憑依學園剣風帖55 変生完
炎角の体を生贄とし、魔法陣から顕現していたヤマンソは、私が退散の呪文を完了したことで地球上から追放された。そのさいに喰われた炎角の体は全身が重度のやけどとなった悲惨な状態で倒れ込む。全身真っ黒であり、年齢や身体的特徴すらわからない有様だ。おそるおそる近づいてみるが息はない。私の《如来眼》も炎角の絶命を知らせていた。
「大丈夫かッ、みんな!」
「へへッ、おせえよ、ひーちゃん。今終わったとこだ」
「炎角は?」
「見たとおりだぜ。那智んときと一緒で自分に《鬼道》をかけてヤマンソを憑依させやがった」
「......ッ......ひどい......槙乃ちゃん、どう?」
「ダメです、酷い火傷でほぼ即死でしたね」
私の言葉に悲しげな顔をした美里がかけてくる。
「なんて忠誠心だ。そこまでやる価値があるのか......理解出来ん」
《白虎》は危機が去ったと悟った醍醐の心情により本来の姿を取り戻していく。いつもの醍醐がそこにいた。元に戻ることができて一安心である。
「へッざまあみやがれッ!俺達にケンカを売ろうなんざ、百億年早ェぜッ!」
「京一ったら調子いいなあ」
「へへへッ」
「みんな無事でよかった」
「みんな、すまん。色々迷惑かけて......」
「今更どの面下げて戻ってきたんだよ。いきなり姿をくらましたかと思えば、今度はいきなり現れやがって」
「京一ッ、そんないいかた───────」
「いいや、いわせてもらうぜ。こいつは前からてめェ勝手なとこがあんだ。なんでも自分一人で解決できるような面しやがって......こんなやつとこれからも一緒に戦わなきゃならねェなんてよ」
「......」
「そうだな......京一のいう通りかもしれん。俺がいればこれからもみんなに迷惑がかかる。龍麻......今までありがとう」
「ふざけんなっ!」
「......すまなかった」
「京一......お前は俺にとってかけがえのない友達だった。お前になにをいわれようと俺はお前のことを忘れない......もう会うことも無いだろうが......」
「いいたいことはそれだけか?」
「ん......あ、ああ......」
「そうか......」
「ならいい───────」
蓬莱寺の強烈な一撃が醍醐に炸裂した。
「醍醐、前もいったと思うが俺達はお前のなんだ?俺達は一緒に戦ってる仲間じゃねェのか?その仲間を信頼できねェで、これから《鬼道衆》のやつらと戦っていけると思ってんのかよッ!これからもお前の大切なものを護っていけると思ってんのかっ!」
「大切なものを......」
「俺達はお前の力になれねぇほど無力か?」
「そんな事は......」
「じゃあもっと俺達を信用しろ。お前は俺の......いや、俺達のかけがえのねェ仲間だからな」
「京一......」
「ふんっ」
「......く、くくくッ......俺も京一に説教されるようじゃ、まだまだ修行が足らんな......」
「あったりめェだッ!こうみえても俺は苦労人だからなッ!」
「ああ」
「けッ」
「ははは───────」
「京一、ありがとう。俺は......俺はお前たちに会えてよかった」
「ばッ、はかやろーッ!恥ずかしいこというんじゃねェッ!気色わりィやつだなッ」
「はははッ」
蓬莱寺たちが仲直りしている横で、美里が炎角のそばで《力》を使っていた。
「葵ちゃん」
「もう少し、もう少しだけ試させて、槙乃ちゃん。もしかしたら───────」
「炎角がいってました。《鬼道衆》の目的は《菩薩眼》という《力》をもった女だって。森羅万象を司り、あらゆる病理を治癒し、死者蘇生すらなしえる奇跡の《力》だって。それを覚醒させるためにわざと私達の周りの人達をまきこみ、ツイとなる《力》である《如来眼》の私を監視していたと」
「えっ」
「ヤマンソに変生する寸前に笑いながらいったんです。《菩薩眼》を見つけたって。かならずや手中に収めてやるって。葵ちゃん、もしかして......」
黄金色の輝きが炎角を包み込む。
「......わたしの《力》、《菩薩眼》ていうの?」
みるみるうちに火傷がひいていき、成人男性だと判別できるくらい治癒してしまう。それだけではない。私の《如来眼》が先程までたしかに絶命していたはずの炎角の鼓動が再開したことを《氣》の再生成により伝えてくる。
「佐久間君も酷い火傷で......見ていられなくて......槙乃ちゃんはいなかったけど、なんとかしなきゃって私......」
「すごいですね、葵ちゃん。どこか痛みませんか?体に違和感は?」
「いいえ......私、無我夢中だったから覚えてないの」
「そうですか」
「ねえ、槙乃ちゃん、この人は......」
「体も魂もほぼ蘇生できています。あとはこの人にどれだけ生きる気力が残っているか。桜ヶ丘病院に運ばないと......」
「あっ、それなら如月君が佐久間君のために呼んでくれたはずだわ。火事に巻き込まれて何人も怪我人がいるって......」
「なるほど、なら安心ですね」
「よかった......那智さんみたいに追い詰められた末の強行だったなら、死ぬしかないなんて嫌だと思ったの」
「葵ちゃん......」
「この人は死にたかったのかもしれないけど、また話を聞くことができたら、なにかわかるかもしれないと思って。私のエゴだとは思うんだけどどうしても我慢できなかったの」
私は美里の頭を撫でた。本来、美里はここまで《力》に覚醒しないはずだった。完全なる死者蘇生は150年前の御先祖にして《菩薩眼》の姫君と九角鬼修のあいだに生まれた美里藍しか出来なかった。私がいるだけでここまで覚醒してしまうのかと思うとなんともいえない気分になってくる。覚悟が決まっていないのにどんどん《力》が強くなっていくのはどんな気分なのだろうか。
「さっちゃんがいってましたよ、江戸時代、九角鬼修の《鬼道衆》が《菩薩眼》の女を誘拐する絵がかかれた絵巻物が雛川神社に奉納されているそうです。何が理由かはわかりませんが、かつて《鬼道衆》が葵ちゃんと同じ《力》をもった女性をめぐって徳川幕府と対立していたようです。気をつけてください、葵ちゃん。間違いなく、次から《鬼道衆》はあなたを狙ってきますよ」
「───────......」
「私達が守ります、必ず」
救急車のサイレンの音が、ドップラー効果で奇妙に歪みながら高まって来る
。パトカーや救急車のサイレンが近づき、周囲は騒音の渦となった。赤色灯の赤い斑模様を竹林の壁面にぐるりと投げかけ、サイレンだけがやんだ。直後、晴れた空から静寂が降りてきて、スポットライトのように救急車の回りに無音の空間を作りあげた。消防隊がただちに活動を開始する。
私達は龍山先生と共にこっそり竹林から脱出したのだった。
「緋勇龍麻......緋勇龍麻ァッ!?うっそやろ、こんな偶然あるッ!?わい、劉弦月ゆーんやけどッ、あんさんのおとーちゃんの弦の字もろたんやでッ!!つまり、あんたは義理の兄ちゃんやー!!」
感激のあまり抱きつく劉に緋勇はぽかんとしたままだ。
「ほ、ほんとかよ?」
「た、たしかにじいちゃんから父さんは中国で修行中に死んだって聞いてるけど......」
「その修行中の拠点がわいの村やってん!緋勇弦麻やろ?んで、龍麻の麻の字は弦麻はんからやろッ!?な?な?」
「そうだけど......」
「いやァ〜、一度は会わなあかんおもて、姉ちゃんたちに黙って日本来たはいいけど全然どこにおるかわからんで困ってもーてなぁ。よーやっと手掛かり掴んで龍山先生んとこきたらまさか会えるとは〜ッ!やっとわいにも運が回ってきたでッ!」
「えっ!?龍山先生、俺の父さんのこと知って......!?」
「若い頃、占いの修行のために世界各地を回ったことがあってのう......。占術の源流を求めていくうちに劉の村にたどり着き、そこでお前さんの父親と知り合ったんじゃ。懐かしいのう」
「もしかして、こないだ言ってた話したいことって......」
「うむ。あの時は《鬼道衆》の話が先じゃったからのう、落ち着いてからと思っておったんじゃが」
「なんだ、わざわざもったいぶらなくてもいいじゃないですか、先生。龍麻不安がってましたよ」
「なにか大事な話があるのかと思ってびっくりしましたよ」
「ふぉっふぉっふぉっ、サプライズというやつじゃ。劉から連絡は受けておったからのう。まさかこんな形で会うことになるとは思わなんだが」
「あっ、こいつと会わせるのがサプライズだったのか!」
「そーやねん!17年たって弦麻はんから一字わけたモン同士、いわば日本の兄貴分やんか?いよいよ会えるってウキウキ気分で龍山先生んとこ行ったら竹林が大炎上しとんやで!?んなもんびっくりして駆けつけるに決まっとるやんかァッ!下手したら会う前にみんな死んでまうかと思たんやでッ!?」
「そうだったのか......」
「なんだよ、そーいうことならそうと早くいえよなッ!うさんくせー登場の仕方しやがって!」
「かんにんや〜ッ!つい目立ちたがりの本性がでてもーて......緋勇の仲間や思たらかっこよー登場しとかなあかんとつい気合いがなッ!」
「スタンバってやがったのかよ、てめー!早く助けやがれ!」
「ごめんて、京一はんっ!」
どつき漫才をはじめた蓬莱寺と劉をみながら、みんなつられて笑ってしまう。
劉はこうして笑って誤魔化しているのだが、18年前劉の一族が治めていた《龍脈》の地は柳生との最終決戦の場だった。緋勇弦麻は劉一族にとって英雄も同然であり、自分の身を呈して柳生を封印した弦麻の意志を受け継ぐことができず、力及ばずに柳生が復活、一族が全滅したことを心の底から悔いている。ゆえに劉がここまで緋勇や仲間である私達に好意的なのは並々ならぬ書く後の現れでもあるのだ。
龍山邸の事件を目の当たりにして思うことがあったのか、首を突っ込む気満々のようである。
こうして事件は幕を閉じたのだった。
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