憑依學園剣風帖6
旧校舎に肝試し感覚で入る生徒が後を絶たない。数日前から下級生二人組みが行方不明になっている。絶対に旧校舎には立ち入るな。HRで犬神先生が注意喚起している。
「特にそこの新聞部2人。いいな?」
「は〜いッ」
「わかりました」
「全く......いつもいつも返事だけは1人前......」
ためいきをついた犬神先生の話を聞きながら考える。おそらく《龍脈》の影響を受けて突然変異を起こしたコウモリが巨大化して2人を襲ったに違いない。吸血だけで人を死においやったのか、それとも肉食になってしまったのかはわからないが、それが回り回って幽霊騒ぎとなり、暇を持て余している生徒たちの好奇心を刺激しているのだとすれば。それは遠野のスクープを探知する才能を刺激してやまない。もう既にソワソワし始めている遠野が私をちらちらみていた。
HRが終わるやいなや、私は遠野に連れ出されて部室に連行されていた。
「面白くなってまいりました〜ッ!ね、ね、聞いた聞いた?また出たわね、行方不明者!そして幽霊の目撃者が増えてるし!」
転校生の緋勇について大々的に取り上げた号外が販売記録を更新した今、遠野はこの流れを断ち切りたくないらしい。いつになくやる気に満ちていた。にもかかわらず目立ったイベントがないために遠野は暇を持て余しているのだ。学校の新聞部だから学校に無理やりにでもこじつけなければならないため、いつでも2人しかいない新聞部は紙面を埋める出来事を求めている。
「目撃情報もだいたい集まったし、そろそろ行かない?」
「旧校舎にですか?」
「うん、そう!やっぱり記事は足で稼いでなんぼよ。ね!」
テーブルの上には生徒や教職員からかき集めた噂や目撃情報の取材記録が並んでいる。夜になると黄色い目が見えるとか人影が窓越しに見えたとか目撃した人の話を集めればキリがない。
「そうですよね。この噂を聞きつけて、面白半分で旧校舎に入る生徒もいるわけですから、どれだけ危ないか記事にすればみんな入らなくなるはずです」
「なるほど〜、そんな感じでもっていけば犬神先生のお説教も回避できるかもしれないわね!さっすが槙乃!」
「招待見たり枯れ尾花っていいますしね」
「そうね!幽霊がいるならいるで大スクープになるし!どっちに転んでもおいしい!ほんとは夏になってからやりたかったんだけど、旧校舎取り壊されちゃうかもしれないしね。四の五のいってられないわ」
私達のいう旧校舎とは、真神学園敷地内にある木造の旧校舎だ。普通ならば取り壊して新校舎を立てるのが普通なのだが、今なお保存してあるのだ。さすがに放置するわけにはいかないからか、先日東京都と学校関係者との間で行われた会議で正式に決定されたばかりだ。旧校舎は大正時代に帝国陸軍の士官養成学校として建設されたが、戦後は真神学園の校舎となり、長きに渡って生徒達を見守ってきた。そのため今回の取り壊しの動きが在校生およびOBの各保存会に与えた影響は大きく、すでに歴史研究会とOB会が頑として東京都と学校側に対して反対運動を行っている。
実は旧校舎地下には軍の実験用の地下施設がある。下には龍脈の影響を受けた化け物たちがうようよしており、外に出ないように封印がされているのだ。東京都は知っているはずだが担当者が新規の人間なのか、この世界に生まれながら怪奇現象と無縁で生きてこれた幸福な人間のどちらかだろう。
旧校舎を壊すのはいいが、地下はどうするつもりなんだろうか。そっちの方が心配である。なにせ具体的になにをしていたのかはわからないのだ。ゲームが発売中止になってしまったために。
「鍵はどうします?私達じゃ貸してもらえませんよね?」
「いい考えがあるのよ、美里ちゃんにかりてもらうの。美里ちゃんなら私達を心配してついてきてくれるもの」
「なるほど」
「お礼はちゃんとするとして〜......じゃーん。はい御札。祟られちゃいやだもんね」
「ありがとうございます。アン子ちゃん、先にいっててもらえませんか?私ミサちゃんに呼ばれているんです」
「わかった!後で合流しましょ」
私達はいったん別れたのだった。
「う〜ふ〜ふ〜、槙乃ちゃ〜ん、いらっしゃ〜い。待っていたわ〜」
霊研の扉を開けるなり裏密は独特の笑い声をあげた。
「わかってるわ〜ミサちゃんにはなんでもお見通し〜うふふふふ。うーんどうしようかなあ〜、知らない方がいいこともあるわ〜。どうしようかなあ〜」
「ミサちゃん、ご機嫌ですね」
「うふふ、うふふふふふ。槙乃ちゃ〜んの運勢は〜、丑寅の方角に凶の暗示〜。近づかぬが吉だけど〜、行かない場合は大切な人に〜流血の暗示〜。背後からの刃に気をつけて〜。ミサちゃんから言えるのはそれだけ〜」
「それって旧校舎の方角ですよね」
「そうだね〜。だから気をつけて〜。これが〜この前いってた本だから〜持っていって〜」
Song of Ysteというタイトルの洋書だった。ぱらりとめくってみる。
「ええとこれは英語......違うかな、たぶん、ラテン語ですね。ありがとうございます、ミサちゃん」
「どういたしまして〜うふふふふふふふふ。実は〜行方不明になった女子生徒から〜もらったんだけど〜ミサちゃんより〜槙乃ちゃ〜んの方が〜向いてるって思って〜」
「えっ、そうなんですか?」
「ふふふふふふふふ」
《これらはアドゥムブラリにほかならず、この生ける影は信じがたき力と悪意を備え、われらの知る時間と空間の法則に縛られることなし。彼らが楽しみとするところは、他の世界に住むものに恐るべき罠と種々の幻影をしかけ、他の世界に住むものを彼らの領域に引き入れることなり》
私は思わず裏密を見た。
「まさか幽霊騒動の原因って......」
《さらに恐るべきは、彼らがほかの世界や次元に送りこむ探求者であり、
いかなる世界や次元であれ、彼らはその住民の姿に似た、信じがたき力を持つ探求者をつくりあげて送りこむ。これら探求者を看破できるのは達人のみにて、達人の鋭き目には、彼らの姿や動きの完璧さ、尋常ならざる振舞い、異質なオーラと力が、探求者の歴然たる徴なり》
ここまで読んで私は遠野たちが無性に心配になってきた。
《聖人ジャルカナーンが語るには、これら探求者の一人がナイアグホグアの神官七名をたぶらかし、催眠の術くらべにひきこみたることあり。ジャルカナーンの言によれば、二名が罠にかかり、アドゥムブラリの世界に送りこまれ、影の生物に襲われたる後に死体がもどされたるとや》
冷や汗が止まらない。
《いかさま面妖なるは死体のありさまにて、一滴の体液とてないにもかかわらず、死体にはいささかの傷もなし。されどこのうえなく怖ろしきは、閉じることなき目と不気味に輝く斑紋にして、目は彼方を凝視しているかのごとくに見え、全身を覆う奇妙な斑紋はうごめくことをやめず》
「あの......これってここで行方不明になった生徒たちの末路とかいわないですよね......アン子ちゃん、先に旧校舎に行くって......」
「そうなの〜?大変だわ〜」
私は魔導書を握りしめた。
それは太古のクトゥルフ神話の魔導書だった。ディルカ一族という最も古い人類の魔術師の一族がかいたものらしい。
「......なんでこれを普通の学生がもってるの?」
「ほんとに〜才能ある子だったのにな〜」
「さすがは霊研部員......ただものじゃなかったんですね」
これはネクロノミコンやエイボンの書と並び称される魔道書だ。一般のオカルト愛好者や最低限必要な背景知識を持たない者にとって、この書物の大部分は退屈極まりなく、読んでも失望するだけだろう。そのほとんどはひどく曖昧なヒンドゥー語の詩の翻訳とありふれた哲学書を混ぜ合わせたようなもので、首尾一貫していない。
適切な読み方で解けばイステの歌はすべての偉大な宗教の根本的な教義を肯定するものである。
アドゥムブラリという邪神について詳細が載っているところばかり付箋がはってある。
それは何処かの次元で青みがかった靄に隠された深遠の奥底に棲息しており、そこを上る事は出来ず水平方向にのみ移動する。垂直移動は出来ないが別な平面に自分の位置を変える事がある。但しこれは意思に依り自在に行われている訳ではない。巨大で漆黒の塊のような姿で、中央から長い触角が伸びている。 イステの歌において「生ける影」と呼ばれ、時間と空間の法則からは自由で信じがたい力と悪意を持つと言う。
アドゥムブラリは人間にそっくりな彼等の使者を作って次元を超えて送り込む。これらはシーカーと呼ばれる。犠牲者たちはシーカーの催眠術によりアドゥムブラリの次元に送られ殺された後、体液を全て失い、眼を閉じる事がなく、全身をきらめいて蠢く斑紋に覆われた死体となって帰る。
別名〈異次元の吸血の影〉。
狂暴で無慈悲な性格で犠牲者を食べる前に狩りを楽しみなぶることもあるという。そして最後には触手をのばし体液をすべて吸い取ってしまうだろう。
そうかかれていた。
「ミサちゃんより〜今の〜槙乃ちゃ〜んに〜必要とされてるから〜。今から〜旧校舎行くんでしょ〜?」
「......ありがとうございます」
私は笑うしかない。
「ほんとに壊しちゃって大丈夫なんでしょうか、旧校舎......」
「さあ〜?」
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