再度の屈辱

言い争う声がする。

「......なんだよ、これはよ。嘘だろ......どういうことだ」

九角天童の声だと気づいて緋勇は走り出した。

「黙れよ、俺はアンタに聞いてんだ…………」

私達も慌てて緋勇の後を追う。

「うるせェッ!じいさん、アンタどーいうつもりだッ!なんなんだよ、こいつはッ!」

激高する青年の声が次第に大きくなってきた。

「たしかに東京ってヤツは、暑苦しくて臭せェ、汚ねェゴミ溜めのような街だ。生きている連中も死んでいる連中も、みんな同じように濁り、腐ってやがる。だが、このゴミ溜めで、何があっても自分だけは正しい道を歩いているッてな顔をして、生きるのがいいんだって教えてくれたのは他ならぬアンタだ!なのに、なんだよその姿は?この亡霊どもは?なんで、じいさん、アンタが母さんの亡霊を従えて───」

おそらく、九角家当主に引き取られて、親同然に慕ってきたのだろう。まさかの裏切りを前にして九角天童は明らかに狼狽していた。どうやら引き取られる経緯や九角家の復讐劇すら祖父から捻じ曲げられた話を聞かされて育ち、追い詰められた祖父が最終手段に手を出したために騙されていたことに気づいてしまったようだ。

大きな道場があった。その前の庭は穴だらけになっている。内側からなにかが這い出てきた土の動き方をしている。じいさんと呼ばれた男は一心不乱になにかを唱えていた。

九角天童は叫んでいる。

九角家を再興するだとか、天下を取るだとかそんなことはどうでも良かった。遠い昔、《天御子》に負けて今なお迫害されているとしても九角の力が弱かっただけのことだ。未だに、産まれるか産まれないかわからない女を護るためにひっそりと生きている必要は無い。九角家頭領として敬い、慕い、付き従い、護り、諫めようとする人間がいながら、耳を貸さずに復讐に全てを捧げるのは愛娘を奪われ、孫の未来を案じているからだと言われたから信じた。だから手を貸した。祖父だけに全てを任せたくはなかったからだ。
跡継ぎの天童に九角家の使命と、宿命を繰り返し語って聞かせたのは他ならぬ祖父なのにどうして。

どうやら男の周りには結界がはられているようで、天童では突破ができないらしい。がんがん叩いている。

「おれは......俺はアンタの力にはなれなかったのか、じいさんッ!だから見限ったのか。それとも初めから───────ッ!?」

九角家当主は答えない。天童は叫んでいる。祖父が両親を殺害して秘密裏になにかの儀式に手を出し、自分を引き取って復讐劇に加担させた。頭のどこかでは理解しているのに頭が拒否するのか、親にすがりつく子供のように泣き喚いていた。

どこまでも祖父は自分を愛してここまで育ててくれたから情が湧いてしまい、土壇場になって復讐劇にまきこむのがいやになったと思考が誘導しにかかるようだ。

「いいじゃねェかよ。ここまで弱くなった血を、一体何のために守るッてんだ。俺達は、俺達の思うままに生きりゃァいい。好きなだけ生きて、死ぬときゃ死ねばいい。何百年も前のことなんざ関係ねェよ!!土壇場で1人死ぬなんてなしだろッ!!」

中に入れてくれ、と天童は手からちが流れるのも構わず叩いていた。

「九角家を取り巻く下らねェ現実を作り出したのは、一体誰だ?誰を恨めばいい?誰に復讐すればいい?誰が一番悪い?このどうしようもねェ憎悪の念を、どうすればいい───?それを背負うのは老体には堪えるって泣いてたのは、じいさんだったじゃねぇかッ!だから全部、この俺が半分しょってやるっていったじゃねェかッ!!なあ、じいさん!!」

膨大なまでの怨嗟の念が膨れ上がるのを感知した私はバイアクへーを呼んだ。その悪意は形をなす。九角家当主の頭が吹き飛んだかと思うと、蟲が出現した。そして忽然と姿を消してしまう。

「蟲......!?こいつは......まさか、じいさん......あの男に!?いつからだッ!いつからだよ、じいさん!ヤツが何をしてェのか、俺達に本当は何をさせてェのか知らねェが、お互い利用するもんを利用すりゃいいって笑ってたのに、一切関わらせてくれなかったのはそのせいってことか!?なにがお互いの目的のためにだよ、ふざけんじゃねェッ!なに死んでんだよ、じいさんッ!!」

天童の叫びに私たちはなにもいうことができない。
 
「何かに怯え、隠れて細々と生き続けるより華やかに散った方がいい。生き延びて生き延びて干からびて死ぬより。盛大に、血と肉を生々しく引き裂いて死ぬ方がいいに決まってる。このまま東京に巣くう闇の一部になるのか
、原形をとどめない憎悪の念となるのか。それも一興だっていってたのは嘘だったのかよ、じいさんッ!アンタが死んだら俺は───俺は───俺は……ッ!!」

その場に崩れ落ちてしまう天童の目の前で、強固な結界の中で事切れた老人が喋りだした。

「来たな」

「!?」

「来たな、《龍閃組》の末裔達よ───────......いや、緋勇───────の同士たちよ」

「なんで俺のじいちゃんの名前......」

「俺のじいさんを知っているのか......!?」

「あの男達から受けた屈辱、失われた腕の痛み、忘れたことは無かった。今ここでお前たちを殺せばあの世でいい手土産になるだろう。ここでまとめて始末してくれる」

「じいさん......なにいってんだ、あんた......?」

愕然としている天童に老人から現れた蟲が標的を定めたた。私達が動く前に天童の持っていた黒い数珠が不思議な光を放つ。そして蟲をはじき飛ばした。

「九角天童さん、あなたに大事な話があります」

私の言葉にようやく我に返ったらしい天童は、緋勇たちがいることに気づいたようだった。

「《如来眼》の......。なんだ」

「あの女性たちは《鬼道》による蘇生じゃありません」

「なんだと?」

「もっと冒涜的な呪文です。《再度の屈辱》。呪文の使い手はかつて自分が殺した人間の亡霊を無理矢理出現させることができるんです」

「まさか......」

「そのまさかですね」

「じいさんてめぇ、どこまでッ───────!!」

天童が口を開いた直後。立っているだけで、背中に汗をかくほど烈しい殺気が結界から溢れ出した。ピシリピシリとひびがはいり、結界が弾け飛ぶ。

私達が身構えて見守る中、死んだはずの九角家当主がむくりと起き上がった。

「じいさん......」

「わしは鬼道衆の頭目であり、九角家の末裔」

全員を見渡すその眼は凍り付く程に冷たい。周りを漂っていた妖気が、実体を形作り始めた。

「こ…こいつらは…」

斃したはずの《鬼道衆》たち。そして、再度の屈辱により蘇生させられた女たち。

「これは復讐したいと願う憎悪、悔恨、怨嗟の念に集い、形を持たせてやった者たちよ」

暗い闇を見据え続けたような光を映さぬ瞳が、勝ち誇るように歪む。

「…目醒めよ───ッ!!」

妖気が膨れ上がり、その全てが変生する。

「さァ、始めるとするか。よく見ておけ、天童。これが外法というものだ」

「じいさん......ッ!?」

「俺たちを襲ったのはじいちゃんに恨みがあるからかよッ!!どこまでふざけた野郎だ!しかも蟲に孫を寄生させるつもりだったな?!自分の娘まで《鬼》にしてなんのつもりだッ!!」

叫ぶ緋勇に老人は笑った。

「そういってわしの前に立ち塞がった男とよく似ている───────そんなこと知る必要は無いだろう。お前たちはこれからしぬのだから」

私達は戦闘体制に入る。

「じいさん......」

天童の前にはかつて母親だったと思われる《鬼》が迫り来る。天童は黒い数珠を握りしめた。

「母さんが絶対に肌身離さずもっとけっていってたのはそういうことかよ。母さんが死ぬまで連絡すら取らなかったのはそういうことかよ」

乱暴に涙を拭った天童は緋勇にいうのだ。

「この《鬼》共は俺が片付ける。俺以外の連中に母さんをあの世に送らせたくないんでな。お前らはあっちに集中しろ。じいさんは人の触れちゃいけねえところを踏みにじりやがった。それだけは擁護できねえからな」

「......わかった」

緋勇はみんなに指示をだす。私は《如来眼》を発動させた。

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