憑依學園剣風帖62

喪部の後を追うにしても、ジル学院長の実験を止めるにしても、《アマツミカボシ》の《力》を封じられた私にできることはあまり多くはない。迷った私は《アマツミカボシ》の再臨を目論むジル学院長の実験を止めるために残ることにした。

雷角を緋勇たちにまかせ、私はマリィに案内されるがまま先を急ぐ。雨紋たち遠距離攻撃を得意とするメンバーがついてきてくれた。

地下施設の最深部だった。扉をあけると、野望に燃えるナチの狂信者が姿を現した。ジル・ローゼス・ヒルシュタイン。ネオナチ日本支部のローゼンクロイツ学院責任者はナチによる独裁国家再興を理想とし、特殊な能力をもつ少年少女たちを世界中から集め、生体兵器とすべく実験を繰り返した残忍なる狂信者である。

「貴様らは......」

にやりとジルは笑った。

「わざわざ来てくれるとは探す手間が省けたぞ、天野愛。《アマツミカボシ》の実験体を伴ってよくぞ我が元へ帰ってきてくれた。《菩薩眼》はどうやら後から連れてきてくれるようだな、よくやった」

拍手をされて私は不快になって首を振る。なにをとち狂ったこといってるんだ、この男は。

「帰ってきたわけじゃないです」

「ほう?じゃあなにかね?一度帰ったはずの君がそのホムンクルスに憑依しているのはいかなる理由があってのことだ?」

「私を望んでくれた人がいたから」

「やはりわしではないか」

「あなたではないです。断じて」

「訳のわからぬことを。わし以外にお前をその器に呼ぶやつがいるわけがない」

「いたから私はここにいる。あなたのような邪な願いではなかったから、《アマツミカボシ》の《荒御魂》ではなく《和魂》たる《妙見菩薩》の転生体である私が降臨できた」

「なにを訳の分からぬことを!」

「だいたいアジア人を蔑むあなたが何故《菩薩眼》や《アマツミカボシ》を探し求めるんですか?見下している人間に応じるほど私は暇ではないんですよ。ヨーロッパで邪神なり神話の神なり呼びつければいいだけの話でしょう」

「うるさいッ!」

「───────......《レリックドーン》には不死に近い存在がゴロゴロいるのにあなたは老人なあたり、失敗しつづけてきたんですね。哀れな」

「うるさい黙れッ!《アマツミカボシ》の《力》を封じられた今、君にできることはなにもないはずだ。さあ、見ているがいい。君の新たなる素体だ」

「それは物部氏の秘中の秘ですか」

「いかにも!《鬼道》は人間を降ろすことかしかできなかったのだ、神を降ろす術式が必要だったのだ!見ているがいい、これこそがわがローゼンクロイツ学院超能力戦闘部隊の新たなる《力》!」

「そうはさせない。愛たちを母体にしてナチ帝国の復活なんて許すわけがないだろうッ!」

如月が吐き捨てるように言った。

「トニー、イワン、サラの指示に従い迎撃せよ!」

ジルの呼びかけに従い、3人の子供たちが現れた。

一人はトニー・ワシントン。瑞麗先生の調査によれば、ニューヨークの孤児院出身で小柄で気弱ないじめられっこだったが、ジルの念動能力開発により、人間的な感情と引き換えに自信過剰で凶暴な性格に豹変した。誘拐事件の主犯格のひとりである。

二人目はイワン・ニコラス。超能力戦闘部隊のリーダー格で、ロシア駐独大使の息子だったが、6歳の時に組織に誘拐された。超能力実験の最初期の被検体のため成長がとまらず高校生くらいだが、唯一超能力を獲得した成功例。名門出身のためかプライドが高く、徹底した人種差別主義者であり、冷徹で非情な性格をしている。

そして最後はサラ・トート。千里眼の持ち主である。インドの寒村に生まれ、その能力に目をつけたローゼンクロイツ学院に買い取られた。もともと口数がすくない少女だったが、超能力実験や薬物投与により後天的な自閉症を発症しており、ジルにしか心を開いていない。

こんなに小さい子供たちが......とアランは舌打ちをした。マリィがみんな16歳くらいだというものだから、みんななおのこと嫌な顔をする。やりにくいことこの上ないが、彼らは誘拐されてからあらゆる手段でもって自我を破壊され、忠実な少年兵として教育されている。無力化しないと何度でも立ち上がってくる。マリィがそういうものだから、息を飲む。向き合うしかない。ローゼンクロイツ学院という組織は《鬼道衆》と手を組んでいるだけのテロリストたちなのだ。

「サラを真っ先に潰してください、みなさん。彼女は私達を状態異常にして2人をアシストしてきます。そのかわり盲目で貧弱だから真っ先に潰せばいけます。イワンは先読み能力があるので物理攻撃にしろ《力》にしろ、回避不能の攻撃で。トニーはイワンだよりの攻撃しかできません。直情的だから状態異常が有効な手です」

「───────ッ!?」

「《力》が使えないんじゃなかったのか!」

「......月の逆位置...... 真実への導きを与える、無名無形の見えざるもの...... 失敗にならない過ち、過去からの脱却、徐々に好転、未来への希望、優れた直感......あなただったの......」

「なんだと!?」

「どうやらアタリのようですね」

「!!」

「《如来眼》は《氣》をよむことができるのが本来の能力です。それを活かすも殺すも私の思考ひとつなんですよ。見ることが出来なくなっても、どんなふうに使っているのか、どんな装備をしているのか見ればわかりますよ、それくらい」

「このクソアマァッ!!なにも出来ないくせにッ!」

「そこまでわかれば充分だよッ、ありがとうまーちゃん!」

「あとはおまかせしますね、さっちゃん」

「うんッ!」

「だいぶ動きやすくなったな。愛、あとは任せてくれ」

「はい、私の命、みなさんに預けます」

「ああ、任された」

如月たちが敵陣に飛び込んでいく。私は緋勇から預かっていたあらゆる《力》が宿った宝玉を手にする。あとはジル学院長が最奥の機械を起動しようとしているのを逐一知らせて攻撃するよう指示を飛ばすことくらいだ。

ジル学院長が如月の攻撃により壁に吹き飛ばされた。時間稼ぎをしながら仲間たちがひとり、またひとりと撃破していく。

「おのれェッ!!」

最後のひとりになったジル学院長の絶叫が響きわたる。なんとかスイッチをおさせるまえに無力化することに成功したと思った、その時だった。

「ぐああああッ!頭が痛いっ!頭が割れるッ!!これはいったいッ!」

それはあまりにも久しぶりにみた光景だった。ジル学院長がいきなり頭をかきむしりながらもがき苦しみ始めたのだ。

「いやだッ!いやだ、死にたくない!まだわしはやれる!まだ負けたわけではない!!そうだろう、まってくれ、まってくれ、たしかに負けた暁には贄になると契約したがわしはまだッ!まだあああ───────ッ!」

悲鳴が歪んでいく。次の瞬間、ジル学院長の頭が内側から弾け飛び、いつか見た巨大な蟲が出現したではないか。そしてその蟲は不気味な音をたてながらとんでいく。私達は頭に寄生されないようあわてて距離をとる。蟲は動力源不明の機械に入り込み、そのまま消えてしまった。そして、スイッチは入れていないにもかかわらず、いきなりONのランプが点灯する。

不気味な起動音があたりに響きわたる。ごぽぽ、ごぽぽ、と不透明な液体がカプセルポットの中で波打ちはじめ、それはやがて膨張していった。嫌な予感がして私達は距離をとったまま見つめていることしかできない。

カプセルポットが豪快な音をたてて弾け飛ぶ。黒煙があたりに立ち込めた。私達はとっさに間合いをとろうと飛び出してきたなにかを目でおいかけようとしたが、それは叶わなかった。真っ黒ななにかが異様な速さでかけぬけていく。壁になにかが激突した音がして、急いでおいかけていくとなにかがぶつかったのか壁がひび割れていて、粘着質のなにかが残っている。そのヌメリは廊下に続いていた。

「急ごう!」

私達はあわてて階段を駆け上がり始めたのだった。

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