胸を打つ静寂でした(漫画版夢主とユート)
違和感はあった。

堅くて冷たいアスファルトから逃れるように積み上げられた簡易な寝床は、成長期のユートが体をくつろげられる広さはない。いつも体を窮屈に縮めるか、開き直って投げ出すかのどちらかだ。G・O・Dの情報を感知したら鳴り響くアラームに追い立てられて目覚めることが多い日常の中で、最後に洗濯したのはいつだったか覚えていない。寒さをしのげればいいという投げやりな理由から敷き詰められた体臭が染み着いた毛布はなく、頭にあるのはタオルをぐるぐるに巻いて作った枕もどきでもない。沈んでいく感覚が新鮮なマットの上で寝ている、お日様のにおいがする、しかも思い切り体をのばしてもどこにもぶつからないどころか、落っこちる気配すらない。この時点でいつものアジトではないとユートは自覚すべきだった。それができなかったのは、凄まじい眠気がユートを支配していたからにほかならなかった。どうやらユーリかユーゴが遊矢やユートが寝静まっている間に体の主導権を握り、なにか行動を起こしたようだ。ひとつの体に4つの人間が収まっている奇妙な体質であるファントムは、人格が交代しようと体は一つしかないため、肝心の体が悲鳴を上げればどうしようもなくなる。体の主導権を握り外にでれば、蓄積していたダメージだったり、疲れだったり、病気だったり、本来心と直結しているはずの体の変異はその人格にフィードバックする。その悪影響をもろに食らってしまったユートは、瞼をあけることができず、そのまま二度目の心地よいまどろみにとけていった。

徹夜明けですべてを投げ出してベッドに沈んだような気だるさがある。頭がぼうっとしてろくに頭が働かない。ただぼんやりとなにもしていないことだけを思い出して、シャワーを浴びたりなにか食べたりしなくては、着替えなくては、という感覚だけでユートは起きあがる。何度目になるかわからないあくびを繰り返し、乱暴に涙を拭う。遊矢たちの気配はない。どうやらまだ寝ているようだ。

だらだらとしていたものの、ちょっとずつ頭が働くようになると、ようやくユートはいつものアジトではないことを自覚する。

「ここ、は」

記憶を探ってみるが、思い出すことができない。まさかユーリかユーゴが移動した先で寝てしまったんだろうか。たらり、と冷や汗がながれる。ユートが寝ている間の出来事だ、説明してくれる奴がいないと状況が全くわからない。ここはどこだ。どうして私はここにいる。ずいぶんとながいこと眠っていたようで体の節々が不自然にきしんでしまう。さすがにここまでくると背筋が寒くなったおかげで一気に目が覚めた。ユートたちは追われている身だ。はやく状況を把握しなくては。焦燥感がユートを本格的な行動に移した。

誰かの私室のようだ。一人暮らしの設備が整っているが、ちょっと広すぎる。マンションのようでいて、防音の設備やソリッドビジョンの機材がそろっていることから、かなりお金をかけてあることはいやでもわかる。いかにもセンスがありそうなインテリアや雑貨が並べられている。その割にコンビニやスーパーで買ったと思われる弁当などのゴミがある。この部屋の主は忙しいのか、めんどくさがり屋なのか、あまり掃除をしないようだ。カーテンを開けると、よく手入れされた庭が見える。こちらからみることを前提に作られている。おそらくこの建物全体がどこかの邸宅なのだ。ますますどうしてここにいるのかわからなくなってきたユートは、デュエルディスクが寝ていたであろうベッドのすぐ近くのテーブルに置かれていることにようやく気づく。軟禁されているなら、真っ先に取り上げられるはずのものが普通においてある。傍らにはデッキもある。ユートたちはポジションチェンジすると所有しているデッキもかわるのだ。ちゃんとおいてあるということは、この部屋の主はユートたちをどうこうする気は皆無のようだ。罠かもしれない、という警告は素直に受け取ることにして、ユートはここからでることを優先することにした。

耳を研ぎ澄ませて物音を確認しようとしたユートを衝撃がおそう。がん、という鈍い痛みが走る。ドアが開いたのだ。完全なる不意打ちだった。額をしたたかに打ち付けたユートはそのまま悶絶してうずくまる。おそらく赤くなっているであろう額を押さえながら、若干の涙目をこらえ、ユートは顔を上げた。

「い、めぇ醒めたかって、うわっ!?大丈夫かよ、ユート!?」

あわてて駆け寄ってきたのは城前だ。鈍い痛みが地味に尾を引いているせいで、ちゃんと発音ができないユートは言葉にならない悲鳴を上げる。

「あ、あー、ごめんなぶつけちまったのか。まさか立ってるとは思わなくてよ、大丈夫か?うっわ、たんこぶできてるじゃねーか、えーっとタオルどこだっけ」

クローゼットの方に歩き出した城前を見届けて、ユートはここが城前の部屋であると気づいて張りつめていた緊張が解けたせいで痛みが増していくのを自覚する。じんじんする痛みを耐えながら、ユートは近くのソファにふらふらと沈んだ。ひんやりとした冷たさが押し当てられる。しばらくじっとしていると、ちょっとずつ痛みが引いてきた。心配そうにのぞき込む城前に、ユートはすまないと羞恥で顔を赤らめながらいった。

「ここは、城前の家なのか?」

「ん、まー似たようなもんかな。正しくは住み込みのアルバイトだからよ、借りてるっていった方が早いか?この別荘にすんでいた人の部屋らしいぜ。人が住まなきゃ家は死ぬんだってさ、よくわかんねえけどありがてえよな」

「ああ、なるほど。だから高そうな部屋なのに、コンビニ弁当とかがあるのか」

「うっせえ、料理なんかできねえよ」

出来合いばかりの冷蔵庫が想像にかたくない。

「よく寝てたよな、ユート。腹減ってるだろ、なに食いたい?」

「いいのか?」

「いいって、いいって。今日、ちょうど給料日で財布に余裕あるからさ。さすがにめっちゃ疲れてる奴にさっさと帰れって放り出すほどひでえやつじゃねえつもりだぜ?」

よく寝てたよなあ、と城前が指さす先には、午後3時を知らせるアンティークの時計がセンスのいい音を響かせる。

「私は、いつから寝てたんだ?」

「え、覚えてねえの?」

「あ、ああ。・・・・・・待ってくれ、私はアジトで寝た記憶しかない。ユーリかユーゴがここにきたんじゃないのか?」

「あー、そうなのか。おれ、表にでてる奴しか見えねえからさ、てっきり遊矢たちも幽霊状態でその辺にいるのかと思ってたぜ」

「いや、私と遊矢は寝ていたはずだ。今はみんな寝ているようだが」

「へー、人格交代したら疲れがチャラになるわけじゃねーのか」

「ああそうか、城前は遊矢のソリッドビジョンだった私と沢渡のデュエルしかみてないのか。そう勘違いしても無理はないな。残念ながら、私たちも無理をすれば倒れる」

「なるほど、だからぜんぜん目が覚めなかったわけか。了解、了解、やっと謎が解けたぜ」

「それはなによりだ。よかったら、どうして私がここにいるのか教えてくれないか、城前?」

「おう、いいぜ。最初にいっとくけど、はじめにケンカ売りにきたのは、そっちだしなユート。前々から本業への資金提供と引き替えに貴重なカードを提供してくれる人がいたんだけどさ、その人との取引中に乱入してきたのはお前ら。G・O・Dの反応があったらしいけど、お目当てのカードじゃなかったらしくて、返してくれたからまーこっちはこれ以上の報復は考えてないってよ」

「そうなのか。悪いが私は謝るつもりはないぞ、城前。これだけは譲れないからな」

「まあ、いつものことだし気にしてねえよ、その辺は。ただな、ユート。ユーゴが目を覚ましたら言っといてくれ、来たなら帰れ。うちはお前の家じゃねえってよ」

「・・・・・・一応、なにがあったか教えてくれないか?」

「クライアントの秘密に関わることだからさらっとしかいねえけどさ、ま、お前ら以外に邪魔な奴らが来やがってさ、乱戦になったんだ。こっちに来たときから調子悪そうだったけどさ、デュエル中に寝るなよ。おかげでこっちはユーゴ抱えたままデュエルすんのに必死だったんだからな?下手すりゃ死んでたんだぞ勘弁してくれよ」

ライディングデュエルじゃなくてよかった、と城前はぼやく。ユーゴのことだ、ライディングデュエルだったら寝落ちなんてするわけがない。ただデュエルの舞台はあるビルの一室だったのだ、問答無用でスタンディングデュエルである。途中でユーリが出てきてくれたようだが、体に蓄積された疲労が限界突破すれば、いくらなんでもまだ14である。耐えられるわけがない。

「お前らがどんな生活してるのかはしらねえけどさ、せめて体だけは万全にしとこうぜ。アクションデュエルは体が資本だろーが」

「・・・すまない、言い返す言葉もない。そうか、そんなことが。ありがとう、城前。君には貸しができてしまったな」

「おう、でっけえ貸しだぞ覚えとけよ」

「ああ、ユーゴに払わせる」

「連帯責任だろ、そこは」

「いや、私は寝ていたんだ。関係ない」

「おいこら、ユート」

「それより、城前、そろそろなにかもらってもいいか?」

「急に厚かましくなったな、お前!?いや、体は資本だっつったのはおれだけどよ。まーいいや、冷蔵庫にあるもんで適当に作るからシャワーでも浴びてこいよ。せめて服は洗濯してけ。服とかタオルとか適当にクローゼットから持ってってくれ。貸してやるから」

「ああ、わかった。ありがとう」

「おう、どーいたしまして」

初めて体験するお湯になるのに数分かからないシャワーに感動を覚えながら、ぶかぶかの服に沈黙する。生活環境のせいだろうか、とたった3つしか違わないのに、ずっと体格もよくて身長も高い城前をみてユートは複雑な気分になる。外にでるとおいしそうなにおいがした。ようやく空腹だと訴え始めた体に苦笑いする。まともに機能している調理道具がフライパンしかない時点でお察しの腕前だが、今のユートには久しぶりのまともな食事だった。

「服乾いたら帰れよ」

「ああ、わかってる。ところで、城前、ひとつ聞きたいんだが、ユーゴのデュエルを引き継いだんだよな?」

「ん?そうだけど?」

「SRとライトロードは相性がよくないと思うんだが、よくきりぬけたな」

「さいわいおれのデッキはシンクロもエクシーズもできるからな、モンスター残してくれりゃその場しのぎくらいはできるさ。ユートの幻影騎士団ならもっとうまいこといけたんだけど」

「さっきから右手をかばってるだろ、城前。笑いながら言うことなのか?」

「うっせえ、気づいてるならほっとけよ。怪我の功名っつーだろーが、かっこわるいな」

バツ悪そうに城前はぼやく。あーとかうーとかいっていた城前だが、言葉が出てこなくなったのか、ユートの食べ終わった皿を取り上げるとリビングに行ってしまう。ユートは笑ってそれを見届けた。


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