「ほんとに大きいわね、この機械。レオ・コーポレーションのネットワークをハッキングしてるだけはあるってこと?」
「まーね。オレに関することはもちろん、検閲しなきゃいけないし?G・O・Dに関する情報なら、レオ・コーポレーションに先回りされないうちに、魚拓をとらなきゃいけないし。まあほとんどデマなんだけど」
「キーワードで検索してるの?」
「そうそう。だから、よくこんなページが引っかかるんだ」
いくつも並ぶ巨大なディスプレイのひとつには、海外や日本の巨大掲示板専用のものがある。ファントムのファンスレやファンをヲチるスレ、その正体を考察するスレなど、様々なスレッドで溢れている。住人達が何度もファントムとコメントするものだから、隔離していないと検索の妨害になると遊矢は苦笑いする。その中でも興味深いものだけピックアップするようにプログラムが組まれているので、よほどの書き込みじゃないとピコンとアラームは鳴らない。
(ファンスレはよく覗いているくせにな)
「なんだよ、ユートだって満更でもないくせに」
(うるさい)
「あ、城前さんのスレッドが上がってるわ」
「ああ、オレとデュエルしたもんなあ」
「早くない?」
「目立つのが仕事だっていってたしな、城前。ワンキル館側が意図的に流してることもあるし、城前の情報って意外と豊富なんだよね。どこまでホントか分かったもんじゃないけど」
「えっ、なにそれ?城前さんってプロフィールに嘘あるの?身長とか?」
「いや、なんでもない。こっちの話。面白そうだし、ちょっと見てくか」
(おい、遊矢)
「いいだろ、ちょっとくらい」
「あ、動画が上がってるわ。デュエル中みたいね、ワンキル館?」
「どーだろ、わかんないな。ワンキル館て悪意ある電波が飛び交ってるし、そもそも内部撮影禁止だろ。なかなか情報転がってないんだ。どこだここ」
柚子と遊矢、そして精神体と化しているユートの前で、一番真正面のディスプレイは動画を再生した。
荒れ狂う風が啼いている。迫りくる積乱雲に覆われ、薄暗い空が広がっている。はるか彼方では灰色の地平と曇天が混じる大海原。今にも降り出しそうな寒空の下、広がる砂浜。人のにぎわいが遠い。手前にある丘の周りはどこかの施設の敷地のようで、整備された緑の壁がその向こう側を遮っている。その緑を背に、城前と思しき青年の後ろ姿が見える。荒れ狂う海を背に、女性が向かい合う形で立っている。ソリッド・ヴィジョンだろうが、ずいぶんと悪趣味なデュエルフィールドである。まるで殺人事件の容疑者が追い詰められて、犯行を自供するシーンでよく使われそうな感じのアングルだ。女性も城前も饒舌になっているから、もしかしたらノリで選んだのかもしれない。どこかで見たことがあると思ったら、あれだ。よく夏になると遊びに行く海水浴場。MAIAMI市の外れにある外国人居住区だと柚子は気が付いた。
表示されている時刻はちょうど1時間前だ。城前の対峙する先には、遊矢達より年上の女性が立っている。城前と同じプロトタイプのデュエルディスクを付けている。ワンキル館で使用されているものとおなじだ。どうやら彼女もデュエリストのようである。デュエルの形式はスタンディング・デュエル。マッチ戦のようで、このデュエルの前に何度も彼らはデュエルをしているのか、饒舌になっている。デュエルディスクが点灯したのは城前だ。
さあいくぞ、と城前は女性の名前をよんだ。どうやら親しい間柄のようだ。スレッドは盛り上がっている。どうやら1年前の今頃、同じ対戦相手との動画が投下されたことがあるようで、住人は懐かしがっている。館長の孫娘だとか、幼馴染だとか、好き勝手言われているが、城前に近しい人物であるのは間違いないようだ。彼女さん!?と柚子は思わず身を乗り出す。遊矢はどーだろ、と首をかしげた。そういう親密さは感じないんだけどなあ。
『さあいくぞ。おれはソーラー・エクスチェンジを発動。このカードは手札からライトロードを1枚捨て、効果を発動できる。おれが捨てるのはライトロード・メイデン・ミネルバだ。デッキからカードを2枚ドローし、デッキトップからカードを2枚墓地へ送る』
さっそく城前の前準備である墓地肥しが始まった。いいカードがひけるよう祈ったらどうかと女性から挑発が飛ぶ。こちらがキーカードをひかないよう祈るのはそちらだと城前は煽り返した。デッキに愛されているのは、どうやらおれのようだ、と城前は自画自賛した。
『さらにおれはクリバンデットを召喚する』
かわいらしいモンスターが召喚される。しかし、すぐに光の粒子を残して消えてしまった。
『そしてエンドフェイズ。このカードが召喚に成功したため、リリースして効果を発動。デッキトップから5枚をめくり、魔法・罠カードを1枚選んで手札に加えることができる。そして残りの4枚はすべて墓地へ送る。ターンエンドだ』
女性は、ほっそりとした長い指先でカードをひく。美しい白亜が並ぶカードを選ぶ。艶やかな髪をなびかせ、彼女はシンプルなデザインのワンピースを翻す。演出上発生している風に遊ばれる髪を流し、彼女はドローを宣言した。きれいなひと、と柚子が見とれるくらいには規格外の美人である。ぞっとしてしまうような魅力がある。この世の人ではないような、バカげた想像をしてしまうくらいには。城前の親しい間柄にしては、この異国の美少女はいまいち結びつきがわからない。遊矢は興味をひかれたのか見入っている。その先は女性ではなく、デュエルの内容のようだが。
『私は水属性モンスターを2枚捨て、水精鱗(マーメイル)−メガロアビスを手札から特殊召喚します。この効果で特殊召喚に成功した場合、私はデッキからアビスと名のついた魔法・罠カードを1枚手札に加えることができます。それではバトルと行きましょう、克己さん。私はメガロアビスで攻撃します』
「克己?……あ、あー、克己っていうんだ、城前」
「え?そうでしょ、城前克己さん。なにいってるの、仲いいんじゃないの?」
「いやーだって、いつも城前って呼んでるからさー、つい」
(まあ、確かにだれも城前を名前で呼ばないからな。でも忘れるのはどうかと思うぞ)
「なんだよ、ユートだって一瞬誰だそれ的な顔しただろ」
(ノーコメントだ。しかし水精鱗の使い手か、見たところ上位モンスターばかり入れているようだが)
「ネプトアビスは使わないのかなー、ちょっと古いね、デッキ」
「そうなの?」
「オレもワンキル館で見ただけだから、見るのは初めてだけどな」
「そういうのはちゃんと勉強するのね」
「だってGPSジャマーとか周波数ジャマーとかで妨害されるし、ネットワークは館内だけのしか使ってないからハッキング無理だし。逆探知される面倒事増えるくらいなら、実際に足は混んだ方が安上がりなんだよ」
(不法侵入だけどな)
「真正面から入ったら監視カメラに映るだろ、トークン生成すんのもタダじゃないんだよ。ちょっとした調べものなんだ、それくらいいいじゃん。別に」
ファントムたちの会話をよそに、デュエルは続いている。
『そうはさせねえよ。おれは墓地に眠るネクロ・ガードナーを除外し、メガロアビスの攻撃を無効にするぜ』
『しかたありません。私はカードを2枚伏せて、ターンエンドです』
『今度はこちらの番だ、ドロー。おれは光の援軍を発動する。デッキトップから3枚を墓地に送り、レベル4以下のライトロードを手札に加えるぜ。おっと、ウォルフが落ちたな。フィールドに特殊召喚させてもらう。さあいくぞ。おれはライトロード・サモナー・ルミナスを召喚。手札を1枚捨て、墓地のレベル4以下のライトロードを特殊召喚する。こい、ライトロード・アサシン・ライデン。そして効果を発動だ。デッキからカードを2枚墓地に送る』
さあ、準備は整った!城前のテンションが跳ね上がる。女性は真っすぐに見つめているが、そこには一点の曇りもない。鮮やかな青が広がっている。
『レベル4のライデンにレベル3のルミナスをチューニング!清廉なる花園に芽吹きし孤高の薔薇よ、若き月の滴を得てここに開花せよ!いざ目覚めよ、月華竜ブラック・ローズ!』
女性は玲瓏な笑みを浮かべる。城前は目を見開いた。
『そうはさせません!罠(トラップ)発動、神の宣告。ブラック・ローズのシンクロを無効にします!』
ちい、と舌打ちをした城前である。どうやら彼女のデッキは、そのキーカードの特性上、魔法カードを使うことができないようだ。事故ってるなあ、と遊矢は思う。城前のエクストラには全体除去のブラック・ローズ・ドラゴンもあるはずだから。選択しなかったあたり、手札内容はあまりよろしくないのかもしれない。後続がいないのだろうか。
『関係ねえな、これならどうだ!墓地に4種類のライトロードが揃った時、開祖の大天使が騎乗する龍が現れる!今こそ審判の時、神聖なる世界より光来せよ、裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)!』
『それも止めてみせます。罠発動、激流葬!』
荒れ狂う波が彼女の言葉に従って、一気にフィールドを席巻する。こちらにまで迫ってきそうな濁流に動画が一瞬見えなくなる。もちろん誰も濡れていない。これでアクションフィールドなのは確定だ。面白くなさそうに悪態をついた城前は、なかなかやるじゃねえか、と女性を睨む。女性は目を細めて笑った。
『これでお互いのフィールドはがら空きか。いいだろう、あんたのターンだ』
『私のターン、ドロー。私はカードを2枚伏せ、ターンエンドです』
よし、と城前は気合を入れる。ドロー、と掲げられたカードを見た城前は笑った。
『デッキに選ばれているのはおれだったようだな。おれはルミナスを召喚する。手札を1枚捨て、ルミナスを特殊召喚。さらに効果を発動する。手札を1枚捨て、ライデンを特殊召喚』
『罠を発動します、奈落の落とし穴。ライデンを除外します』
「ちい、またか。まあいい、その程度でおれを止められるとでも?2体のレベル3ルミナスでオーバーレイ・ネットワークを構築!虚ろな世界を守護する竜よ、次元の彼方に消え去りし我が友を救いたまえ!さあ、来い!ランク3虚空海竜リヴァイエール。エクシーズ素材を1枚取り除き、効果を発動。除外されているライデンを攻撃表示で特殊召喚だ。そして効果を発動、デッキトップからカードを2枚墓地に送る。さあ、攻撃だ』
『ただでは終わりません。罠発動、アビスフィアー。デッキから水精鱗(マーメイル)ーアビスリンデを守備表示で特殊召喚します』
『ならアビスリンデをライデンで攻撃だ!』
『アビスリンデが墓地に送られたので、水精鱗(マーメイル)を1体特殊召喚します。おいで、水精鱗(マーメイル)ーメガロアビス』
『ならおれはターンエンドだ』
『私のターン、ドロー。私は水精鱗(マーメイル)ーアビスパイクを召喚します。そして手札の水属性モンスターを1枚捨て、効果を発動します。デッキから水精鱗をサーチ。そして墓地の送った水精鱗ーメガロアビスを蘇生させます。そして、アビススパイクをリリースし、2回攻撃を付与します。さあ、行きましょう、克己さん。まずは1回目の攻撃です』
『ぐっ……!やるじゃねーか、効いたぜ』
『次は2回目の攻撃です』
『ただじゃ終わらせねえぞ!おれは手札からオネストを発動。返り討ちだ!』
『残念です、そう簡単には負けてくれませんか。私はカードを1枚伏せ、ターンエンドです』
『おれのターン、ドロー。二の轍は踏まねえ、サイクロンを発動だ』
『あっ』
『さあ、いくぜ。混沌の恐ろしさを見せてやるよ。力で押し切ってやる!ミネルバの魂は光を誘(さそ)い、ネクロガードナーの魂は闇を誘(いざな)う。光と闇、二つの魂を生贄に捧げ、いざ踊れ天地開闢、その力を得て降臨せよ、カオス・ソルジャー開闢の使者!さあ、バトルだ。メガロアビスを攻撃だ、開闢。その身に刻め、開闢双破斬!』
『−−−−っ!!』
『これでとどめだ、時空突刃・開闢双破斬!』
城前の勝利を告げるブザーが鳴り響いた。
「やった、城前さんの勝ちね!」
よっしゃあ、とガッツポーズする城前につられて、柚子が両手を握った。
「ま、とうぜんだよな。オレにあそこまで食い下がった城前が、つまらないデュエルをするわけがないって」
(……ははっ)
「あれ、どうした?」
遊矢は思い出し笑いをしているユートを見る。
(いや、城前のやつ、開闢の技名を間違えていたんだと思ってな)
「え?ちょ、ちょっと待ってくれよ」
遊矢は城前が開闢に攻撃を命じる所を再生する。たしかにユートとはじめてデュエルした時と比べると、台詞が違う。1度目の攻撃にもかかわらず2回目の攻撃名を叫んでいたことを思い出したのだろう、ユートは笑いが止まらない。肩を震わせているユートにつられて笑ってしまった遊矢は、我慢できなくなって別のパソコンを弄りはじめた。
「何してるの?」
「ちょっと城前のiphoneを拝借しようと思ってね。城前、変なサイト行きすぎなんだよ」
複数の海外サイトを経由し、IPアドレスが特定されないよう隠匿しつつ、遊矢はマルウェアに感染させるために造られた悪意あるサイトを見つけ出す。解析などの情報を見れば城前が誘導され、クリックしたことが丸わかりだ。あとは不正な指示を与えて、城前の認識しないところで勝手に操作する。やがてモニタの一つに、リアルタイムで城前が行っている操作が表示された。どうやらカメラを起動しているようだ。先程の女性と城前の自撮りデータが表示される。外国人墓地であるという非常識さをのぞけば普通の写真だろう。そのデータをメールにして女性のメルアドに転送するところまで映っている。
メルアドをメモした遊矢は、開闢のことや今の城前をからかうメールを送りつける。
「え、いいの?」
「さっきまでめっちゃ楽しそうにしてた君がいうのかよ」
「あ、あはは……!」
目をそらす柚子。城前の驚く顔がみたい遊矢は、カメラ機能をばれないよう起動できないことを残念がっている。ユートは深いため息をついた。
「あ、メール見た」
遊矢は返信を期待していたようだが、よっぽど動揺しているのか反応はない。やがて表示は真っ暗になってしまった。
「あーあ、電源切ったな、城前のやつ」
「ネタばらしはもうちょっと遅くてもよかったんじゃない?」
「いいんだよ、これで。今度会う時が楽しみだな」
そう言いながら、遊矢はべつのモニタにローラー椅子をひく。
「どうしたの?」
「マルチウェアに感染してるってばれただろーし、iphoneはもう使ってくれないだろ。だから、今度は別ルートで追っかける」
(野次馬にしてはやりすぎじゃないか?)
「きれいな人だったわよね、デートかな?」
「デートだったらいいけどな。よっぽど過保護な人がいるみたいだけど」
「え?」
「あの動画撮ったのだーれだ」
「あ」