翡翠

私が精密検査を終えて扉を開けると待合室に如月が座って本を読んでいた。どうやら待っていてくれたらしい。私が呼びかけると近くにあった本棚に戻すためだろうか、立ち上がった。

「やァ、検査の結果はどうだった?」

本を戻してから私のところに歩いてくる。

「頭のてっぺんから足のつま先まで調べ尽くされましたが、医学的に問題は無いそうです。本命の《氣》による診察はこれからなので、まだ問題ないとはいいきれないんですが」

「そうか。ならよかった......ひとまずは安心だな。時須佐先生には連絡をいれておいたよ。真神学園はもうすぐ修学旅行なのか?色々忙しいみたいだから今から帰るより一晩ここに泊まらせてもらえとさ」

「ありがとうございます、私が連絡しなくちゃいけなかったのに」

「気にしないでくれ。僕が残ったのはそれだけじゃないんだ。君を無力化した時に《旧神の印》の効果があとから発動してしまっただろう?手加減していたのに余計に君を苦しませてしまったから、なにか後遺症が残らないか心配だったんだ」

「ああ、なるほど......。私は大丈夫ですよ。あの時はびっくりしましたよね、ほんとき。まさか翡翠君の忍道具まで効果があらわれるとは思いませんでした。あんなの初めてでしたし。ヒュプノスが干渉したことで私まで巻き添えをくったのかもしれませんね」

「ヒュプノスは美里さんにも辛辣な対応だったな、そういえば......」

「《旧神》には《アマツミカボシ》の末裔たちに対する扱いは一律なんでしょうね、きっと。しかも私はグルーンの影響下にありましたから、なおのこと警戒されたのかもしれません」

「そうか、なるほど......。僕が《力》を操作しそこねたのかと思ったよ。君の《力》の恩恵を如実にうけているからか、日増しに《玄武》の《力》は強くなっているんだ」

「あはは......余計に気にやませてしまったみたいですね。私は大丈夫ですよ、翡翠君。あなたが止めてくれなかったら、人質になったり、グルーンの従者になったりして大変なことになったと思いますし」

「そういってもらえてよかった。実は雷人君と一悶着あってね、不安になったんだ」

「えっ、雷人君とですか?」

「ああ......彼は槍使いだから僕らより前にいただろう?君の状況を把握していなかったんだ。グルーンが次々と従者を召喚している最中、僕は《如来眼》で解析していた君をいきなり攻撃したわけだ。傍から見たら、僕の方がグルーンの影響下にあると思われても不思議じゃない。そのことを失念していてね」

「雷人君が指摘したと」

「ああ。龍麻が仲裁に入ってくれたから事なきをえたよ」

雨紋に言われたのが相当ショックだったようで、如月はちょっと凹んでいる。なにせ如月が江戸時代から東京を守り続ける忍びの家系であることを知ったとき、雨紋は忍者は実在するんだと本気で大喜びしたのだ。それ以来、如月のことを尊敬しているようで、如月も初めて面と向かって嬉しいことをいってくれる後輩に満更でもない。そこにアランも追加されたのだが、アランは《青龍》の《力》が《アマツミカボシ》の影響下にいつもあることから、なにかあったのは察していたようで如月をフォローしてくれたらしい。

仲直りできたとはいえ、この際だから言わせてもらうがと色々言われてしまったようだ。

「それはまた......」

「こういうとき、同性の友人がいなかったから経験不足を痛感するよ。どうしていいかわからず本気で狼狽してしまった。龍麻がいなかったら話が拗れるところだった」

「あはは......それは大変でしたね。お疲れ様です。雷人君、ファンを大切にするバンドマンですからね、びっくりしたんですよきっと」

「ああ、それはひしひしと感じた。女性を大切にするのが当たり前なんだろう。わかってくれたからよかった」

「それは良かった。なにか私からもいいましょうか?」

「いや......大丈夫、そこまでしてもらわなくてもいいよ」

「そうですか、わかりました」

「......そうだ。君ならわかってくれてると思うけど、断じてやましい気持ちがあるからやった訳じゃないからな」

「わかってますよ、もちろん」

「ならいいんだ」

如月はうれしそうだ。

どうやら京一あたりにからかい倒されたようだ。いつもなら京一にちょっかいを出されてもスルーできるのだが、状況が状況だけに雨紋に訂正するのに必死になったせいでえらい目にあったと顔に書いてある。

いつになく疲れた顔をしているのはそのせいだったようだ。

同性の友人特有の下世話なやり取りに不慣れな如月がひとり被害を被ってしまったようである。ご愁傷さますぎる。

「私がグルーンの支配下にあった時点で無力化するなり、正気に戻すなりしないと大惨事になってたのは目に見えてますからね。翡翠君は正しいですよ」

「そういってもらえてよかった」

「エロい事妄想してたからどさくさに紛れて試したとか好き勝手言われたんでしょうけど、気にするだけ無駄ですよ」

「それはわかったから君まで蒸し返さないでくれ。おかげで僕が残る流れすら変な空気になったことを思い出してしまったじゃないか」

「いつものことなのに」

「いつものことなのにな」

「もしかして、話が拗れるって、それも含めてですか?」

「今思えばムキになりすぎたよ。むっつりだとかなんとか、自分のこと棚にあげてよくいう。愛、君は京一君と手合わせでもしてるのか?どうも彼は君と戦う羽目になる展開を期待していたような気がしてならないんだが」

「あー......あたってますよ、たぶん。京君が翡翠君にちょっかいかけたのはそのせいですね。ああ見えて仲間だろうと殺し合いになっても面白そう、が根幹にありますからね、京君」

「君が焚き付けたんじゃないだろうな?」

「人聞きが悪いですね......そうでもしないと本気になってくれない京君が悪いんですよ」

「君というやつは......!まったく......彼の師匠はとんでもない男だな......。現代をいきる一般人になにを教えたら、そんな精神身につけるんだ。あやうく僕まで勘違いするところだった」

「あれは生まれ持った才能ってやつですよ、きっと。生まれる時代を間違えてますが周りに知られたくないだけの常識はありますからね、京君」

如月は私をジト目で見ている。

「誤解に誤解が重なって関係がこじれたら、責任の一端は君にもあるわけだな。おせっかいと誤解の嵐が襲いかかってきた身にもなってくれ」

「人は自分の都合のいいように誤解するものですよ」

「あのな......」

「それにしてもおせっかいですか。やっぱり他の人からみたらそう見えるんですね。幼馴染だって龍君たち以外に言わないでよかった。ファンクラブの子に殺されかねない」

「愛、僕は今真面目な話をしてるんだが。というか自覚があるなら教えてくれてもいいじゃないか」

「翡翠君に気になる女の子が現れたら言おうと思ってたんですよ。いつもいってるじゃないですか、好きな人出来たら教えてって」

「別にいないよ」

「あはは。翡翠君が気になるなら如月君に戻しましょうか?」

「いや、そういう問題じゃないんだが......。......いやまてよ?よく考えてみたら、愛を渾名で呼んでる自分のことは棚にあげて好き勝手言われる筋合いなくないか?」

「ようやくいつもの翡翠君が戻ってきましたね。そうですよ、気にするだけ無駄なんですって」

「そうだな......考えすぎて迷走してたよ」

「あはは。そーいえば渾名で思い出したんですけど最初はひーちゃんにしようかと思ってたんですよ、龍君。でも翡翠君もひーちゃんじゃないですか。だから龍君にしたの忘れてました」

「なんでこの流れで思い出したんだ......?」

「なんとなく?そうそう、ヒス君は語呂が悪いし、翠くんだとポケモンみたいだなあって思って、いい愛称浮かぶまで待ってたら忘れちゃったんでした」

「ポケモンて。翠はメスのカワセミだからやめてくれ。そんなの翡翠でいいじゃないか」

「翡翠でいいんですか?」

「奇をてらわないでいいよ」

「なら翡翠で」

「切り替えはやいな」

「せっかく決まったんだから呼ばなきゃ意味ないじゃないですか」

翡翠は呆れたように笑ったのだった。

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