明星事変2
最初に異変に気づいたのは、マリィだった。南の方角を守護する《朱雀》の《力》が東京に張り巡らされていた結界の異常を感知したのだ。不安そうに病室のカーテンをひらき、外を見るマリィにつられて緋勇と美里も外を見た。
季節外れの突風が吹いているのか、窓がギシギシ悲鳴をあげていた。雨が降り始めていた。
「なにか変な匂いがしない?」
美里がいうものだから少し窓を開けてみる。敷地内にある庭の変化が顕著だった。池の鯉がみんな腹を見せながら浮かんでいた。どうやら死んでいるようだ。しかも庭の木々や草花がひとつのこらず枯れている。昨日は綺麗な緑を見せていたし、秋に咲く花々が美里たちを楽しませていたというのにだ。
「あれは......」
緋勇は目を丸くした。桜ヶ丘中央病院とかかれている石碑や銅像がみるも無残な有様になっているのだ。溶けていた。上からだんだん溶けてきたようで根元には固まった痕跡がある。一夜にして強力な液体でもばらまいたのかと思ったのだが、範囲が広すぎる。緋勇は窓を開けて外を見た。民家や建物の上の方がやはり溶けていた。
「まさか、この雨のせいか?」
「えっ。でも、鉄筋を溶かすなんて......酸性雨でもなかなかないわ。聞いたことが無いもの」
「硫酸かなんかか......?たぶん異臭はそのせいだな」
マリィは怖くなってきたのか、美里の手をしっかりと握りしめた。
「......病院も金属製のところがボロボロになってる。一体なにが......?」
「ねえ、龍麻。曇りにしては暗すぎない?槙乃ちゃんに話を聞いた方がよくないかしら」
「そうだな」
緋勇はうなずいて、隣の個室にいるはずの槙乃のところに向かった。開けてみると、すでに如月も槙乃も違和感に気づいていたようで、窓をあけて様子をうかがっていた。
「ねえ槙乃ちゃん、外変じゃない?」
「葵ちゃんもそう思いますか?一夜にしてここまで広範囲を腐食させるのはおかしいですね。ただ、私の《如来眼》の範囲は病院敷地内が限界なので、なにかいるとしても特定はできませんでした。なにかいる気配はするんですが」
「やっぱり腐ってるのか」
「はい、今の東京はおそらく硫酸の雲で覆われています。硫酸の雲が太陽光をよく跳ね返すため、真っ暗なんですね」
「なんで硫酸?」
「《アマツミカボシ》は《金星》とも《北極星》ともいわれますが、《金星》は硫酸の雨が降るんですよ。《荒御魂》の《力》が強くなってきている証拠です。それに......」
槙乃が視線を投げる。また突風がふいた。
「《金星》はスーパーローテーションと呼ばれる高速の風が吹いていて、高度60kmで時速400kmにもなります。この奇妙な風は、《荒御魂》によるものですね」
「槙乃を探しているのか?」
「私と葵ちゃんを探しているのでしょう。強風が吹き荒れる中、硫酸の雨が横殴りに降るんです。ああもなりますよ」
「参ったな......これじゃ《五色の摩尼》を封印にいけない。龍山先生尋ねるにしても雛川神社は遠すぎる」
「等々力不動尊を目指すしかなさそうですね。南の方角の結界がやぶられてしまっています。このままだと......」
「ネエネエ、向ウノ雨ヤンダヨ?」
マリィの指さす先には晴れ間が見え始めた。
「......どうやらこちらに《荒御魂》が近づいているようですね。だから向こうは雨が止んだ」
「戦うしか......なさそうだな」
私達はうなずいた。
「まさか、また使うことになるとは思いませんでした」
私は印を結ぶ。一時的に魔術の成功率が上昇し、その隙を狙って呪文を唱え始める。
「空が......」
「槙乃オネエチャン、スゴーイッ!」
「この呪文は30分しか持ちません。半径3.2kmの範囲の天候を1段階操作できます。さすがに硫酸の雨の中だと車も出せませんからね。行きましょう、みなさん。もうこうなったら、《五色の摩尼》を封印しにいく猶予はもはやありません。等々力不動尊に行くのが早いはずです」
「愛、大丈夫なのか?ここから等々力不動尊は12キロ近くあるぞ。それに仲間を車で拾っていくにしても余計時間が......」
「はい......私の魔力でもギリギリになると思います。九角天童君との戦いは、おそらく参加することができません。みなさんを等々力不動尊まで送り届けたいと思います。みなさんに私の命お預けします」
「まーちゃん......」
「わかってください、龍君。他に方法がないんですよ。《荒御魂》と真正面から戦ったあとに等々力不動尊で待ち構えている九角君との戦いに全力が出せるとは思えない。温存すべきです」
「愛、その呪文は魔力があれば可能なのか?」
「え?」
「何とかしてみよう。ただ、一度骨董屋によってくれないか」
「準備整えなくちゃいけないしな」
私達は桜ヶ丘中央病院の人に車を出してもらい、一度北区に向かった。如月は緋勇たちが準備をととのえているあいだになにやら術を組み始めた。
「実践にたるかどうかはまだわからないが、やる価値はあるはずだ」
如月が出してきたのは、なんと式神だった。たしかに如月は5年後になると如月骨董店の販路を広げて多忙な毎日を送るため、式神に留守を任せるようになるが完成度はあまり期待出来なかったはずだ。いつも居眠りばかりで品物を盗まれたこともあるくらいだ。驚いている私に如月は笑った。
「愛にも見せるのは初めてだからな」
式神が魔力を肩代わりしてくれるかわりに本来の効果である受動的な効果が使えなくなるらしい。なるほどこれなら式神としては不十分でも威力がある。
「これなら私も参加できそうですね。ありがとうございます」
こうして私は式神に魔力を負担してもらいながら呪文を唱えた。空は厚い雲に覆われたままだが、雨が一時的にやんでいく。車に乗り込み、私達は仲間を回収しにでかけた。
東京中を車で移動してわかったのは、遠野と天野記者が調べてくれた東京の結界を司る神社仏閣が今日の未明に謎の破壊にあっていることだ。警察や救急車が縦横無尽に駆け巡っている。車のラジオは重軽傷者が出ていると知らせている。被害者はどれだけにのぼるのか。
南にいくにつれて、濃霧が濃くたちこめはじめた。これは瘴気だ。人間が吸うと《氣》のバランスを崩して病気になる類の瘴気だ。瘴気は硫酸の雨によるものではない。結界がやぶられたために呪いや祟りの類が南から東京に流れ込んでいるのだ。
「───────ッ」
「愛ちゃん、大丈夫?ひどい顔をしているわ」
美里が覗きこんでくる。
「《荒御魂》がすぐ近くにいるようですね。濃霧のかなたで低くせせら笑うのが聞こえてきます」
濃霧に塞がれた大都会の中へ踏み込むような一種の不安を浮かべている緋勇たちは息を飲んだ。濃霧が車のライトの光りをぼかしながら進んでいく。
私は《如来眼》を発動させた。
「やはり......来ましたね」
車が止まる。道路の真ん中に巨大な岩が出現していて、前に進めないのだ。
「《荒御魂》は《和魂》たる私を探していると同時に、《アマツミカボシ》の《荒御魂》の霊核そのものである岩塊、《宿魂石》を探しているのでしょう。欠落を埋めるために、《アマツミカボシ》が信仰した神の化身が憑依している。それはいわば私の心臓にあたります。渡したら私はこの世界にはいられなくなる。伝承によれば、《荒御魂》は、周囲の岩石を取り込み自身の肉体を生成することができるそうです。岩石を取り込み続ける限り肉体は際限なく巨大化し、一部が破壊されたとしても取り込み直せばすぐに修復が可能なほどです。でも、核がありませんから、蘇生回数は多くないはずです。むしろ、《アマツミカボシ》の信仰する神の化身の要素の方に注意してください」
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