鬼道衆

岩角との戦いは、やつの実体は人間ではないのだと思い知らされるものだった。那智も炎角の末裔の男性も実体が人間であるために、ある種のリミッターがあったのだ。《鬼》に変生するにしても、《鬼》という実体を崩壊するまで暴れ狂うことはどうしてもできないのだ。雷角は違ったと緋勇はいう。岩角のように憤怒に狂気めいた殺気がやどり、《鬼》という実体を崩壊させながらも本気で私達を殺しにかかってきたというのだ。なにせ《五色の摩尼》に封じられていた異形には、実体などあってないも同然だったのである。

《鬼道衆》の忍びにしてはやたら頑丈だった男たちを伸した私達は、空気が張り裂けるような絶叫を上げながら襲いかかってくる岩角をかろうじて避けた。巨漢の大男はひとっ飛びで詰められるような間合いを取って、周りをじりじりと回っている。殺気が吹き荒ぶ異様な空間の中で、私は《如来眼》で岩角の《氣》の練り方を観察しながら緋勇に伝え、指示を仰いだ。

「───────ごろじでやるッ」

張り詰めていた緊張感の中、夜叉のような顔をした岩角が殺気を担ぎ、大股で向かってくる。紗夜の悲鳴で後ろを振り返った如月が繰り出す攻撃を刀で受け返し、印を切る。

「飛水影縫」

言霊を利用した手裏剣術により、影を縫いとめ、岩角は動けなくなった。

「如月、マリィ、醍醐、それにアラン!《氣》を岩角にぶつけてみてくれ!」

緋勇の言葉にうなずいた4人は麻痺して身動きすら取れない岩角を取り囲んだ。

「東に、小陽青龍!」

「南に、老陽朱雀!」

「西に、小陰白虎!」

「北に、老陰玄武!」

「陰陽五行の印もって!」
  
「相応の地の理を示さん・・・」

「「「「四神方陣ッ!!!!」」」」

あたりは一瞬にして焦土と化した。あまりにも強烈な一撃に巻き込まれた岩角はふらつき、足をついてしまう。

「よし、あと一息だ。まーちゃん、行けるか?」

「はい。私の身体に宿る星よ。どうか北辰の氣をこの瞳に映らせたまえ」

「「紫微大帝(しびたいてい)招来方陣ッ!」」

雨・風や星の動きなどの自然界の諸現象、さらには全ての鬼神たちを一人統括する極めて高位の神を模した強大な《力》の爆発だった。岩角の断末魔が聞こえる。

目の前で突然ものすごい音がした。それが爆発だと理解した時には、岩角の五感がまるで機能していない状態だった。何が起こったんだ。何も見えない。何も聞こえない。身体が動かない。俺は今どこにいるんだ。そんなことをのたうちまわりながら叫び、激しい痛みだけに叫び、それすら消え失せた。そして、完全な闇が訪れた。

光の後には《五色の摩尼》が転がっていた。緋勇はそれを拾おうとする。

「ひーちゃんになにしやがるッ」

潜んでいた敵の攻撃をたたき落としたのは、蓬莱寺だった。

「ここから先にお前達を行かせるわけにはいかないのだ」

現れたのは《風角》だった。たくさんの忍びを引き連れてのご登場である。

「食らうがいい!」

風角は印を切る。

産み落とされた風が意志を持って形をなす。つむじ風に乗って現われた怪異は私達の首を狙ってきた。避けても刃物で切られたような鋭い傷を受ける。痛みはなく、傷からは血も出ない。だが、時間が経つに連れて激痛と大出血を生じ、傷口から骨が見えた。死に至る危険性すらある攻撃にみんな目を丸くするのだ。

「たいへーんッ!大丈夫だよ〜ッ
!いたいのいたいの〜とんでけ〜ッ!」

高見沢がすぐに救護に入ってくれる。

「みんな〜!この傷は下半身に負うことが多いみた〜いッ!30センチあたりに集中してるよ〜!」

「ありがとう、舞子ッ」

「鎌鼬は30センチしか飛び上がれないようだな。なら」

警戒する場所さえわかれば見切りの成功率が急上昇する。

「おのれ......チョコざいな真似をッ」

風角が合図をすると同時に緑の仮面を被った忍びたちが現れた。

《鬼道衆》の風角は、本来代々九角家に仕える家系に生まれ、「嵐王」という当主が継ぐ名義の持ち主が名乗る名前でもあった。普段は鳥面に素顔を隠し、鬼道衆の頭脳として作戦立案や兵器開発に従事する。

天戒の代は、変人だが天才的なからくり師で、自ら製作した特殊服と仮面によって大宇宙党を組織した人物でもある。いかなる複雑な道具でも瞬時にその構造を理解する『千手』の『力』を備えていた。

少なくても風に特化した《鬼道》の使い手ではなかったので、雷角や岩角のように実体をえた怨霊そのものに違いない。

私は忍ばせていた秘薬を混ぜた蜂蜜酒を飲み、風魔の笛をふきならす。美里の魂が人質にとられてしまった以上、ここを突破するより他に方法はないのである。

「いあ! いあ! はすたあ!はすたあ くふあやく ぶるぐとむぶぐとらぐるん ぶるぐとむ あい! あい! はすたあ!」

滞りなくバイアクへーの召喚に成功する。

「バイアクへー、風角に専念してくださいッ!」

私の周りに冒涜的な風を産み落とし、《鬼道衆》の忍びたちを壁に突き飛ばしたバイアクへーは一気に加速して風角に襲いかかった。この隙に緋勇
たちが形成を立て直し、私も忍びたちの排除にとりかかる。

こうしている間にも砂時計が無慈悲に滴り落ちていくように、刻一刻と時間は過ぎていくのだ。美里の安否が心配だ。先を急がねばならない。

私は木刀を構えた。《鬼道衆》と戦うにあたって何よりも大事なのは、ためらいの気持ちを排除することだ。相手のいちばん手薄な部分を無慈悲に、熾烈に電撃的に攻撃する。一瞬のためらいが命取りになるのだ。

「風に乗りて歩むものよ」

私の心は妙にしんと底冷えがしたようにとげとげしく澄み切って、目に映る外界の姿は突然全く表情を失ってしまって、固い、冷たい、無慈悲な物の積み重なりに過ぎなくなる。その《氣》を練り上げていく。

心にあるのは無際限なただ一つの荒廃。その中に私だけが呼吸を続けている、それがたまらぬほどさびしく恐ろしい事に思いなされる荒廃が上下四方に広がっている。

波の音も星のまたたきも、夢の中の出来事のように、私の知覚の遠い遠い末梢に、すべての現象がてんでんばらばらに互いの連絡なく散らばってしまう。

その中で私の心だけが張りつめてじりじり深まって行こうとした。重錘をかけて深い井戸に投げ込まれた灯明のように、深みに行くほど、心は光を増しながら、感じを強めながら、最後には死というその冷たい水の表面に消えてしまおうとしているのだ。  

頭がしびれて行くのか、世界がしびれて行くのか、ほんとうにわからなかった。恐ろしい境界に臨んでいるのだと幾度も自分をいましめながら、寒さの募るのも忘れてしまって、戦場をかけるのだ。

木刀から忍びたちをまきあげ、天井に叩きつける。凍てついた体は一瞬にして行動不能となった。魔風を纏いながら、私は走る。

「イタクァよ、我に力を!」

そして目前の忍びにきりかかる。腕時計をみれば、滲んだ文字盤の上で軽やかに無慈悲に秒針が回り続けている。はやく助けに行かないと。私達は風角たちを確実に屠っていったのだった。


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