菩薩眼

雷角を倒してから1週間がたった。

緋勇の御先祖様が《龍閃組》という徳川将軍家直属の隠密であり、《鬼道衆》と戦ったことがあること。和解して離別する際に餞別の証として渡した黒い数珠が九角家にも家宝として伝わっているのに、《龍閃組》との戦いと和解の歴史が九角家には失伝していること。九角天童に永久寺で敵対宣言されたという事実は私たちに非常な現実としてのしかかっている。

《鬼道衆》の殺意は日増しに増すばかりであり、忍びたちに監視されたり、襲われたりすることが増えてきた。

九角家当主である九角天童の祖父はいったい何を考えているのだろうか。柳生に与するに至る理由がわからず私は気が重くなるばかりだ。

《鬼道衆》はあと2人いる。ここにきてなぜか沈黙をつづけ、襲撃ばかりしかけてくるのが不気味でならなかった。

このままでは埒が明かないということで、天野記者や遠野と手分けして九角家について調べてみた。わかったことは以下の通りである。

九角家は天下分け目の戦いとして名高い関ヶ原の合戦より前から、徳川家の忠臣として栄えた名門だった。それが徳川家光の時代に幕命に背き、謀反を企てたとして一族郎党皆殺しの上、御家はおとり潰しの憂き目にあう。その時の九角家の長だったのが九角鬼修。

以降、徳川家茂の時代まで《鬼道》と呼ばれる外法を使い、江戸壊滅を目論んでいたと文献では伝えられている。それは地の底から《鬼》たちを甦らせる魔の神通力。九角鬼修は、幕府の隠密や配下の者たちによりその命を落としたといわれている。その子孫は怨恨の血筋を繋げるはずだった。

そのあとを継いだのが九角天戒、《鬼道衆》を復活させた正体不明の赤い髪の男に末裔が東京を壊滅させるのをあの世から見ていろと宣言された男。そして、敵対していた緋勇の御先祖がいた《龍閃組》という隠密集団と共に、《鬼道衆》に濡れ衣をきせて陰謀をめぐらせていた何者かを倒すために共闘。のちに《鬼道衆》を解散し、緋勇の御先祖から家宝の黒い数珠の片割れを託された男。

「九角鬼修がいきなり謀反を起こした理由も定かじゃないし、天戒の代からいきなり穏健になった理由もよくわからないわ。一体、なにがあったのかしら......」

「《菩薩眼》の女性を巡るにしても、葵ちゃんみたいに普通の女性だったと思いますしね......。普通に考えるなら鬼修はおとり潰しのあと、修験者となり《鬼道》に開眼、復讐のために《鬼道衆》を組織したと考えるのが普通です。お姫様に恋に落ちて《鬼》になったお侍さんが鬼修なら、お姫様は《菩薩眼》の女性で、攫ってから娶ったことになります。その人が大奥の人なら辻褄が通りますが、時代が合わない」

「ええ......《鬼道衆》を組織したのは家光の時代からで、《菩薩眼》の女性を攫う絵巻やお侍さんの話は幕末の時代でしょう?百数年の開きがあるわ」

「子供の九角天戒が《龍閃組》と共闘を考えるような棟梁だったと考えるなら、鬼修が《菩薩眼》の女性と出会って恋に落ちるくだりはあながち間違いじゃないのかもしれませんね」

「......ねえ、槙乃ちゃん。やっぱり変だわ。どうして九角家はその大切な話だけが伝わっていないのかしら」

「九角天童君が知らないだけ、の可能性が出てきましたね。赤い髪の男と九角家当主が繋がっているのはもう揺るがしようがない事実です」

「......孫を利用しているってこと?」

「あまり考えたくはないんですが、那智真璃子さんの悲劇を考えるなら避けては通れない事実ですね」

「......いったいどうして......なにが目的なのかしら......」

美里はためいきをついた。

「ところで、槙乃ちゃん。覚えてる?喪部って子がいってた、《アマツミカボシ》より150年の信仰がどうこうって話。私、気になって、おじいちゃんに電話で話を聞いてみたの」

「おじいさんに......?どんなお話が聞けましたか?」

「ええと、たしか、代々美里家はお医者様の家系だったらしいの。鎖国の時代も洋書を読む機会に恵まれていたから、その関係でキリスト教に興味をもってこっそり改宗していたみたい」

「そうなんですか」

「ええ、西洋の医学を勉強するためだから、英語の本を読んでも咎められることはなかったみたい。むしろ、その知識を認められて、当時の徳川幕府に仕えたこともあったみたいなの。ただ、美里家がキリスト教徒になったのはずっと前だから、150年前どころの話じゃないみたいで」

「それはおかしいですね、喪部はたしかに150年といっていたのに」

「ええ、だから気になって、調べてみたの。そしたら、ちょうど150年前にね、美里家の一人娘として戊辰戦争とか数々の戦場を渡り歩いて、今でいう国境なき医師団の走りのような活動をしていた藍という人がいるの。どうやら養子だったらしいんだけど、もしかしたら、その人が《アマツミカボシ》と関係あるのかもしれないわ」

「藍さんですか。なぜそう思うんです?」

「この人ね、開業医をしていた美里家の人に赤ちゃんの時に拾われたらしくて、両親が名乗り出なかったから引き取られたらしいの。幼い頃から人の傷をすぐに治すことができる《力》があったらしいわ。この人以外に、150年前にちょうどキリスト教徒になった人が見つけられなかったから」

「なるほど......よくわかりましたね、葵ちゃん。すごいです」

「うふふ、ありがとう。でも、槙乃ちゃんは《アマツミカボシ》の転生体だってことや末裔だってことはもうわかっているんだから、全然すごくないわ。私はようやく藍って人がたぶん《アマツミカボシ》の末裔だったから、私にも末裔の血が流れていて、《龍脈》が活性化して《力》に目覚めたんじゃないかって自分なりに理由が見つけられたんだもの」

「葵ちゃん、そんなことないですよ。私思うんです。自分の家について調べることができるのは、自分の起源について子孫に伝えるために代々大切に守り伝えてきたものがあるからです。私の実家は茨城県の日立市、《アマツミカボシ》が石になって砕かれた伝承が残る街にあるんですが、天御子に誘拐されるまで《アマツミカボシ》の末裔だなんてしりませんでした。1300年も前の話ですから失伝するのは無理もない話なんですが、正直な話、おとぎ話でもなんでもいいから残しておいて欲しかったですね。それだけ忘れたい過去だったのかもしれませんが」

「槙乃ちゃん......」

「私のいた世界はあらゆるオカルトが実在しない世界だといつかお話ししましたよね。だから、なおのこと憧れがあったんですよ。修験者に弟子入りして人間になれた鬼の夫婦や座敷わらしの出る家、普通の家だからそういうのとはほんとに縁遠くて、オカルトが好きなのに霊感がなくて。だからオカルトスポットに行くのが日課でした。まさか御先祖様がそういう平凡な日々を夢見ていたからだとは夢にも思いませんでしたが。それを思えば、葵ちゃんのおうちは、御先祖様がなにをしたのか、どんな人だったのか、伝えようとしていたみたいですし、本当に羨ましいです」

「槙乃ちゃん......そんなに自分のことを卑下しないで。私ね、嬉しかったの。本当に嬉しかったの。私が《アマツミカボシ》の末裔なら、槙乃ちゃんとはきっと遡っていけば同じ御先祖様にたどり着くじゃない?《菩薩眼》の《力》はほんとうに私がもっていいのか戸惑うくらい強大だけれど、ツイになる《力》の《如来眼》の槙乃ちゃんがいてくれたからなんとか受け入れてこれたの。その槙乃ちゃんと深い繋がりがあったんだとわかったとき、どれだけ励まされたと思う?」

「葵ちゃん......」

「その直後にあの子のせいで槙乃ちゃんが《力》を使えなくなった時、本当に怖かったわ。その繋がりが失われてしまったし、私じゃ槙乃ちゃんを守れない。《力》が使えないのに槙乃ちゃんに守られているしかない自分が本当に嫌だったの」

「その必死さに《菩薩眼》の《力》が応えてくれたのかもしれませんね」

「そうね......そうだととても素敵だと思うのだけれど、それだけじゃない気がするわ。あの子がいっていたでしょう?《菩薩眼》の《力》も本来は《龍脈》をみる《力》でしかないって。《如来眼》となにもかわらない《力》だって」

「たしかに言ってましたね」

「《黄龍の器》がどうとかいっていたし、龍麻を狙い始めたから、きっと龍麻の《力》が私に《力》を貸してくれたんだと思うの」

「なるほど。たしかに醍醐君が《白虎》の《宿星》ですから、《黄龍》の《宿星》があってもおかしくはないですね」

「やっぱり槙乃ちゃんもそう思う?よかった、私の考えすぎじゃないかって不安だったの。槙乃ちゃんの今の身体が《アマツミカボシの器》であるように、龍麻もなにかの器なのかもしれない。そう思うと急に私、怖くなってきちゃって」

「好きな人が急に遠くにいってしまいそうな気がして怖くなったんですね」

「槙乃ちゃん......」

「わかりますよ、その気持ち。それはきっと葵ちゃんの心に余裕ができて、周りを見ることができるようになったからこそです。大丈夫、葵ちゃんが強くなった証ですよ」

「うふふ、ありがとう。これでようやくみんなと一緒に戦えるわ」

これならみんなを庇うために一人九角のところに行く可能性はひくくなっただろうか。心配だからなるべく一人にならないように注意しなくてはならない。


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