劉瑞麗

夏から秋にうつりかわりはじめた。《鬼道衆》がいよいよ《菩薩眼》の《力》をもつ美里を狙いに動き出す。不穏な気配をひしひしと感じながら、私達は表向きは平穏な日常生活に戻った。

そんなある日のこと。おばあちゃんから来客があると聞いていた私は、朝からお手伝いさんに頼まれて茶菓子を買いに行ったり、掃除の手伝いをしたりと忙しかった。聞いていた時間よりだいぶ早く呼び鈴がなる。モニターをみると劉がいた。なんだか後ろをみながらそわそわしている。なにかあったんだろうか。私は玄関前の門に向かった。

「おはようございます、劉君。なにか御用ですか?」

「頼むッ!頼むで、槙乃はんッ!ねーちゃん説得して〜やッ!!」

「え?お姉さん??」

門を開けるやいなや、劉が半泣きで私の後ろにかくれてしまった。今日の来客は誰かまだ聞いていないのだが、劉ではなかったはず。詳しく聞こうとしても劉は慌てるばかりで教えてくれない。驚いていると、私の前に誰か現れた。

「はじめまして、時須佐槙絵先生のおうちはこちらだろうか?私は今日お邪魔する予定の劉瑞麗(りゅうそいらい)というんだが」

そこには白いチャイナドレスをきた美人の女性がいた。劉とよく似ているのはお姉さんだからだ。

「あ、はい、こちらです。はじめまして、私は時須佐槙乃。おばあちゃんのお客様ですね」

「ああ、はじめまして。君が槙絵先生の?話は聞いているよ。《如来眼》の《宿星》として立派に務めを果たしているとか。随分早くにお邪魔してしまって申し訳ない」

私達は握手を交わした。

私の中では天香学園の保健医として潜入調査していた30歳の瑞麗先生のイメージが強すぎて25歳の瑞麗さんはものすごく新鮮だった。若い、なんというか若い、感性がなのかその服装のせいなのかはわからないがそう思った。

「そこの馬鹿のせいで約束の時間をずいぶん早めてしまってね。おい、阿弦(あーしぇん)!人に頼むやつがあるか、情けない」

「瑞麗(るいりー)ねーちゃんに勝てる気せーへんのやもんッ!」

「ええと......」

劉が姉から逃げるために私の肩をつかんで盾にするものだから私は苦笑いするしかない。

「兄弟喧嘩に巻き込んですまないね、槙乃さん。ちょっとこのバカ貸してもらえないだろうか」

「ええと......なにがあったんですか?お姉さんに無断で日本に留学したとはいってましたが」

「それどころじゃないから怒っているんだ!」

「ひゃいッ!怒鳴らんといて〜やッ!」

「怒鳴りたくもなる!この馬鹿、私達が出稼ぎに村を出ているあいだ、まだ未成年だから学校に通うために唯一村に残っていたんだ。久しぶりに帰ってきたら村が跡形もない、《龍脈》につづく《門》はあいている、家族は全滅してる、弟の行方がしれないとわかった時の私がどう思ったかわからないのか!!」

「だ、だってわいが生き残ったのは土壇場で《宿星》に目覚めたからやッ!より強い《宿星》に目覚めた人らやないと《凶星の者》には勝てんてとーちゃんたちいっとったやんけッ!!実際、ワイより強いはずのみんな死んでもーたやないかッ!ならッ、とーちゃんたちでも抗いきれんかった敵との戦いに姉ちゃんたち巻き込むわけにはいかんやないかッ!」

「だからって連絡すらいれないやつがあるかッ!私達もろとも葬儀にすら参加させない親不孝者にさせてッ!!」

「うッ......そ、それは申し訳ないとは思うけどやァ......」

「全員分の名前を墓碑にきざんで、埋葬して、全部一人でやっただろう。なんで私達に連絡すら入れてくれなかったんだ、阿弦(あーしぇん)ッ!!」

「だ、だって〜ッ」

私を挟んで姉弟喧嘩を始めてしまった2人にどうしようか考えていると助け舟がきた。

「なんの騒ぎかと思ったら......。瑞麗ちゃん、お久しぶり。お元気そうでなによりよ」

「槙絵先生」

「それにしても弦月君、さっきの話本当なのかしら?それは先生いただけないわね......」

「時須佐せんせ......」

「あなたが劉一族の代表として来日すると聞いていたから支援したけれど、話が違うんじゃないかしら。お姉さんと話をしなさいね」

「ほらみろ」

「ううう......」

しょんぼりした劉が瑞麗先生に回収された。玄関先ではなんだから、と客間に移動する。瑞麗先生は劉の説教は返ってからにするとのこと。

「ねーちゃん、なんで帰ってきたん?もうちょいバレんと思っとったのに」

「これはめぐり合わせとしかいいようがないな。今、私はある組織のエージェントとして活動しているんだが、今回のターゲットがローゼンクロイツ学院日本校なんだ。調べてみたらなかなかきな臭い団体でね、比良坂夫婦のご子息が繋がっていた形跡があるのに不審死しているからまさかと思って調べてみたら......」

「私が誘拐されたのがわかったんですね」

「その通り。1度話を聞こうと思って来日したというわけさ」

どうやら瑞麗先生はすでにの異端審問官(エージェント)のようである。《魔女の鉄槌》エムツー機関は、バチカン市国を頂点とする退魔・封印を行う異端審問会だ。

中世以降のカトリック教会において正統信仰に反する教えを持つという疑いを受けた者を裁判するために設けられたシステムを現代に引き継ぐのが《エムツー機関》である。

薔薇十字団(ローゼンクロイツ)とは、中世から存在すると言われる秘密結社。公式にはフリーメーソンの第18階級とされている。17世紀初頭のヨーロッパで初めて広く知られるようになった。

1614年、神聖ローマ帝国(ドイツ)のカッセルで刊行された著者不明の怪文書『全世界の普遍的かつ総体的改革』とその付録『友愛団の名声』で初めてその存在が語られ、一気に全ヨーロッパで知られるようになる。ただし、この『友愛団の名声』の原文は、正式出版前の1610年頃から出回っていたとされる。

そこには、人類を死や病といった苦しみから永遠に解放する、つまり不老不死の実現のために、120年の間、世界各地で活動を続けてきた「薔薇十字団」という秘密結社の存在や、それを組織した創始者「R・C」あるいは「C・R・C」、「クリスチャン・ローゼンクロイツ」と呼ばれる人物の生涯が克明に記されていた。

1615年、同じくカッセルで、『友愛団の信条』が出版される。それはドイツ語ではなくラテン語によって書かれ、『友愛団の名声』によって宣言された「教皇制の打破による世界改革」を、さらに強調するものであった。

1616年、小説『化学の結婚』がシュトラースブルクで出版される。著者はヨハン・ヴァレンティン・アンドレーエだといわれている。そこには深遠な錬金術思想が書かれており、この文書に登場するクリスチャン・ローゼンクロイツこそ、先の2つの文書に書かれていた創始者「C・R・C」(クリスチャン・ローゼンクロイツ)であると考えられた。

フランセス・イェイツによれば、これらの背景には薔薇すなわちイングランド王家をカトリック、ハプスブルク皇帝家の支配からの救世主として迎え入れようとする大陸諸小国の願望があったという。なお、前述の怪文書の刊行から4年後の1618年にドイツを舞台とした宗教戦争である「三十年戦争」が勃発している。

1623年には、フランスはパリの街中に、「我ら薔薇十字団の筆頭協会の代表は、賢者が帰依する、いと高き者の恩寵により、目に見える姿と目に見えない姿で、当市内に滞在している。われらは、本も記号も用いることなく滞在しようとする国々の言葉を自在に操る方法を教え導き、我々の同胞である人類を死のあやまちから救い出そうとするものである。──薔薇十字団長老会議長」という意味不明な文章が書かれた貼紙が一夜にして貼られるが、結局、犯人は不明であった。

薔薇十字団は、始祖クリスチャン・ローゼンクロイツの遺志を継ぎ、錬金術や魔術などの古代の英知を駆使して、人知れず世の人々を救うとされる。起源は極めて曖昧だが中世とされ、錬金術師やカバラ学者が各地を旅行したり知識の交換をしたりする必要から作ったギルドのような組織の1つだとも言われる。

薔薇十字団の存在はやがて伝説化し、薔薇十字団への入団を希望する者だけでなく、薔薇十字団員に会ったという者が現れるようになる。また、薔薇十字団員を自称するカリオストロやサンジェルマン伯爵などの人物や、薔薇十字団を名乗る団体、薔薇十字団の流れを汲むと自称する団体も現れるようになり、当時の人々を惑わせた。現在でもそのような事例は続いている。

この流れのほかにも人智学から派生した「薔薇十字団」が南ドイツに現在でも存在している。本家からは完全に独立し、ある村の片田舎で毎週日曜日の午前中にはキリスト教のミサや礼拝に似た儀式を独自に繰り広げている。



薔薇十字団の創立者とされる伝説上の人物であるクリスチャン・ローゼンクロイツの生涯は以下の通り。

ドイツの貴族の家系に生まれた。貧乏のため5歳にして修道院に入り、ギリシア語とラテン語を習得した。後に友愛団をともに結成することになる3人の盟友もこの修道院の同僚であった。若くしてエルサレムへ巡礼に向かうが、その途中、アラビア半島の賢者について耳にし、ダムカルに向かう。ダムカルの賢者たちは、彼のことを長いこと待ち望んでいた人物として手厚く迎えたという。この時彼は16歳であった。

ダムカルでアラビア語、数学、自然学を学び、『Mの書』という書物をラテン語に翻訳、その後モロッコのフェズで「諸元素の住民」と呼ばれる人々と出会った。多くの知識を得た後ドイツに帰国し、3人の盟友とともに友愛団を結成して、さらに4人の同志を加えた。

ある時、ひとりの会員が彼の秘密の墓に通じる隠し戸を偶然発見した。その扉の上には「我は120年後に開顕されるであろう」と記されており、中に入ると、七角形の地下納骨堂の天井には永遠に消えることのないランプが輝き、彼の遺体は腐らず完全なままに保たれていたという。それは、死去の120年後と仮定すれば1604年のことであった。

薔薇十字団には、次のような6つの規則があると言われています。

無報酬で病人を治すこと

滞在する土地の習慣に従うこと

毎年1回「聖霊の家」に集まること

自分の後継者を決めること

「R・C」という文字を印章とすること
1世紀以上、薔薇十字団の存在を秘密にしておくこと

これが規則である。薔薇十字団の思想は、万物には調和が存在すること、そして調和が乱されるのは悪魔によるものとするもの。そして神聖なる数字を追究することで、完全性を目指していた。このような思想に対して特に強い影響を与えているのは、グノーシス、カバラ、錬金術、ヘルメス思想、中性とプロテスタントの神秘主義だったと言われている。

薔薇十字団の思想のうち特に中心となっていたのは、錬金術だった。錬金術は、薔薇十字団が求めていた完全なる普遍的な知識を得るためには欠かせない術だった。薔薇十字団は、旧約聖書の「創世記」に書かれている天地創造ですら、錬金術的な過程であったとしており、錬金術を習得することによって完全な存在として、天地創造を担う神のいる領域にまで高められると考えた。実際、薔薇十字団員は、万病薬の探求を行っていた。そして規則にもあるように、無報酬で病人を治療することを通して、社会改革をも目指していた。

薔薇十字団の思想に影響を受けた人々
薔薇十字団は、後の世に多大な影響を与えている。

その神秘性が構築されたローゼンクロイツの経歴や思想は、実に緻密で精巧である。

「ローゼンクロイツ学院はその影響を受けた資産家が作った孤児専用の学院で、日本校はジル・ローゼスという人物が代表をつとめているようだ。その特性上外部との接触が少ない。ただ、その孤児たちを世界中から受け入れているんだが、その方法がかなり悪質でな。私が調べた限り、誘拐、拉致、人身売買、あらゆる手段で持って児童を集めているようだ。そして、うちの組織と対立するテロリストがどうも支援している形跡があるんだ」

「テロリスト」

「こんな東京の真ん中で堂々と活動を活発化させているのは、おそらく柳生の勢力の庇護下に入っているからに違いないと思っているんだが......」

「なるほど、ソイライさんはだからうちに」

「ああ、瑞麗(るいりー)でいいよ。みんなにそう呼ばれてるからな」

「じゃあ、瑞麗さん。私、英司さんが学院長という人に電話していたり、品川区ロッカーでなにかやり取りしたりしているのを見たことがあるんです。《鬼道衆》だとばかり思っていたんですが、まさか......」

私の言葉に瑞麗先生は目を瞬かせた。

「なるほど、阿弦が頼りたがるわけだ。今回の《如来眼》はなかなか優秀なようだね」

「ありがとうございます。ところでそのテロリストって?」

「《カノッサ》だよ。《レリックドーン》というテロリストに今はいるんだが」

「ナチ親衛隊のですか」

「よく知ってるね」

「あんまりいい思い出がないんですよね......」

私の言葉に瑞麗先生は興味津々で笑ったのだった。

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