いつわりの海2
【ADの小型機、過去にも事故】
 昨日未明より舞網市のデュエル塾や大型施設に設置されているアクションデュエルの舞台装置が原因と思われる事故が相次いでいる。目撃者は「舞台装置の小型機の異常音がうるさいのに気付いて確認したら、召喚したモンスターが巨大化して会場が破壊された。いつもと違う大きさだった」「モンスターのコアから別のテーマのモンスターが現れて、火災になった」「悲鳴が聞こえた。子供の声と女の人、大人の声が聞こえた」と話している。いずれも××社が発売した【アカシック・ストーム】に収録されているクリフォートという新規テーマを使うデュエル中に発生しており、××社およびレオコーポレーションはクリフォートをアクションデュエルやスタンディングデュエルで使用しないよう呼びかけている。
 同様の事故は××年前にも起きていた。××年××月××日午前11時ごろ、舞網市の住宅街にあった有名塾で開催されていたデュエル大会にて、デュエルの小型機が原因と思われる爆発が発生、デュエル塾兼住宅と車3台、近隣住宅5棟が被害を受けた。警視庁などによると、そのデュエル大会の参加者と主催のデュエル塾長夫妻を含めた12名全員が行方不明になっている。デュエル大会を主催していた塾長夫妻は、元プロデュエリストで、タッグデュエルで名をはせた有名な人物だった。デュエル大会は月に1度行われる近所では恒例行事だったという。
 この小型機は昨日夕方、大量の電気を消費する故障を起こしており、レオコーポレーションと××社は対応に追われたばかりだった。インフェルノイドはクリフォートのコアから出現するという設定はあるものの、アクションデュエルの小型機が実体化させるのはデュエルディスクで読み込んだカードだけのはずであり、なぜこのような事態になったのかは不明とのこと。警視庁では小型機が悪性のウィルスプログラムに感染したサイバーテロの可能性もあるとみて、捜査を進めている。

何度目になるかわからないニュースを携帯アプリで読み返す。最上階に向かうエレベータの点灯するボタンをもどかしく感じる。あまりにも遅く感じる浮遊感。到着する最上階。開くボタンを連打してエレベータから飛び出した遊矢は、転がるように通路を走り、昴の家の前にやってきた。呼び鈴を何度も押すが反応はない。昴と呼ぶが返事がない。いやな予感がしてドアノブを回すと、あっさり開かれるドア。チェーンロックはかかっていなかった。

焦げくさい匂いがした。なにかが焼けたようなにおいである。思わず咳き込んだ遊矢はドアを思いっきり開けた。すすけた空気が流れる。まるでボヤでも起こした家のようだ。防犯設備が充実している高級マンションにもかかわらず警報はなく、警備員が来る気配もない。ただドアの向こうは真っ暗だった。火災のあとではない。ただ火事寸前だったのはわかる。昨日の夕方のように停電になっているのだ。

玄関には昴と女性ものの靴しかない。お父さんは仕事から帰ってこなかった。他に頼る人がいない。だから遊矢のところに電話があった。昴の心境を悟った遊矢は、大きな声で昴を呼ぶがやはり返事はない。薄暗くて見えにくい部屋は、すすけた空気が充満していて、ろくに進めない。遊矢は家の窓という窓をあけた。少しずつ開ける視界。朝日が差し込むリビング。遊矢の声に昴も昴のお母さんも反応がない。靴があるからいるはずなのだが。

遊矢は昴の部屋に直行した。

あけようとしたドアが開かない。内側からカギがかかっている。どんどんどん、と遊矢はドアを叩いた。

「昴!いるんだろ、おれだよ、遊矢!だからここ開けてくれ!」

何も聞こえない。防音だと笑っていた昴を思い出して、遊矢はああもうくそと祈るような気持ちでポケットから携帯を取り出し、昴にかける。コールが鳴るたびにお願いだからでてくれよと祈った。

「………せんぱい?」

よかった、と遊矢は息を吐く。最悪の事態だけは避けられた。

「そうだよ、おれだよ、昴。電話くれただろ、どうしたらいいですかって。待ってろっていったよな?今いくからって。だからきた。今、部屋の前にいるんだ、あけてくれよ」

「あ、あ、ありがとうございますっ、せんぱ、」

号泣したあとのようで、声がかすれている。鼻声だし、なにかをぬぐう音がする。携帯越しに錠が開く音がした。ドアノブが回り、扉が開かれる。遊矢を見た途端、既に目が真っ赤だった昴はよほど安心したのか、その場に泣き崩れてしまった。遊矢はお母さんのいばしょを聞こうとしたが、昴は首を振るばかりで要領を得ない。あたまをかいた遊矢はソファに座らせた。

昴の部屋は無事だった。どうやら自分の部屋に逃げ込んでいたようだ。ただ、じゅうたんに本とカードが散乱している。

「どうしたんだよ、昴。何があったんだ?」

「遊矢先輩、言ってましたよね?アクションデュエルの機械があるって」

「あー、あのこと?やっぱりこの煙、機械の故障だったのか?びっくりしただろ、火事にならなくてよかったな」

「え?」

「え?違うのか?ほら、ニュースにもなってるし」

遊矢は携帯アプリを昴に見せた。それをみた昴は真っ青になり、いよいよソファに座り込んでしまう。

「どうしましょう、先輩、僕、僕、どうしたら」

「なにがあったんだよ、昴。大丈夫か?」

遊矢の言葉に、昴は震える声で言葉を紡ぐ。

「昨日、うちが停電になったって連絡がいったみたいで、お父さんから大丈夫かって電話がかかってきたんです。だから停電になったことと、お母さんが倒れたことを伝えたんですけど、そのときにアクションデュエルの機械のこと聞いてみたんです。そしたら……」

「そしたら?」

「うちにそんなものはないって。気のせいだって。先輩を家には呼ぶなって怒られちゃいました。今までそんなこと一度もなかったのに……」

「え?なんでだよ、なんで昴のお父さん、そんなこと」

「わかりません、ほんとになにがなんだか」

そこまでいって、ふたたび嗚咽が始まってしまう。遊矢は昴の背中をさすりながら、カードをここまでばらまくなんて一体何があったんだと思いながら、近くにあった1枚を拾い上げた。遊矢は、違和感を覚えた。

「なんだよ、これ」

思わず近くのカードを2枚、3枚を拾い上げてみるが、すべておなじだ。

「なんも書いてない!?」

あるのはイラストだけである。モンスターカードは、モンスターの名前はもちろん属性や種族、レベル、スケール、テキスト、ステータス、カードを仕分けるコード番号まで何も書かれていない。魔法カードも、罠カードも、すべてなにも書いていない。テキストに使われている染料と同じ複数の点の染みだけが残されている。なにか大きな字が書いてあったようだが、昴が指でこすったようで消されて見えない。見れば昴の指先は真っ黒になっており、すべてのカードをこすったようで、すっかり擦り切れて赤くなっている。

「なにがあったんだよ、昴」

昴は首をふる。

「わかりません、わかりません、わからないんです、先輩。気付いたらカードがこんなことになってて……」

昴がそれに気付いたのは、昨日の夜だという。濡れてしまったカードは元通りには治らないが、平らにする方法はある、と遊矢が教えたからだ。いらない本に挟んで重いものを乗せてしばらくしたら平らになる方法である。使うときはスリーブを二重にした方がいいとも教えた。どうなっているか、見てみたらしい。

なにかが溶けたようにできた染み。そこから放射状にテキストやステータスの表示が消えていて、「ゆ」や「ゅ」という文字ににた染みができていた。これです、と昴は写メをみせてくれた。はじめはおもしろい染みができたなあと思っていたという昴の言葉の通り、面白い染みである。テキストが消えたのは水がカードに馴染んだのかもしれない、と思うだろう、カードの表面は乾いていたし、形も平らになったので、デッキに戻したという。そして、一夜明け、遊勝塾にいこうと準備をしながらデッキケースを開いたら、テキストがない奇妙なカードがトップにあった。唯一残っているのは這った跡のように続く点と「ゆ」と「ゅ」の染み。思わずこすったら消えたので、無我夢中でこすっていたら指がこうなっていたと昴は力なく語る。

「お父さんに電話したんです。どうしたらいいかわからなくて。そしたら、お父さんがものすごく焦った声でお母さんはどこだって聞かれて……」

「まさか、また?」

ぶんぶん昴は首を振る。

「ちがうんです、ほんとにお母さんがいないんです。家のどこにも!一緒に朝ごはん食べたのに!警察に電話しなきゃっていったんですけど、無理だって!もうお母さんには会えないって!お父さん、電話の向こうで泣いてて……っ!」

「どういうことだよ、それっ!?」

昨日、昴のお母さんに感じていた違和感が蘇った遊矢は背筋が寒くなる。昴に内緒で家じゅうに仕掛けられていたアクションデュエルの小型機。写真を見る限り、昴が幼いころからほとんど姿が変わらない、年齢不詳の昴のお母さん。思わず部屋に飾られている家族写真をみた遊矢は、そのうちの1枚に見覚えがある風景を見つけて手に取る。ちっちゃい頃の昴がおとうさんとおかあさんとマジックで落書きしたと思われる夫妻の若い写真を見つける。昨日は気にも留めなかったけれど、やっぱり昨日みた姿と全然変わっていない。さすがにここまでくるとおかしい、と思ってしまう。写真には撮影の日にちが書いてある。あわてて携帯アプリを起動した遊矢は、その写真と××年前に爆発事故を起こして塾長夫妻と参加者が行方不明になった事件の現場写真を見比べた。同じだった。ついでに行方不明の参加者の顔写真に、若いころの昴のお父さんを見つけてしまう。

「遊矢先輩?」

「あ、いや、ごめん。なんでもない。それで?」

遊矢は思わず携帯をポケットにしまいこんだ。写真を元に戻す。泣きはらした顔の昴は、首をかしげた。

「昴のお父さんはなんて?」

「ここの部屋に入って、鍵をかけなさいって。お父さんが帰ってくるまで、絶対に開けちゃダメだって。でも、どうしてなのか、なんでなのか、何にも教えてくれないんです。ただ、僕だけは失いたくないから、頼むからいうこと聞いてくれって……。警察には連絡しちゃダメだって言ってて……」

その言葉を聞いて、遊矢は、はあっ!?って声を上げた。

「なんだよ、それ!?昴の家、アクションデュエルの小型機が故障してて、ボヤ起こしてたんだぞ?!なんか火は消えてるみたいだけど、下手したら昴死んでたかもしれないのに、何だよそれ!」

「えっ、そ、そうなんですか?」

「そうだよ!昴のお父さん、何考えてるんだ!おれが玄関のドア開けたら、煙で前見えないくらいだったんだぞ!?この部屋まで煙が来るのも時間の問題だったって!もう家じゅうの窓開けたから、煙はもうないけどさ……信じられない」

「遊矢先輩、ほんとに、ほんとにありがとうございますっ」

「もういいよ、そういうのは。昴、行こう」

「え?」

きょとんとしている昴に、ああもう、と遊矢はイラついてきたのか、手を掴んだ。

「このまま昴のお父さんが帰ってくるまでこの家にいるつもりなのかよ、昴は!悪いけど、おれはやだ。言っちゃ悪いけどさ、はっきり言って、昴のお父さんもお母さんもいろいろ怪しすぎるんだよ!このままほっといたら、昴まできえちゃいそうで嫌だ。今まで一緒にいた人が突然いなくなるのはもう嫌なんだよ、おれ!行こう、昴。おれの家にさ」






警察に連絡を入れた洋子さんは電話の子機を置いた。

「これでよし。しばらくはうちの子になっちゃいなさい、昴くん」

「ありがと、母さん」

「………すみません」

「あの塾の事件はねー、結構大騒ぎになってたからあたしもよく覚えてるわ。あたしの高校時代のクラスメイトも何人か行方不明になっちゃってね、みんなでガラクタをかき集めながら捜した覚えがあるもの。あのときは、あそこだけがなんにもなくなっちゃうくらいふっとんじゃってね。残ってるのは家だった方のだけよ。となりの空き地あるでしょ?あそこが塾があったとこなのよ」

「え、そうなの?母さん。みんな幽霊塾ってあの廃墟だって言ってるけど」

「あそこは塾じゃないわよ。塾長夫妻が住んでたおうちの一部分。空き地とあの廃屋までがあの塾の敷地だったのよ」

「めちゃめちゃ広いじゃないか」

「そりゃそうよ、当時は結構有名な塾だったしね。ショップもあってデュエル塾もできる建物だったし。月に一度の恒例行事だったのは、出場できるのが抽選であたった20人だけだったっていうのもあるのよ。デュエル会場はそんなに広くないから、参加者だけしか入れなくてね。懐かしいわ」

洋子さんは目を細めた。

「まさか昴くんのお父さんがあの事件の被害者だとは思わなかったわ。みんなで1週間探したけど、なにも見つからなかったのよ。だから……ね?みんな、遺体が見つからないままお葬式したのよ。あの人も塾長夫妻とは仲良かったから、寂しそうだったわね」

「塾長もそう言ってたっけ」

「そ、う、ですね」

昴は、うつむいてしまう。遊矢が渋る昴を連れて帰るために、幽霊塾の事件と昴のお父さんの会社、昴のお母さんの違和感、そしてもう二度と会えないという言葉から憶測したことをすべてしゃべってしまったので、まだ頭の中でぐるぐるしているのだろう。キャパシティを超えてフリーズしているのをいいことに家に連れて帰ってしまったのでちょっと反省しているが、後悔はしてない遊矢である。あたりまえのように一緒に居た人が突然いなくなる悲劇はもう二度とごめんである。しかも今回は、昴から助けを求められているのだから、手のひらから零れ落ちてしまったらそれこそ、襲い掛かる喪失感は恐怖でしかない。遊矢は心配するなってと昴の頭を撫でた。




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