グルーン2
「美里葵?ああ、この《加護》に護られている女か......」
グルーンは忌々しそうにつぶやく。
「我が領域に引きずり込んだというのに、何者かが邪魔をして手出しができないのでな。お前たちをおびき寄せる餌になってもらった」
グルーンの傍らには彼らが触れることのできない光に覆われた宝珠がある。あれがおそらく、美里の囚われた意識なのだ。《菩薩眼》の《力》がグルーンから美里を護っているようである。
「葵を返してもらうぞ」
緋勇はそう宣言して、グルーンの従者と相対する。装備している《旧神の印》が緋勇の《黄色の器》の《力》の増幅効果により強化され、緋勇家の家宝だという黒い数珠が劇的な効果をもたらす。緋勇の放った《氣》はグルーンの従者を吹き飛ばした。どうやら《旧神の印》が力を与えているようだ。
「ヒュプノスか......」
グルーンは忌々しそうに自らをこの地下都市に封印している諸悪の根源の名を紡いだ。
緋勇たちのもつ燃える目が中央に描かれたいびつな星の印がはっきりと浮かび上がり、鮮やかな虹彩に輝きだす。どうやら《旧神の印》が完全に活性化したようだ。
その光は緋勇たちを包み込む。どうやら攻撃に《旧神の印》による破邪の効果が付与されたようだ。それを《如来眼》で解析した私は緋勇たちにつたえる。
私はもうできる事はなにもない。如月の影結も《旧神の印》の効果が付与されてしまい、問答無用で動けなくなってしまうのだ。それに気づいた如月がどうしようか声をかけてきたのだが、グルーンの洗脳下にある私は自由の身になったらふらふら《門》の向こうにいくのは目に見えている。足でまといにしかならないからと断った。
「頑張ってください、みなさん」
私の言葉に如月はうなずいて、緋勇のところに向かった。
そして、グルーンとの熾烈な戦いが始まったのである。
《門》にうっすらと虹色の結界がはられたことに私達は気がついた。グルーンは新たな従者をこちらに差し向けることも、自らこちらに向かうことも出来なくなったようだ。青年は悔しそうに、美しい顔を歪める。
重厚な《門》が勝手に閉じていく。私達は下水道に引き返すため、広大な地下都市の長い一本道をひきかえす。後ろを振り向けば、部屋にはあの美しい青年の姿はなく、ぶよぶよした醜い皮膚を持つ、ナメクジに似た巨大な怪物が口惜しそうに、しかしどこか愉快そうに見つめている様子を見てしまう。おぞましい異形の神の姿に私は身震いした。彼らは追ってこないため、どうやら本当に部屋から出られないようだ。
どれほど時間が流れたかわからないが、目黒不動近くの工事現場に出られた時には、頭上に月の光がキラキラと輝いていた。
美里が目を覚ましたと桜ヶ丘中央病院から連絡を受けた私達は、その足で美里を見舞いにいった。
「葵よかった〜ッ!目を覚まして!グルーンから誰かが護ってくれたみたいだけど、やっぱり心配だったんだよッ!」
桜井に抱きつかれ、まだ頭がボーッとしているのか戸惑っていた美里だが、緋勇から《鬼道衆》の連戦やグルーンとの戦いを聞かされて、うなずいた。
「助けてくれてありがとう、みんな」
美里は心の底から安心したように笑った。
「私ね、ずっと夢を見ていたの」
「夢?」
「ええ。私の前に《菩薩眼》だった人達の夢だったわ。みんな、女性だった。そして、縁あって結ばれて、子供を産む時に《菩薩眼》の《力》はその子に受け継がれるから、《菩薩眼》の女性は加護を失ったことで今まで回避してきた厄災から逃れることができずに死んでいったわ。護ってくれる人がいたら回避できるみたいなんだけど、《菩薩眼》はなんだか重要な役目をおった女性の憑依先だったみたいなの。だから、《菩薩眼》の女性は必ず徳川幕府が探し出して幽閉していたみたい。家の存続が約束されるから、覚悟を決めて生きてきた人が多いみたい。ただ、助けようとした人がいたみたいで」
「まさか、それが《鬼道衆》?」
「ええ......。実は、九角家がおとり潰しにあったのは、その秘密を知ってしまったからみたい。鬼修には妹がいて、結婚していて子供がいたのに無理やり離縁させられて大奥にいったみたい。仕事のために通りかかった御屋敷で妹をみかけて、話しかけたけど別人だと言われたらしくてね。不信感が募るきっかけだったみたいなの」
みんな、息を飲んだ。
「鬼修に妹の体に憑依している人がいると教えたのが、静姫という《菩薩眼》のお姫様で、色々あって徳川幕府から逃げ出したみたい。そして、2人の間には子供ができた。ひとりは天戒、もうひとりは藍。静姫は《菩薩眼》の《力》を藍に継承して、加護を失い、徳川幕府から逃げる日々の過労から亡くなった。藍を誘拐されそうになり、最後まで抗ったけれど鬼修は命を落とした。天戒は鬼修から聞かされることなく頭領となり、《龍閃組》を初めとした隠密との戦いに身を投じることになったみたいなの。そして、まだ赤ちゃんだった藍は町の開業医をしていた美里家に偶然ひきとられた」
「誰が教えてくれたんですか?」
「静姫が......」
「静姫?」
「九角家にも夢を通じて伝えたいことがあるみたいなんだけど、誰かに邪魔されてできないみたいなの。だから教えてくれたんだわ。静姫がいうには、《菩薩眼》の女性が次の世代に《力》を継承する以外の時に命を失うような事態になると、末裔を心配した《アマツミカボシ》が槙乃ちゃんみたいに降臨していたようなの。九角家は特に《菩薩眼》の《力》に目覚める女性が多くて、その恩恵に預かっていたみたい。だから、その歴史がねじ曲がって伝わった結果、《アマツミカボシ》を召喚しようとしているんじゃないかって」
「なるけど......だから《アマツミカボシ》の《荒御魂》を......。《アマツミカボシ》の中には戦いに勝利をもたらすとして守護神となった神の側面もあるんです。だからかもしれません」
「九角たちがどこにいるか、静姫は知ってるのか?」
「ええ......」
美里はうなずいた。
「等々力渓谷にある等々力不動尊。かつて九角家が住居を構えていたその場所は、鬼修が命を落として九角家が終焉を迎えた場所でもあるそうなの。意図的に歪曲して伝えられた伝承をもとに行動を起こしているのなら、避けては通れない場所だって」
「等々力渓谷か......」
「どうした、醍醐」
「龍山先生が古くからの友人と話をしていたときに、等々力渓谷にある別邸について盛り上がっていたなと今思い出してな。新宿にあったあの邸宅より規模は小さく、精神を鍛えるための修行場所だったらしい。今も使っているかはしらないが」
「ちょうどいいな。この宝珠を封印したら、龍山先生のところに話を聞きに行こう。たしか、今は雛川神社に身を寄せているんだよな?」
「はい、そうですわ。龍山先生は神主である祖父と古くからのご友人ですから。こちらに滞在していただいていますの」
「よっしゃ、こっちは龍山のじいちゃんに話は通しとくからよ。《五色の摩尼》の封印が終わったら、いつでも連絡くれよな、龍麻」
「よし、それじゃあ今日はこの辺で解散しようか」
「葵、大丈夫?帰れる?」
「私は大丈夫なのだけれど、岩山先生が一日休んでいきなさいって」
「そっかあ......」
「私も一度検査を受けた方がいいですね、きっと。《旧神の印》と相性がわるくて、加護を受けることができなかったせいでグルーンの影響下に置かれてしまったので......」
「僕が時須佐先生に連絡を入れておこう」
「私達が岩山先生にお伝えしますね!まっててください!」
紗夜たちが去っていく。
「俺も残るよ。《鬼道衆》は倒したけど、美里家が九角家から派生した一族で、《菩薩眼》だから狙われてるっていうなら、葵をひとりで入院させるのは心配だ。俺、一人暮らしだし」
「龍麻......ありがとう......」
「おうちに連絡いれないとまずいよな、どうする?」
「あ、それなら僕に任せてよ。うちに泊まることにすればいいしさッ」
「オニイチャンがノコルナラ、マリィもノコルヨッ!葵おネエちゃん心配ダモン!」
「マリィ、ありがとう」
「ウンッ!」
そういうわけで私達は桜ヶ丘中央病院で解散となったのだった。
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