鍋の話(ファントムと漫画版夢主) 前編
「なんで空っぽなんだよ、冷蔵庫」


不満げな声色に、あったりめえだ、と城前は顔をひきつらせながら、iphoneに向かって怒鳴りつけた。アルバイト三昧だった冬休み明け。城前の生活サイクルはアルバイトと学校、時々デュエル大会という多忙な日々に逆戻りした。デュエルのことだけで良かった分、冬休みの方が楽だった。それに加えてアルバイトの敷地内に住んでる分、起床はワンキル館の開館30分前で十分だった。ぎりぎりまで寝ていられる昼夜逆転寸前のだらけきった日々に懐かしさをかみしめる。朝活と称した始業前の小テストに辟易しながら、テンション低めに授業を消化していた城前にとっては、いらっと来ることこの上ない電話だったのは間違いない。


去る12月、ワンキル館唯一の未成年は、忘年会の二次会に参加できなくてしょげていた。見かねたパートのおばちゃんが、その余りだというにはたくさんのお肉や野菜をおすそ分けしてくれたのだ。城前はテンションが上がりまくり、遊矢たちに鍋パしようぜ、と声をかけたのだ。もちろんおっけーを貰った。それはもう楽しみにしながら、連日連夜の地獄のシフトに耐えていたのだ。寒暖の差が激しい冬、一人暮らしには堪える冷たさである、リア充だらけのイベントのアルバイトとなればなおさらのこと。ようやく終わった大晦日、いつもよりちょっと早い帰宅である。たった1日の貴重な休日を噛み締めて、家路についた。館長たちは里帰りである。この寮には城前一人だ。

鍋パの約束の時間より早いのに、すでに部屋の明かりがついている。しかもなんか身に覚えのある人影が複数ある。この時点で城前は笑ってしまった。いつものことだが嫌な予感しかしない。あわてて行ってみれば、サプライズパーティと称して勝手に鍋パーティが開催中である。さあさあどうぞ、お帰りなさい、と柚子ちゃんに手をひかれてあがる。さすがに女の子が家にいることに動揺した城前である。勝手に上り込んでいる遊矢たちはともかく、柊親子はなんでここに。


「遊矢、いつも言ってるけど、勝手に入るなよ。家主が帰ってないのに勝手に人んちの冷蔵庫で料理作るなよ」


思わず叫んだ城前に、おそらく一番びっくりしたのは、柚子ちゃんと塾長である。柊親子曰く遊矢から誘われたと。てっきり城前がOKしたものだとばかり。どーいうつもりだ、遊矢、とひきつった笑顔でぶんぶん振り回すと、遊矢はきょとんとした様子で言ったのだ。真っ暗な部屋でただいまは虚しいっていったの城前だろって。遊矢なりの気遣いだったらしいが、さすがに斜め上にも程がある。いやいや、ファントムはいいよ、いつものことだし。でもさすがに柚子ちゃんたちは違うだろ、一般人巻き込むなよ。ある意味関係者だけど。脱力した城前である。


なんにも考えないで柚子たちを呼んだあたり、やっぱりずれている。さすがに一人暮らしの高校生の家に行くのは怒られると断られかけ、それなら塾長もどうぞと口八丁で呼んだらしい。勝手に上がっていいのかと遠慮気味な柊親子を引き入れるために、どっから仕入れたのか勝手に愛用してる合鍵を見せたらしい。もちろん城前は承諾してない。時々付け替えを試みるが、すぐに用意されてしまうから諦めた。遊矢は、それを証拠に預かってるから、と笑ったのだ。嘘つけ。そういうことなら、と柊親子も巻き込んで、結構好き勝手やったのだ、こいつ。すまない、表に出てこれなかった、とお腹いっぱいになった遊矢と交代で出てきたユートに謝られ、しぶしぶ城前は鉾を収めたのである。


その翌日。たった1日の休みである1月1日。初詣帰りの柊親子に挨拶とお詫びの粗品を携えて訪問された城前である。修造さんからお年玉をもらって、ちょっとテンションがあがった。でも、ちょっとファントムに甘すぎるぞと指摘されてバツが悪くなった。だから嫌なんだよ、ばれるの。普通に考えたら非常識にもほどがあるもの。


指名手配されている遊矢たちが、いつも資金難に頭を悩ませていることは知っている。年下にかっこつけたい年頃でもあり、メインキャラとお近づきになりたい下心もあり、なにかと世話をやいている。いつでも遊びにきていいように、二人分のお菓子やジュースを常備するようになったし、どっか出掛けるときはたいてい城前が出している。お代は出世払いということで、期待はしてない。はじめこそ遊矢もユートも初めての場所に連れまわされ、遠慮こそしていたが嬉しそうだった。そのうち調子に乗った城前がごり押していくうちに、なにかと遊びにくるようになった。いきなり遊びに来ても怒らない。勝手に家にいてもまたお前らか。ふとした拍子に寂しいとこぼしている城前である。家族や友人に連絡を一切取る気配がない時点で、仄暗いものを二人とも感じたが故かもしれない。それでも修造さんはちょっと思うところがあるようで、新年早々お説教を食らってしまった。何をやっても許してくれる、という暗黙の了解は良くない。親しき仲にもなんとやら。怒られてしまった城前は、さすがにちょっと反省した。いけないことはいけないこと。教えるのも城前の役目だと怒られたら仕方ない。無責任な大人でいたかったが、たしかに交際費が最近かさんでいる。ちょっと節約しないとまずいなあ。そういうわけで、新年早々ちょっと節約することにしたのだ。主に常備してたお菓子とか。


さすがに遊矢たちにいうのはかっこ悪いので、大晦日の報復だと遊矢に告げるのである。あのおっちゃんになんか言われた?と聞かれたが、素直に答えるほど正直ではない。金がないと告げれば、何かを察したらしく、遊矢は待ってるといった。


「どーせ勝手にゲームしてんだろ、片づけとけよ」


働かざる者食うべからず、を実践しようと思うんだ。いつまで続くかわからないけど。ブーイングが聞こえた気がしたが、城前は無視して電源を切った。こうでもしないと延々コールが鳴りやまない。まあ気持ち甘やかすのを控えようと思った。できることなんて限られているけど、そもそも。相手は指名手配中の神出鬼没のエンタメデュエリスト。複雑な事情により未就学の14歳、しかも二心同体なんてメンドクサイ体質をしている。ソリッドビジョンのトークンを使ってあちこち、うろちょろさせてるのは知っている。うっかり好みの女性のトークンをけしかけられ、大恥かかされた経験上、そのアバターを監視する権利はあるはずなのだ、城前には。


「おかえり、城前」

「おー、結構きれいになってるじゃん」

「まあね、これくらいオレにもできるよ」

「どーせ移動させただけ……ほらみろ」

「あっは、ばれた?城前だって綺麗好きってわけじゃないじゃん、掃除してるとこ見たことないよ、オレ。ものが少ないだけあって楽だったけどさ」

「お前らが帰ったらしてんだよ。一応やってんだぞ、失礼な。引っ越しのこと考えたら、物揃えんの面倒なんだよ」

「え、城前引っ越しするんだ?いつ?」

「できたらいいなあとは思ってるよ、いつもな。いつまでもここにいる訳にもいかねーし」

「ふーん」

「まあそん時はお前らもこき使ってやるから、覚悟しとけ。さーて、館長から大量に切り餅もらったから鍋にしようぜ。ご飯足りねえし」

「それじゃあ最後のしめは朝ごはんに持越しってこと?じゃあ泊まる!」

「はあ?泊まるのかよ、遊矢。お前ら暇だな」

「聞いてくれよ、城前。最近、情報が引っかからなくて、退屈なんだ」

「ふーん、そっか。頼ってくれたとこ悪いけど、いまんとこ、それらしい鑑定依頼とかはねーぜ」

「そっかー、ちょっと期待してたんだけどな、残念。まあいいや、そういう日もあるよな。いこーぜ、城前。腹ペコなんだ」

「りょーかい。つーわけで、遊矢、大人のアバターヨロシク。いい子はもう寝る時間だぜ、補導されたくなきゃ大人しくしとけよ。こないだみたいにボロ出されたら困るしな」

「そういう城前は、深夜にうろちょろするの慣れ過ぎだと思うよ、オレ」

「おれはいいの、高校生だからな。条例で11時までは職質と補導はセーフなんだよ。あと1時間しかねーんだから、ほら急げ急げ」

「忙しいなあ」

「もとはと言えば、あんな時間に電話してくる遊矢が悪いんだよ」

「いつもなら学校帰りに買い出ししといてくれたじゃん」

「大晦日でおれは学んだんだ。あるだけ食うやつがいるなら、買わなきゃいいんだと」

「ちょっと調子乗りすぎた、ごめん」

「反省してねえだろ、ぜってー」

「あはは」


遊矢はいつも違うトークンを派遣する。遠隔操作されているトークンの主はどこに潜んでいるのか、家に帰るまで全然わからない城前である。隣にいるトークンを遊矢だと思って対応するにも慣れてしまった。おかげで無駄に広い交友関係があると噂は尾ひれをつけまくり、もはやカオス状態である。もともと交友関係に定評のある城前だから、あんまり違和感がないのが恐ろしい所だと#遊矢#は思う。深夜徘徊のミッションを無事にこなした城前たちは、こたつに丸まって鍋をつついた。遊矢が満足しないと出てこれないユートのために取っといた具材を煮込んでいる手前、時間が余ってしまった。デュエルでもするか。ずっと精神体だったユートが反応するのははやかった。


「城前はいくつもデッキを持ってるんだったな」

「あーうん、まあな。カオスは開闢と帝龍とソーサラーがはいってりゃ、カオスだとおれは言い張る」

「なら、あのデッキと戦いたいんだが、いいか?」

「どのデッキ?」

「黒咲と戦ってた時使ってたデッキ。エクシーズが中心だっただろ?」

「あーごめん、あのデッキ、クラブレライロにカオス突っ込んだデッキなんだ。キーカードが1月1日をもって見事禁止になったので、ただ今調整中です」

「そうなのか……残念だな」

「ごめんなー。なにかあるか?」

「じゃあ、あの時のデッキにしてくれ、城前。リベンジだ」

「おーけい。それじゃ、やろうぜ」


テーブルデュエルだけどな、と大会の景品だというプレイマットを広げる。開闢と帝龍がバックに控えるプレイマットだ。アウェイだなあ、と遊矢が笑っている。望むところだ、とユートは息巻いた。


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