さあ踊れ(漫画版夢主と開闢)
彼が城前と出会ったのは12年ほど前になる。制限カードとなった彼は何度目になるかとうに忘れた持ち主からショップに売り払われ、ショーケースの中に収められていた。当時のパックは封入率が見直される前であり、レアカードの封入率はおそろしい確率だったため、彼は正真正銘のレアカードだった。お祭りの露店ではコピーカード、レアを偽造したカードが平然と売りさばかれ、ホンモノはショーケースの中で対象年齢の子供が購入するには高額すぎる値段がつけられた。


まだネットが普及する前である。カードの相場はまだ全国均一ではなく、ショップによってその価値が分かる人と分からない人の落差が激しく、言い値で売る人も多かった。デッキのレシピの参考はもっぱらデュエルをする仲間やショップでよく会う大きなオトモダチに限られた。友達とデュエルをしにやってきた城前がショーケースの前に立ち止まり、キラキラした目で見た。それが初の邂逅だ。


隣に置かれた相場をみて開いた口が塞がらないのか、友達をよんでたくさんの子供たちに取り囲まれた。口々に高いという言葉が漏れる。さすがに子供が簡単に手が出せる値段ではない。城前が通っていたショップは、公認ではない非公認の大会をよく開催しているショップだから、価値が分かっていたのだ。それに色を付けていたから、なおさら高く感じられた。大人ですらすこし考えてしまうような値段だった。その日から城前は来るたびにやってきた。


お年玉が両親に貯金される年齢の子供がお金を貯める方法は、お小遣いを溜めることくらいだ。もっているものを売り払うには親の許可がいる手前、お金が欲しい理由がカードなんてバレたらまず許可されない。その結果、城前が彼を手にしたのは禁止が噂されるころにまでずれ込んでしまったのだった。


やっと買えたのは2005年の春、カオスと呼ばれるデッキが長きにわたる環境のトップであり続けた最後のシーズンである。城前の遊び相手の一人だった従兄弟に保護者代わりに付き添ってもらって、こっそり買ったのである。従兄弟は禁止になる気がしたから、やめとけ、と止めたのだが聞かなかった。まだ子供だった城前は、従兄弟みたいに強いデッキが組みたかったのだ。たしかに従兄弟のお下がりを貰って、やっと完成させたデッキは強かった。彼はエースだった。


でも、半年もたたずに彼は禁止になってしまったのは、悲劇としか言いようがなかった。禁止になった途端、一気に値段が下がり、城前のお小遣いでも買える値段になってしまった。もちろん禁止カードにしてはありえない金額なのだが、暴騰していた時期に購入した城前にとっては、結構ショックな出来事だったのである。


どうするか従兄弟に聞かれた城前は、観賞用として大事にとっておくことを教えてもらった。まだ従兄弟のように環境によってデッキを崩しては新しいデッキを組むデュエリストではなかったのもある。城前にとって、生まれて初めて買ったウルトラレアのカードというのは、コピーデッカーよりの構築になった今でも、手放しにくい特別なカードとなった。子供のころの思い出と合わせて笑い話のネタになった。そして6年ほど観賞用として大事に保管されることになる。




6年たって久しぶりに出てきた彼を、城前は真っ先に当時使っていたライトロードに投入した。




それから4年ほどの付き合いだ。あの時のように無理にカードを入れることはしなくなったので寂しかったが、想い出というのは残るもので、逆転を担うエースは間違いなく彼だった。






ペンデュラムがいけない、と館長に指摘され、なんのデッキを使おうか迷った城前は、ふと雑誌を読んである記事を見つけた。エラッタされた混沌帝龍が再録されるパックの告知だった。しかもカオスライロにとって追い風のような制限改定が行われたのである。これは組むしかない、とパーツ集めに走った。当時のライトロードはすでに崩して無かったので、ふたたび揃えた形になる。エラッタされた混沌帝龍も制限緩和されたカオス・ソーサラーも同様だ。混沌勢の中で唯一彼、カオス・ソルジャー開闢の使者は、城前の所持していたカードとしてデッキに入れられた。



こちらの世界ではない。城前のいた世界のカードである。その存在そのものが城前の記憶が本物である証だ。彼の自惚れでなければ、城前は元の次元から持ってきたカードを特別視していた。


「おい、クソガキ」

「誰がクソガキだ、誰が!」

「プレミ連発してる奴の名前なんざ覚えてやるか」

「悪かったって言ってるだろ、まだ感覚が戻ってないんだよ!」

「かーっ、悲しいねえ。4年前のが上手かったぞ、克己」

「忘れてるだけだっての、ちくしょう」

「じゃあテストしてやるよ。俺の誘発効果はいつ発動するか言ってみろ」

「ダメージステップ時だろ」

「ダメージステップのいつだ」

「ダメージ計算した後」

「そこまで分かってんなら、ならなんでメインフェイズん時に2回攻撃するって宣言したんだよ、てめえはぁっ!」

「だ、だって、その方がかっこいいだろ?」

「くだらねえこと言ってんじゃじゃねーぞ、この野郎!俺の誘発効果は宣言しなくていいんだよ!余計なことしやがって、おかげで防がれちまったじゃねーか!盛り上がってボロ出して負けてりゃせわねーな!」

「うっ」

「それにだ。そもそもあそこでは、俺の起動効果使うのが正解だろうが!なんで使わなかったんだよ、てめえ!」

「えっ、使えるっけ」

「しまいにははっ倒すぞ、クソガキ!俺が除外するモンスターは、表示形式問わねえのが強みだろうがあっ!」

「あっ、そういえばそうだったような……。マジでか、うっわ、忘れてた!ごめん!」

「ごめんで済んだら制限はいらねえんだよ。俺使い始めて何年だ、克己君よぉ」

「まったくもってその通りです、マジでごめんなさい」

「ったくよお。確かに俺が牢屋にぶち込まれてる間にカードプールが増えたってのは、確かだ。俺はサーチ手段が少ねえし、耐性もねえし、魔法罠の除去なんざ器用な芸当は出来ねえよ。だからこそ、てめーのサポートが不可欠なんだろうが、しっかりしろよ、克己。返しのターンでやられちまうんだから、俺を呼んだ時点で決着つける根性みせんのが基本だろーが。それが無理ならせめて聖槍を握ってろ」

「いつだってできるとは限らないだろ、いい加減にしろ!だいたいライロはバックを踏むもんだろーが。それならクラブレぶち込んだ方が安定するけど、それじゃお前入らねーだろ!」

「征竜の動きが恋しいならカオドラくめよ。あれなら俺もエラッタ野郎も入るぜ?」

「それだとカオス・ソーサラー入らねーじゃねーか。お前ら揃ってカオスな気がするから、なんかやだ」

「相変わらず変な感性もってんなあ、お前。だいたいデッキが回らねえのはカオスロードにしたいのか、ライトレイロードにしたいのか、よく分かんねえその構築に問題があんだろーがよ」

「とりあえず高ランクシンクロエクシーズやりたいから、ぜんぶぶち込んでみた。その内抜けるかなーと思ってたら、案外回るからそのまま使ってる」

「馬鹿だろお前」

「うるせえ、知ってるよ!」

「つーか、なんで今さらライトロードなんだ。たしかに克己が組んでたデッキではあるけど、今なら他のテーマもあるだろ、わざわざライトロードじゃなくてもいいんじゃねーか?俺はどんなデッキだって構わねえぜ?」

「やっぱお前入れるならライトロードかなあって」

「そーかい、そーかい、そりゃどーも」

「久しぶりに昔やってたデッキの作り方やってみようと思ってな。最近はコピーでっかーからシフトするのがあたりまえになってたからさ」

「へーえ、だから初心者にありがちなカード入れ過ぎを見事に再現してやがるわけか。馬鹿だろお前」


楽しそうに笑う城前がかつての少年時代と重なる。いつのまにか小さくなってしまった少年に懐かしさを覚える。彼が精霊であると知った城前はそれはもう喜んだ。もとの次元のことを知っている存在が現れたのだから無理もない。厳密にいうと違うのだが。彼の考えでは、城前のいた世界では大量生産されて世界中にばらまかれたカードに精霊が宿るとは思えない。こちらの世界ではその限りではないようだが、彼は精霊だった覚えはない。少なくても、こちらの世界でソリッド・ヴィジョン化するまでは間違いなくただのカードだった。城前が持っていた時間が長かったからにしては、付喪神になるにはせいぜい12年しかたっていないカードには新しすぎる仮説だ。


彼が自我を持った、と確信できるのは、城前がカオスレイロードなんていうふざけたデッキを組んで、デュエルをした時が初めてだ。城前に話しかけたら、高度なAIだと感動された。カードの情報を読み取ってるのかと感心された。プレミスを指摘したら学習能力があるのかとびっくりされた。かれこれ12年の付き合いである。城前のプレイングの癖はわかり切っている。いくら指摘してもAIの認識から脱却しないので、業を煮やした彼は幼き日々の思い出を暴露し始めたものだから真っ青になった城前はようやく精霊だと認めたのである。


彼はいまいち自分がなにか把握していない。どうでもいいから考えていないだけともいう。高度なAIなら12年の蓄積を彼が持っていること自体と矛盾する。精霊なら精霊世界に住まうのが定石だろうが当然ながら彼は城前とおなじ次元の出身のカードだ。精霊世界の有無を聞かれた時にそれを告げたらおれと同じで迷子か!と喜ばれたのはここだけの話だ。とりあえず、ソリッドビジョンを通して、城前と接触するのが可能なことだけ分かっている。おかげで城前の部屋はデュエルフィールドでもないのに、専用の機械が設置してある奇妙なオブジェと化している一角がある。本人曰くデュエルディスクにセットするのがめんどくさくなってきたらしい。


城前のデュエルディスクは旧型なものだから、実体を持たないソリッドビジョンしかできないのも不満の種だそうだ。これは館長から譲り受けたものだから、変えることができないそうだ。それに、部屋に設置されてるのはレオ・コーポレーション製なんだから、実体化して欲しいのが本音のようだ。


城前がデッキを広げる。


「やっぱ事故る時は事故るんだよな、どうしよう」

「ライトレイ抜いてカオスロードにしろよ、今よか安定するぞ」

「でも、それだとお前らが来るまで打点が低くねーかな。それに案外ダイダロスとディアボロスがいい動きするんだよ。ゴーズの処理に意外と困ったりするしさ」

「だったらゴーズの代わりを考えろよ、あのユートとかいうヤツが使ってたカードにいいのいたじゃねーか」

「ああ、罠モンスターの?ダメダメ、幻影騎士団はこっちじゃ発売されてねえし」

「トレードしたらどうだ」

「トレードかー、ユートが応じてくれるとは思わねえけどなあ。結構こだわりあるっぽいし。ま、今度会ったら聞いてみっか」

「こっちの次元のやつからすれば、お前ほど薄情な奴はいねーだろうよ」

「あはは、知ってるよ!でも仕方ねーだろ、それがおれだし」

「違いねえ」


大きなあくびをかみ殺した城前に、彼は問いかける。


「どうした、どうした。ずいぶんとお疲れじゃねーか」

「さー、何でだろうな。最近、すぐ疲れちまうんだよ」

「今何時だと思ってんだ。夜遅くまでデッキ調整してる奴が何言ってんだか」

「ですよねー。まあ、デッキ調整は明日でいっか。それじゃ、お休み」

「さっさとソリッドビジョン切れよ」

「おーう」


スイッチひとつで彼はいなくなる。誰もいなくなった部屋にて、城前は消灯する。そのまま糸が切れたように眠りこんでしまった。実は設置している装置が電池切れであることに気付くのは、まだまだ先のようだ。


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