パラレルアップデート3(贈り物:シンクロ次元のユート編)
十六夜アキは、ずっと溺れる魚の夢を見ていた。苦しかった。突き落された水の中で生まれた哺乳類、もしくは乾いた大地に投げ出された魚のように息苦しい毎日を過ごしていた。呼吸するたびに耐えがたい苦痛を感じた。ここにいることに対する違和感がすべてだった。それはいつしか、ひとつの感情を抱かせた。はじめはおぼろげながら、しだいにはっきりと。思うだけでも恐怖だったのに、次第にそれを思うだけで呼吸が楽になるとんかると落ちるのは早かった。そして、誰にもいえないひとつの夢となり、それを叶えてくれる人が現れたことで、ようやくアキは楽になった。アキの夢それは。す



「大丈夫か?」



覗き込む少年にアキはあたりを見渡した。簡素な部屋に寝かされていた。



「あなた、誰なの?」



「俺はユートだ」



「ユート、ね。どうして私はここに?」



「覚えていないのか?」



驚いたようにユートはアキを見る。そして、くだけた仮面を差し出した。



「これに見覚えは?」



ずきりと頭が痛むのか、くらりとしたアキはベッドに沈む。大丈夫か、と心配そうに覗き込むユートに、ええ、と言葉短くアキは答える。見覚えがあるもなにも、その仮面こそがアキの存在理由だった。砕け散った仮面を見ていることで、おぼろげだった記憶がゆっくりと蘇ってくる。



アキが敗北したのは、ユートではない。もっと長身で茶色いウルフカットの青年だった。シンクロ召喚が普及しているこの次元で、エクシーズ召喚、しかもナンバーズなんて特殊なカードを使う人間が自分たち以外にいるのは初めてだったから、強烈に覚えている。アキを制御できない超能力の苦しみから救ってくれた人から、危険人物だから排除しろと言われたのだ。双子の兄妹が攫われたから奪還しろと言われて。託されたカードを元にデュエルを挑んだ。そしたら、彼はそのカードが魂というのなら、魂ごと狩らせてもらうと宣言したのだ。敵対するしか道は無かった。



彼はエクシーズ主体のデッキの使い手だった。自由にランクが変えられるかわいらしい学園もののモンスターたち、そこから繰り出されるのは、希望皇ホープというナンバーズ。多彩なRUMによって繰り出されるナンバーズを専用で釣り上げる蘇生効果を持ったホープドラグーン。一度は葬ったはずの銀河眼の時空竜を蘇生され、FAと名のついた時空竜にランクアップ。そのドラゴンの効果でアキの融合モンスターが破壊され、ダークマターという名がついた時空竜によってデッキから特殊召喚できたはずのモンスターを3体除外。フィールドががら空きな中、2回攻撃されて敗北を喫した。後攻ワンキルだった。あの時の宣言が正しければ、アキのデッキにあったはずのブラックコーン号はもうエキストラから抜かれているはずだ。



「無理をしない方がいい。カードに乗っ取られた人間は、しばらく本調子に戻るまで時間がかかるそうだ」



「いえ、覚えているわ」



「そうか。やはり、城前の言ったとおりか。この次元出身であるはずの君がどうしてナンバーズを持っていたのか。何があったか、聞かせてくれないか」



「どうして?」



「俺達はそのカードをばらまいた人間を捜している。そのカードはこの世界にはあってはならないものだからだ。人間の心にある感情を増大させ、それを巣食って形を成す。やがて持ち主を乗っ取って破壊行為を繰り返す。ナンバーズと呼ばれているカードだ。トップスの君がなぜこんなものを」



「これがないと生きていけなかったからよ」



「なんだって?」



「見たんでしょう、私のおぞましい力を」



アキは顔を覆った。



「パパもママも離れていったわ。受け入れてくれたのはディヴァインだけだった。あの人のためなら私は何だってするわ。たとえそれがトップスに対するクーデターだとしても」



「ディヴァイン……それが君のところの親玉の名前か」



「あなた、一体何者なの?」



「俺も詳しいことまではわからない。ただ言えるのは、もうすぐこの世界は別の次元によってクーデターが起こされるだろうということだ。誰もかれもカードにされて連れて行かれる。君も。俺達はそれを止めるためにここにいる。ランサーズ、それが今俺達が所属している組織の名だ」



「ランサーズ」



アキは顔を上げた。



「ディヴァインが言ってた反逆の芽ってあなた達のこと?」



「……そのディヴァインは本当にこの世界の人間なのか、調べる必要がありそうだな」



「待って。私とデュエルしたのは、貴方じゃなかったはずだわ。彼は今どこに?」



ユートは背を向けた。



「今は止めた方がいい。君はまだ体にダメージが残っているはずだ。それでも知りたいのなら父親にお願いして、あのデュエル大会に連れてきてもらうといい。それが条件だ」



待って、と言いかけたアキの言葉を無視して、ユートは足早に部屋を去る。ユートにとって、ナンバーズの回収が最優先事項である城前の動向こそが最優先だったからだ。もともとユート達と共にスタンダード次元にやってくることに城前は乗り気ではなかった。エクシーズ次元でも、スタンダード次元でも、この次元でも、ましてや融合次元でもない、精神体ばかりが存在するアストラル世界という高次元に居場所を彼は求めている。彼が帰りたい次元は、ユート達が使用している次元跳躍の装置が捕捉できないところにあるため、どうしてもアストラル次元に力を貸してもらう必要があるという。その条件として、ナンバーズを回収し続けているのだ。スタンダード次元やこの次元にまでナンバーズをばら撒いている存在が発覚するまでは、隙あらば城前は戦線離脱しようとしたため、いつしかユートと黒咲のどちらかが傍にいることになっていた。城前は強かった。それにスタンダード次元に近い世界から来たためか、知識が凄まじく豊富だった。エクシーズしか馴染みがないユート達がある程度LDSに立ち回れたのは、城前が提供してくれた知識があったからでもある。ナンバーズをばら撒く存在を感知した時、城前はユート達の目を盗んで姿をくらまそうとするのを辞めた。ただし、今度はナンバーズを感知すると、すぐにそちらに行ってしまうようになった。城前はなんでおれに構うんだよ、と日々ユート達に愚痴っている。なにをいまさらという話だ。それだけユートたちの付き合いは長く、そして思い出を語り合うくらいには親交が出来ている。異邦の世界での立ち回りをよく知っている城前がいるのだ。頼らざるを得ない部分は多岐にわたる。城前が思っている以上に、ユートも黒咲もその存在をあたりまえのように思い始めているのだ。



しかし、城前にとっては、想定外もいいところのようだ。ユートが城前と話す時、注意深く様子を窺うとちゃんとユートの目を見て話していない。あるいは意識がそこにはない。あきらかになにか別のものを見ている。ユートの向こう側に誰かがいる。それに向かって話しているように思う。城前は何度も黒咲から指摘されているが、そーかあ?と疑問符を飛ばしているので、完全に無意識のようだ。余計にたちが悪い。その違和感に酷く胸がざわつく。目を見て話せと黒咲が低い声でいうのはそのためだ。城前はお互い様だろ、と笑う。たしかに置いてきてしまったレジスタンスの仲間に重ねることはあったかもしれないが、それはもう何カ月も前の話だ。ユートは城前はエクシーズ次元のデュエリストではないかもしれないが、仲間だと思っている。直接確認したことはないが、おそらくは黒咲も。



でも、城前はなぜか仲間だと黒咲やユートから言われるたびに、ひどく動揺する。目の奥がゆらぐのは何度も見てきた。城前を気にかけたり、仲間だと意識するような発言や態度をとったりするたびに、酷く動揺し、ぐらつくのが目についてしまう。すぐに煙に巻いてしまおうとする舌先三寸に黒咲が喧嘩を吹っ掛け、言い合いになるのは何度目になるか分からない。



ひどくもどかしい、はがゆいものを抱えながら、ユートはドアをノックした。



「城前、入るぞ」



ユートが真っ暗な部屋に入ると、モニタの光源の前で寝落ちしている後姿がうつった。いつかのように上着だけ放置されていないか、一瞬ヒヤリとしたが杞憂で終わった。城前、と呼びかけ、明かりをつけるが微動だにしない。何を調べていたのかと覗き込めば、この次元で過去に起きた事件が履歴に並んでいる。この次元がまだトップスとコモンズにわかれるきっかけとなった、爆発事故が重点的に調べられていた。ユーゴのデュエルディスクや次元を超える動力源となったユートの知らない技術の結晶、モーメント、その研究所がこの街を一瞬にして瓦礫にかえた陰惨な過去の残痕。その再開発による様々な歪みの結果、今のシンクロ次元は生まれている。一瞬にして街を崩壊させたゼロリバースによって亡くなった技術者をリストアップしているようだ。黒咲から知っている顔を思い出せなくなるから辛い、と怒鳴っていたと聞いたユートである。この次元でもよく似た人間を見つけてしまったのかもしれない。クロウの世話になった孤児院に匿ってもらった双子の兄妹、彼らを連れ戻しに来たアキ。アルカディアムーブメントに所属する彼らを見て影がおちたのをユートは目撃しているのだ。唇をかむのは城前の悪癖だ。なにかたいせつなことを思い出してしまって、暗い気分になる時はたいてい唇が白んでいる。



本来行くはずだったアストラル世界、あるいはもとの世界へ想いをはせているのは時々目撃する。そのたびに城前が遠くにいるような気がして、つい話しかけてしまう。黒咲は気に入らないようで舌打ちをしたのち不機嫌になるのをたしなめるのはユートの役割だった。でも、正直気持ちは同じだった。LDS狩りをしたい黒咲やユートに背を向け、城前はすぐ行方をくらましてしまう。ナンバーズを使って大会に入賞し、マスメディアやネットに情報を拡散させる、というエクシーズ次元でやっていた手段はスタンダード次元でもシンクロ次元でも有効だったのはいうまでもなかった。謎のエクシーズ使いの噂はすぐに広まり、ナンバーズの使い手となったデュエリストと戦っていた。城前はナンバーズを集める使命がある。それは何よりも優先されることであり、それはユート達も承知していた。その結果、赤馬零児との接触が早まったのは皮肉ではあったが。



未だにユートはチャンピオンシップで戦った相手がバリアンだった時、城前が堪えるような表情だったのが忘れられない。城前は自分のことを語らないデュエリストだ。頼りになるが寂しくはあった。



「おい、城前、起きろ。こんなところで寝ていたら風邪をひく」



「……おー、ユート、おはよう。やべえ、寝ちったか、おれ。寝落ちかよ、うあー、ねみい」



くあ、と欠伸をした城前は大きく伸びをした。こういうところは普通の青年にしか見えない。ユートは苦笑いした。



「城前、何を調べていたんだ?」



「んー?ああ、歴史のお勉強をちょっとね。こっちもなんかやらかしてないか、気になっちまってさ」



「どうなんだ?」



「ちらほらきな臭い奴らが見え隠れしてるけど、まーびみょー。んで?そっちは?わざわざ聞いたってことは、なんか手に入ったんだろ?」



「ああ。十六夜アキが目を覚ました。城前の見立て通り、彼女はサイコデュエリストのようだ。アルカディアムーブメントがビンゴだ。ディヴァイン、というそうだが」



「ディヴァインねえ」



「この次元の人間ではない、あるいは別次元の人間と接触している可能性がある。ナンバーズを渡したのはその男で間違いないようだ。気を付けた方がいいだろう」



「だよな、黒咲たちには頑張ってもらうとして、おれ達はやるべきことをしようぜ」



「ああ」



始めこそ、サイコデュエリストという言葉を初めて聞いたユートだったが、城前はさして驚く様子を見せず、教えてくれた。ユートたちのデュエルディスクが、レオコーポレーションの技術もなしで、カードを実体化させることができる。ひとえにサイコデュエリストであるあの研究者の弟の協力あってこそらしい。もともと弟はそういった素質があり、バリアンやアストラル次元の影響を受けるため苦労していると聞いてなるほどと思ったものだ。それを救うために研究者を志した青年に、城前がナンバーズ回収の協力要請をするわけがない。しかし、サイコデュエリスト、なんてオカルトまがいな単語がすぐ言葉が出てくるあたり、城前の世界でも一定数認知されていたのかもしれない。



「城前、あまり無理はするなよ」



「え?なんだよ、突然」



「まえから思っていたが、ナンバーズに操られている人間はナンバーズが浮き出るらしいな。城前もそのエキストラのナンバーズを使うたびに刻印がでるだろう。影響はないのか?」



「ユートのそういうとこ嫌いだよ」



「すまない」



「そういう謝るとこもな。おれが悪いみたいじゃねーか。大丈夫じゃなかったらやってねえよ、大丈夫だからおれはナンバーズ回収すんのにうってつけなんだから。それにこれがあるから大丈夫」



城前が掲げるのは、ずっと持っている黄金色のカギ。高次元体から預かったというそれは、記憶の断片であるナンバーズを返す時に接触するのに使っているそうだ。城前はずいぶんとその持ち主を信頼しているようだ。おれがいなくても大丈夫だ、と断言されるくらいにはユートたちも信頼されているらしいが、黒咲の言葉を借りるなら気に入らないというやつである。城前はすぐにどこかにいってしまう。ともに歩く人間の存在に配慮すらない。文句を言えばいたのかと驚かれるのはどういうことか。一方的な好感をもって接触してくるくせに、返そうとしたらひかれてしまう。そんな感覚がある。ユートは未だに城前がよくわからないでいた。



「ディヴァイン、ディヴァイン、っと。やっぱあったぜ、ユート。こいつだ」



どっかで聞いたことがあんだよな、と城前が開いたページには、ジャック・アトラスとデュエルをした挑戦者たちの特集記事だ。そのなかに、ディヴァインという男がいた。



「サイキック?超能力を使うモンスターのテーマなのか?」



「アキちゃんが言ってたことを考えると、そういうことだよな。サイコデュエリストの総師っぽいデッキじゃねーか」



切り札であるメンタル・スフィア・デーモンがジャックのクリムゾン・ブレーダーに破壊されているところが見えた。



「問題は、なんでおれたちが双子を匿ってくれってお願いしたその日に、お迎えが来ちまったかってことだよ。いくらなんでも早すぎだろ、サイコデュエリストってテレパスでも使えんのかよ」



「見た限りでは、そうは見えなかったが」



「だよなあ。ルアもルカもそんなそぶり見せてなかったし。そもそも、アルカディアムーブメントはトップスの組織だろ、コモンズのが絶対数多いのに、支部がねえのはおかしい。アキちゃんはトップスだろ、どうやってくるんだよ」



「……内通者か」



「やっぱそうなるよなあ。リンちゃんが連れてかれた時も、コモンズからどうやって探し出したんだよって話だし。ま、手っ取り早いのは、仲介者がいるってことだよな。そいつをあぶりだそうぜ、ユート。話はそれからだ」



城前はにいと笑う。おそらくテレビを付ければ、コモンズとトップス、そしてランサーズで行われるデュエル大会の実況生中継が流れているだろう。あいつらが心配ならアキちゃん連れて行ってこいよ、と言われるが、ユートは首を振った。城前はじぶんのやり方でナンバーズを狩ると抜かしているが、トーナメントでトップス枠で登場した青年を見て、硬直していたのを忘れたとはいわせない。ナンバーズはまだ確認できないが、エクシーズ使いがいる時点であの青年はおそらく、敵である。ナンバーズを回収したところで、影響を受けずに管理できる城前が来なければ意味はないのだ。



城前が内通者からディヴァインに近付こうとしているのなら、それに付き合うまでだ。アルカディアムーブメントにバリアン次元の勢力、融合次元の刺客、両者とも見え隠れする時点で、ユートの答えはひとつだった。



「さあ、いこうぜ、ユート。お楽しみはこれからだ」


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