はいどーぞ、と横着にもひっくり返したプラスチックのフタに入っているケーキを渡される。見切り品なのか、10%、20%、と下がっていき、最終的に消費期限が明日の朝に迫ったため貼られた半額。やたら分厚くなっている。フォークすら渡されないやる気のなさにユートは苦笑いした。
「いらねえならおれ食うよ?ユート、実は甘いの嫌いとかない?」
「なんで俺の時は聞くんだ、城前。初めから一つ買えばいいだろ」
「だって一個じゃ遊矢に食われるだろー」
「あっさり譲るのが悪いんじゃないか?それとも惜しくなったのか?」
「あっはっは、冗談だよ冗談。正直、ケーキとか興味ねーし。みんなでわいわいやんのが楽しいだけだしなあ。遊矢たちがいなけりゃそもそも買わねえよ。見切り品これしかなかったけどな!」
「だろうと思った。なんで取り繕うんだ、いちいち」
「いやだって冷え込むじゃん、空気。おれ、あれ嫌いなんだよ」
「そうなのか?あいかわらず城前はよくわからないな」
「あっはっは、わかんなくて結構です!わかっちゃったら面白くないだろ?おれはそんな単純な男じゃないんだよ!」
「そういう奴に限って単純な気がするんだが......気のせいか?」
「うるせーやい。だいたいなんでそんな駄目出しすんだよ、おまえら!祝えよ!今日はおれの誕生日!」
「ああ、そういえばまだだったな。誕生日おめでとう、城前」
「おう、サンキュー!」
城前はうれしそうに顔を綻ばせる。誕生日を祝う側がケーキを食べる奇妙な状況だが、城前は気にする様子もなく、楽しそうに会話に興じている。ユートのケーキを見ていると何か食べたいのは事実のようで、残り少ないお菓子を摘む。すっかり冷めてしまったコーヒーを一気に飲みほして、コタツの端に移動させた。
「城前、祝って欲しいならもっと前に言ってくれないと困る。何も準備できてないんだが」
「そりゃ言ってねーしな。だって言わなくても遊べるだろ?」
「まあ、確かに勝手に上がりこんでるが」
「ならいいじゃん。理由ねーと集まんない奴ら集める口実みたいなとこあるしな。いいって、そんな改まんなくてもさ」
「いや、俺の気が済まないんだ。遊矢がソリッドビジョンを作ると張り切ってるのに、俺がなにもしないのは性に合わない。なんでもいいんだ、なにがいい?」
「んなこと言われてもなあ。うーん、じゃあデュエルでもするか?」
「え、そんなことでいいのか?」
「おう!リベンジマッチと行こうぜ、ユート!今度は負けねー!」
「......でも、デュエルはいつでもできるだろう?テーブルデュエルを前したばかりじゃないか」
「んー、じゃあ、あれだ。ちょっと変わったデュエルてもしてみねーか?」
「なんだ、変則ルールてもするのか?」
「いんや、デッキは使わないんだ」
「ん?それはどういう?」
「いわゆるオンライン対戦てやつ?いや通信対戦?まあどっちでもいいや。ネットでデュエルしねーか、ユート?」
(レオコーポレーションがやってるやつじゃない?デュエルモンスターズのネット対戦)
「俺のデッキは実装されてないんだが、城前」
「いやいや、違うって。うちのやつ」
「ワンキル館の?そんな施設があるのか?」
「レオコーポレーションからの依頼でやってんのがあるんだ。おれ持ってるからやろうぜ」
(へー、ワンキル館の?面白そうだな!)
「城前の言ってる意味がよくわからないんだが。ワンキル館のものでも、俺のカードは実装されてないだろう?」
「あっはっは、世界一のカード資料館を舐めんなよ!実は違うんだなあ、これが!」
「......?!ま、まさか......いや、そんなはずは...」
(おーっと予想外の展開だなあ、まさか幻影騎士団もってたりして?)
明らかに動揺しているユートに、城前はにやにや笑っている。デュエルするよな?と投げかけられれば、応じずにはいられなくなる。
「ああ、わかった。どんなものか見せてくれないか?」
「やった方が早いと思うし、はじめるぜ。ポチっとな!」
据え置きのゲーム用に置かれているソリッドビジョンのシステムが起動する。つかの間の浮遊感のあと、あたりはワンキル館にあるデュエル会場に変貌を遂げた。いつものようにデュエルディスクを起動しようとしたユートだが、表示されるのは圏外。カードを読み込む機能が表示されない。城前は笑った。
ワンキル館のソリッドビジョンは独自回線を使っている。サーバーはガラパゴスである。だからレオコーポレーションのソリッドビジョンやデュエルディスクはつかえない。表示されてる回線を使ってくれと城前のことばが飛んでくる。口頭で説明されるパスワードとID。めんどくさい手続きを経て、ようやく現れたプログラムをダウンロードするとワンキル館に所蔵してあるカードが自由に扱えるようになった。あとは所蔵はしていないがデータベース化しているものがあり、沢渡や黒咲といった一般には流通していないデュエリストのカードもある。そのひとつにユートのものもあった。
『さあ、はじめようぜ、ユート』
フィールドの向こうから聞こえてくる城前の笑みを殺した声にユートは引きつった。凍りついている相方に、遊矢もうわーと開きっぱなしの口を閉ざすのを忘れている。
ユートが城前に使った覚えがないカードまで所狭しと並べられている幻影騎士団のカードたち。データ上の存在とはいえ、愛用しているモンスターや魔法罠、エクストラとくればもう悪寒すらよぎる。テキストが微妙に異なるのが気になったが、これはユートの使用したときの画像の検証が足りなかったからだろう。これは遊矢も同じものがあると提示しているようなものだった。
レオコーポレーションがソリッドビジョンの技術をデュエルモンスターズに応用する上で、なくてはならない存在こそがワンキル館だった。それは周知の事実だ。レオコーポレーションがデュエルモンスターズに参入したのはかなり遅かった。そのため参入前の環境の変遷はもちろんカードプールに対する知識や経験が致命的に足りない。世界広しといえども裁定やリミットレギュレーション、海外展開のカード、黎明期からのカードをすべて所蔵しているのはワンキル館だけだ。その膨大な情報を提供するかわりに、ソリッドビジョンの技術提供を受け、幾つかの取引があったのは想像に難くない。ゆえに、ワンキル館が主催するこのオンライン対戦がレオコーポレーションの技術を一部引用していてもなんらおかしくはないのだ。でも想定外にもほどがある。
ユートの横で覗き込んでいる精神体の遊矢は、呆気にとられていたが、我にかえると弾かれたように笑った。
(そっか、そっか、こうくるかあ!ワンキル館すっごいなあ!)
「おい、遊矢!」
(だってそーだろー?まさかこんなとこで見せつけられちゃうなんてな!笑っちゃうよなー)
「笑うしかないの間違いだろ」
カードテキストを忠実に再現することができるデュエルディスクとアクションフィールドは、レオコーポレーション製だけだ。だからこれでなければ、ペンデュラムゾーンを新たに創造することができない。つまり遊矢はデュエルすらできない。また、一般に流通しているデッキを使っていないユートも一貫してレオコーポレーションのものを愛用している。たとえ相手にカードの情報が筒抜けになろうとも背に腹は変えられない。構わなかった。これも必要経費だと割り切っていた。まさかここまで払ってるとは思ってなかったが。
『今度実装するんだってさ、だから付き合ってくれよ』
「!?」
(あっはっは!ユートに幻影騎士団の回り方確認してくれとか無茶苦茶にもほどがあるだろー!だめだ、笑いが止まんない!)
「城前、これは機密情報じゃないのか、これは?いいのか?俺たちに見せても」
『大丈夫、大丈夫!館長がオーナーに許可取ってくれたよ、即答だってさ!よかったらウチで働いてくれないかって言ってたらしい』
「......さすがは外資だな、考え方が違う」
(残念だけどお断りだね。オレたちにはしなきゃいけないことがあるんだ)
「すまないがお断りだと伝えてくれないか?」
『そっかあ、残念。じゃあ、幻影騎士団のテストプレイよろしくな、ユート』
「......あ、ああ」
『あ、そうそう。右にある赤いボタン押してみてくれ。相性がいいカードが出てくるからさ、自由に使ってくれてもいいぜ』
(いいなあ、いいなあ、ユート!オレもやってみたい!!)
『じゃあ、デッキ組んでみてくれ。サイドはご自由にどうぞ!おれはファントムライロ組んでみるからさ!』
「えっ!?」
『何驚いてんだよ、ユート。これは幻影騎士団のテストプレイだっていったろ?マッチデュエルしないとわかんないじゃないか』
「あ、ああ、なるほど。たしかにそうだな」
『こういうデータをたくさん集めてAI作りたいんだってさ。デュエルロイド作りたいとか金持ちはやっぱ考えることぶっ飛んでるよな!意味わかんねえことに金使いすぎだろ!』
「城前はいつもこれをしているのか?」
『まあノルマには入ってるよ』
(なるほど、だからオレたちのデュエルにやたら詳しいんだね、城前は!ちょーっとだけ謎が解けたかな?)
「なら、お言葉に甘えて、使わせてもらうとしよう」
『いやー、助かるよ!いつもぼっちで回してたからさ、いつもいつも相手がCPUだときっついんだ、精神的に!デッキ調整には便利なんだけど、やっぱ誰かとデュエルしたいよな!』
あ、このプログラム、敷地から出たら使えないよう改造施してあるからご了承ください。思い出したように告げる城前に、遊矢は残念そうにため息をついた。ブーイングが飛ぶ。
『あ、そうだ!ユート、テストプレイ終わったらタッグデュエルしようぜ、タッグデュエル!CPU用意できるからさ!』
「そんなことまでできるのか、手が込んでるな」
『まーね、一応このデータがソリッドビジョンにも応用されてるとこあるからさ!おれ以外みんなCPUも面白くはあるんだけど、やっぱなんか違うんだよなあ』
「たしかにそうだな」
『だろ、だろ!それじゃあ、始めようぜ、ユート!』
「ああ」
『「デュエル!」』