城前が今まで愛用していたデッキは、九十九一馬から預かった、本来ならば九十九家の長男が使用するはずだったデッキである。アストラル世界からこちらの世界に来るときに、半分だけが人間界に落ちて、それが人の形となり九十九家にやってくる。そのときを前に、ナンバーズを使用することを前提としてエクストラデッキがないにも関わらずエクシーズ召喚を前提としたギミックが搭載された奇妙なメインデッキが生まれた。そのデッキの意味を知らないまま、両親の形見だと大事に持っていればそれなりに苦労はしただろうが、この世界にアストラルからの使者はこなかった。そして城前がきた。城前がナンバーズを扱える人間だったことが、一馬にデッキを託すきっかけだったようなものだ。次元を越える旅路を終えた城前は、一馬にデッキを返すことにしたのである。OCG次元に帰る前提だったから、いつか返すつもりではいた。
「ほんとうにいいのかい?君はエクシーズを使いこなしていたように見えるが」
「そりゃ、もちろん愛着がわいてるし、寂しくないかって言われればそうですけどね。でもこれはおれのデッキじゃない。それは一馬さんもわかってるでしょう?違いますか?」
「それを言われたら、オレは強くでれないな。はは」
一馬は困ったように笑った。そして、受け取る。
「ひとつだけ。いいかい、城前君」
「はい?」
「アストラルの使者と友好を深めたようだが、彼、いや彼女?はどうだった?いい子だったかい?」
「はい、そりゃもう。めっちゃいいやつでしたよ」
城前は笑った。
「そうか」
一馬はどこか寂しそうにうなずいた。結局城前は一馬にアストラルの使者について詳しく説明することができなかった。我慢していたものがあふれ出しそうだったからだ。
もしかしたら、一馬は本来遊馬とアストラルに分かれるはずだった、アストラル世界の使者と会ったことがあるのかもしれない。アストラルのような性質と遊馬のような性質を混ぜ合わせた不思議な雰囲気の精神体だった。城前と交流をはかることで少しずつ人間を学び、遊馬でもない、アストラルでもない、第3の人格を獲得したその精神体は、ゼアルほどハートランドの人々と交流をもつことはかなわなかった。次元戦争とバリアンとアストラル世界の戦争が複雑に絡み合い、交流を持つ機会に最後まで恵まれなかったことが悔やまれる。一緒にいてくれといいたかった、と精神体はいった。アストラル世界とバリアン世界は双方が疲弊し、結局冷戦は一時的な停戦という形でつかの間の平和となったにすぎない。人間に近づくことはカオスになることを意味する。城前やランサーズたちと近くなりすぎた彼、もしくは彼女がアストラル世界に残ることを選択した時点で、城前はその行く末を察してしまう。一緒にいこうとさしのべられた手は拒まれた。君の中で死なせてくれ、とアストラル世界の使者は笑い、崩壊する扉を閉ざした。
「ずいぶんと都合がいいことを言うな、城前」
崩落する後ろを振り返ろうとするたび、その手を無理矢理ひきずるのは黒咲である。やがて断絶する亀裂が隆起していくにしたがい、城前はアストラル世界に戻ることを諦めた。
「俺たちには黙って消えるつもりだった癖に、あいつには甘いことばかりいっていたな」
冷たいまなざしに、だってあいつは、と言い掛けて城前はやめた。城前とアストラルの使者の会話はいつだって鍵の中にある遊覧船の中で行われた。誰も知らない。城前が教えたことだけが真実となる。
アストラル世界に続く道が閉ざされた。OCG次元は黒咲たちが使っている次元転移装置ですら捕捉できない時間軸に存在している。技術の進歩を待つか、この世界にあるはずのアストラル世界とつながる別の扉を探して世界をさまよい歩くか、方法は思いつくものの、どのみち城前はこの世界で生きることを意味している。なぜならアストラル世界とバリアン世界の戦争に身を投じなくてよくなったと同時に、ヌメロン・フォースの力をあてにすることはできない。融合次元の干渉により意図的に、生まれるはずだった英雄たちが排除された世界で、城前はこれからをいきることになるのだ。改変されなかったその先になにがあるのか。それを思うと口にすることはアストラルの使者も黒咲たちも侮辱している気がしたのだ。
「だってあいつは?なんだ」
先を促す黒咲に、城前はいう。
「だってまだこんくらいの子供だぜ?下手したら遊矢より下の。お前らと同じ扱いなんてできるかよ」
その言葉の真意を探ろうとする金の目から逃れるように、先をいく。
「さあ帰ろうぜ、黒咲。お前らの世界にさ。これでいつ帰れるかわかんなくなっちまった。しばらくはカイトんちか、一馬さんちに居候だな」
目を見開いた黒咲だが、すぐにその口元はつり上がる。
「いいご身分だな」
「仕方ねえだろ。改変すらできなかったんだ。おれなんて存在してねえはずのやつをどうやってハートランドが受け入れるんだよ。戸籍とかしっかりしてそうじゃん?」
「方法くらいいくらでもあるだろう」
「へえ、たとえば?」
「そうだな。たとえば・・・・・・」
「なにをしているんだ、城前?」
「よお、黒咲」
初日の洗礼を終えた城前は机に突っ伏している。疲れたあ、と大げさにぼやくのはきっと××年ぶりの学校生活が思いの外ハードスケジュールだったからに違いない。記念すべき1日目が終わった感想を聞けば、こんなにきつかったっけ、ときた。このあとで部活に繰り出していたことが信じられない、とグラウンドにばらつき始めた生徒たちをみて城前はいう。
「部活に入るのか?」
「いんや、当面はバイト探しだな。お金貯めて早いとこ一人暮らししてえ。っつーわけで、これからよろしくな黒咲先輩?」
黒咲が提示したのは、黒咲の所属するプロデュエリスト養成所に進むことだった。その条件を満たすために、本来学ぶべきことを学びなおし、修了証書を手にするのに1年と少しかかってしまった。社会人になってすっかり忘れていたことを学び直すいい機会になったと死んだ目になりながら城前はいったのを黒咲は記憶している。優秀な成績を収めれば学費はある程度免除がきく上に、寮も存在している。黒咲は崩壊する前のハートランドにおいて、城前が大会で優秀な成績を収めた記録が残っていると知っている。これを提示し、ハートランド側が後見人になれば、その一枠をもぎ取ることは可能だと考えていた。そして城前は実際にやってのけた。
『プロのデュエリストにはならねえよ、いやなれないんだ』
かつて口にした言葉がある。今はプロもいいかもしれない、と笑う城前がいる。城前にとっては痛みを残しながらではあるけれども、前に少しずつ進んでいる。黒咲にとっては、ほかならぬ城前から否定された未来が近づいてきている手応えが確かにあった。
「ところで城前」
「ん?なんだよ、黒咲先輩?」
先輩よびの違和感に眉をひそめる黒咲がおもしろいらしく、今の城前のマイブームは先輩扱いである。ユートや瑠璃にまで先輩と付け始めたずいぶんと大きな後輩は、不思議そうに瞬きをした。
「お前がナンバーズハンターの時に使っていたデッキはもうないんだろう?どうするつもりだ?」
「お、情報はやいね。そーだよ。ここに通うことになったから、デッキは一馬さんに返してきたぜ。もともとあの人の息子さんのデッキだしな」
「息子?あそこにはあの記者しかいないんじゃないのか?」
「ただしくは生まれるはずだった、がつくけどよ」
城前の発言に九十九家のプライバシーを深読みした黒咲は、そうか、と納得する。黒咲のあたまの中では近からずも遠からずなストーリーが展開されている気配がするが、それを訂正する気はない。
「久しぶりに使おうかと思ってんだ、このデッキ」
差し出されたのは、ずいぶんと使い込まれたスリーブとデッキケースである。みる?と言われて、いいのか、と黒咲は思わずいう。決闘者にとってデッキは命ともいえるものだ。それを躊躇なく渡されることは信頼のあかしなのか、たんなる考え無しなのか、どちらも予想できるからわからない。
「いやだって入ってるカードがカードだからさ、プロ志望ならどんなカードがOKかわかるだろ?査定してくれよ」
そういうことなら、と黒咲はメインデッキとエクストラデッキを受け取る。1枚1枚確認した黒咲はため息をついた。お前、と言いたげな眼差しに気づいたらしい城前は、あはは、と頬を掻く。
「あ、やっぱだめ?」
「当たり前だ」
「ですよね」
「お前のいた次元はどういう次元なんだ」
「どうってそりゃ、遊矢たちの世界が一番近いよ。前もいっただろ?」
「《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》、《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》、しかも遊矢が使ってないオッドアイズが平然と入ってるデッキのどこが近いだ。そのものだろう」
「おれの世界ではこれが普通だったの!環境入りはしてなかったけど、まだまだこれからって感じのテーマだったから、おれは好きだったの!好きなんだよ!好きなテーマ回してなにが悪い!」
「落ち着け、城前。俺は別に使うなとはいってない」
「でもそれっぽいこといったじゃねーか」
「違う。俺がいいたいのは・・・。いや、いいか。城前はもうただの人間だ、今更蒸し返すこともないか」
「は?」
「とにかく、この世界にペンデュラム召喚は早すぎる。俺やユートと決闘するときは使えばいいが、それ以外はやめておけ。デュエルディスクにそもそもペンデュラムゾーンがない」
「あ、そっか。こっちの世界だとレオコーポレーションのやつじゃないんだっけ。すっかり忘れてた。さんきゅー、黒咲。そっかあ、それは盲点だった。やっぱ1から組み直すかな」
「ああ、そうしろ」
「へへっ、そうと決まればやることはひとつだよな!せっかくの放課後なんだし、黒咲、いつもカード買ってるショップ教えてくれよ!今日はどっか食べにいこうぜ!」
「なんだいきなり」
「えっ、だめか?」
「いや、特に用はないが」
「ならいーじゃん。せっかくの学生生活なんだし、それっぽいことさせてくれよ。寮だから8時30分までには帰らねえといけないんだ」
黒咲は仕方ないなと肩をすくめる。
「やりい、そうじゃなくちゃ」
「もちろんお前のおごりだろうな、城前?」
「え゛」
「まさか先輩におごらせる気か?」
「いや、そこは優しい黒咲先輩がかわいいかわいい後輩のために人肌脱ぐところだろ」
「RR組むなら考えてやるが」
「ぜってえやだ」
「なら俺にとってはかわいい後輩じゃないな」
「このやろう、こういうときだけ先輩面しやがって」
「男2人もなんだ。ユートと瑠璃もよぶか」
「え、まじで?いいけど、え、もしかして3人分おごる流れ?!」
「違うのか?」
「勘弁してくれよ、軍資金がなくなる!」
「そのカードを売ったらどうだ」
「いやいやいや、おれまだ帰るの諦めたわけじゃねーからな!?」
「そうか」
「いやなんでそこで残念そうにため息つくんだよ、黒咲!?」
城前は大げさに驚いてみせる。いらっとした黒咲はユートたちに電話をかける。よろこべ、今日は城前のおごりだ。やめろぉ!必死な声が聞こえてくる。携帯越しのユートは苦笑いの気配がした。
『黒咲、うれしそうだな』
「否定はしない」
カードショップにて。
「やっぱライトロード組もうかな、おれが一番最初に組んだデッキだし」
「いいんじゃないか、城前。ホープは光属性だったからな」
「だろだろ!?今回はコピーカード(ということになっているOCG次元のカード)のホープもライトニングもちゃんと入ってるぜ!」
「ライトニングか・・・・・・」
「露骨にイヤな顔すんじゃねえよ、俺の考えてるデッキだとお前のエースに対する回答はライトニングしかねえんだよ。出せなきゃ死ぬんだ。そもそもお前のエースは出しやすさと強さが釣り合ってねえ」
「俺がフィールドに呼ぶ前にチェーンで容赦なくつぶしてくる癖によくいうな」
「ふざけんな!通常魔法だからまだチェーンでつぶせるけど速攻魔法だったら終わってんだよ割とマジで!頼むから先行でアルティメット・ファルコンぶったてるのはやめようぜ?な?」
「オネストで無理矢理突破してくる奴がなにを」
「今度は次元の彼方にラスト・ストリクスをとばしてやろうか?それともシラユキで邪魔?あ、そういやシラユキとスキルドレインって相性いいと思うんだけどさ、おれ今からスキドレに魂うってこようかな」
「「それだけはやめろ」」