憑依學園剣風帖59

「ここがローゼンクロイツ学院か......」

「堀が高くて、無機質で、なんかイヤな感じだねッ......養護施設っていうより、なんか刑務所か病院みたい」

「ああ」

「警備員が校門の所にたっているし、荒れた高校なのかもしれないな。全寮制とはきかないし」

「物々しい雰囲気だな。どうやって入るか」

「裏口から入れないか探してみよう、醍醐」

「そうだな。相手のことがわからない以上、真正面からいくにはリスクが大きいな。裏の方に回ってみようか」

「裏に入口はないみたいだね」

「そうだな」

「どーしようか」

「やっぱり正面から入るしか......ん?」

私達は非常階段の向こう側があいていることに気がついた。

「結構大きな高校なのに部活に残ってる生徒達全然いないね」

「......学校オワッタラ、校舎入ッチャダメナノ......選バレタ子達ダケユルサレテル......コッチキテ」

マリィが私達を案内しはじめた。迷うことなく向かった先には学院長室。

「階段が......」

「地下へ続く階段か」

「なるほど、校舎に残るなってのはこのことか」

人気のない研究所の建物などというものは、臭いだとか、足音だとか、そんな木霊のたぐいだけが住んでいる、亡霊の館のようなものである。

そして、私達はその先でローゼンクロイツ学院の真の姿を目撃することになる。

「実験の様子はどうだ?」

「はッ。再粒子抽出機をテレモニターに接続。被験者の念波動を原子結晶化し、抽出、培養、増殖───────」

粒子断面および検出数値がモニター化されている。カプセルに封じ込められてしまった少女たちが液体の中に全裸のままゆたっている。停止した頭のどこかに、それらの言葉が意味も成さないまま浮かんでは消え、表情のコントロールを完全に放棄していて、マネキンのようだ。呆けた様子をさらしたまま、かなりの時間が経過しているのがわかる。

「ミンナ......」

マリィは泣きそうだ。

海の底を歩いているような奇妙な感覚が被験者を蝕んでいる。きっと誰かが話しかけてもうまく聞こえないし、誰かに何かを話しかけても、それを聴きとれない。まるで自分の体のまわりにぴったりとした膜が張っている。その膜のせいでうまく外界と接することができない。虚脱状態にしばしば陥る。体の中の何かが欠落して、そのあとを埋めるものもないまま、それは単純な空洞として放置されていた。体は不自然に軽く、音はうつろに響いているに違いない。

覚えがある感覚だ。10年前のあの日、あのカプセルポットにいたのは他ならぬ私だった。空間をふたつに区切り、その区切られた空間をまたふたつに区切った。そして何度も何度もそれをつづけ、最後に手のひらにのるくらいの小さな空間を作りあげた。頭の中身が、すとん、と音を立てて、その小さな空間にごっそりと抜け落ちたような感覚になる。

カプセルポットに並んでいる女の子たちはみんな昔の私みたいな顔をしていた。

「......研究員しかいないな」

「学院長はどこだァ......あの変態野郎はよッ」

「......コッチキテ」

マリィは誰よりもこの研究所を熟知している。超能力開発をする場所、強力な超能力の実験をする場所。実験体の子供たちの中にはマリィのように人間的な感情を押し殺している子供を見つけることはできなかった。薬物投与や魔術による心身の成長をとめられてどこにも異常をきたさないマリィが奇跡そのものなのだ。

オニイチャンがマリィを庇ってくれたおかげで、楽しいことに笑い、悲しい時に涙する表情豊かな少女として成長し、《力》も安定して強くなっていったのだろうと私は思う。学院における辛い日々の中でも優しさを失わずにいられたのはそのためだ。自分の《力》がなんのためにあるのかという両親の教えを守り、他者を傷つけることを拒み、友達を守り、信じようとした。マリィがオニイチャンにしてもらって心の底から嬉しくて、私達にしてあげたいと思ったことなのだ。

「マリィちゃん、オニイチャンはどうして逃げようといったんですか?」

「《鬼》......」

「鬼?」

「《鬼》ガクルカラ......アブナイから......絶対ニ逃ゲロッテ......ココ以上ニアブナイトコロニ拉致サレテ、化物ニサレルッテ......」

「《鬼道衆》のことを知っていたのか」

「ウウン......オニイチャン、《鬼道衆》ジャナクテ邪悪ナヤツらガクルッテ」

「......《レリックドーン》のことかもしれんな。奴らは平気で聖地を踏み荒らし、焦土と化し、すぐに逃げてしまう卑劣な連中だ。《ロゼッタ協会》もな」

「墓荒らしですからねー、あはは。耳が痛い」

「もし《鬼道衆》の戦いが終わって将来を考えるなら、是非ともうちに......」

その瞬間に大地が揺れた。私達は突然の衝撃に倒れることになる。なんだなんだと辺りを見渡す。バレたのかと思ったがどうやら違うようだ。

「───────......」

私は身に覚えがある《氣》に戦慄するのである。いつの間にか私達の前に1人の少年が現れたのだ。私は密かに唱えておいた呪文の効果を確認し、笛をふこうとした。

「───────ッ!?」

音がならない。笛をならしても音が出ない。私の呼吸する音だけが響いている。

「どうしたんだ、まーちゃん?」

「音が......鳴らないんです......。これじゃあバイアクへーが呼べない......」

「えっ!?」

「まさか、こいつ迷子じゃねーのかッ!?なにもんだっ!」

「気をつけてください。彼は......」

「何を驚いているんだい?」

小学生に見上げられ、私達は困惑するしかない。

「邪魔がくることはわかってたはずだろう?君達の《力》はサラの透視で見せてもらったんだ。君達が乗り込んでくることがわかっているなら対策するに決まっているじゃないか」

緋勇たちも驚いている。こんなに小さな小学生が敵だというのだ。

「特にそこの《アマツミカボシ》の転生体には邪魔されると困るんだ」

「───────......ッ!?」

「どうやら君は僕のことを知っているようだね。《アマツミカボシ》としてなのか、僕と会ったことがあるのかはしらないけれど」

小学生は笑う。

「君の《宿星》は《妙見菩薩》だったね、時須佐槙乃。占星術などにおける、人ひとりひとりの運命や根源的性質を司る星は、いわゆる人智を超えたところにある定め、運命、あるいは神の思し召しだ。道教由来の天体神信仰、陰陽五行説等が習合し、北斗七星・九曜・十二宮・二十七宿または二十八宿などの天体の動きや七曜の曜日の巡りによってその直日を定め、それが凶であった場合は、その星の神々を祀る事によって運勢を好転させようとする。平安時代、空海をはじめとする留学僧らにより、密教の一分野として日本へもたらされた占星術の概念だ。他の《宿星》はどうにも本来の《宿星》の概念とは異なる起源を持つようだからどうにもならないが......《アマツミカボシ》を無力化できればどうとでもなる。《鬼道》さえ邪魔されなければどうとでも。そうだろ?」

「......なにを、なにをするつもりですか」

「わかってるんじゃないのか、時須佐槙乃。もうしたんだよ」

「......」

「まーちゃん?」

「......ごめんなさい、ひーちゃん......私の《力》、なぜか使えなくなっているようです。なにも視えない......なにも感じない......私がわかるのはなにもできないということだけです」

「なッ!?」

「おいてめェッ、なにしやがった!!」

「星辰を動かしただけだよ。風神の眷属が呼べない位置に動かしただけだ。ついでに北辰もね。この瞬間から君の《力》は無力化された。《アマツミカボシ》の恩恵を受けていた君の仲間もだ。なにを驚いているんだい?僕達が君の一族を根絶やしにしたときと全くおなじやり方をしただけじゃないか」

「槙乃ちゃん、大丈夫?」

「......」

「まさか......まさか君が《レリックドーン》が派遣した人間か......?」

「《エムツー機関》のエージェントか、随分と来るのが早いじゃないか」

「こんなガキがテロリストかよ、嘘だろ......!?」

「よかったよ、退屈してたところなんだ。ローゼンクロイツ学院日本校は成果が出せなければ《レリックドーン》から足切りされる。僕はその視察に来てただけなんだが......ちょっとは楽しめそうだ」

少年は《宝玉》を取りだし、廊下に放り投げる。

「さあ、変生せよ。まつろわぬ民と蔑まれ、外法に堕ちた魂に今相応しい体を与えてやる。今こそ復讐の時だ」

それが《五色の摩尼》だと気づいた時、私達の前には新たなる邪神が立ち塞がった。

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