北斗七星

東京都目黒区にある目黒不動尊(めぐろふどうそん)は、瀧泉寺(りゅうせんじ)にある。瀧泉寺は日本三大不動、江戸五色不動の一つともされる関東最古の不動霊場であり、目黒という地名の由来になっているとも言われている。


目黒不動は、私達が巡ってきた中で一番大きなお不動さんだった。境内は台地と平地の境目に位置し、仁王門などの建つ平地と、大本堂の建つ高台の2段に造成されている。仁王門をくぐると正面に大本堂へ至る急な石段がある。石段下の左方には前不動堂、勢至堂などがあり、右方には書院、地蔵堂、観音堂、阿弥陀堂などがある。境内には不動明王像や仏さま、多くのお堂や龍神が祀られていた。

808年円仁という僧侶がが下野国から比叡山に赴く途中に不動明王を安置して創建したという。東国には円仁開基の伝承をもつ寺院が多く、そのひとつらしい。860年には清和天皇より「泰叡」の勅額を下賜され、山号を泰叡山とした。

1615年には本堂が火災で焼失したが、1630年寛永寺の子院・護国院の末寺となり、天海大僧正の弟子・生順大僧正が兼務するようになった時、徳川家光の庇護を受けて、1634年50棟余におよぶ伽藍が復興し、「目黒御殿」と称されるほど華麗を極めた。

「時須佐の話を聞いた時、一番気になったのがここだ」

地元だからと案内を買って出てくれた紫暮は境内にある滝に私達を案内してくれた。

「ここは独鈷の滝(とっこのたき)。浴びると病気が治癒する信仰があってな、江戸時代には一般庶民の行楽地として親しまれ、江戸名所図会にも描かれているんだ。落語の目黒のさんまは、この近辺にあった参詣者の休息のための茶屋が舞台だとされるくらいだからな。ただ、ご覧の有様だ」

本堂へと登る石段下の左手に池があり、いつもなら2体の龍の口から水が吐き出されているらしいが、テープが貼られ、近づけなくなっている。伝承では、円仁が寺地を定めようとして独鈷(とっこ、古代インドの武器に由来する仏具の一種)を投げたところ、その落下した地から霊泉が涌き出し、今日まで枯れることはなかったらしいが見る影もない。

「枯れてるね......」

「今月に入ってからいきなり出なくなったようだ。今年に入ってからだんだん水量は減ってきていたらしいが、いきなりだ。今まで枯れたことなどなかったのに」

私達は顔を見合わせた。敷地内にはやはり身に覚えがある祠があり、中はがらんどうで、かろうじて窪みが丸いなにかがあったことを教えてくれていた。

「噂では、水道工事をやっている会社がやらかしたらしい。目黒区とトラブルになっているようだ」

「まさか、その会社って......」

「ああ、ワダツミ興産だ」





「なるほどねェ〜、だからあたしのところに来たと」

「《鬼道衆》と関わりがあるし、長らく下水道工事を独占しているって行政との癒着を疑っていたじゃないですか。どうです?」

「うっふっふ〜、ちょうどいい所に来たわね。面白いことがわかったわよッ。コレ見てよ、コレ」

それはここ20年にも渡る東京都の下水道工事入札の一覧だった。

「こうもあからさまだとびっくりよね〜、違う業者もあるんだけどほら、職員みんな同じでしょ?」

ホームページには「下水道事業排水設備指定工事店」の一覧が載っている。
この指定工事店になっていれば、その登録された市・町の下水道切替え工事ができる訳だ。年に1度主催する「下水道排水設備工事責任技術者試験」に
合格する必要がある。各社に1人でも合格した者がいれば、経歴書、身分証、登記簿、定款など必要な書類、定められた道具類の写真など、その市役所の規定に添った書類を全て集め登録の申請をすることになる。責任技術者と指定工事店は5年に1度更新手続きが必要なようだ。

その後、各市役所の下水道課の審査を経て指定工事店の許可がおりる。誰でもなれるかといえば、まずは試験に受からないことには始まらない。多少の経験知識がないと受からないようにはなっている。

だが、関係者が全員示し合わせてしまえばなんの意味もなくなるのだ。

「こうも《門》の近くの下水道ばっかり発注請負うとか疑ってくださいっていってるようなもんよね〜」

「談合か」

「汚職だな」

「天野さんが張り切ってたわ〜、《鬼道衆》の戦いを陰ながら支援できるって」

遠野曰く、2人で力を合わせて調べまくったらしい。

「表沙汰になったら大惨事になるわよッ!芋づる式にどれだけ逮捕者がでるかしら」

あこがれのルポライターの手伝いができて遠野は嬉しそうである。

ワダツミ興産による入札が過去20年で300件以上あり、うち半数以上で、落札が最低制限価格と同額となっていたことがわかったという。これは明らかに工事価格などが漏れている。

「この平成の世にここまであからさまな汚職事件はなかなかないわよ。どんだけ《鬼道衆》の協力者たちが紛れ込んでいるのかしらね。監査もなにも機能してないのよ?明らかにおかしいわ。で、これが最近手がけてるワダツミ興産の工事がこれよ」

印刷した紙を配りながら遠野がいうのだ。

「調べてみたら面白いことがわかったわ。この古地図をみて」

「北斗七星みたい」

「そ、あたしもびっくりしたわ。東京の北斗七星っていえば、平将門公が有名だけど、それだけじゃなかったのよ」

徳川幕府は江戸城の守護と江戸の都市計画にあたって、古来より信仰の対象となってきた北極星ならびに北斗七星の力を重用したようだ、と遠野はいう。天野記者の受け売りらしいが。

北天にあって動かない北極星、そのまわりを回る北斗七星は宇宙を支配する神とその乗り物として古来より信仰の対象となってきた。その信仰はわが国の仏教や神道にも取り入れられ、星を祀り、護国鎮守、除災招福の祈願がおこなわれてきた。

江戸の都市計画にも北極星、北斗七星の力が重用されている。単純に鬼門に神社仏閣を建立するだけでなく、神社仏閣が北斗七星状になるように計画を練ったのだ。

どの寺社が星に該当するかについては諸説があるが、都市計画をリードしていた天海は天台宗の僧であり、天台宗の優越性を人一倍信じていた。その天海が行った都市計画を調べたらしい。

条件は領有所持する朱印地の石高であり、現在地に遷座、寺社建立に至った経緯である。幕府の力の入れ具合と幕府の宗教政策の流れを見ようとしたのだ。

それは天海と家康、秀忠、家光が描いた都市計画の宗教的要、北極星、北斗七星を完成をみた。

増上寺、愛宕神社、日枝神社、神田明神、藏前神社、浅草寺、寛永寺が北斗七星、護国寺が北極星にあたるらしい。

「その近くの下水道工事、全部ワダツミ興産なのよね。事件の匂いがするわ。それに、江戸時代当初にあった江戸五色不動の位置、さらに江戸城、等々力不動尊の7つの点を線で引いてみると北斗七星の形になるみたいなのよ。北極星の擬神化である《アマツミカボシ》を執拗に降臨させようとしているあたり、柳生側しか知りえないなにかが東京にはあるのかもしれないわね」

遠野の言葉にみんな息を飲むのだ。

「なら───────」

みんな、私を見た。

「急いだ方がいいですね。《アマツミカボシ》は金星とも言われています。アマテラスの力が最も弱まる冬至がもっとも活性化するんです。このまま《鬼道衆》が沈黙を続けるのだとしたら、冬至を待っている可能性がすてきれない」

「それは、槙乃ちゃんの《力》も?」

「はい。ですから、私達が探している《荒御魂》も同じことがいえるはずです」

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