グルーン1
風角を構成していた怨霊を撃破したことで、最後の《五色の摩尼》が出現した。緋勇がそれを拾い上げる。これは真っ白な宝珠だった。これですべての《鬼道衆》を撃破したことになる。
私達は下水道を進み、やけに明るい光が漏れている場所を見つけて近づいていった。
「なんか、やけに喉が渇かないか?」
「あ、たしかに。水が飲みたいかも」
「水に触りたいわ。シャワー浴びたい......」
「気持ち悪かったもんね、あの鎌鼬」
「ここ下水道だしな」
光が近づいてくるにつれて、妙な違和感がおこりはじめた。やけに喉が苦しく、発作が起こるのだ。肺に空気を取り込もうと酸欠の魚のように口をパクパクさせていることに気づく。眩暈がして、自分が死体を海に投げ捨てている幻覚を見た。
「まーちゃん、大丈夫か?」
緋勇に声をかけられた。よほど挙動不審らしい。
「みなさんは平気そうですね」
「愛、まさか邪神の影響を受けているのか?」
「......かも、しれませんね。さっきから気分が悪くて......」
「愛はあの印が使えないからな......加護がないも同然だ。どうする、戻るか?《五色の摩尼》を封印しにいくなら付き合うが」
「でも、これから《門》を閉じなければならないんですよ、翡翠君。ミサちゃんだけじゃさすがに......」
再び幻覚が私の視界にちらついた。先程投げ捨てた死体が、自分と同じ顔をしている。水死体が魚についばまれていく。やがて死体は真っ黒い神殿の前に降り立ち、その神殿から殺意と悪意をはっきりと感じとる。
「愛?」
「もう、遅いのかもしれません。誰かが私を呼ぶ声がさっきから頭の中に響いてるんですよね。今離脱しても、声のする場所へふらふらと勝手に動き回ってしまいそう」
「その声は邪神か?それとも《荒御魂》?いや、九角か?」
「わかりません......でもさっきから変な幻覚を見るから、たぶん邪神の類かと......今の私は蜂蜜酒を飲んだせいでトリップしやすい状態なので......」
「バイアクへーは頼りになるけどやっぱりまーちゃんへの負担が大きいな」
「そうだな......でも今の僕達には欠かせない存在だから難しい。タイミングが悪すぎたか......仕方ない。なにかあったら何がなんでも止めてやるからいこうか」
「ありがとうございます......」
私は先程の幻覚の話をして、その時感じた《氣》と同じものをあの光の先に感じると緋勇たちに伝える。おそらくあの先に夢の世界と繋がる《門》があるのだ。
「槙乃さん、大丈夫ですか?無理しないでくださいね」
「ありがとう、紗夜ちゃん」
高見沢と紗夜が手分けしてみんなの手当てにまわっている。岩角、風角の連戦だったのだ。疲労がちらつきもするが撤退する訳にはいかない。私達は体調が整ったことを確認して、光の先に進んだ。
「んだこりゃ......」
「今までで一番大きいな」
「まさに地下都市って感じだね」
「海底都市、そのものですね......」
「ううむ......かなり古いな。つまり、奴らはそんなに昔から......」
地下都市は原理不明の太陽が上の方にあり、昼間のように明るい。充分酸素もあり、息苦しさは感じない。屋根は崩れ落ち柱は折れているものの、神秘的な彫刻が施された建造物が沢山見えてくる。これは町、いや、大都会と言った方がいいのかもしれない。私達の目の前には広大な都市が広がっていたのだ。
「まーちゃんがいってた黒い神殿はあれか」
「彫刻がゴロゴロいそうだぜ」
「まーちゃん、どうする?近づいた方がいいの?《門》閉じるには」
「そうですね......あの《門》を閉じないといけないので」
「よーし、彫刻には近づかないようにしなくちゃね!」
私達は海底都市の中央にある真っ黒な神殿に続く広間をひたすら歩き、神殿の前にやってくる。玄武岩でできている立派な門だ。門の上の方に高さ3mほどの、月桂冠を被った美しい青年の浮彫を発見する。
「あれか、まーちゃんがいってた門番は」
「そうですね、あれが邪神の本体だそうです。気をつけて」
幼い頃は美少年であったに違いない彫りの深い彫刻的な顔立ちの彫刻は、胸の筋肉はギリシャ彫刻の特徴と似て括れていて、美を湛える顔をしている。
隙間のない極度にひき緊(し)まった表情だ。
横顔の美しい男だ。高めの鼻梁も、ゆったり微笑む唇も、彫刻すればどこかの外国のコインになりそうな精巧な仕上がり。特に顎から首までは、すがすがしく清廉、少年のように引き締まった完璧なラインを描いている。
邪神だとは思えない精巧さだ。
「待っていた。ずっと………待っていたぞ。お前たちがやってくるのを」
彫刻が喋った。
「退屈しのぎにおしゃべりでもしようじゃないか」
美しい青年の彫刻は玉座に座ったまま、私達に微笑みかけた。《鬼道衆》を撃破したことは《五色の摩尼》を緋勇が持っていることから、わかっているはずなのにグルーンは平然としている。嫌な汗が私達につたう。
「お前がヒュプノスのいってたグルーンか」
「G、L、O、O、N…......綴りがそうなら間違いないな。お前たちの世界ではこう書くのだろう?無理やり我が名を表記しようと努力しようとした形跡がみられる。実にいい名だ」
「なんで《鬼道衆》に力を貸したの?」
「贄を用意するには、我が信者に持たせた石像を通して、毎回夢から干渉せねばならん。それ以外でもお前たちに干渉してやろうと思っていたところに、あの男は現れた」
「あの男?」
「髪の赤い男だったな」
「!!」
「俺たちくらいの?」
「人間などみな同じに見える」
「ワダツミ興産の人達は《鬼道衆》だったのか?」
「ん......?なにを頓珍漢なことをいっているんだ......?そこにいるじゃないか」
グルーンは神殿内部の死体の山にチラリと目をやる。その中には目の前にいる美しい青年そっくりの像を握りしめた男性たちの腐乱死体があった。
「自ら望んでここにきた人間たちだ。来てくれたからには、もてなしてやらないとなぁ?」
グルーンは美しい顔に邪悪な笑みをのせて私達を見下ろした。その膨れ上がる濃厚な殺意と《氣》にあてられた私は、背筋に黒く冷たい水のようなものが広がった。
「まーちゃん、大丈夫か?」
「やばいです......」
「その様子だと幻覚や異変はやはりあの邪神のせいのようだな」
「そうですね、間違いないです」
私は《力》が使い物にならなくなるうちにと《如来眼》をつかう。本能的にグルーンを直視するのは避け、《門》全体に解析をこころみた。
「もう《門》を閉じるのか?せっかく来たんだ、もってゆっくりしていけ」
玉座に座ったまま楽しげに観戦する気のようだ。
「───────!!」
「悪く思うなよ、愛」
如月は有言実行だった。なんの躊躇もなく私の影をぬいとめ、大理石の床に転がされる。ぎょっとした緋勇たちだったが、グルーンが従者と思しき敵を召喚してきたため、察したようだ。やつらに拘束されてグルーンのところに連れていかれてキスのひとつでもされたら腐るのだ、きっと。
「バイアクへー、翡翠君のいうことを聞いてください」
如月の行動にどうしようかと私を見つめつていたバイアクへーに私は指示を出す。如月はいつの間にか私から風魔の笛を勝手にとっていた。
「うふふ〜、まーちゃ〜んは〜、《門》の呪文に集中しようね〜」
「はい......」
「ミサちゃ〜んから〜、呪文唱えるから〜、繰り返してね〜」
「わかりました......」
私は緋勇に《門》の解析結果をつたえ、呪文を唱え始めたのだった。
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