再度の屈辱2
「───────天童様、申し訳ございません」
「その口ぶりだとじいさんの真意が九角家の総意みてぇだな......。まあ、1代でここまで立て直した九角家当主に真正面から楯突く輩はいねぇか」
薄暗い街灯の元、にぶい光を反射させて立つ鬼面に囲まれた天童は冷笑しきりである。
「跡継ぎといいながら、分家に挨拶すら行かせてもらえなかったからな。無理もねェが......。わかりやすくていいぜ。俺が死ねばじいさんが当主、俺が生き残れば俺が当主ってことだ。そういうことだろ?」
「問答無用…......貴方様の首、もらい受けるッ」
「雑魚は引っ込んでろよ。今俺は生まれて初めて殺したい相手が出来たんだから。てめえらはお呼びじゃねェんだよッ!」
叫ぶと同時に鞘を投げ捨てる。九角お抱えの鬼面たちも脇差を抜いた。敵が平正眼に構えたのを見て、天童は構え直す。
「まァまァだな。......だが、無駄だ」
天童は無造作に一歩踏み出した。反射的に鬼面が刃を斜めに引き、切り下ろしてくる。左斜めに入ってくる剣先に合わせ、刃腹で叩くようにして流れを変える。ほんの僅か、自らの刀に振り回されて体が流れ、右足が一瞬硬直する。浮き身を保てない相手をそのまま、左の脇腹から右肩に抜けるように斬った。骨を断つ感触など慣れたものだ。
「口惜しや…......これも、これも宿命なのか…......」
「赤い髪の男は《鬼道》に優れるが九角を滅ぼす因果ってやつか?修羅の因縁に惑い、堕ちる定め也?あの男がいってたな。お前はなにをしってる」
すでに男は絶命していた。天童は舌打ちをする。鈍い音がして、膝をついていた鬼面の首があっさりと胴体から離れる。生きた血の通わない身体から、どろりとしたどす黒い液体が流れたが、やがて本体ごと塵のように消えていった。
「あの男の傀儡が混じってやがったわけか。じいさんがあのザマだ、静観決め込んでるヤツらはまともだとして。お前ら全員が俺の敵ってわけだな」
天童は不敵に笑った。
「剣掌・鬼氣練勁」
独特の呼吸で高めた勁力に、殺意の波動を加え、特異な練氣法により威力を上昇させる。九角家の家宝が天童の能力値を劇的に押上げ、《氣》が洗練されていった。
「鬼道・高心」
《鬼道》によって得た力で、酒飲後の如き高揚感をえた天童は、インド神話における鬼神の《力》を得る。
「乱れ緋牡丹」
周囲に集まる敵の全てが切り刻まれ、その血痕で地面を紅に染めた。狂気の剣につきたてられた鬼の面が幾重にも重なる。天童が振るうと鬼の面が落ち葉のように散らばった。
「なんだよ、情けねえな。九角天童の首を取りに来てんだ。もっとしっかりしろよ。外法を見せるまでもねェとか言わせんなよ?なあ?復讐の水をさしやがったんだからよォ」
真っ当に生きてきた幼少期から今に至るまでの子供時代に植えつけられた倫理観が強ければ強いほど、それに忠実であろうとすればするほど、執着は強まるものなのだと天童は自覚していた。
四方から洪水のごとく押し寄せる情報のただ中で、いきなり真相を突きつけられ、お前は自由だと無責任に放逐されたところで出来ることなどたかが知れている。結局のところ、真実がどうであれ天童には九角家最後の末裔という拠り所しか残されてはいない。それをあの赤い髪の男に踏み躙られていたと知った今、狂乱した当主に従うお抱えの忍びたちを粛清するのは、次期当主になる上で必要な儀礼なのだ。
「《鬼道》でも《外法》でも蘇生できないようきっちり黄泉に送ってやるから安心しろ」
ずたずたに斬られて、伏せになっていた鬼の面は、もう虫の息もない。死骸は滅茶滅茶だ。胸いたを突いた痕ばかり七、八ヵ所もある。復讐的な虐殺だったが、気にすることなく天童は刀の血を払った。そして印を切る。遺体は一瞬にして四散した。
復讐の感覚は、数学の能力のように正確であり、等式の両方の項が満たされるまでは、何かやり残した感じを払拭することなど出来やしないのだ。ここにいる連中を屠り、そして黄泉から無理やり蘇らせられ、《鬼》に変生させられてしまった哀れな母親、あるいは知らない女たちの成れの果てという本命にとりかかった。
その時だ。天童ははるか後方ですさまじい《陰氣》の潮流を感じた。振り返ると祖父により蘇生させられた《鬼道衆》の怨念たちが変生により無理やり実体を獲たのか、緋勇たちと戦っていた。
「嵐巻き起こすは木鬼」
天童は舌打ちをした。
「業火で焼き尽くすは火鬼」
緋勇たちは仲間が豊富だ。故に《方陣》という《氣》をぶつけて広範囲の攻撃を作り出していると報告はあがっていた。
「大地を震わすは土鬼」
《鬼道衆》が同じことをしてくるとなぜわからないのか天童はわからなかったのだ。
「生死を司るは金鬼」
「おい、なにをぼーっとしてやがる、緋勇龍麻ッ!狙いはお前だ、来るぞ!!お前にここで死なれたらこっちが弔い合戦に集中できないじゃねぇかッ!」
「濁流に飲み込むは水鬼」
天童の言葉にようやく《鬼道衆》の真意がわかったのか、緋勇はとっさに《氣》を蓄えて自身の回復を優先した。
「あまねく天地の陰氣よ集えッ!!鬼道五行陣ッ!!」
天童の一言でなんとか耐えきったらしい緋勇に、美里が《力》を使うのが見えた。天童は息を吐いて、また前を見すえる。
「......てめェはたしか......蓬莱寺」
「なかなかいい腕してるじゃねェか、俺もまぜろよ」
「ふざけんな、どの《鬼》が母さんかわかんねーからあっちに集中しろっていったんだよ。緋勇の指示に従え」
「なんで孫のお前のいうこと聞かなきゃなんねーんだよ。どさくさに紛れてなにしでかすかわかったもんじゃねーからな。見張らせてもらうぜ」
「じゃあその差し出したやつはなんだ」
「《旧神の印》だとよ。まーちゃんから差し入れだ。蟲やらなんやらに邪魔されんのは気に食わねェだろ?」
「......《如来眼》の......?ちッ、まだどっかで狙ってやがるのか、あの蟲め」
蓬莱寺からひったくるように受け取った天童は、蓬莱寺が背中を預けてくることにギョッとする。さっきまで互いに殺す気満々だったというのになんのつもりだこいつは。へへ、と笑った蓬莱寺はいうのだ。
「その様子だとまーちゃんがずっと気にかけてたの知らねーみたいだな」
「......なんで時須佐がでてくるんだ」
「おめーの知らねー御先祖様の繋がりってやつだ。どーも九角家と龍閃組は一回共闘した事があるらしいぜ?そんで、それを文献で知ったまーちゃんは10年も前からお前らに気をつけろって警告してたんだってよ。お前のじーさんが邪魔したり、利用したりしたせいで、那智さんとかひでー目にあったり、東京から引っ越したりしてるみてーだけどよ」
「......《如来眼》のあいつが......10年も前から......?それに那智......?たしか、京都に養子にいった桔梗って女の末裔だったな。なにかあったのか」
「ほんとに知らなかったんだな......《鬼道衆》の水角はあの姉ちゃんだ。《アマツミカボシ》の《荒御魂》無理やり産まされたり、深きものにされかけたりひでー目にあったんだぜ」
「───────!?」
「おいおい、マジかよ......九角、お前は知らないことがちょっと多すぎるみたいだぜ。まーちゃんがずっとお前のこと心配してたのわかる気がする。早まんじゃねーぞ、お前が死ぬのはここじゃねーんだからな」
蓬莱寺はそういって笑った。天童は笑えなかった。
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