いつわりの海(SCP×遊戯王×端末世界+遊矢BL夢>
「……でかい」

やっぱり昴に来てもらおうかな、と遊矢はしりごみする。舞網市最大の高級マンションは中学生が気軽に入れる雰囲気じゃなかった。街で一番大きな駅と大型百貨店まで雨に濡れないでいける時点でなにかがおかしい。地下には飲食店や老舗名店、2階から18階まで映画館やフィットネスクラブ、水族館、他いろいろ商業施設が入っていて、その上層が住居域らしい。マンションから1歩もでないで生活ができるらしい。24時間体制の有人管理、防犯カメラ、ICカードを利用したシステムがあるらしい。マンション入り口で名乗ってくれれば大丈夫と昴は言ってたけどホントだろうか。場違いすぎる荷物をカバンに詰め込んで、遊矢は19階のロビーラウンジに向かった。

(なんかホテルみたいなんだけど)

ビルの19階に突然出現した日本庭園に絶句しながら、昴の言うとおりにホテルみたいなエントランスホールを進む。小さなお客様にも受付のお兄さんはにこやかに対応してくれた。昴の友達だと告げると、ああ、あの、という穏やかな顔をされる。少々お待ちくださいと深々と頭を下げられ、奥に消えたお兄さんは昴の家と連絡を取っているようだ。友達と遊びに出掛けると外出したはずの昴がすぐ帰ってきたら印象に残るだろう。もしかしたら遊矢が来るとでも言づけたのかもしれない。

しばらくして、昴が来るとお兄さんは教えてくれた。

ふかふかしすぎて落ち着かないソファに沈みながら、無料だというミネラルウォータを貰ってまっていたら、昴はやってきた。

「こんにちは、遊矢先輩!お待たせして、ごめんなさい」

「こっちこそさっきは待たせてごめんな。携帯のバッテリー切れちゃってさ」

「ううん、気にしないでください。あちこち梯子させちゃったのは僕のせいですから」

「それは昴のせいじゃないだろー、お店の人のせいだって。いきなり買う本を制限するとかずるいよな。カードがついてる事教えてくださってありがとうございます、たった今から1人1冊になりますだってさ!なんだよそれ」

「うわぁ……ひどいですね。どこのお店かあとで教えてください」

「うん、いいよ。今度からもうあの店いくのやめよう」

「そうですね。じゃあ、そろそろ行きましょうか」

昴はエレベータを指差した。住人しか持っていないカードをかざすとエレベータは開き、遊矢と昴は乗り込む。ずらっと並んだボタンを当然のように背伸びして押すのは最上階。もしかしなくても昴の家はお金持ちである。なんで舞網第二中学校に通っているのか疑問符が付きそうだが、遊矢はそこまで思いつくほど余裕がなかった。エレベータはガラス張りで日本庭園が望めたからだ。昴はうれしそうだ。職場を転々とするお父さんからもう引っ越しはしないといわれ、定住する家としてここを買ったといわれたようだ。ここに友達を呼ぶのは初めてだという。

どんどん上昇していくエレベータ。最上階についた時には、エレベータの外は高級ホテルの外観が広がっている。昴についていく遊矢はきょろきょろあたりを見渡した。おちつかない。さっきのカードキーを電子端末に通すと自動でドアが開いた。ただいま、と昴がいうと、リビングからおだやかな女性の声がした。遊矢は玄関の壁やリビングに続く通路の隅に見慣れた機械が隠されるようにおかれていることに気付く。

(これ、アクションデュエルのマシンだよな?なんでこんなとこに?)

質量がある映像。アクションデュエルの施設は小さな機械を多方面に設置し、同時に焦点をあてることでそれを可能にしたことが知られている。昴のお父さんはまさにそのシステムの技術者なのだ。高級マンションである。なにかに利用されているのかもしれない。全然想像できないが、遊矢は一度気になると昴に案内されるまでに両手を超える機械を確認できてしまっていた。だから昴に言われてあわてて追いかける。

「いらっしゃい」

そこには綺麗な女の人が立っていた。昴と同じ柔らかな新緑を後ろで束ね、ナチュラル志向のシンプルな服なのに、品が良さそうにみえるのは何故だろう。おかえりと昴に声をかけているし、昴も遊矢を紹介しているからお母さんだと思う。でも、そうはみえない。お姉さんだと言われた方が納得できる気がした。こうしてみると昴はお母さんになんだな、と遊矢は思った。はじめまして、と挨拶するとやっぱりお母さんだった。初めて昴がこの家に呼んだ友達だからか、彼女もうれしそうだ。あとでお菓子を差し入れするといわれて、期待してしまうのは、昴が料理上手というからだ。シンプルな服装なのはお菓子作りの途中だからか、と勝手に納得することにして、遊矢は昴の部屋に向かった。

リビングのすぐ隣の部屋だ。あたりまえのように鍵つきである。昴はいつも鍵をかけていないようで、使われた形跡はない。すごいなーって最上階から臨める風景を楽しんでいた遊矢に、昴は笑う。

「防音なんで、いっぱい練習してるんですよ、口上とか」

「アクションデュエルの?」

「はい、そうです。はやく噛まずにいえるようになりたいです」

「あはは、このまえは舌噛んでたもんなぁ。もう大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃないです。まだいたいです」

舌を出す昴にどれどれと遊矢は覗き込む。たしかに腫れてる気がする。

「いいなあ。ほんとは俺もお風呂場でやりたいんだけどさ、母さんがうるさいっていうんだよ。遊勝塾が終わったらカラオケとかじゃないと思いっきり練習できないんだよなー」

俺の場合、台本作るのもあるし、と遊矢はいう。ずっと立ってるのもあれなのでどーぞとソファを進められ、りょーかいと笑いながら。

「なら、うちに来ます?」

「え?いいのか?」

「はい、ぜひ!遊矢先輩の練習みてみたいです!」

「えっ、やだよ。練習はひとに見られてやるもんじゃないんだよ、俺の中では。ちゃんと形になってからみんなに見せたいんだ」

「えー、いいじゃないですか」

「だめだって」

「えー」

ブーイングを飛ばす昴は、ノックにはあいと返事をして立ち上がった。どうやらお菓子とジュースのようだ。うけとって運んできた昴である。どうぞ、とクリアガラスのテーブルに置かれて、遊矢は早速もらうことにした。

「あ、忘れてた。はい、昴。お土産のカードとおまけの雑誌な。汚れちゃうから後で開けよう」

「あ、僕も忘れてました。ありがとうございます!お金はあとで渡しますね」

「わかった。これ終わったらデッキ調整でもするか?」

「はい!そのあとはデュエルしましょう!」

「いーよ、受けて立つ」

柚子や権現坂がいたら、最初の目的である宿題はどうしたとつっこまれそうだが、ふたりともすっかり記憶のかなたである。すっかり皿をからにして、昴が食器を片づけに行っている間に遊矢は部屋を散策することにした。好きにしていいと本人が言ったんだから無問題である。

目についたのは家族写真だ。遊矢もお父さんのポスターを飾っているため、ひかれるものがあったのかもしれない。記念に写真をとるおうちなのか、いろんなイベントの写真がならんでいる。時々昴と共に映っている男性がお父さんだろう。昴の家が厳しいおうちなのもわかる気がする出で立ちの男性だ。家族の前だと柔らかい笑みを浮かべているから、凛々しい印象の方が先に来るけれど。それにしてもお母さんは昔から変わらない人のようで、服装の印象でも大分ちがうけれど、年齢不詳な雰囲気がある。昴も大きくなったらこんな感じの人になるんだろうか、と想像するのは簡単にできそうだ。あんまり顔が変わらない人はいる。お母さんの高校時代の卒業写真をみたことがある遊矢は、老け顔で年齢が近付くにつれて若く見られるようになった人を知っている。それとはまた別の次元の話になりそうだけども。

「お待たせしました、先輩」

噂をすればなんとやら、昴が帰ってきたので遊矢は家族写真をみて笑った。

「昴ってお母さん似なんだな」

「そうですね、よくいわれます。お父さんに似てたらデュエルモンスターズ禁止にはしなかったってお父さんがいうくらいなので」

「え?なんで?」

「たぶん、お母さんがあんまり体が強くないからだとおもいます。普通に生活するのは大丈夫なんですけど、ちょっとしたことで倒れちゃうんです、お母さん。だからここに決めたって言ってました。僕も幼稚園の頃は結構大変だったみたいです」

「へー、そうなんだ」

人は見かけによらない。病気がちな人がもっている独特の儚さはない普通の女の人に見えたけどなあ、と遊矢は思う。でも、たしかに色白だったから、外出しない人なんだろう。昴はデッキを持ってきたので、遊矢もカバンからデッキケースを出すことにした。


ぱ、ぱ、ぱ、と電気が点滅し始めたのは、すっかり夕暮れ時の時間である。デッキ調整は時間泥棒だ。気付けばデュエルする時間もなくなっている。そろそろ帰ろうかと思い始めたころ、昴の部屋の電気の調子がおかしくなった。あれ?と見上げる昴である。マンション全体は24時間有人体制である。停電でもないのにどうして?外を見ても普通にネオンが輝き始めていて、綺麗な夜景が見られそうだ。電気がおかしいのは昴の家だけのようだ。充電させてもらった遊矢の携帯のニュースアプリには、停電のニュースは流れていない。しかし、気になる記事があった。点滅は激しくなり、ぷつんと電気が切れてしまう。

「ひっ」

「うわ、ちょ、昴!掴むなよ、こける!」

「そ、そんなこといわないでくださいよ、先輩!僕、こういうの苦手なんですっ!」

「だからいきなりは止めろって、勢いつけすぎ、うわあっ!」


足がもつれてテーブルがひっくり返る音がした。カードが落ちる音がする。どたん、ばたん、と音がして、ふたりは暗転した。まだ西日があるから真っ暗にはならないが、明るい所から急に暗い所に出てしまい、遊矢たちはしばらくその体制のままその場にいるしかない。無駄に近い距離感。昴はどこうとするが、遊矢はへんなところが痛みを覚えるのでひきとめる。しばらく目が慣れてくると、遊矢の携帯の液晶が辺りを照らした。ようやく事態を把握した二人は、とんでもない距離で目があって、もう笑うしかない。昴は消え入りそうな声でごめんなさいといいながら起き上った。ああもうごめんなさいと土下座しそうな後輩に、ゴーグルをもとにもどしながら遊矢は苦笑いした。遊矢は小柄だが、昴はもっと小柄なのだ。そのためお互いあんまりダメージはなかった。女の子だったらフラグが立ちそうなシチュエーションだっただけで。それが無駄に羞恥心をあおるのか、二人の間に気まずい沈黙が下りる。耳まで赤いのは西日のせいではない。

「……こ、これ、アクションデュエルの装置の故障みたいだ」

「え?」

きょとんとした顔である。もしかしたら昴にとっては別の用途で使っているからアクションデュエルの機械という認識はないのかもしれない。反応が鈍いので肩すかしを食らいつつ、遊矢は液晶を見せた。レオコーポレーション傘下のアクションデュエルの装置は時々不具合を起こすことで知られている。しかし、最大大手のため値段やアフターサービスは充実しているので、他社に乗り換える人は少ない。だから我慢するしかないのだが、今回は結構大規模なようだ。昴の家も故障区域に入っている。今回は誤作動で突然電気を使いすぎるため、ブレーカーが落ちるもののようだ。

「ブレーカーどこ?あげれば直るっぽいけど」

「あ、そうなんですか?わかりました。玄関にありますから、行きましょう」

「昴のお母さん、もう行ってないか?」

「うーん、無理だと思いますよ。お母さん、キカイオンチだから」

「あー、そんな人と似てるなら、デュエルモンスターズは心配になるよな」

「でしょ?」

「じゃあ、この光でいこうか。俺先に行くけどいいか?」

「はい、お願いします」

「手でもお繋ぎしましょうか、Mr.比嘉?」

「もう、遊矢先輩!」


ふたりは笑いながら玄関に向かい、ブレーカーを上げた。電気が復活する。ほっとしたのか、昴はリビングに戻った。

「お母さん、だいじょう……あれ?」

「どーした?」

「お母さんがあれ?どこいったんだろ、お母さん?」

遊矢も追いかける。リビングには脱ぎ捨てられたスリッパが散乱している。だんだん急ぎ足になり、ばたばたとあたりを走り始めた昴である。お母さん!という声が大きくなる。昔何かあったのだろうか、姿が見えないだけなのにとても焦っている。よく倒れるから嫌な予感がするんだろうか。遊矢も一緒に探すことにした。トイレやバスルームなどを捜すがいない。勝手に入っちゃだめだと言われているお父さんの書斎を開けようとした遊矢は、ドアノブに手をかけた時に、お母さんという大きな声に振り返った。それはさっき真っ先に探したキッチンである。引き返すと、倒れている昴のお母さんと必死で呼んでいる昴がいた。スリッパが散乱していたちょっと先である。倒れたなら音があってもよさそうなのに。音もなく現れた女性にちょっとではない違和感を覚えはじめた遊矢である。息子の呼びかけにさいわい彼女は目を覚ました。

恥ずかしそうに彼女は笑う。

手探りで壁を捜していたら頭を強くぶつけたそうだ。

気付いたらたんこぶが出来ていて、冷やすために冷蔵庫へ。あまりに頭がいたいので対面キッチンの向こう側でうずくまっていたらしい。

それを聞いて遊矢は脱力である。結構がさごそしながら玄関に行った覚えがあるから、頭をぶつけた音に気付かなかったんだろう。それに対面キッチンの方まで確認しなかった。結構どじっこさんのようだ。

遊矢と昴は子供部屋に引き返す。いい加減、テーブルのデッキを片づけなければ。ドアノブを開くとテーブルから落ちているカードたち。あちゃと二人は顔を見合わせた。目が慣れるまであちこちぶつけた感覚が残っている。その結果だろう。遊矢たちはかき集め始めた。カードが混ざらないように、1枚1枚確認しながら仕分けをする。

「うわ」

「どーした?」

「やっちゃいました、#遊矢#先輩」

昴が見せてくれたのは観葉植物のプランタに落ちていた愛用デッキのモンスターカードである。スリーブ越しになにかが溶解したような跡が残っている。水を吸ってしまったようだ。あわててスリーブからカードを取り出す。さいわいカードにしわはないが、テキストあたりに水が滲んだ跡が見える。

「うわ、どうする?」

「うーん、お小遣い前なのですぐには買い足せないんですよね。かっこ悪いけど、しばらくはこれで行きます」

「あはは、ご愁傷様」

「うう、ついてないなあ。こういうとこはホントにお母さんによく似てるっていわれるんです、僕」

昴は大げさに落ち込んで見せ、遊矢の笑いを誘った。


そして次の日、遊矢は昴の電話で起こされることになる。

「#遊矢#先輩……僕……どうしたらいいんですか」

その声は今にも泣きそうだった。


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