「遊里子!遊里子!今日はうちに泊まりにきてよ!今日ね、母さんと父さんが帰ってくるんだって!』
『ほんとに!?いくいく!』
朝から上機嫌な明里の第一声に、いつも幼なじみは満面の笑みをうかべて飛びついた。考古学に造詣が深く、本を出版したり、テレビにでたりもする九十九夫妻は、世界中の古代遺跡を探索する冒険家の夫婦だった。多くのスポンサーを抱える手前、こうして1年の半分以上を海外で過ごし、日本に帰ってきてはそのスポンサーが主催するイベントや取り組みに出席するため多忙だった。お母さんをいつも独り占めする7つも下の弟を寂しそうにみている長女に構うのが一馬の仕事であり、そのためか明里はお父さん子だったのである。勉強もスポーツも人並み以上にできるマルチな才能をもつ幼なじみが唯一苦手とするのが、大好きなお父さんがやっているのは知っていたけれど、どうにも食指が延びなかったカードゲーム。お父さん大好きな幼なじみの影響を受けた遊里子が興味本位でやってみたら、以外と上達がはやくて、このときだけは明里はすねた。大いにすねた。デュエルモンスターズをやっているとき、明里は一馬からも遊里子からもほったらかしにされたからである。後ろから抱きついてくすぐってくる幼なじみにごめんごめん、と笑い転げながら遊里子はようやく構ってくれたのだ。明里の機嫌を直すため、一馬は星をみようと提案した。九十九邸は二階の屋根から外にでることができる。ベランダがあるわけではなく、単純にでこぼこしているから外にでられるだけなので、お母さんはあんまりいい顔をしないが今は遊馬にかかりきり。今がチャンスというわけである。このときばかりは、少女たちは悪い子になることが許されていた。
屋根で寝っ転がり、やっぱりここが落ち着くな、と笑う一馬はやはり変わっていた。そういってクスクス笑う少女たちに、おじさんをいじめるなよ、と一馬は肩をすくめる。
『そういえば、二人は大きくなったらなにになりたい、とか夢はあるのか?』
『ゆめ、ですか。うーん』
『はいはーい、私、ジャーナリストになりたい!ううん、なりたいじゃなくて、なるの。私がみたり聞いたりして知ったことをみんなに知らせるの。ほんとのこと、たくさんね!』
『そうか、そうか。立派な夢じゃないか、やるなあ明里。さすがは父さんの自慢の娘だ』
『でしょー?ねえ、遊里子は?なんかないの?』
『うーん』
『遊里子ちゃんはまじめだからな、急に言われても出てこないか。じゃあ、今好きなことはなんだい?おじさんは好きなことを仕事にしたからな、そういう道もあるぞ』
『プロのデュエリスト、とか?』
『お、でっかくでたな』
『えーっ、デュエリストになるの?!ほんとに?』
『なんとなくだよ、なんとなく。今ハマってるのデュエルモンスターズだから』
『よかったー、遊里子がデュエリストになったら、絶対今みたいに遊びに来てくれなくなっちゃうじゃない』
『えー、そんなことないよ』
『絶対そう。遊里子って父さんとそういうとこよく似てるから。私わかってるんだからね。周りが見えなくなるくらいのめり込んで、帰ってこなくなるじゃない』
『だからごめんってば』
『おっとやぶ蛇だったかな、とんだブーメランだ』
むくれる明里に遊里子と一馬は笑った。
『ところで父さん、今ってなにを探してるの?』
『あ、私もそれ聞きたいです。この間は、ずっと昔に突然現れた文明のお話でしたよね』
『そうそう、ぜんぜん違うところでできたのに、なんでか文化とか言葉とか、いろんなものが一緒だったっていうあれ。なにかわかったの?』
『それがデュエルモンスターズの元になった儀式をしてたんですよね、たしか?石版とか、儀式に使われてる道具に未知の物質が含まれてて、場所は違うのに同じものを使ってて、しかもどこで取れたかわからないって』
『ああ、その研究ならもっとすごいことがわかったぞ。その文明の源流であろう場所がわかったんだ』
少女たちは目を輝かせた。重大発表をたっぷりの沈黙をため込んで、一馬は笑う。
『アストラル世界、そう俺たちは呼ぶことにしたんだ』
『アストラルせかい?』
『どこにあるの?』
『残念ながらまだ教えられないんだ、ごめんな。オレが調べた遺跡には、どれにも海、空、陸、光、それぞれを意味するモニュメントが世界を支えている、という壁画が描かれていてね。昔、偉い学者さんが地水火風の4つで世界ができていて、エーテルという5つめの物質で世界は満たされていると考えていたんだが、それによく似ている。その考え方をアストラルっていうんだが、そこから名付けたんだ』
『へー、そうなんだ』
『なんだかすてきなお話ですね』
『そこの住人たちは、この世界よりもより高位な魂をもっていて、もつことを信条にしていたといわれているんだ。もしそんな文明が今もあって、どこかに根付いているなら、オレはそれを見つけたい。この世界のどこかにあるはずのアストラル世界への扉を見つけようと思ってる。明里、もしオレや母さんに何かあったら婆ちゃんや遊馬を頼むぞ』
『えっ、えっ、一馬さん!?』
『ちょ、父さん!もう、縁起でもないこと言わないでよ!』
『ははっ、まあそう怒るな、明里、遊里子ちゃん。ああ、そうだ。遊里子ちゃん』
『はい?』
『もしなにかあったら、遊馬や明里のそばにいてやってくれ。頼んだぞ』
『もー、ほんとにどうしたのよ、父さん』
『そうですよ。そんなこといわれなくても、私は明里ちゃんも遊馬君も大事な友達だって思ってます。二人に何かあったら、飛んでいきますよ、私』
無邪気な少女たちに、一馬は安心したように息を吐いた。
九十九夫婦が行方不明になったのは、次の長期探索のため海外に向かってすぐのことである。著名な日本人冒険家夫妻が行方不明になった。日本中の注目の的になったそのニュースの渦中におかれた明里は、祖母と弟を守るため気丈に耐えた。そして世間から忘れ去られ、一般的には死が法的に認められる年月が過ぎた頃、明里たちは両親の消えた悲しみを引きずりながらも身内の葬儀を行った。
そして、ある日。
とうとう耐えきれなくなった明里は、遊里子に電話をかけたのだ。お葬式のときも、なにかと世間が騒がしかったときも、遊里子は電話ひとつで飛んできてくれた。今回もそうだった。両親を失い、祖母しか大人がいない九十九家において、長女である明里は大人であることを求められた。話を聞いてくれる友達がいなければ、つぶれてしまいそうだった。ソファの上で泣きじゃくる明里と、背中をさする祖母をみた遊里子は、あわてて明里のそばに駆け寄った。電話をかけてからくるにしては到着がはやかった。そして、なにも聞かないまま、明里のそばに座って手を握ってくれた。この時点で、明里は一馬が遊里子のところにも現れたことを悟る。もう涙がとまらなかった。
一馬は明里の知る一馬とはずいぶんと雰囲気が違っていた。幽霊だからなのだろうか、ずいぶんと感情の起伏が薄く、明里のよく知るやさしいお父さんではなかった。そこにいたのは冒険家である九十九一馬だった。お母さんはどこにいるのか、どこに行っていたのか、いろんな質問をぶつけたい明里に、時間がないから用件だけ言うと言い残して金色の鍵を託して消えた一馬。夢かと目を覚ました明里の目に留まったのは金色の鍵である。
『世界に災いが起きる。その災いの中でこの世界を救うために成長し、いつか道を切り開く少年がいる。それが遊馬である。だから遊馬のデュエルから目を離してはいけない』
まるで予言者のような言葉を残して消えてしまった一馬を思いだし、愕然とする明里に祖母は笑った。昔から人々のために奔走するような子だった。きっと何か目的があって走り回っているに違いない。家族に心配をかけるのだけはいただけないが、と肩をすくめる祖母。何もいわないで話を聞いてくれる遊里子。明里は緊張の糸がきれたのである。
『遊里子』
『なに?』
『お願い』
『なに?明里。私ができることならやるよ?いってみて?』
『どこにもいかないで』
『え?』
『これ、明里』
『明里、どうしたの?私はここにいるよ?』
『私怖いの、遊里子。遊里子は父さんとよく似てるから。遊馬も父さんや遊里子に似ちゃったから。何か決めたら、きっと私のことなんかおいてどこかにいっちゃう。遠くにいっちゃう』
『落ち着くんじゃ、明里。一馬は家族、遊里子は友達。違うんじゃぞ、明里』
『わかってる!でもいいの!おばあちゃんはだまってて!お父さんも、お母さんも、私をおいてどうしていっちゃうの!?どうしてなにも言わないでどっかいっちゃうの!?やっと帰ってきたのに、ちょっと寄っただけってなによ!ふざけないでよ!そんな、これから遊馬になにか起こるみたいなこと言われたって、私どうしたらいいのよーっ!』
わあっと泣きわめく明里にすがられ、遊里子は幼なじみが落ち着きを取り戻すまで抱きしめることしかできないのだった。
『明里ちゃん、私ね、一馬さんに言われたの』
『なんて?』
『闇があるから光がある。そして闇から出てきた人こそが、一番本当に光のありがたさがわかるんだって』
『なにそれ』
『わかんない。明里ちゃん、わかる?』
『しらないよ、そんなこと!』
明里は笑いながら泣いてた。
『ねえ、遊里子』
『なに?明里ちゃん』
『私決めた。遊馬にデュエルモンスターズはさせない』
『えっ!?でも、明里ちゃん、それは・・・・・・!』
『わかってる!わかってるよ、父さんはそんなこと一言もいってないって!でも無理だよ。耐えられないよ、私。遊馬にこれからどんなことがおこるかわからないのに、それを見守ってることしかできないなんて!』
『明里ちゃん・・・・・・』
『たぶん、遊馬のことだから私に隠れてデュエルモンスターズすると思うけどね。きっと遊里子のところに逃げてくると思うけど、さすがにそれは禁止しないよ。でも、遊馬がどんなことしたのか、なにがあったのか、あとでぜんぶ教えてね。父さんからの伝言、伝えなくちゃいけないから』
『明里ちゃんはがんばりやさんだね、ほんとに』
『私のことそんな風にいうの、遊里子だけだよ』
『そんなことないよ。明里ちゃんはちゃんとお姉ちゃん頑張ってるじゃない。私、明里ちゃんのそういうとこ、好きだよ』
その日から、彼女たちの秘密協定は結ばれたのである。
いつものように帰ってきた遊馬が遊里子姉ちゃんたちと遊んだと報告するのを明里は待っていた。こっそりデュエルをしていたことをかくして、ちょっとつつけばぼろが出まくる嘘ばっかりの説明を楽しみにしていた。テレビ電話で遊里子から答え合わせをするのが待ち遠しかった。
しかし、今日は違った。
遊馬くんの忘れ物、というコメント付きで送られてきた鍵の画像が最後の報告だ。今から持って行くか、遊馬に取りに行かせるか、という相談をしていたが、夜勤明けなのに遊馬たちの相手をしていた遊里子は寝落ちしてしまったのだ。デュエリストの道を諦めたのは明里の言葉がきっかけだったのかと思うと後悔は否めないが、遊里子は頑として認めない。好きだから仕事にすることができるのはほんのひとにぎり。そのひとにぎりに入れなかっただけだから、明里は気にしないでほしい。それは違う。いつも遊里子は笑っていた。
小鳥から遊里子が病院に運ばれた。意識不明であると電話がかかってきたのは、最後のメールから1時間経ったころである。遊馬はオレのせいだと意気消沈していて、すっかりしょげている。なにがあったのか聞いても教えてくれない。困り果てた小鳥からのSOSだった。明里は病院の名前を聞くやいなや飛び出したのである。