パラレルアップデート設定→漫画版(漫画版夢主とファントム)
「ほらほら、早く早く。始まるだろ!」

モニターにかじり付く遊矢に、ユートはあきれ顔だ。

『そんなに急がなくても動画は逃げたりしないぞ』

「なにいってんだよ、ユート。混雑し始めたら、潜り込むのめんどくさいだろ。やっぱ位置どりは大事だって」

ワンキル館を運営している海外グループが運営しているインターネットサービスと連動しているワンキル館は、その大会の様子などを動画などでよく公開している。それをみるにはアカウントを取得したり、ほかサービスを利用したりすると、混雑になっても追い出されない得点がある。残念ながらファントムは所在地不明でアカウントを取得できないため、潜り込むには自動的に防衛プログラムが脆弱なサービスからになる。海外のサーバを渡り歩き、特定できなくなったところで飛び込んだ。

巨大画面のモニターの右下には、何人の人間が観戦しているのか表示されている。どんどん数字は大きくなり、あっという間にmaiami市に住んでいるであろう決闘者の数を超えてしまう。海外資本の会社が運営しているのだ、視聴人口は海外勢の方が多いだろう。

ファントムの取得したアバターはデフォルトだ。なにせ使う人間が4人もいる。凝り性の遊矢が何時間もパソコンを独占していたらブーイングが飛ぶし、みんな好きな色もファッションも違う。もめる時間すらもったいないという理由から、味気ないデフォルトのままだ。モニターの向こう側で自由に動き回るアバターを操作し、遊矢は観戦の最前列に並んだ。ほんとうは見に行きたかった。城前とのデュエルは決着が付かないままだ。再び戦いたいという気持ちは分かるがユートが首を横に振り、遊矢も天秤に掛けた結果、G・O・Dの調査という大事な仕事に戻った次第である。アラームがなれば強制的に観戦は終了だが、ならないならみてもいいはずだ。調べるのはこの巨大なパソコンなのだから。

あの舞台に立ちたかったなあ、という未練とうらやましさをデュエル大会の生中継に注ぐ。さすがに挑戦者の中に沢渡がいたのは思わず二度見したが、その時点で今回の優勝者は決まったようなものだ、とユートがつぶやいただけはある。順調な勝ち上がりをみせ、沢渡は優勝し、この大会のエキシビョンマッチに挑戦する権利を獲得した。そして現れた城前は沢渡がここにくることを予感していたような言葉を投げかけ、待っていたんだからそれに応えるようなデュエルをしてくれとばかりに挑発する。とても楽しそうだ。

「オレも言いたかったなー!戦いの殿堂に集いし決闘者たちが!モンスターとともに地を蹴り、宙を舞い、フィールドを駆けめぐる!新たなる戦いの舞台を求める者たちには、ふさわしい舞台が必要だ!っかー、あはは。かっこいいよなー!」

「それって、城前さんがいったんでしょ?」

「え、そうなんだ?」

「ちょっと気になって調べてみたんだけどね、城前さんの紹介ページに載ってたわ。城前さんが初めて優勝したときに言ったことが、そのままワンキル館の大会のお約束になったんですって」

「へえー!そうなんだ。それなら、やっぱあそこで言うのは最高のシチュエーションなんじゃないか」

『そろそろ始まるぞ』

柚子とユートは食い入るようにモニターを見ている。遊矢もその向こう側にいる城前と沢渡のデュエルを眺めていた。

光り輝くスポットの中心に城前がいて、対戦相手と戦う光景は動画をみればいつでもみることができる。ここから城前のプレイングや傾向をみて、対策を立てるのも楽しいだろうし、沢渡や黒咲との決闘のように、遊矢とデュエルするときどんなデッキで挑んでくれるのか想像を膨らませるのもいいだろう。ただ遊矢はその場所に自分がいないことがひどく残念でならなかった。デュエルならいつでもしてくれるんじゃない?と柚子は言う。敵か味方か、という言葉に、決闘できるかどうかが判断基準。楽しい決闘ができるならオレは味方、とひどく曖昧な言葉をなげた城前の言葉をそのまま受け取るなら、遊矢が訪ねれば城前は決闘に興じてくれるだろう。でも、この大会のようにたくさんの参加者がいる中で勝ち上がり、相対する権利をもぎ取り、決闘するまでの課程はきっとあそこにいた沢渡しかできない。

遊矢はじっと見つめていた。

『遊矢、そんなに城前と決闘したいなら、ワンキル館の調査もかねていくのはどうだ?今ならイベント中だから、紛れるのは簡単だろう。遊矢?』

「なんか、さ、ユート」

『なに?』

「懐かしくないか?この感覚」

『懐かしい?』

ユートは反応する。いつもと明らかに異なる声のトーン。ぽつり、と無意識のうちにこぼれおちた言葉。ユートは目を見開く。

『遊矢、まさか、記憶が』

遊矢は真剣な表情のまま首を振る。とてももどかしいようで、表情に影が落ちる。

「わからない。わからないんだ。どうしてここまで懐かしいって思うのか。城前なのか、城前たちが決闘してる光景が懐かしいのか、どっから来てるのかわからない」

『そうか』

遊矢は手を伸ばす。

「でも、この感覚は知ってるんだ、オレ」

「遊矢?」

勝利を手にして、次の挑戦を待っていると高らかに宣言する城前の手を重ねる。ぐにゃりとモニターが歪むがそれも気にせず、遊矢は画面の向こうの城前をみた。不思議そうに柚子はその様子を見つめている。

「城前がすっげえ遠い。どうしようもないのに、イヤなんだ。その笑顔がつらいんだ。なんなんだろうな、この感覚」

『遊矢・・・』

「あーもう、オレらしくない!やめやめ!決着ついてないのに沢渡や黒咲と決闘してるのがやなんだ、きっと!なんで特殊部隊の奴らのが接点多いんだよ。勝手に負けたり勝ったりしてさ!一番最初に決闘したオレがいまだに決着ついてないっておかしいだろ!」

『一番最初に会ったのは私だし、決闘したのも私だが』

「そうだよ!だいたいユートがあのとき変わってくれないからこんなことになってんだろー!」

『あれは城前が悪い。私の幻影騎士団を知っているそぶりをしながら、実況解説では微塵もふれなかったんだ。しかも、まるで私が手札事故を起こした上に、ひきも悪い決闘者みたいな反応するからだ』

「そりゃそーだけどさ」

「ねえ、何の話してるの?」

「聞いてくれよ、柚子!ユートのやつ、ひどいんだぜ!」

遊矢は柚子に話し始めた。ユートは静かに遊矢を見つめている。

(思い出さなかったか)

ユートは胸をなで下ろした。遊矢が失った記憶のかけらをユートは見たことがある。

テレビで生中継する決闘大会の生放送にでる城前。ナンバーズという特殊なカードを集めているところを目撃する遊矢。さらわれる柚子。ユートや黒咲とともにやってきた別の次元の来訪者と判明し、次元戦争に身を投じる遊矢。遊矢に暴走を促す謎の存在がスタンダード次元に統合されたかつての儀式次元の存在だと知ったとき、遊矢は統合された世界の不条理を悟り、懸命にあがいた。シンクロ次元、エクシーズ次元、融合次元、そして儀式次元という失われた世界を仲間たちと渡り歩いた先で、遊矢は城前と敵対することになってしまう。遊矢にとって、城前はテレビの向こうで歓声やスポットを浴びる人だった。あこがれだった。父親とは違う、有名人に対するあこがれから始まったそれは、次元戦争で仲間となることで知り合いになり、友達になり、仲間になった。かけがえのない仲間だった。だが、遊矢は知らなかった。城前はエクシーズ次元とは違う次元の存在であり、その世界に帰るのが目的だったということを。

別れは唐突にやってきた。

それぞれの世界をつないでいたターミナルが突然崩れはじめたのだ。

つまづいた遊矢を起こしてくれたのは、城前だった。

「ほら、早くいけよ、遊矢。今度は絶対に放すなよ!」

柚子が必死で呼んでいる。それに気づかせてくれた城前に、遊矢は大きくうなずいた。

「克己?」

だが、気づいた。城前はその場から動こうとしない。胸元にある鍵を大事そうに抱えて、そこでじっとしている。

「なにしてるんだよ、克己!このままじゃ、克己も危ないよ!」

「おれはいいんだよ」

「え?」

目を丸くする遊矢の背を押す城前を押し戻し、遊矢は手を引こうとする。でも、その手は拒まれた。

「死ぬ気かよ、克己!」

「まあ、結果的にはそうかな」

「はあっ?!」

「これからいく世界は、今のままじゃだめらしい。おれはここで迎えを待つことにするよ」

「克己、それってどういう」

「ほら、早くいかないとでられなくなるぞ、遊矢。早くいけ。元気でな」

無理矢理押し込まれたターミナルの脱出口。吐き出された先で転がった遊矢は、次元をつないでいた扉が閉ざされるのをみた。茫然自失だった遊矢は、正気に返るとどういうことだとかろうじて通信手段が生きていたユートたちを問いつめた。そして語られる顛末。あっけない別れだった。二度とあえない別れでもある。終わりのみえない異世界の戦争に身を投じるために、本来あるべきあり方を失ってアストラル世界に順応することを選んだ城前は、きっと遊矢の知る城前ではなくなっているはずだ。元の世界にかえることはそんなに大事なのか、命を落として、人間でなくなることの方がはるかに大事なものを失うというのに。あとから知ることが多すぎた。城前の世界には、遊矢たちによく似た大事な友達がたくさんいたらしい。にているのに、彼らを否定するようなことばかり言う、と大切な記憶が上書きされると苦しんでいた、とあとから聞かされたってどうしろという話である。城前はそんなこと一言も言わなかった。ただ遊矢たちをよく知っていて、なにをしたって見守っているような、信頼しているような、不思議な人だった。知らないことが多すぎた。姿を消した仲間を惜しむ暇がないような事態が遊矢たちを待ち受けていた。


そして世界は終わる。


(今は今、過去は過去、私たちは私たちだ。克己も遊矢もなにも悩まないといいんだが)

唐突に始まった2度目の世界で、ユートは静かに息を吐いた。


prev next

bkm
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -