伝姫奇譚(シラユキと漫画版夢主と黒咲)
「このカードたちを取りに来てほしい」

浅黒い顔をした長身な男は、城前にそう依頼してきた。やけにぎらぎらしていたのが印象的である。館長からちょっとしたアルバイトということで丸投げされた依頼だった。依頼人の指定してきたカフェで落ち合うと、彼はそういってたくさんのカードが並ぶ展示ケースの写真を差し出してきた。

依頼人は古くからの友人からこのカードコレクションを保管するよういわれ、長いこと預かっていた。10年目になり、連絡も途絶えて半年になる。いい加減取りに来るよう連絡をとったが音沙汰ないという。友人の家に訪ねてみたが、知らない間に様々な事情から迷惑を被ってきた彼らはその引き取りをやんわりと断り、自由に処分してくれと言われてしまったようだ。それなら、と長年の夢だった海外移住の計画が現実味を帯びてきたため資金にしたいらしい。依頼人はカードの価値がわからない。一銭にならないにしても膨大な数のカードである。ワンキル館側に一括で寄付するにしても売り払うにしても、本物かどうかすらわからないし、どういう扱いで運送すればいいかわからない。

館長から丸投げされた資料通りの手順なら、順当にいっても1日かかるだろう。レアカード、つかいたいカードがあればもっていっていい、と言われてしまった手前、断るわけにはいかない城前である。

「ほんとにここに写ってるカードもってっていいんすよね?」

「ああ、もちろん」

「ほんとに?この《妖精伝姫ーシラユキ》も!?」

「し、しらゆき?ああ、もちろん」

城前が知らないカードだった。依頼人がいうには、その古くからの友人はカードショップを開くのが夢であちこちでカードを集めるのが趣味をかねた仕事だったらしい。定期的に依頼人宛にカードが送られてくるため、いわれるまま保管していたはいいが貸し倉庫のスペースもいっぱいになりすぎてしまいもうスペースがないと言う。城前が初めてみるカードだった。しかし、城前はすぐにわかった。このカードは秘められた力がある。それもとびきり最上級の。そして思った。このカードほしい。

「ノーレアだが、非常に価値がでるだろう、と彼はいっていた。その反応からするに、実際、結構価値があるみたいだな。是非とももっていってくれ。私みたいにぜんぜん興味がない人間が持っているよりは幸せだろうさ」

ぶんぶん城前はうなずいた。カードはまとめて一括でワンキル館が支払う手はずになっている。今日、城前に課せられた仕事は、その膨大なカードをスキャニングシしてワンキル館に送ることだ。そして査定され、料金が提示され、交渉は行われる手はずになっている。城前がほしいなら個人的に交渉してもいいと言われている。城前は迷うことなく飛びついた。

「言い値で買いますよ、いくらですか?3枚セットで3000円?それとも4000円?」

「ノ、ノーレアなんだろう!?いいのかい、そんなに」

「おれにとってはそれくらい価値があるんです!相方奪われ続けたライロには是非ともこいつの力が必要だって、おれの経験がそういってる!」

「わ、わかった。君がそういうなら」

「ありがとうございます!」

城前は依頼人につれられて、その貸倉庫に赴いたのだった。カードショップを夢見ていた誰かの未来がそこにはあった。古くからの友人はカードの保管に細心の注意をはらっていたことは確かである。カードの査定などしたことはないが、その保存状態からそれなりの価値があるものはもっとも高い値段が提示されるだろうと城前は思った。ワンキル館から持ち込んだ鑑定人の七つ道具みたいなものを装備して、城前はその中にはいる。そして1枚1枚のカードを丁寧にスキャニングしてデータを取り込み、データを転送していったのだった。数時間もすれば、黙々と作業をする城前に好感を抱いたらしい依頼人が茶菓子を持って休憩を促してくる。

「ほんとうにそのカードがいいのかい?」

個人的に買いたいカードは別のボックスにすでに収納している。依頼人はおいしそうなクッキーを口にしながらいった。依頼人の奥さんのお手製だという。コーヒーと相性は最高だった。城前はうなずいた。

「あ、やっぱりもっと高く売りたくなりましたか?ならワンキル館で査定してからでもいいですよ?ワンキル館から個人的に買うんで」

「いや、そうじゃないんだ」

「へ?」

依頼人は苦笑いする。

「かわいらしいイラストのカードだろう?でも、私が保管するようになってから、そのカードのモンスターをみたという噂が絶えなくてね」

「え、実は訳ありのカードとか?」

「いや、詳しくは知らないんだ。友人はいつもお金を振り込んでくれて、こうやって保管してくれと指示の手紙があるだけだったからね。いつしか連絡が途絶えてしまって私たちも困っているんだ」

倉庫の窓際から外を覗いているだとか、時々幼い少女の泣き声が聞こえてくるだとか、いつのまにか明かりがついているだとか、不気味な呪文を唱える少女の声が聞こえてくるとか。それはもう奇妙な事象が多発しており、依頼人も困っていたらしい。カードの価値が下がることを恐れて言わなかったが、ほしいといってくれたのが17だという青年だったものだから忍びなくなったようだ。自分の息子と同じくらいの年齢である。罪悪感がわいたようだ。残念ながらその息子さんはデュエルに興味がないようなので、城前は今のところ見かければ挨拶しよう程度しか思っていなかった。城前はいいっすよと笑った。

「むしろ大歓迎っすよ。カードの幽霊だか妖精だかしらないけど、もしいるんなら会ってみたいし」

カードのテキストをみるだけで、城前のデッキで大活躍の予感しかしないカードである。詳しい裁定は館長たちに指示を仰がないとわからないが、きっといい相棒になってくれるはずだ。イラストよりもテキストを重視する城前の思考回路だと、それに妖精までついてくるならただでさえ死んでる運命力に補正をかけてくれそうと言う邪な考えしかない。ほっとしたらしい依頼人は、それならいいんだ、ともっとお菓子を進めてくる。よほど安心したのか、おみやげまで準備している気配がする。

「実は、何人かそのカードをくれないか、と家に交渉にきてたんだがどうにも交渉する気が起きなくてね。黒塗りの車で、物々しい奴らを従えてきたら、なんとなくイヤな気がしてしまうだろう?君はそういう感じがしないし、ワンキル館でまとめて引き取ってもらった方がこのカードも長いこと一緒にいたカードと一緒にいられるしいいかと思ってね」

「え、その人たちはいくら出すっていってたんすか?」

「あんまり大きな声じゃいえないが、君よりずっと高かったよ。でもおかしいだろう?さすがに私だってブロックを差し出されたら、イヤな予感しかしないよ」

シラユキのほかにも有用なカードを入手することに成功した城前は、意気揚々と依頼人の邸宅をあとにする。ワンキル館から持ってきたボックスや機材を事務所に返せば本日の臨時の仕事は終わりである。夕暮れの空を眺めながら、城前は帰路についたのだった。

「そこのあんた、待ってくれ!」

「え、おれのことっすか?」

「ああ、そうだ」

城前のすぐ横に車を寄せ、そのまま窓を開けて声をかけてきたのは、外国人の男である。ずいぶんと日本語が流ちょうだが、何者だろうか。ワンキル館はそのレアカード保有の実績故にグルーズからよくねらわれる。その現場に遭遇し、撃退したことも一度や二度ではない城前は警戒の色を濃くしたまま、距離をとる。デュエルディスクを持っていたのはこのためだ。デュエルをすればその発生源を特定しようとワンキル館の誰かがすぐ反応してくれることになっている。男は名刺を差し出してきた。

「オレはこういう者だ」

カードの収集家のようだ。

「Mr.××にカードを譲ってくれとお願いしてたんだが、最後までOKといってくれなくてね。ワンキル館がまとめて引き取ると聞いて、お願にきたんだ。《妖精伝姫ーシラユキ》を譲ってくれないだろうか。金なら払う」

「ああ、あなたが××さんがいってた・・・・・・。なんでほしいか聞いても?」

胡散臭さが漂う男たちに城前は返事を促す。

「素直に渡してくれたら、即金で40万払うんだが。どうだ?」

「いやっすよ、だっておれもほしいしこのカード」

「君は知らなくてもいいことだといったら?」

「それこそイヤっすよ。××さんになんて説明していいかわかんなくなる」

「そうか。やはり人間は信頼できん」

彼は激怒した。突然の豹変に、やっぱこうなんのかよ、とぼやきながら、城前はデュエルディスクのモードを切りかえる。城前のいく方向に無理矢理車を駐車すると車から降りてきた。後ろの車から男たちが降りてくるのが見えた。ああもうまとめて相手してやるよ!城前はデュエル・フィールドを展開する。ワンショットに特化したデッキなのはご愛敬である。





閑静な住宅街に、突如デュエルフィールドが展開される発信があった。それもレオ・コーポレーションではなく、ワンキル館が使用している独自のシステムから発信される独特のエネルギーの波長。この街ではまだ一般に普及していないシンクロ召喚、そして認知はされているが使用人口があまりにも少ないエクシーズ召喚。そのどちらも使いこなす決闘者は城前しかいない。赤馬が指示をとばすのは早かった。

黒咲がそちらに赴いたとき、すでに勝負はついていた。警察なのか、ワンキル館のセキュリティなのか、通報していた城前は、黒咲の姿を見つけると目を丸くする。電話をきり、黒咲のところにやってきた。

「おいおい、ファントムのおっかけさんが何でこんなとこにいるんだよ?」

「貴様がワンキル館側のシステムを使用する時は非常事態と相場が決まっているとの判断だ。どうやら大したことなかったようだが」

「あっはっは、おれがなんか怪しい動きしなかったか監視にきたってとこか?残念、今日は普通のカオスライロだぜ。カオスドラゴンのギミックも入ってるけどな」

「ああ、だからシンクロとエクシーズの反応を示したのか」

「そうそう、大正解」

「こんな、街のど真ん中でデュエルをするとはうかつだな。それとも想定していなかったのか」

「デッキのモードを切り替えるの忘れてた」

「冗談も休み休み言え」

明らかに仕事帰りである。黒咲のとりつく島のなさに城前は肩をすくめた。

「ほんとノリ悪いよな、黒咲。ここは乗っとくとこだろ?」

けらけら、と城前は笑う。黒咲は視線を落とした。

「いつまでデュエル・フィールドを展開するつもりだ?」

「は?」

「モンスターが実体化してるぞ」

城前はつられて視線を落とす。そして疑問符をとばした。

「なにいってんだよ、黒咲。おれのデュエルディスクはプロトタイプだから、アクション・デュエルに対応はしてるけど、実体化はできねえぜ?」

「なに?」

「いやだから何の話?」

黒咲の目には、城前の足下にひっついているリスの姿をした少女がいる。デュエルで多くの襲撃者を一掃した姿にぴんとくるものがあったのか、ひどく懐いているようだ。黒咲の視線に気づいたらしい彼女は、まるで自分のものだと主張するように城前の方の上によじ登ると得意げに笑ってみせた。なぜ対抗心を燃やしているのかわからないが、城前には見えていないようだ。ならば、わざわざ教えてやる義理はないだろう。黒咲は彼女を無視して、城前に問いかけた。

「貴様には聞きたいことがある」

生きているのか死んでいるのかわからないこの世界で、黒咲隼にとって唯一の現実は真剣勝負のデュエルをしているときの実感だけ。それがなければ生きてはいけないとまでいわしめた言葉は、城前に笑みをうかべさせた。本来ならその真意がわからず困惑するか、嘲笑するか、同情するか、人によりその受け答えは様々だろうが、城前の反応は黒咲の想定外にもほどがあった。遊矢のように自らの体験と置き換えて感情移入して語りかけてくる人間は、何人もいたが実力を伴わない者ばかりだから黒咲には響かなかった。虫酸が走るほど嫌悪がわき上がるのが関の山。遊矢が黒咲から勝利をもぎ取る実力がなければ、こうも今までとは違った感覚を相手に抱くことはなかっただろう。デュエルを終えた今では案外悪くないとほだされかけている自分を自覚する。だから、自分のしらない反応を示した城前がことさら印象に残ったのである。

「答えろ、城前。なぜあのとき笑った?」

「え、おれ、そんな顔してたか?」

「ああ」

城前はどうしよっかなあ、と頬を掻いている。

「死ぬほどうれしかっただけだよ」

まっすぐに向けられた言葉は間違いなく嘘偽りないものだ。まるで言葉のドッジボールだが、城前は説明をどうしようか考えあぐねているようだ。しゃべりたくないなら言わなければいいものを。

「安心しろ。俺は微塵も興味ない。いちいち気にするな、くだらん」

安心したように笑う城前に、気を使った自分がくだらないと思う。

「なんだよそれー。聞いてきたのは黒咲だろ。どうでもいいってなんだそりゃ」

時折、城前が見せる餓狼のような凄まじい光を帯びた強烈な色。それが曇らなければ、いつだって城前は黒咲が望むようなデュエルに興じてくれることを確信しているのだ、黒咲は。だからこそ、曇ったとき、もしくはそれが柔和な色彩に変化したときのことなど考えたくもないのである。けらけら、と城前は笑う。黒咲はくだらないことで脱線しようとするいつもの城前をデュエルという名前の戦場にひきずりだそうと試みる。

「こい、城前」

デュエルディスクを構えられ、ええー、と城前は目を丸くする。リスの少女はむくれる。どうやらまだ城前のデッキの中に入っていないようで、ボックスの中に飛び込むとそのカードをデュエルディスクの中に突っ込もうとしているのが見えた。変な違和感があるのか、デュエルディスクを気にする城前である。いちいち反応していたらデュエルが始まらない。黒咲は先を促した。この先には廃工場があるのだ。

「なんかいきなり挑発されて、なんか勝手に納得されたんだけどどうしたらいいの、おれ」

「どうもするな、貴様は今俺とデュエルをする義務がある。異論はみとめん」

「まっじかあ」

呆れながらも、立ち上がった城前は歩き出す。準備が完了したようで、振り落とされた少女はあわてて城前の頭の上によじ登っていった。目指すは廃工場である。


デュエルディスクを構える。黒咲はアクション・フィールドの展開を指示した。

『アクション・フィールドをセッティング。フィールド魔法《天空樹の鳥籠》を発動します。《天空樹の鳥籠》には2つの効果があります。ひとつめは、このカードがフィールド上に存在する限り、アクション・カードを使用することができます。アクションカードは1ターンに1度しか使用することができません。ふたつめは、このカードはこのカード以外の効果を受けません』

空から降ってきた巨大な鳥かごの衝撃があたりに広がる。舞い上がる砂埃をまともにひっかぶった城前は、大きくせき込んだ。

「遊矢んときとはずいぶん違うな、おい。豪快すぎるだろっ!?」

「知っているだろうが、このアクション・フィールドはデュエルが終わるまででることはできない。途中で抜け出そうなどとくだらないことは考えないことだ」

「お前ら大好きだね、その効果!?つーかおれファントムじゃねーから逃げねえよ!扱いの改善を要求する!」

「うるさい黙れ」

「おれなんかした?」

「自分の行動をよく省みてみるがいい。自業自得もここまで来るとわざとやっているのかと疑いたくなる」

「・・・・・・わからないです、先生。さっぱりわかんねえ」

「考え無しで地雷を踏むのが好きなようだな、お前は。タップダンスをするのがそんなに好きか」

「え、え、おれそんなに愉快なことになってんのかよ、え!?」

頭を抱える城前に、黒咲はデュエルディスクのモードを切り替えるようせかす。ああもうわかったよ!と叫んだ城前は、勝ったらその真意を余すことなく教えるよう条件を突きつけてくる。その見返りにうれしかったの意味を求めれば、う゛と冷や汗を流す城前がいる。よく考えないでぽんぽんとよく言葉が出てくるものだ。責任という言葉をこの男はどこかに置き忘れてしまったのかもしれない。それとも考えること自体が苦手なのだろうか。面倒になったらしい城前はデュエルに集中することにしたようだ。

沢渡がすでに城前とアクション・デュエルをしたという情報を得たとき、先を越されたという感情よりもまた新たな構築のカオスデッキでデュエルをしたという事実の方が興味をひかれた。あのときはアクション・デュエルではなく、スタンダード・デュエルだった。1度ではなくマッチ戦というルールだった。それに城前が構築を考え、バランスを考え、幾度も試行錯誤を繰り返しながら高めていったデッキではなく、レオ・コーポレーションが所有する修練場に保管されているカードを使った即興デュエルだった。いわば曲芸だ。エクシーズが主体のデッキがいい、という黒咲の要望ひとつから、城前はデッキをくみあげた。そしてデュエルが破綻しないデッキを構築し、デュエルしてみせた。今度はアクション・デュエルで、本来城前が愛用している数多のデッキから対黒咲を想定して調整したであろうデュエルをしたいと思うのは、決闘狂いである黒咲からすれば当然の流れだったのである。

あのリスの小娘がいなければもっといいのだが。デュエル後、その言葉が別の意味に変わるのは時間の問題である。


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