憑依學園剣風帖58

私立ローゼンクロイツ学院日本校は、生徒数380人、教員数は41名、大田区文化会館近くに位置する中高一貫校である。ローゼンクロイツ財団が運営し、孤児の救済と教育を目標にかかげる養護機関でもある。世界中から身寄りのない孤児を積極的に引き取り、手厚い保護のもとで熱心な教育と育成に取り組んでいるとされる。その英才教育と充実した施設から理想の福祉施設との呼び声も高い。またバザーを開いてその収益を孤児救済にあてる活動も熱心だった。孤児保護の観点から情報規制が非常に厳しいため、学校行事も一般には非公開となっている。学校側の発表によれば遠足や林間学校などごく普通のイベントが行われているという。

入学という制度をとっておらず、一部の選ばれた孤児だけが入学できるともいわれる同校は、夜中に少年少女のすすり泣きが聞こえるとの風聞もあり、一部のマスコミが調査に乗り出していた。

「もしかして、それってエリちゃん?」

「天野記者と知り合いか、さすがだな」

瑞麗先生はうなずいたあと、マリィをみた。

「マリィ=クレアさん。君はアメリカで×年前に誘拐されたようだね。家族から失踪届が出ているよ」

「ホント......?」

「ああ。これを見るといい。君の家族だろう。ずっと探しているよ」

瑞麗先生がマリィに見せた資料には小学生くらいの今と何ら変わらないマリィと仲睦まじい家族の写真がうつっている。どうやらマリィの家族は今なお娘の行方を探しているようだ。

「マリィ......ずっと......パパ、ママガ捨テタッテイワレテタ......マリィ、SPI使いダカラ......怖イッテ......」

「なるほど、そうやって子供たちの意識をコントロールするわけか......少年兵をつくる常套手段だな」

瑞麗先生はためいきをついた。私達の間に重苦しい空気がたちこめる。ローゼンクロイツ学院は国際的な犯罪組織のフロント企業のような側面があったようだ。

「......私、そんな団体の主催するバザーのボランティアをしてたなんて......」

「葵......」

「葵オネエチャン、ナカナイデ......オネエチャンガ来テクレタカラ、マリィ、葵オネエチャンガダレカワカッタンダヨ」

「......そう、ね。そうよね、私が行かなかったら、今頃マリィは......」

マリィはうなずいた。

「しっかし、マリィ、お前これからどうすんだ?ローゼンクロイツ学院に透視なんてふざけた超能力使うやつがいるんだろ?マリィのことバレちまってるぜ」

「人体実験で無理やり幼い子供のままにして超能力の開発か......怖気が走るな」

「このまま瑞麗さんに保護してもらってアメリカに帰った方がいいんじゃないか?」

「......ふむ、そうしたいのはやまやまなんだがな......《鬼道衆》の魔の手が海外にまで及んでいるのはアラン君の件で発覚しているんだろう?マリィさんを家族のところに送るのは可能だが、またマリィさんが誘拐される可能性がある」

「なんだって!?」

「《鬼道衆》を倒さない限り難しいということか?」

「いや......それだけではないさ。マリィさんはローゼンクロイツ学院において出来損ない扱いされていたようだが、それは超能力の発火能力と《力》を勘違いされていたからにほかならない。そうだな、槙乃」

「えっ、マリィちゃん、超能力者じゃないの?」

「《如来眼》で解析してみたんですが、どうやらマリィちゃんは私達と同じ《龍脈》の活性化により目覚めたタイプの能力者のようですね。拉致されたことで覚醒が早まったようです」

「比良坂さんと同じパターンか」

「......マリィ、ファイアスターターッテイワレテタ。チガウノ?」

私はマリィまで視線を落としながらいうのだ。

たしかにパイロキネシスは超能力の1つで、火を発生させることのできる能力である。誘拐される前のマリィは火の気のないはずの場所で火事の頻発する事件が生じている。無意識に発火を起こしたものなのは間違いない。初めは見つめた物がなんでも発火したらしい。

「でも、マリィちゃんのパパやママは怖がりましたか?」

「ウウン......ママモソウダッタッテ、《力》ノ使イ方教エテクレタヨ。マリィニ移ッタノヨッテ」

「パイロキネシスの能力者は10代の少年少女が多いんです。マリィちゃんが目覚めるには早すぎるんですよ」

「!!」

マリィはじわっと涙が溢れてきた。

「誰も......誰もママやパパのイウコト......シンジテクレナカッタッ!」

美里は抱きついたまま泣き出してしまったマリィの頭を撫でる。

「マリィちゃんのパパやママは、マリィちゃんのために色々教えてくれたのね。素敵なご両親だわ」

「ウン......ウン......」

「パイロキネシスの原理は、体に帯電された静電気が強力な電磁波となって放射され、発火を引き起こすというものです。右脳半球に電波による異常な周波数が計測されており、この電波が異常な能力を発現させたものと指摘されています。でも、マリィちゃんの《氣》の性質は小蒔ちゃんが火の矢を放つ時によく似ています。物質化する時にたまたま炎の性質をもってあらわれるから、結果としてパイロキネシスと勘違いされたんでしょう。ほんとうに今までよくがんばりましたね、マリィちゃん」

「ウン......」

「そっかあ......ボクは《氣》を頑張って練り上げなくちゃいけないけど、マリィはそんなことしなくても出来ちゃうんだもんね。すごいや」

「......マリィ、スゴい?」

「うんッ、すごいよマリィ。だってボクが出来るようになったのほんの最近なんだからね。集中力切らしたら出来なくなっちゃうし。でもマリィは簡単に出来るし、コントロールできるんでしょ?」

「ウン......」

「すごいよ」

桜井に頭を撫でられてマリィは嬉しそうに目を細めて笑った。

「オニイチャント一緒ノコトイワレタ」

「なあ、マリィ。さっきからオニイチャンっていってるけど、マリィのオニイチャンも誘拐されてきたのか?」

マリィは首をふった。

「コッチに来テカラ出来タオニイチャン。マリィのコト、カバッテクレタノ。マリィガココに来タノモ、オニイチャンガ逃ガシテクレタ」

「まさか、その子も誘拐されたの?」

「ウン......マリィニ、日本語教エテクレタオニイチャン。ズット前カラ逃ゲル約束シテタケド、マリィガ葵オネエチャンノトコ行キタイッテイッタラサヨナラダッテ」

「そうなのか。その子は大丈夫なのか?」

「ウン......オニイチャンハ、パパガオ迎エニ来テタヨ。青森ニ帰ルッテ」

「そのまま一緒に逃げてもよかったのに......わざわざ私に時計を届けに来てくれたのね、マリィ。ありがとう」

「ローゼンクロイツ学院のこと教えてくれてありがとうございます」

「ウン......マリィ、ミンナニお願いガアルカラノコッタノ......」

「なあに?」

「ワタシ......ワタシ......見タノ......」

マリィは話し始める。ローゼンクロイツ学院において行われ始めた大規模かつおぞましい実験を。そして命を落としていくクラスメイトたちを。マリィは出来損ないだから見向きもされなかったが、優秀とされていた女の子たちが次々に減っていく恐怖を。

「ミンナ......助ケテアゲテ......」

どんなにいじめられても、出来損ないと蔑まれても同じ境遇の子達を見捨てることが出来ないマリィに緋勇は任せろと頷いたのだった。

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