今日も全て同じ1日(零児と連載夢主if)
本とコーヒーをお楽しみください。こちらのお席は皆様に本のご検討やご飲食をお楽しみいただくためのスペースです。本・雑誌はお一人様3冊まででお願いいたします。書籍が汚損・破損してしまった場合は、スタッフにお知らせください。原則として商品代のご請求はいたしません。マナーにご協力ください。ここでは備え付けの飲食物をご購入の方のみご利用いただけます。本の撮影、書き写し、店内の撮影はご遠慮ください。勉強・自習、営利目的の好意、イベント活動、睡眠、長時間の離席、脚を上げる、靴を脱ぐ。2時間を超えるお席の利用はおやめください。

そう注意書きはされているものの、零児が見る限りまともに注意書きを守っている客はいやしない。就職活動のために履歴書を必死で埋めている者、ネットを閲覧しながら仕事をしている者、テスト勉強をしている少年、少女達。ちらほらと本を読んでいる人々はいるものの、注意書きを守っているかはあやしい。そういう零児もレポートのために入り浸っているのだから人のことは言えなかった。

自分の部屋の勉強机では勉強できない人間はいる。誰かの目がないとやる気がでない、みんながやっている雰囲気がないと駄目、生活音がないと集中できない。人によって様々だが、零児の場合は追い出されたといったほうが早かった。今日はハウスキーパーが来る日である。1週間に1度やってくるハウスキーパーがすべてを取り仕切ってくれるかわりに、我が聖域と化した仕事場には立ち入るなと言う雰囲気を醸し出してくるのだ。知らない人間がいると気が散って集中できないという繊細な人間では無かったが、どうも今の担当とは馬が合わず、零児はこうしてブックカフェを訪れる。カフェでもいいが集中できない。図書室は長期休暇とあって課せられた宿題をこなすためなのか学生が多く、しかも家族連れを対象にしたイベントが開催されているようで時間を区切って追い出されてしまう。結果として零児が常駐できるところなど以外と限られているのだった。

持ち込んだ海外論文誌とにらめっこしながら、初めから頭の中にある結論にどうやってたどり着こうか必死で考えていた。

「ここ、空いてますか?」

声を掛けてきたのは、大人だった。ようやく零児はさっきまで反対側に座っていた男子学生達が居なくなったことに気づく。見たい映画までの時間つぶしに来ていたようだった。先に原作を読んでしまおうという魂胆だったようだ。CMや朝のニュースのゲストでよく顔を出す俳優の帯が見えたから。どうやら高校生たちが去ったあと、椅子を片付けもしないでほっときっぱなしで去ったらしい。連れがいると勘違いされていると察した零児は、首を振った。空いてますよと返せば、彼はほっとした様子で向かいに座る。そして、本を読みながら飲むこと前提でデザインされた安定性抜群のでかいコーヒーカップ片手に座った。

そして折れてしまいそうなほど薄いパソコンを取り出し、支えを取り付ける。傍らには借りてきたとおぼしき本が数冊。どうやら休日を返上で仕事らしい。大変だなと他人事のように考える。

零児ははたから見れば学生だ。隣にある、持ち込んだ参考文献になる予定の専門書を見ればぎょっとするかもしれないが、ここにくるのは少なくても本を読むのが好きだったり、静かな環境が好きな人間と相場が決まっている。喫茶店などほかにも時間をつぶせる選択肢はあるのだから。零児がレオ・コーポレーションのもつ質量を持たせるソリッドビジョンシステムについての専門書ばかりだという特異性など、興味の無い人間にはたいしたことないのだ。だから居心地がいいというのもあるのかもしれない。

敬語を使われたことはちょっとうれしかった。だから珍しく、どうぞ、なんて言葉が出たのだ。

でも零児が彼を意識したのは、そのときだけだ。すぐに集中する。このレポートは、この間の試験で成績がよろしくなかった学生に向けての温情なのだ。これを落とすと単位がいよいよとれなくなる。さすがにゼミに入っている教授の講義の単位が取れないのはまずい。飛び級するくらいの学力はあっても零児はその分本来9年掛けて学ぶはずの協調性といったものが育まれてはいなかった。グループワークを多用するこの講義は零児にとってはなかなか難易度が高いのである。ゼミの仲間はわりと飲みにいくノリの学生が多いものだから、未成年の零児はドライバー役の唯一の車持ちの青年以外はソフトドリンクを強いられるのが常だ。しかもバイトに合コンにと充実した生活を送る彼らにとっての当たり前が、零児はまずできないことが多い。零児抜きにしないとプランが練れないことくらいすぐにわかる。ほっといてくれればいいものを、どうにもゼミの仲間は5歳も下の大学生に構うのがマイブームのようだった。休日になたびにSNSに遊びの誘いが入る。自分だけの時間を確保しないと何もかもが上手くいかなくなるタイプの零児にはなかなかにストレスがたまる学生生活だった。
誰かと会うのも地味にMPを消費するタイプなのだ。

飛び級という制度がこの国では認められている。日系人としてこの制度を利用する事例が少なすぎるだけで。おかげで零児の入ったゼミの教授は少々過保護なほど零児のことを気に掛けている。よく父親からメールがくるのは教授の告げ口ありきだろうとも。レオ・コーポレーションの社長の子息だという情報が回るのは早かった。ほかの同級生達と比べて明らかに若いのだ、零児は。いくら隠したってすぐにバレてしまう。嫌でも著名人だと自覚せざるを得ない。でもここならそんなことはない。

零児がそのうち一時間目と六時間目だけ出なければならない、みたいな不毛すぎる日程の時、ついつい足を運んでしまうくらいには気にいっていた。

(また居る)

通い始めて1年たったころだ。さすがに定期的にくるようになると、ブックカフェに居座る人々の移り変わりがわかってくる。零児はようやくあのときの男性が高確率でいることに気がついた。零児の通う周期が似ているのだろうか。年齢制限で真夜中までいることができない零児にとっては、いつもパソコンと向かい合う、あるいは本を読んでいる、誰かと話している、そんな彼を背に出て行くことの方が多かった。

彼も零児に気づいてはいるらしい。気になってはいるようだ。時々、ほかの席が空いてるのにわざわざ近くの席に座ることがある。それは零児もやっている自覚があるのでお互い様だ。彼が中学生にも敬語を使える上に、気遣いができる人間だと分かっているのだから零児だっているのに気づいたらそっちに行く。わざわざ詮索してこないから居心地がいい。声をかけてこないとはいえ、気にはなっているらしい。隣につんである本に目を点にしていることもあった。思わず笑いたくなった。そりゃそうだ。結構な頻度で利用している自覚がある。零児の年齢の子達はいるべきではない時間帯にも平気でいるのだ。中学生ではないとは思ったらしい。専門書は1冊1冊が高いのだ。すべて買ったらお金が吹き飛んでしまう。それなら図書館で借りるか、こういった施設でごまかすのが大学生の常套手段なのだ。そんなこと知らない彼の中では零児はどういう子供にうつっているのだろうか。ちょっと興味はあった。

今日、初めて入り浸る条件である注文の列が一緒になった。

(またコーヒー頼んでる)

店員は慣れたような対応だ。常連といって差し支えないからだろう。あまりに長期にわたるときは食事も済ませてしまうようだから。もはやミルクも砂糖もわざわざ聞かない。

いつも紅茶一択な零児にはありえない選択肢だ。でも彼はいつも美味しそうに飲んでいるのを思い出す。どっちも必須な零児にはそれだけで大人な気がしてしまう。

零児の番がやってきた。

「ホットコーヒー1つ」

一瞬面食らった店員だが、すぐに営業スマイルに切り替え、対応してくれる。砂糖とミルクはさすがにお願いした。興味本位でブラックは冒険過ぎる。

彼はいつぞやのように、長テーブルの隅でパソコンを広げている。ノートを広げ、なにかメモをとっているようだ。

「空いてますか?」

いつも一人だから聞く必要はないとは思う。でも、彼はたまに連れがいる。いつも年上の女性であり、親しげに話しかけているからそれなりの仲だとわかる。それがいつも同じ相手なら問題ないのだ。数ヶ月、長くて半年、彼はここに一緒に来る連れが変わる。そして数週間はひとりでここにきている。たいていひとりでここに来ているときは、零児が来ると気まずそうな顔をする。

「どうぞ」

彼は笑うが、どこか気まずそうだ。前来た女性は前の女性よりだいぶ長いこと続いているようだったのに、どうやら別れたらしい。相手が悪いのか、彼が悪いのか。さすがに零児は分からないが、決まって彼がどこか苦笑いじみているのはそういう好奇心を隠し切れていないからなのだろう。

零児は新刊を広げる。今日はそういう気分だった。

彼は零児のカップから漂うコーヒーの香りに少々驚いているようだ。なんとなく得意になって口に運ぶ。思った以上に苦いものだった。顔をしかめるのもかっこ悪い。気合いで堪える。繭にしわが寄るのを阻止するのはさすがに無理だった。平然とブラックを飲んでいる彼が信じられない気分になる。零児はある程度見知った人間に対しては無表情が貫けない性格をしていた。その見知った人間に彼は分類されていたらしい。口元が緩むのを見逃さなかった零児は、無言のまま抗議のまなざしを向ける。目が合った彼は視線を泳がせ、言葉を探しているようだ。やがて諦めたのか小さく肩をすくめる。そして逃げるようにパソコンに目を向け、キーボードを叩き始める。しばらく見つめていた零児だったが、彼がこっちを向く様子がないことを悟ると、新刊に再び目を向け始めた。正直、頭の中には一行も入らない。

妙な緊張感が両者にはあった。名前すら知らない二人なのに、やけに親近感が湧いてしまっているからだろうか。

「面白いですか、それ」

沈黙を破ったのは彼だった。瞬き数回、目を見開いた零児は、しばらくの迷いの後、うなずいた。たぶん耳は赤いに違いない。驚くべきことに、零児と彼が実際に会話したのは今日が初めてだった。自己紹介するような流れでもない。声をかけたはいいものの、いい話題が浮かばないのか、彼は困ったように頬を掻く。差し障りのない話題をあげる。正直困っていた零児もこれ幸いと乗っかる。

やがて緊張感もほぐれてきて、零児は本調子が出てきた。彼はずっと敬語だ。それが妙にこそばゆかった。

「いつも居ますね」

「あー、はい、まあ。職場が近いんで、よく休憩がてら来るんですよ。居心地いいですよね、ここ」

「たしかに」

零児はうなずいた。やはり社会人だったようだ。カフェコーナーでなくても、本を読むコーナー自体はあるのだ。こういう雰囲気がすきなら入り浸るには絶好の環境だろう。食事をとるにしては少々高いのが難点だが、どうやら彼は落ち着いている雰囲気を優先しているらしい。

「よく難しい本読んでますよね、すごいな」

「・・・・・・ここ以上に専門書扱ってるとこが無くて」

「大学の図書館とか、?」

「休みはやってないんです。ここみたいにすればいいのに」

「っていうと、××大学、ですか?」

「はい」

「あー、だから。・・・・・・たしかにやってなかったな、あそこ。まだカフェ入ってないのか」

懐かしそうに彼は目を細める。和やかな会話が続く。やがて零児は家に帰らなければならない時間になってしまった。門限はないのに、門限同然の制限だ。はやく大人になりたいと零児は思う。帰り支度を始めた零児に時計を見た彼はなるほどという顔をする。いつも出て行く時間は決まっている。覚えられるのも当然だ。

「じゃ、また」

「ええ」

別れたあと、ようやく零児は気づくのだ。名前、聞き忘れたと。


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