憑依學園剣風帖54

結界の崩壊が進むにつれて、竹林がだんだん火に巻かれていく。追い立てられるように私達は走った。

《いあ!いあ!はすたあ!はすたあ くふあやくぶるぐとむぶぐとらぐるん ぶるぐとむ!あい!あい!はすたあ!》

特殊な粉末が混入した蜂蜜酒を煽り、呪文を唱える。私の真下に魔法陣が形成され、召喚が成功した。

「バイアクへー、お願いしますッ!龍山先生を護ってくださいッ!!」

私の叫びにバイアクへーは禍々しい咆哮をすると風を産み落として空高く舞い上がり、私達のはるか先方にいってしまった。

しばらくして、私達は炎上する荒屋の前で炎角と対峙する龍山先生の姿があった。バイアクへーが炎角の《鬼道》から龍山先生の盾となってくれていたようだ。

「魔風の化身を寄越してくれたようで助かった。礼をいうぞ、槙乃さん。おいぼれ故に歳には勝てんのでな、ふぉっふぉっふぉ」

そのわりには元気そうだし、炎角もダメージを受けているようだ。

「フンッ......やっともどってきおったか、馬鹿弟子めッ!匿ってやったのにノコノコと危険に飛び込んでいきおって」

「先生......」

「やっと腑抜けが間抜けに戻りおったわ。桜井さんには礼をするんじゃぞ、男のくせに情けない」

「はい......」

《白虎》は私達と共に《鬼道衆》とあいたいする。

「《鬼道衆》てめえッ、一体何が目的なんだよッ!俺達の周りの人たちばっか巻き込みやがって!!」

蓬莱寺の叫びに炎角は高笑いした。

「貴様らはそんなことも知らずに《鬼道衆》の邪魔だてをしているのか?聞いて呆れるッ!《鬼道衆》は《菩薩眼》の《力》をもつ女を探しているのだ。こうして《龍脈》を活性化させていく中で《力》に目覚めている者の中に必ずいる」

「菩薩眼?」

「菩薩って、あの菩薩?仏様の?」

「菩薩は優しい慈悲の眼で衆生を見つめている。その名に相応しく、森羅万象を操り、あらゆる怪我、病毒を治癒し、死という因果すら克服することができる究極の《力》───────!」

桜井が反応した。

「もしかして、織部神社に奉納されている絵巻物に書いてあったやつ?!」

「知ってんのか、桜井?」

「ウンッ、ボク見たことあるよッ!鬼に攫われている女性が描かれていたんだ。鬼がそれを狙う理由は定かではないけれど、江戸時代に人と鬼の間で《菩薩眼》を巡る戦いがあったのはたしかだろうって。当時の書物には《鬼道衆》と呼ばれていたんだ」

「まさか、じゃあてめえらの目的は東京の壊滅よりも不安定な世相にして《龍脈》を乱し、《菩薩眼》の《力》を覚醒させることか!なんだって俺達の周りの人間をまきこみやがるんだよ!!」

炎角は高笑いした。

「《菩薩眼》の《力》が覚醒する時、かならずツイとなる《力》が覚醒するのだ。これすなわち《如来眼》!《龍脈》をみて、《力》ある者たちを見出し、時に助ける《力》!如来の目は三昧(さんまい)といって心を静めて乱れず集中している状態を表す禅定の相だ。そう、お前のようにな」

私は強ばるのを感じた。まさか、という視線を仲間たちから向けられる。ここで言及されるとは思わなかった。

「そう、天野愛......《アマツミカボシ》の転生体よ......。貴様こそが今回の《如来眼》の使い手。おのれ、なんのために時諏佐家の若い女共を殺して回ったと思っているのだ。その上で従来の計画どおり《アマツミカボシ》のホムンクルスを予め手中に収めれば貴様らのような邪魔だてをされずにすんだというのに!比良坂英司めッ!余計なことをッ!」

「やっぱり私を、《アマツミカボシ》を呼んだのは貴方たちだったんですね、《鬼道衆》」

「いかにも。我らは《鬼道衆》─────── 生まれながらにしてまつろわぬ民と蔑まれ、抑圧され、やがてその憤怒が変生を身につけるに至った者。我が名は《炎角》ッ!」

この男の中にある魂は私の知る炎角ではない。九角天戒の部下たる炎角は、火邑(ほむら)という両腕に機械仕掛けの義手をつけた男だった。獰猛な性格だが仲間に対しては情が厚い。

前歴は長州藩の志士だが、禁門の変で仲間と両腕を失い、爾来冷酷な戦闘機械として生きてきた。一度は陰の珠の力で変成、巨大な鬼と化すが龍閃組に倒され、志士の魂を取り戻した。

戦いの終わった後は高杉晋作の口利きで長州に帰参、新政府と旧幕軍との戦いに参加したという。

部下の名前は代々引き継いでいたらしいが、この男はどの代の魂なのか。それともあの宝玉に封じられた《鬼》そのものなのか。そしてあの体の本来の持ち主はいったい......。

「我らの邪魔をする愚か者どもよ!ここで一網打尽にしてくれるわッ!」

炎角が呪詛を唱え始めた、その刹那。

「風旋撩刀ッ!!」

高速で回転させた青龍刀から発生する真空の刃が相手を切り裂く。炎角は体を切り刻まれ、はるか遠方に吹き飛ばされた。

私達は呆気にとられたまま青龍刀をみる。それは一人の少年の手におさまった。

「おォッと、なんやなんや、危ないなァ。龍山先生に1回は挨拶しにいかなあかんおもて来たらえらい修羅場やんけ」

「て、てめェは...... 俺達になんか用かよッ!」

「おっと、そないな怖い顔せんといてーな。たしかに鬼の面被ったやつら倒してたら新たな敵現るってタイミングになってもーたけど違うで!なあなあ、いかにもヤバそうな呪文唱えとったからつい攻撃してもうたけど大丈夫やな?」

「う、ウンッ、ありがとう。大丈夫だよッ!」

「おかげで助かりました。ありがとうございます」

「こやつらは、《鬼道衆》という人を《鬼》に変える者たちよ。助太刀、感謝するぞ」

「よかったァ〜!そっちはそっちでバケモンおるし十分怪しいから、迷ってもーたやないか!わい、台東区の華月(かげつ)高校2年弐組、中国から留学にきた劉弦月(りゅうしゅんゆえ)いうんや。よろしゅうなッ!」

「《鬼道衆》と一緒にすんじゃねェよッ!俺達は真神学園のもんだッ、怪しいやつじゃねぇ!」

「ほうほう、かの有名な魔人学園の!バケモン呼ぶとか変身するとかびっくり人間ショーやな、さすがは魔人やで!」

「ちがあうッ!!てめーだってさっき変な《力》使ったじゃねーか!似たようなもんだ!」

「えっ、そうなん!?これは中国4000年の歴史が産んだ我が一族に伝わる秘伝の術やでッ!」

「んなこと聞いてねーよッ!ちッ、こんな時にめんどくさいやつが来ちまったぜッ。助太刀はありがてーけど、おめぇにゃ関係ねェだろッ」

「あははッ、そりゃそーやッ。でもそない嫌な奴演じんでもいいで、兄ちゃん。龍山先生の命狙うやつはわいの敵や。首つっこんだんやから、参加させてーやッ!」

青龍刀を炎角に突きつけた劉はそういって笑ったのだった。

「おのれッ───────!」

炎角は忍びたちに命じて私達の前に向かわせてくる。

「バイアクへーッ!」

私は呪詛の続きを阻止にかかる。

「貴様から殺してくれるッ!」

「裏密の死相ってのはこのことかよッ!させるかァッ!」

蓬莱寺が遠心力を懸けて剣先から発勁を放つ。竜巻上の衝撃波が、大地を薙ぎ、炎角を捉えた。

「俺に任せて桜井たちは炎角を集中攻撃してくれ」

「わかったよ!」

「ありがとうございます、京君ッ!」

私と桜井は蓬莱寺の支援に入った。

「よっしゃ、虎君の手伝いしたろッ!実はな〜?さっきの技以外わい、射程全部短いねん」

「と......虎君......?俺は醍醐だ、醍醐雄矢」

「おおう、喋った。で、本体は人間?虎?」

「人間だっ!今は《力》を使っているだけだ!」

「そうなんか〜、虎まで学生しとんのかと思ったで」

「そんなわけないだろうッ!」

「怒らんといてーな、醍醐はんッ!飴ちゃん食べる?」

「いらん。戦いに集中出来ないから黙っててくれ」

劉の登場ですっかり緊迫した雰囲気が緩んでしまったが、私達はふたたび気合いを入れ直す。炎角が《鬼道》により新たなる邪神を呼び出すのを阻止しながら、縦横無尽にかけめぐる炎を退ける。

「風に乗りて歩むものよ」

《アマツミカボシ》が崇拝するハスターの眷属にして大気を象徴する神の名を紡ぐ。人間に似た輪郭を持つ途方もない巨体、人間を戯画化したような顔、鮮紅色に燃え上がる2つの眼のある紫の煙と緑の雲が風に乗って目にも留まらぬ速さで現れ、空高く忍びたちを巻き上げる。

地表に叩きつけられて麻痺する者、高空の冷気に馴染んでしまって地上が熱すぎて火傷する者、様々な状態異常とノックバック効果、ダメージが炎角たちを襲う。

「ナイスだよ、まーちゃんッ!」

桜井が強力で正確な矢筋で遠方の敵を確実に射っていく。火炎を伴った矢は火傷を負っている忍びたちに大ダメージを与えた。

蓬莱寺が距離を詰めてきた忍びたちをノックバックしながら倒していく。じりじりと戦力を削ぎながら、確実に炎角に迫っていった。

「さァ、その面をみせやがれッ!」

「クククッ......クククククッ......ふははははッ!」

「なにがおかしいッ!」

「見つけたぞ、やっと見つけたぞ、《菩薩眼》の女よッ!次こそは手中に収めて見せよう、かならずや───────ッ!」

蓬莱寺の強烈な一撃が赤い鬼の面を破壊した。

「───────ッ!?!」

そこには度重なるヤマンソの召喚により幾度も襲われたのか原型すら保っていない全身やけどの顔があった。

「申し訳ございません、御館様......この不始末はかならずやッ!」

炎角は印をきる。

「───────変生せよッ、我が血に眠りし神代の力ッ!赤酸漿の如く燃えさかりしものッ!血が海に澱みしモノ!今こそ焼き尽くすために変生せよッ!!」

炎の螺旋が炎角を襲った。


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