守銭奴ガール(柚子がアジトに突撃しないIF)
城前の朝は早い。警備体制を解除するカードキーとマスターキーでスタッフ以外立ち入り禁止の非常口から事務室に入り、すべての電気や空調の設備を起動させる。パソコンやプリンターやコピー機の主電源を入れ、日程表や日誌を担当のひとのところに置いておく。パソコンの電子化された出席簿にチェックを入れて館長宛に送信し、メールが来てないかチェックしてコピーして置いておく。コーヒーの準備をし終わるころには、当直の誰かが出勤してくるので手分けして開錠の作業にあたるのだ。帰ってくるころには事務所は誰かがいるのでバトンタッチ、城前はそのまま高校に登校する流れとなる。学校から帰ってきたら17時に閉館となるデュエルモンスターズ史料館の施錠を警備のおじさんと一緒にする。明日の準備や事務の手伝い、雑用で22時の閉館まで事務室に滞在。デュエルモンスターズ史料館のガイドのアルバイトは土日祝日が中心である。

いつものようにコーヒーとお茶を沸かしていた城前は、おはよう、という声に振り返った。今日の当直は学芸員のお兄さんだ。

「おはよう、城前君。昨日は大変だったね」

「あー、はい、ほんとっすよ、まさかあんな大事になるとは」

「いやあ、あのファントムとデュエルしたなら無理もないさ。まさか城前君がファントムのことを知らないとは思わなくて驚いたよ」

「いや、知ってましたよ、ファントムのことは。でも、普通に考えてサイバーテロとか愉快犯だって思いません?まさかあんな子供だとは思いませんて」

「ああ、そっか。そうだよね、俺も城前君を迎えに行った館長から話聞くまで知らなかったよ。実際あっても分からないかもしれないな」

「でしょ?」

MAIAMI市のレオ・コーポレーションのソリッド・ビジョンをハッキングしている謎のデュエリストがいる、というニュース自体は城前も知っていた。連日の報道でマスコミを騒がせているファントムと呼ばれているデュエリストのことは、高校でもワンキル館でも話題に上がっていたからだ。しかし、城前からすればファントムという言葉はユートのファントムナイツを連想させる言葉だし、実体化するモンスターという情報もユートの謎能力だと説明出来てしまう。ソリッド・ビジョンをハッキングした、と勘違いしてるだけだろうと城前は思った。ユートや黒咲がLDS狩りをはじめるころだろう、とあたりを付けたのだ。だから昨日ユートと会った時には、警察に通報しなかった。面倒事に巻き込まれたくないのがひとつ、城前の知ってる流れから逸れるかもしれない懸念がひとつ、カード化されたくないのがひとつ。恩を売っておいた方がいっぱいデュエルできそうだ、という打算がひとつ。速い話、ファントムとはてっきりエクシーズ組のことだろうと気にも留めていなかったのだ。その結果がファントム=ユート(仮)=遊矢という、ちょっと意味がわかりませんね、状態となり、デュエルが盛り上がってきたところで、たくさんのヘリが登場。強制中断という不本意な形で終わってしまった。

黒咲と素良、沢渡という空中分解しそうな特殊部隊に囲まれてしまった。今にも泣きそうな顔で城前を掴んで離さない小学生を置き去りにすることなんてできるわけもない。城前は日付が変わる寸前までレオ・コーポレーションに連れて行かれて、事情聴取を受けたのだった。赤馬社長の荒ぶるマフラーが気になって仕方ない上に、上記の三人が赤馬社長の直属の部下として勢揃いしている。笑ってはいけない状況下に置かれてしまい、正直なにを話したのか覚えていなかったりするが問題しかないだろう。なにやら意味深な言葉を投げかけられた気がするが、そんなことはなかったぜ、と思いたい城前である。無罪放免とまではいかなかったが、とりあえず解放されて館長と一緒にワンキル館に帰ってきたらもう深夜である。もちろん打ち上げに参加することはできなかった。明らかに目を付けられたじゃないですか、やだー。思い出すだけで頭が痛くなってくるが、もうこの時点で城前の知ってるアニメ次元じゃないことの方が問題である。ここまでくるとどこまで違っているのか確かめたくなるのが人の性、城前は、お兄さんとの会話もそこそこにワンキル館の各館に出掛けた。

デュエルモンスターズのカードプールと環境の歴史を解説している1号館を開錠する。すでに電気はついているが、ガラス張りの展示室はスイッチが入っていないので、別の系統の配線が集中している部屋に入って、電気をつける。解説などが聞けるディスプレイやアイフォンなどの配置を確認し、先を急いだ。

「あったあった、アクションデュエルっと、ここだっけ」

ワンキル館において、もっとも新しいフロアである。ワンキル館のオーナーはMAIAMI市を大きく発展させたアクションデュエルが大のお気に入りのようで、城前がやってくる直前に、1年前から行ってきた増築作業がようやくおわったらしい。ソリッド・ビジョンの原理を説明したエリアや既存の演出、そしてアクションデュエル発展に貢献したレオ・コーポレーションにより寄稿された貴重な資料が展示されている。詳細に語られている年表や当時のニュースをざっと見ていた城前は、足を止めた。今まではアニメ次元にいるとばかり思っていたから気にも留めなかった。なにせスタンダード次元自体はGX前期の環境である。デュエルディスクやソリッド・ビジョン自体はゼアルやアークファイブほど目新しいものはない、遊戯王やGXとおなじなのだ、旧型は。レオ・コーポレーションの質量を持ったソリッド・ビジョンは企業秘密だし、画期的な技術で、としか書かれていないから、1度目を通したら終わってしまった、今までは。しかし、こうも世界が城前の知っている次元と違うと話が変わってくる。城前は必死で捜した。隅から隅まで探した。そして、ながいながいため息をついた。

「やっぱそうだ、まじかよ、榊遊勝さんがどこにも書いてないとか」

アニメ次元ならばレオ・コーポレーションのソリッド・ビジョンに目を付けて、アクションデュエルの開祖となり、アクションデュエルと舞網市の礎を築きあげたはずの最大の功労者の名前がどこにもない。つまり、この世界のアクションデュエルは別の歴史を歩みながらここまで発展してきたことになる。榊遊勝というデュエリストの存在が世間に知られていないということは、プロデュエリストではなかった、もしくはそこまで有名ではなかったということだ。アニメほどEMが浸透しておらず、エンタメデュエルというアニメでは中心的な位置づけになるはずの概念が知られていないことになる。遊矢がもつあのデッキはこの世界ではただひとつの特別なもの、ということになる。まじでかー、とつぶやく城前はひきつっていた。

「まじでどうしよう」

思い出されるのは、それはどうかな、と城前が言った時の遊矢の反応である。EMのモンスターや魔法、罠の効果を駆使したコンボやエースモンスターの召喚を使い手である遊矢が目の前で披露してくれたのだ、最高のエンターテイメントだったのはいうまでもない。オッドアイズ・ファントム・ドラゴンという謎のモンスターの効果を確認する前にデュエルが中断してしまったのは残念でならないが、城前にとってはかけがえのない時間だ。全力でデュエルするのが礼儀だと思ったから、城前はOCG次元で猛威を振るったEM魔術師を使っていた時の記憶を頼りに、プレイングをこころがけた。ついでに言えばこの世界に来て初めて実現した主要キャラとのデュエルだったもんだから、城前のテンションは尋常なものじゃなかった。遊矢の驚く顔が見たかったし、凄いなって言って欲しかったのだ、単純にファンとしての心理が働いていた。遊矢はめちゃめちゃ驚いてくれたし、あんた面白いなって言ってくれたし、またデュエルをしたいと言ってくれたから大満足だったのだが、ここにきてようやく城前は赤馬社長に深夜まで拘束された理由を思い知る。

「おれ、メチャクチャ謎の人物じゃねーか、何それ怖い」

身元不明、豊富すぎる知識、デュエルの実力、3つ揃って役満である。あぶなかった、ここでデュエルモンスターズ史料館のオーナーの庇護下に入っていなかったら、レオ・コーポレーションの監視下にはいってるところだった。あぶない綱渡りを乗り切ったことに、今さらながら冷や汗しかない城前である。レオ・コーポレーションに目を付けられたのは痛いが、ここのオーナーは頼りになることが今回良く分かったので一安心である。未だにその姿を見たことがないのが不安でしかないが、今はまだ考えたくなかったのだった。

時計を見れば、結構たっている。やばい、と城前は開錠の作業に戻ったのだった。駆け足で朝の仕事を済ませ、城前は事務所を出た。そして、ふと思う。ちょっと待てよと。遊勝さんがいないってことは、柚子たちどうなってんだ?遊矢たち、あれ絶対学校行ってないよな、遊矢と柚子はまさか幼馴染ですらねーとか?マジでどうなってんだ、この世界。何次元だよ、おい。湧き出してくる疑問に頭がくらくらする城前である。これはドグマブレード回した時以来かもしれない。

臨海公園の遊歩道沿いに遊勝塾と思われる建物があったから、てっきりそれが遊勝塾だと思っていた城前である。でも、榊遊勝というデュエリストはいなかったことが確定した今、あの建物の正式名称がわからなくなってしまった。理由もないのに尋ねる理由はないし、ワンキル館に所属する城前が行くのはそれこそ不自然でしかない。余計な勘繰りはされたくないし、チャンピオンシップが始まったら、黒咲や素良たちと同じ条件で違和感なく挑戦することが出来るだろう、と考えてずっと我慢していたツケが一気に来てしまっている。どうすっかなこれ、と城前は考える。あの小学生の住所は臨海公園沿い、つまり遊勝塾があるはずの住所付近である。送り届けたスタッフさんに聞けばどこらへんかわかるだろうし、お詫びにお菓子で

「おっはようございます、ワンキル館の城前さん!」

「お、おう……?」

「うふふ、やっぱりワンキル館みたいに大きなデュエル会場をもってるお金持ちの史料館のスタッフさんじゃ、塾生が一人も居ない弱小デュエル塾なんて知りませんよね!知ってました!」

いや、知ってるよ、柚子だろ。おれの知ってるキャラとはずいぶん方向転換してるみたいだけど。なんなの、イメチェン流行ってるの、この次元。もうわけわかんないですね。城前は戸惑い気味に柚子と思われる少女を見下ろす。どうやらワンキル館から出てくるのを待ってたらしい。出待ちならちょっとうれしいが、どうやらそういう甘酸っぱい雰囲気ではなさそうだ。むしろガルガルしてきそうな雰囲気を感じる。ものすごく肉食系女子の気配がする。初対面なはずの中学2年生の女の子のことを知っているなんて事案でしかない。つか塾生が1人もいないってどこまで人がリストラされてんだ、この次元、と思ってしまっている城前を誰?という雰囲気と勘違いしたのか、少女はつかつかつかと近くまでやってきた。

「私は修造デュエル塾の柊柚子っていいます!よろしく!」

「(修造塾!?)お、おう、よろしく?おれのこと知ってるみたいだけど、なんか用か?」

「そりゃそうでしょ、プロも参加してた大会に飛び入り参加して優勝を掻っ攫った挙句、ワンキル館をよろしく、なんて宣伝するために現れたあのデビューを知らないなんてもぐりだわ!」

「そ、そーか?ありがとう?」

その実態はOCG次元の大会に出場しているつもりが、対戦相手がカエル帝の時代のデッキしか使ってこなかったため、約束された勝利のロードだったのは城前のみぞ知る。ワンキル館主催の大会だったのが、最大の幸福にして最大の不幸だったと言える。もしこれがレオ・コーポレーションだったら、また違った生活をしていただろう。とうぜん名の知られていない城前の快挙は注目が集まる。まったく事態を把握していない城前をいいことに、館長曰くオーナーは主催者権限で城前を広告塔であると宣言してしまったのである。一夜にして城前はワンキル館にしかいられなくなってしまったのだった。未だにあのときのことを言われると無性に恥ずかしくなる城前である。知ってか知らずか、柚子はまるであのときのインタビュアーのように詰め寄った。

「実は城前さんにお願いがあってきたんです!うちの塾はろくに塾生がいないせいで家賃に光熱費がかさんで今月も赤字だったんですよ!このまま生徒が来なかったらほんとに潰れちゃうんです!弱小デュエル塾を助けると思って、ひとつ頼まれてくれませんか!?」

思った以上に深刻だった。いやいやいや、と城前は柚子を押し戻す。このままだとあまりにも近すぎる。アクティブすぎるぞ、この守銭奴ガール。
               
「ちょっと落ち着こうか、柊さん?」

「あ、柚子でいいですよ!」

「そ、そうか?じゃあ柚子ちゃん。おれに言われても困るって、そういう話は館長にしてもらわないと」

「援助とかの話じゃないんです、城前さんにしかお願いできないことなんです!」

「え、おれ?」

「はい、そうです!」

「一応話だけ聞いてもいいか?」

「ありがとうございます!実はですね、私、修造デュエル塾の赤字を解消するために、とある助っ人を呼びたいと考えているんです!」

「助っ人……(あ、これめんどくさい奴だ)?」

「ファントムです!」

「(やっぱりか!)」

「みんなを楽しませるエンタメ・デュエリスト!もし彼がうちの塾に450円で講師に来てくれたらとっっっても助かるんです!というわけで、私はファントムを追っかけることに決めたんですけど、城前さん、彼がどこにいったかしりませんか!?」

「いや、知らねえよ!なんでおれに聞くんだよ」

「またまたー、ファントムとデュエルしてましたよね!?」

「しょ、証拠でもあんのかよ?」

「証拠ならありますよ、私と父さんがなによりの証人です!あの臨海公園ってうちの塾から良く見えるんですよ!それに特殊部隊のデュエルは、うちの塾の近くで行われてたんです!城前さん、ヘリに乗ってたじゃないですか、誤魔化そうたってそうはいきませんからね!」

「マジでか。そこまで見られてたのか……いや、ファントムと会ったのはあれが最後だし、どこに行ったのかは知らねえよ」

「ほんとですか?」

「ほんとだよ。あいつらのせいでデュエルが中断しちまったから、会えるんならおれの方が会いたいっての」

「そういえばファントムもそんなこといってましたね」

「またデュエルしようっていってくれたしな」

「てことは、城前さんがファントムにあったら、私に知らせてくれればすべて解決するわね!」

「いやいやいや、なんでそうなるんだよ、柚子ちゃん。その理屈はおかしい」

「私だってなりふり構っていられないんです、何と言われようがファントムに会わなきゃいけないんです!こうなったら城前さんに密着二十四時してもいいんですよ!」

「おい、やめろ。おれは警察に捕まりたくない!」

「いやだったら連絡先交換してください!」

「なにその脅迫って、わかった、わかった!わかったから近づくなっての、いちいち近いんだよ、柚子ちゃんは!」

「ありがとうございまーす!」

「連絡するとは言ってないからな、おれ」

「しってます?最近、どこにいるのか教えてくれるアプリがあるそうですよ」

「やっぱ教えるのやめるわ」

「やだなー、冗談ですよ、冗談!」

「なにこのここわい」


結局、メルアドをゲットするまでストーキングされた城前がねを上げるのは時間の問題といえた。


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