはすべて種族と属性が違うため、バニラサポートを駆使することになるだろうと彼はみていた。

「やっぱ《リンク召喚》をメインに据えたテーマカテゴリっぽいし、練習には1番だろーと思ってさ。初期テーマだから後から出てくるやつよりは完成度低いけど、まーなんとかする。大量展開と連続リンク召喚って下地はあるわけだしな。さーて同料理すっかな」

こいつら、強いテキストしか書いてないんだよ、と妙に生き生きした顔で彼は言う。どのへんが?と聞けばステータスは低いのに、どれもアドバンテージが取れる堅実な効果であり、実に俺好みだと返ってくる。効果モンスターがもっている手札に星杯モンスターをサーチできる効果はリンクモンスターの効果と実にかみ合っていると。

「問題は切り札がねーんだよ、切り札が。展開力はあんのにさ。だからエースは別のテーマに任せようと思って。いんや、これだと環境デッキへの回答がねーんだよな、壊獣にも出張してもらうか?いや、このイベントで環境デッキの使い手が出るかはわかんねーしな。だからしばらくはこいつでいくぜ」

「お兄ちゃん、僕のジェムナイト貸してあげたんだから、後からやっぱなしはだめだよ?」

「うっ・・・・・・キヲツケマス」

冷や汗たらりな兄に、智也は笑った。

「えっと、この子たちの回し方だよね?えーっと」

「はーい、せんせー」

「なんですか、誠也くん」

「お手柔らかにお願いしまーす」

「誠也くんが僕とデュエルしてくれるなら考えまーす」

「えっ、いや、その・・・・・・そーだ、智也もこれ始めようぜ?」

「お兄ちゃん、このゲーム、小学生はできないよ?」

「あ゛、そうだった」

「お兄ちゃん、やろ?」

「・・・・・・やっぱごめん、熱血指導お願いしますうううう」

「はーい。あのお店のおじいちゃんに教わったコンバットリックとかエスケープとか覚えるまで頑張ってね」

「えっ、あの人ギャンブルデッキとか特殊勝利とかが専門じゃなかったっけ!?何教わってんだよ、智也?!それほんとにジェムナイト関係あんのか!?」

ぎゃいぎゃいさわぐ兄に、がんばろー!と智也は笑った。

「ねえ、お兄ちゃん」

「ん?」

「ところで、ネットゲームのアバター、なんで女の子なの?」

「こーいうゲームだと女の子の方が使えるアバターのパーツが豊富って相場が決まってんだよ。《星杯》ってかわいいし、かっこいいモンスター多いだろ?ムキムキマッチョなおっさんアバターでこれやるよりは、こっちの方がかわいくね?」

「このゲームって声出すし、女の子だと変じゃない?」

「何のために人工音声プログラム買ったと思ってんだよ」

「・・・・・・ええ」

「ってのは冗談で、音声はこっちで設定できるんだぜ、智也。ほら、格ゲーとかであるだろ、複数音声から主人公の声選ぶやつ」

「あ、そうなんだ」

ぴろん、と音声が響く。どうやらチャットの申し込みが来たようだ。ブルーエンジェルと書いてある。ログが表示される。

「・・・・・・お兄ちゃん」

「ん?」

「もしかして、このゲームで女の子やってるの?」

「へ?」

後ろには過去ログが垂れ流されている。

「・・・・・・いや、その、だってさすがにここまでこだわって作ったアバターで、実は男です、はだめだろ」

「バーチャルリアリティゲームだよね、それ」

「うぐっ」

「お兄ちゃん、そういう趣味だったの?」

「違う、違うんだ、智也、落ち着いて聞いてくれ。お兄ちゃんはさすがにそういう趣味はしてない!さしかにちやほやされるし、楽しくなってきてやめられなくなってるとこはあるけどさ!」

その日からちょっと弟からの視線が冷たくなった気がしてならない誠也である。


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