憑依學園剣風帖63

「あれは一体なんだったんだ?」

途中で雷角を倒し、私達と合流してくれた緋勇が階段をかけあがりながら聞いてくる。緋勇たちは私達のいるはずの部屋から爆発音がして、なにかが飛び出してくるのを目撃したという。

「最初はまーちゃんに何かあったのかと思ったんだよ、気配が似てたから」

「でも、あれは......違ったわ」

触手に囲まれた一つ目を持つ巨大な深きもののように見えたという。その姿は人型をした蛙、もしくは触手に囲まれた単眼を額に持つ深きものの姿をしていた。

「あれは......そうだわ、那智真璃子さんの《氣》とよく似ていたような......」

「まさか、那智が産まされた邪神なんじゃ?」

「なら、どうしてカプセルポットの中に?《アマツミカボシ》を復活させようとしてたんだろ?」

「明らかに深きものに近い種族のようですね。私に似た《氣》ということは、その中に《アマツミカボシ》のなにかが降霊したのかもしれません。あの洗脳する蟲がジル学院長からそいつに寄生しました。本来なら敵対勢力同士反発するはずの器と魂が無理やり結びつけられているのかもしれません」

今の私は《如来眼》による解析が不能になっているためやつの正体がなにか全くわからない。

「外に出たらやべーってのはたしかだな!」

蓬莱寺の言葉にうなずくしかない。

屋上の扉はけ破られていて、荒れ狂う風が吹き込んできていた。人の形をしたヒキガエルが瑞麗先生たちと対峙している。その姿は皮膚が灰緑色になって膨れ上がり、四肢は骨がなくなってぐにゃぐにゃなタコのような姿になり、皮膚の表面は鱗のようになっておりただただ人間の面影を残す怪物だ。《鬼道衆》の忍びを捕らえて今から貪り食っている。もはや理性はなくひたすら破壊と捕食を行なっている。

瑞麗先生が攻撃をしかけようとしたその刹那、死体が無造作に投げつけられた。そして右腕が触手のように変化したかと思うとフェンスに向かってのび、絡みつく。そして翔んだ。

私達はあわててフェンスの向こうを見てみるが、眼下に広がるのは夜の帳が降りた大田区の街並みだけである。

「逃がしたか......」

フェンスは強大な力の踏み台になったためかひしゃげて歪み、今にも落ちそうになっている。ぬめりがまだ生暖かい。

「瑞麗さん、あれはいったい......」

「《レリックドーン》の連中が無償で切り捨てる寸前の下部組織に技術を提供するわけがない。喪部銛矢はわかっていたんだろうさ、こうなることをな」

「実験は失敗すると?」

「ああ......子供の姿をしていると侮った時点で私はいっぱい食わされたわけだ。やつは魔人というにはおぞましい。神だったころの先祖をその身に降ろしているのに自我が破綻せず、《鬼》におちた体も使いこなしている。いわば神が《鬼》となったのに堕ちる前の《力》も使えるようなものだ」

「逃げられましたか」

「ああ、すまないが......」

「12歳の頃からあんな実力があったなんて......」

「驚くしかない。《レリックドーン》はとんでもない人材を手に入れたようだな。あれは人体実験程度で手に入る類の《力》じゃない」

「ほんとですね......」

私も瑞麗先生もため息をついたのだった。

「厄介なことになったな......」

緋勇の言葉に私はうなずくのだ。

「でも、階段でみた時と屋上で見た時とどうして姿形が変わっていたのかしら......?」

「おそらく、《アマツミカボシ》の信仰する神も、深きものが信仰する神も、どちらも同時に呼ぶことができるレベルの劇薬です。喪部がいなくなったことで私の《如来眼》の《力》が復活したように、あれにも《アマツミカボシ》の《力》が活性化したんでしょう。ただ、この世界は体に精神や魂が最適化される性質がありますから、放っておけばやがて深きものの性質が表面化し、《アマツミカボシ》の《力》もコントロールできるようになるはずです。厄介なことになりましたね......」

「ああくそ!次から次とめんどくせーなァッ!!」

「《鬼道衆》はどこまでよんでいたんだろうな......」

「なにか気になることでも?」

「ああ、これで星見は終わりだと。てっきりまーちゃんのことかと思ったんだよ、《アマツミカボシ》は星見の一族だったって教えてくれただろ?」

その言葉に私は青ざめるのだ。

「まーちゃん、どうした?やっぱり《アマツミカボシ》の《荒御魂》が降臨したからなんか影響が?」

「わかりません......自覚がないだけなのかも......桜ヶ丘病院に検査してもらいます......」

「そうね、そうした方がいいわ。ひどい顔をしているもの。大丈夫?」

「......《アマツミカボシ》と完全に交信できなくなったのは初めてだったので、今更ながら恐怖心が......あはは」

ずるずる崩れ落ちる私に美里が隣に座って肩をさすってくれた。

「わかるわ。私も信仰心を否定されるような事態になったら、正気でいられる気がしないもの」

「ありがとうございます......」

「よく頑張ったわ、槙乃ちゃん」

「はい......」

「緋勇君、ジル学院長や戦闘部隊の処遇は私に任せてくれないか。君たちのことは伏せさせてもらうから。君たちはすべきことがあるだろう。面倒ごとに巻き込むわけにはいかないからな」

「いいんですか?」

「ああ、ジル学院長は死んだ。逃げ出した実験体の行方は気になるが、いつまでもここを放置するわけにはいかないからな」

瑞麗先生の提案により、私達はローゼンクロイツ学院から脱出することになったのだった。行くところがなくなってしまったマリィは一時的に美里の家に預けられ、公的な処理を《M2機関》を通じて行ったのち、寮に入るなりホームステイするなり選ぶことになったのだった。



そうして私達は帰路についたのである。

「愛、大丈夫か?」

付き添いを申し出てくれた如月と歩きながら、私は桜ヶ丘病院がある場所ではなく、中央区に向かおうと提案した。

「やはり気分が悪いわけじゃなかったか」

「翡翠君には適いませんね......実はそうなんですよ。現在進行形で《アマツミカボシ》の呪いに苛まれている存在を知ってる身としては気が気じゃないんです。あの場で話すわけにはいかなかったので」

「......まさか、秋月家の?」

私はうなずいた。如月は私の心中を察したのか複雑そうな顔をしている。

「だが、秋月柾希の呪いは《和魂》たる君のおかげで解呪できたじゃないか」

「でも薫ちゃんの脚は治らなかった」

「それは代償だ。本人も納得してたじゃないか。兄を助けた証だと」

「それはそうですけど......」

「秋月薫が《力》を使わなかったら、君がこちらの世界に来る前に死んでいた。秋月柾希が昏睡状態から目が覚めたが、秋月薫が死ぬはずだった兄の運命をねじ曲げた代償として足が不自由になった。兄の昏睡状態自体が呪いだったんだから、解呪して目を覚ます。本来死ぬはずだった運命を改変した代償は呪いの域を超えた秋月薫自身の《力》だ。解呪しても治らないのはわかっていたことだろう。治る可能性もある。本人にかかっているといったのは他ならぬ君だ。違うか?」

「違いません......違いませんよ。だから心配でたまらないんじゃないですか。明らかに脱走した実験体の標的は───────」

「少しは落ち着け、声が大きい」

「......ごめんなさい」

「とりあえず僕が連絡しよう」

「ありがとうございます」

「ダメなら時須佐先生に入れてもらおうか」

「そうですね」

私達が向かうのは東京都中央区にある都立庭園、浜離宮恩賜庭園(はまりきゅう おんしていえん)である。

東京湾から海水を取り入れ潮の干満で景色の変化を楽しむ、潮入りの回遊式築山泉水庭だ。江戸時代に庭園として造成された。園内には鴨場、潮入の池、茶屋、お花畑やボタン園などを有する。元は甲府藩下屋敷の庭園だったものが、徳川将軍家の別邸浜御殿や、宮内省管理の離宮を経て東京都に下賜され、都立公園として開放された。

その一角に結界がはられた場所があるのだ。そこには秋月薫という神秘的な絵を描く事で知られる天才画家で、星視の力を持つ車椅子の少女がいる。兄の柾希は敵に襲われて昏睡状態にあったが、柳生が差し向けた刺客たる《アマツミカボシ》の《荒御魂》の呪詛だったために私が解呪できた。よって意識はある状態だ。2人とも医学的には全く異常はないが、薫の足が動かない、柾希は徐々に回復してきてリハビリの最中である。

2人ともその強力な《予知》の《力》により柳生から真っ先に狙われる可能性があるため、浜離宮に設けられた結界内で御門らの守護を受けつつ暮らしている。

「そんなので大丈夫なのか?時須佐先生に言伝たら?」

「ダメです、時間がない」

「なら、せめて落ち着け」

「......はい」

如月になだめられてしまった。

「御門に会いたくない気持ちはわかるけどな」

「あっちも私に会いたくないと思いますよ」

「毎回思うが《アマツミカボシ》が反逆の民だったのは何年前の話なんだろうな。宮内庁がそこまで毛嫌いする理由がいまいちよくわからない」

「色々あるんだと思いますよ」

「その色々が秋月兄妹の解呪を遅らせたせいで足に不自由が残ったというのに愛のせいにするんだからな......」

「若き頭領だから、大変なんですよ、きっと」

「......本当に君は......あいわからずだな」

「だって、《アマツミカボシ》の《荒御魂》と《和魂》とはいえ、どちらも《アマツミカボシ》の一側面には変わりません。その転生体たる私が解呪するといったところで、信頼できるかといわれたら難しくはありませんか。信頼を得るのは大変なことですよ」

「秋月薫が言わなかったらなしのつぶてだったくせにな。今でもお礼もよこさない」

「あはは......。まあ、柳生との戦いのあいだは我慢してくれとしかいいようがありませんね」

「とりあえず連絡はついた」

「よかったです、門前払いされなくて」

そう、私は秋月兄妹の護衛である御門に嫌われているのだ。

理由は色々あると思う。

《アマツミカボシ》はかつて天御子という大和朝廷を傀儡として日本を掌握していた超古代文明の研究者の一人であり、私の存在そのものが神武天皇から脈々と受け継がれてきた皇室の根幹を揺るがす暗黒時代の生き証人であること。

秋月兄妹を襲った《アマツミカボシ》の転生体であること。なにせ皇神関連の人間関係の中核は柾希だった。柾希の周りに薫や御門、村雨がいた。互いのつながりに常に柾希がいた。柾希抜きにして成り立たないバランス関係だったこの関係が、柾希が昏睡状態になった事によって異常をきたす。薫が兄の振りをして当主におさまることになり、御門と村雨は薫に片思い中だからえらいことになった。

私が浜離宮を初めて訪れた時、秋月周辺の人間関係は、破綻寸前の関係を気力だけで保たせている状態だった。1角分崩れたらもう限界、緊張感の最中に《アマツミカボシ》の《和魂》の転生体が解呪させてくれと現れた。

3者3様に張るべき意地があり、しかも気を抜ける場所ってのがないから、当然どこかに無理が出ていた。その無理を吸収する遊びの部分が無かった。元来この面子の中では一番の庇護対象にあった薫が、自らの理想でもあり、保護者でもあった兄の代役をする訳だから年令も、性別も、強く意識して隠す必要がある。完全防備で隙が無い、自分が柾希でないという事から離れる事もできない。

そこにいきなり現れた私がその無理のぶつけどころになったというわけだ。

あの時のやり取りはあんまり思い出したくない。

「さて、ついたぞ」

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