目が覚めたときには、夜が明けようとしていた。遊矢は窓のカーテンを開き、外の風景を眺める。昨日の夕方から急変したどしゃぶりの雨はすっかりあがっていた。でも、降り止んで間もないのか、窓ガラスに映るすべては黒く濡れていて、水滴を滴らせている。ぼんやりとした輪郭しかわからなくて、窓を開ける。雨上がりの夏のにおいがした。空には輪郭のくっきりとした灰色の雲がうかび、光の縁取りがみえた。もう夜は明けている。時計を見たら、もう10時をまわっていた。外があまりにも暗くてわからなかったのだ。きっとこの天気では今日一日外に出ることはできないだろう。考えていた予定が明日に延期になるのは目に見えている。あーあ、と肩を落とした遊矢はテレビで天気を確認しようとしてリモコンを探す。テレビの音がなっても昴はまだ寝ていた。
ベッドから抜け出すまで握っていた柔らかく暖かい手のひらは、その形を保ったまま卵形になっている。きっと近づいていけば、耳まで届く心音は高鳴る一方で熱を帯びていくにちがいない。昴の無防備な姿はなめらかに天気予報を確認しようとしていた遊矢の時間と意識を削り取っていく。どれくらいたっただろうか。身を屈めていた昴が隣の気配がなく、空を切る手に気づいて目を覚ます。
「おはよう、昴」
「遊矢せんぱ、おはようございます」
どこにいるのか探そうとした矢先に声をかけられ、一瞬真顔になっていた表情が安心したのかふにゃりとした笑顔に代わる。
「どうしたんですか?」
「今日、外出ちゃだめだって」
「え」
テレビは台風の続報を知らせている。テレビに目をやった昴は、あからさまに落胆して見せた。今日は遊矢の誕生日である。いろんなところ、行きたかったのになあ。そんな言葉が聞こえてきて、遊矢は笑う。
「明日でいいよ」
「でも、今日が遊矢先輩の誕生日なのに」
「ならさ、昴、ちょっといい?」
「遊矢、せんぱ・・・・・・?」
新緑の目が不思議そうに遊矢を見上げている。遊矢の距離が近くなるにつれて、なんとなくわかったらしい昴は、のぼせそうなほど顔を赤くして目を閉じた。誰も知らない土地、誰も知らない町、そこでの最初に迎えた朝だった。遊矢はまだ誕生日のただ中にいる。テレビでしか見たことがないから、唇を重ねる先がわからない二人は、その感触を確かめるだけで精一杯だった。それだけで体中が熱くなって、どきどきして、お互いに顔が真っ赤になるのがわかる。昴のぎこちない手が遊矢の袖を引く。遊矢にぎゅうとだきしめられ、くっついてしまいそうな距離になり、もうそのままベッドに逆戻りしてしまう。
「遊矢先輩、くすぐったいです」
くすくす昴は笑っている。遊矢もつられて笑った。なんとなく、毛布をたぐりよせてふたりで丸くなる。
「昴、ここからどうするかしってる?」
「え?え、え、えーっと、その、わ、わかんないです」
「オレも知ってるけど、わかんないんだよな。どうしよう?」
「だから、ぼく、わかんな、」
「ほんとに?」
「・・・・・・ごめんなさい、うそつきました」
恥ずかしくて死にそうになっている昴の頭をなでながら、遊矢はささやく。こくこくと昴はうなずいた。