憑依學園剣風帖60

美里が私の異変をどうにかしようと、いつもは後回しにしている守備力などを上昇させる《力》を真っ先にかけてくれた。治してくれようとしたが、私が健康体そのものであると感覚的にわかったのか困惑している。これは状態異常ではない。今の私はいわば圏外状態のラジオなのだ。さすがに美里でもどうにもならない。それを伝えていると少年は驚いたように声を上げた。

「驚いたなァ......かなり動けるじゃないか。なるほど、今回の《菩薩眼》は《アマツミカボシ》より《キリスト教》と親和性が高いのか。150年にも及ぶ信仰の力は時に血の運命をも凌駕するというわけだ。なるほど、ジル学院長が欲しがるわけだな」

「え」

「《アマツミカボシ》も《菩薩眼》も不老不死の研究に不可欠な実験体を確保する母体として優秀だからな。その《宿星》さえ確保できれば、キリスト教と親和性が高い《菩薩眼》の方を欲しがるのは当然か、ナチ復活の足がかりには。しかし、天海大僧正の加護まであるのか......変生させるには骨がおれるな、ここは屋内だ。こいつだけじゃ足りない」

少年はふたたび呪文をとなえはじめる。私はすかさずイブングハジの粉をまいた。

「まさか......!」

「そのまさかのようですね」

少年は《星の精》を数体同時に召喚、従属の呪文を紡ぐ。私のばらまいたイブングハジの粉が小学生とは思えない異様な魔術師の側面を見せつけてくる。

「《菩薩眼》と《如来眼》の女を連れて行け」

迫り来る《星の精》、そして邪神に私と美里は緋勇たちに庇われるがまま後ろに下がる。

「愛ッ!」

如月は私に忍具をいくつか投げて寄こしてきた。

「少しでも殺傷能力があった方がいいだろう。使ってくれ」

「ありがとうございます、翡翠君」

私は早速迫り来る《星の精》の触手を弾いた。木刀と二刀流となるが10年前はマシンガンに日本刀に鞭にとあらゆる武器を駆使しながら《遺跡》に潜っていた経験上、こちらの方が選択肢が広がっていいのかもしれない。私本来の《氣》をこめるにしても《アマツミカボシ》の加護が失われた今となっては純粋に鍛錬していない普通の人間よりはマシ程度の威力しか見込めないが、やるしかない。私は美里の前にたち、《星の精》の攻撃を弾きながら距離をとる。

「掌底・暗勁」

中国武術において最大の火力を誇る八極拳。そこに発勁がくわわったらどうなるのか。しかも達人の域に達している人間が練り上げた氣が。その絶大な威力を目の当たりにした私は思わず振り返る。掌底より発せられた氣が、《星の精》のの全身を巡り、破壊したのだ。弾け飛んだ肉片があたりに四散する。大ダメージを受けたらしい《星の精》は明らかに精細をかいている。

「瑞麗さん!」

「失望されない程度にがんばるといっただろう?」

不敵に笑う瑞麗先生に蓬莱寺が口笛を吹いた。

「2人のことは私に任せて、邪神に集中するんだ」

心強い言葉に緋勇たちはうなずいた。

「いつまでその威勢が続くか見せてもらうよ」

小学生が笑った。

その瞬間に足もとがよろけるほどの風が息が苦しくなるほど吹き込んでくる。鋭い刃物を当てられたように痛い。烈風が大波のように吹き過ぎる。光を引き裂くような強風だ。

渦を巻いて通りすぎる。風に拒まれて前に進めない。
 
誰か大声で叫んで、走って行った。その声が強い風にすぐちぎり取られて、意味のない叫び声のように聞こえた。空気そのものをかっさらってしまいそうな激しい寒い風だ。吹き始めた暴風は一秒ごとに募るばかりである。

命がけに呼びかわす互い互いの声は妙に上うわずって、風に半分がた消されながら、それでも私の耳には物すごくも心強くも響いて来る。

凍りつくような沈黙の中に放り出された。風の音だけが施設内を彷徨していた。

形がない生きものが押すように、あらゆるものがたがたと鳴る。だが、その生きものは、硝子板に戸惑って別に入口を見付けるように、ひゅうひゅう唸うなって、この建物の四方を馳はせ廻まわる。

爆発の黒煙を、清掃員のような馴れた面持ちで片づけてしまう。規模が大きかったのか、今上がっている煙は、容易には絶えない。誰かが死の黒いインクを、地の底からこの世界に逆さまに垂らし続けているかのようだった。

なにか悪霊にでも取り付かれているような凄まじさがあった。異常な気配がある。まるで意志を持つ風だ。不可視の怪物が緋勇たちに襲いかかってきたのである。くりかえしやってくる。姿形を変え、よせてはかえし、静かに、激しくくりかえす。

「自分の知らない遠い祖先が犯した罪を知らぬ者共め」

それは怨念という名前の呪詛だった。人類が誕生し物事の「白」と「黒」をはっきり区別した時にその間に生まれる「摩擦」だった。

死んだような音色……その力なさ……陰気さの底には永劫に消えることのない怨みの響きが残っている。人間の力では打ち消す事の出来ない悲しい執念の情調がこもっている。

黒い息吹が立ちのぼってくるのだ。

「我らを不倶戴天の敵の守護に使うとはどれほどの屈辱か!」

それは《鬼道衆》の怨念が形を為したといっていい怪物だった。

「おのれ、天海大僧正めッ!許さぬッ!断じて許さぬッ!結界の加護など破壊してくれるッ!!」

畏怖の咆哮が響きわたる。どうやら《五色の摩尼》に封じられているのは九角鬼修の使役した《鬼》たち、あるいは《鬼道衆》たちの負の感情が変じた者らしい。

「御館様ッ、必ずや───────!」

「その御館様ってのは、九角鬼修か?それとも天戒?」

緋勇の言葉に《鬼》は怒り狂う。

「なにをいうッ!鬼修様に決まっておろう!」

「天戒の代に《鬼道衆》は徳川幕府に対する復讐をやめて解散してる。最後の御館様の意志を無視して先代の意志を優先させるのか?それでもやるのか?」

「なんだとッ?!ばかな、鬼修様の後継などいる訳がなかろうッ!!おのれッ嘘をいって───────!!」

どうやら《五色の摩尼》には徳川家光の時代に天海大僧正に封じられた《鬼》、もしくはその時代に権勢を振るった《鬼道衆》の魂が封じられているようだ。鬼修が静姫とのあいだに子供をもうけたのは幕末のころだから、知らないのも無理はない。激昴した《鬼》に呼応するように暴風が吹き荒れる。

私は美里と共に《星の精》と《鬼》の攻撃を受けないように必死で身を隠しながら、吹き飛ばされないように壁にしがみついていた。

耳元で高笑いが聞こえる。とっさに振り返るといつの間にか《星の精》が私たちのすぐ側にまで近づいていた。

「葵ちゃん、あぶない!」

私はとっさに美里を瑞麗先生のところに突き飛ばす。

「槙乃ちゃんッ!!」

美里の手が私に伸びたが、私は振り払った。幾重もの触手が私の四肢に絡みついていく。気持ち悪さに呻きしかでてこない。じたばた抵抗したのだが、拘束はより強固なものになっていく。仲間たちの呼ぶ声が聞こえるが、私を盾にされてしまい攻撃することが出来ないようだ。ああもうダメかもしれない。薄れゆく意識の中でぼんやりと考えたときだった。

「───────ッ槙乃ちゃん!!」

美里の悲鳴にも似た声がやけに凛とひびいた。強烈な閃光が私の前を横切ったかと思うと、《星の精》の悲鳴が響きわたる。私は拘束されていた触手もろとも落下する。寸での所で助けてくれたのは、天使だった。黄金色の剣を持つ大天使が私を抱いたまま《星の精》を両断する。一瞬にしてダルマになった《星の精》に瑞麗先生がトドメをさしたのだ。天使が触手から私を解放して美里の所におろしてくれた。

「槙乃ちゃん!!」

美里に抱きつかれ、そのまま泣き出されてしまう。窮地を脱することに成功した私達に緋勇たちはホッとしたのち、改めて《鬼》にむけて戦闘を再開したのだった。

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