憑依學園剣風帖53
以前きた時には抜けるまで1時間ほどかかっていたはずの龍山邸の竹林。それは昼間にもかかわらず真っ暗い、どこまでも暗い竹林だった。ここは一体どこだろうか。自分は誰で、どこへ行くのだろうか。竹はまっすぐのびていくだけ。立ち止まりながら、迷いながら、どうしようも無くなってくるほどの不安の先に現れたはずの龍山邸。櫛の歯のように生えている竹林にさしこんでいる太陽の光が、苔の生えた地面に、雨のようにそそいでいたはずの竹林の中の荒屋。実際は直線距離にして数百メートルも離れてはいなかった。
焼け野原である。何もかも無くなった荒屋の向こうには、空を焦がす真っ赤な炎があった。
竹がポンポンいっていている。焼けて弾ける音が響いていた。火は竹林に住燃え移り全焼、龍山邸敷地内をすべて飲み込もうとしている。バキバキッ、バキバキッと、ものすごい音がする。竹の割れる音と風にあおられて強くなる火の勢いに、恐怖を感じる。
乾燥した落ち葉は次から次に消したあとから煙をだしてまた発火を繰りかえしていた。
「これは......」
「小蒔たち、大丈夫かしらッ!?」
「あの野郎、なあにが大丈夫だよッ、クソッタレェッ!」
「まーちゃん、どうだ?入れそうな場所はッ!?」
私は《如来眼》により解析をこころみる。
「これは普通の火事じゃないです、呪術によるもの。周囲から認識を阻害する結界がはられていたんですが、それを無効にするために放たれたようです。救急車じゃ消えないですよ、術者を倒さないと!《鬼道衆》が襲撃した道があります、いきましょう!」
私は走り出す。なんの躊躇もなく火の中に飛び込むと不思議とその領域だけは周囲と隔絶されているのか、火にまかれることもなく平然と竹林が原型を保っていた。
「ぎゃあああ!」
男の声がした。そちらに向かうと赤い鬼の面をした忍たちがなにかを取り囲んでいる。
「......まさか、醍醐か?」
「話には聞いていたけど、本当に......?」
「はははッ、マジモンの虎じゃねーか」
見上げるほどの巨大な真っ白い虎が猛々しく咆哮した。竹林が揺れる。それだけで近くにいた忍びたちが吹き飛ばされてしまった。
「あれが《白虎》......醍醐君の《氣》そのものですね。自我はあるはずです」
全身は白いが、普通は黒い縞が残っている。これこそが細長い体をした白い虎の形をしている四神の一柱であり、西を守護する《白虎》なのだろう。姿はその名の通り白い虎であり、数百の獣虫(哺乳類)の王とされる。キトラ古墳では東洋龍のような長い身体で描かれている。
「西」という方角は、二十八宿(古代中国における星座)において西に位置する「奎・婁・胃・昴・畢・觜・参」を連ねたものを虎に見立てた事から来ており、五佐においては蓐収が同じ方角に当てられている。
「白」という色は、五行において西が金、金が白である事に関連しており、四神の中で、四神として定着するのが最後であったと言われており、それまでは麒麟や咸池(伝説上の池・海)が当てられる事もあったという。
中華圏ではライオンではなく、虎が百獣の王とされ、さらに白い虎はその中でも五百年を生きて霊力を得た誉れ高き獣の王とされていた。 ただし、儒教において最高の徳目は「仁」である。
中国の古代神話中で、妖邪達を最も恐れさせた、法力無限の四大神獣は、青龍、白虎、朱雀、玄武の四獣。西は白をなし、故に白虎は西方の神様で、青龍とともに邪を沈める神霊。同時に白虎は戦いの神でもあり、邪を寄せ付けず、災いを払い、悪を懲らしめ善を高揚し、財を呼び込み富を成し、良縁を結ぶなど多種多様な神力を持つので、権勢や尊貴の象徴でもある。
虎は百獣の王で、その猛威と伝説中の妖怪を打ち滅ぼす能力により、陽の神獣とされるようになり、よく龍と一緒に出てくる。"雲は龍から、風は虎から"といい、魔物たちが最も恐れる存在となったのだ。戦神でもあり、殺伐の神。邪を寄せ付けず、災いを払い、悪を懲らしめ善を高揚する。
「なにか様子がおかしいわ」
「さ......くま......。おれ......は......俺は......お前を......佐久間......」
「醍醐クン......?」
「小蒔!」
「触るな───────ッ!!俺に触るな、桜井......俺は佐久間を───────、俺は......」
「醍醐クンッ!!」
「お前もみただろう?さっきの俺の姿を......俺はさっきまで虎だった。そして佐久間をこの手で殺したッ!」
「違うよ、佐久間は妖魔になってたじゃないかッ!ひーちゃんと同じだよッ、莎草クンみたいに妖魔にッ!それに水岐クンみたいにあの宝玉転がってるしッ!ボクたちだけじゃ初めから───────」
「違う......違うんだ、桜井。俺は《力》が制御できなかったんだ......」
「待ってよ、醍醐クンッ!」
「......」
「やだよ、そんなのッ!!醍醐クンッ!!」
「あの野郎ッ、だからいったんだよ、くそったれ!!」
「醍醐君は私達に迷惑がかかると思って......」
「あいつは前からそうなんだよ!てめぇ勝手に決めつけんなってことまで背負い込んで自爆しやがるんだ!くそっ、そんなに俺達が頼りにならねェってのかよ!」
「京一君......」
「ほんとだよ......ひとりで苦しむくらいなら吐き出せってまえにもいったのにな。俺が莎草倒す時になんの迷いもなかったと思ってんのか。買いかぶりすぎなんだよ、醍醐は」
「ほんとだぜ......頭真っ白になりやがって......見つけ出して1発ぶん殴ってやらなきゃ気がすまねェぜ」
蓬莱寺はそういうや否や飛び出していく。
「おいこら、醍醐ッ!なあにひとりで師匠守ろうとしてんだよッ!ひとりだけでいいカッコしようったってそうはいかないからなッ!」
そして木刀を突きつけた。《白虎》は怯むように後ずさる。
「......京一......なぜここに......」
「俺だけじゃねェッ、みんなお前を心配してんだよ!なあ、ひーちゃん!」
「醍醐、さっきの話聞かせてもらった。大丈夫、まーちゃんによれば今の醍醐の《氣》は妖魔によるものじゃないってさ」
「龍麻......いや、ばかな、そんなはず......」
「如月がいってたぜッ!お前の《力》が不安定な《龍脈》のせいで急激に覚醒しただけだってよ!大丈夫、俺達はその程度で見捨てたりしねェよッ!」
「......」
《白虎》は沈黙する。
「話はあとだな、どうやら本命が現れたようだぜ」
「......佐久間だ......俺が殺したから......復讐に......」
「何度も言わせるな、醍醐。佐久間は《鬼道衆》に《5色の摩尼》を埋め込まれて《鬼道》をかけられたんだ。今日わかったことなんだけど、夜になるたびに佐久間が騒ぎを起こした現場で火事が起きてたんだ。初めからこのためだったんだよ。醍醐たちをやき殺す気だったんだ」
緋勇の言葉に《白虎》が咆哮する
「嘘じゃない」
「そうだよ〜、醍醐く〜ん」
裏密が笑った。そして話し始める。《鬼道衆》の忍びたちはその邪神にひれ伏すように下がる。その先には結界を崩壊させたヤマンソという邪神がいた。
別名:星々からの貪食者、外界での執拗なる待機者
炎の神性であり有名どころのクトゥグアというニャルラトホテプの天敵と強さは同等とされているが、時に自身の崇拝者の願いを聞き届けてくれるクトゥグアと異なり危険な存在である。
理由は二つ有り、一つはこの神の望みが人類の壊滅にある事で、その理由は不明である。もう一つは別名のとおり貪欲な捕食者であり、召喚者といえども安全ではないからである。それ故、ヤマンソの召喚時にはヤマンソの気を引けるだけの生贄を用意し、又、ヤマンソが出現する魔方陣の外に出られないようにしておく事が肝要である。それでも失敗して捕食される可能性が存在する。
ふだんは魔方陣を用いたクトゥグアの召喚時にクトゥグアの通り道となる外の次元に潜んでおり、地球へ至る道が開くとそこから出て来ようとする。これが、もう一つの別名の由来である。その為、魔方陣を用いたクトゥグアの召喚は速やかに行われなければならず、呪文を間違えたりして召喚に手間取っていると、ヤマンソが出現してクトウグアを召喚しようとしていた者を捕食(クトゥグアに殺されたとされている事件の幾つかは、実はヤマンソの仕業であると言われている)してしまう。
しかし、この事は逆に言うと敵が魔方陣を用いてクトゥグアを召喚しようとしていた場合、それを邪魔する事で敵陣にヤマンソを出現させ敵を捕食させる事か可能という事であり、それどころかクトゥグア召喚後であっても魔法陣がそのままであればヤマンソが出現する可能性も存在するのである。
これを利用して炎の生物たちを召喚した敵の魔道士を逆にヤマンソに喰わせた者もいる。この時、ヤマンソの怖さは炎の生物たちにも知られていたらしく、炎の生物たちは瞬時にこの次元より撤退している。しかし、基本的にヤマンソは人間と相容れないので、信者になるのならクトゥグアの方がずっとお勧めである。
裏密のいうとおり、巨大な炎の塊のようなクトゥグアとは対照的にヤマンソの外見は小さく、中に三つの花弁状の炎を見せる宙に浮かぶ炎環の形を取っている。
「これに記述があるの〜」
裏密はネクロノミコンをかかげた。
「五芒星を描いて次元の扉を開く方法で容易に召喚可能なんだけど〜、召喚者自身が喰われる可能性があるの〜。だから〜ヤマンソの気をそらす生贄がいるのよね〜。たとえば〜」
「まさか......」
「そのまさかよ〜、槙乃ちゃ〜ん」
裏密がいおうとしていることを悟ったのか《白虎》はいよいよ沈黙してしまう。唸りながら《鬼道衆》とヤマンソをむく。
「ヤマンソ降臨の贄にされちゃったのね〜、佐久間く〜んは〜」
「貴様らァッ!!」
「そうだぜ、醍醐ッ!お前は佐久間を人として終わらせたかっただけだ。そうだろ?」
「佐久間の仇はとらせてもらう。お前らがいなけりゃ、ここまで落ちることはなかったんだからな」
「なんてことを......絶対に許せないわ」
「炎角はおそらくこの先にいるはずです。急ぎましょう」
私の言葉に《白虎》の瞳が揺れた。佐久間の贄から召喚されたヤマンソから逃げてここまできた醍醐たちは、炎角の刺客だという意識が抜け落ちていたようだ。結界が機能していない今、龍山先生の命が危ない。それを悟ったらしい《白虎》がはしりだす。
「ふたてにわかれようぜ、ひーちゃん!」
「わかった。ヤマンソは引き受けるから京一たちは先にいってくれ!如月たちの参戦はこちらの方が期待できるからな。頼んだ」
「おうよ!」
「葵ッ、気をつけてね!」
「小蒔も無茶しないで!」
「まかせて!案内するよッ、こっち!」
私達は急いで廃屋に向かったのだった。
prev
next
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -