憑依學園剣風帖46

佐久間の消息がわからなくなってから2日目の放課後、私達から事情を聞いた醍醐は難しい顔をしていたのだが、意を決したように顔を上げた。凶津の事件の時に言い出すのが遅くなったせいであやうく紗夜が死にかけたことがあったせいだろうか。それも緋勇が紗夜の《力》でやり直したからみんな拾った命があることを知ってるからだろうか。

「実は......みんなに会わせたい人がいるんだ」

「会わせたい人ォ?」

まるで恋人を紹介する前降りみたいな言葉に京一は茶々をいれる。その意味に気づいた醍醐は苦笑いした。

「まあ、俺の師匠みたいな人だ。爺さんなんだが世相に詳しい。西新宿のハズレに一人で住んでいる。俺が杉並から越してきたばかりでどうしようもない頃に世話になった人でな。易をやっているんだ」

「占い師かよ」

佐久間が見つからないからって裏密だけじゃなく占い師にも頼むのかよといいたげな京一にかちんと来たのか醍醐はいいかえした。

「龍山先生はただの占い師じゃないさ」

「龍山先生っていうんだな」

「ああ、新井龍山(あらいりゅうざん)、易の世界じゃ結構有名なんだ。普段は白蛾爺と呼ばれているそうなんだが」

「へー」

「実は前からみんなを連れていこうと思っていたんだ。あの人ならきっと俺達の力になってくれるはずさ。何回か手紙を出しているんだが返事がなくてな......《鬼道衆》のこともある。心配だからついてきてくれないか」

私たちは東京のど真ん中新宿にある竹林をかれこれ1時間は歩いていた。江戸時代からあるそうだ。面倒くさがりな蓬莱寺はともかく美里が平気そうな顔をしているのは驚きである。見えてきたのは廃屋寸前のボロ屋だ。

「まったく、爺爺とうるさい小僧よ」

「いらっしゃったのなら、返事をして下さらればいいものを。盗み聞きとは人が悪いですよ」

「何を抜かすか。ぱったり顔を見せなくなったかと思えば、こんなに大勢でぞろぞろと押しかけてきおって」

「あ、あのすいません、突然おじゃましてしまって」

「ほう......」

「雄矢、お主のこれか?」

「せッ、先生ッ!」

「ふぉふぉふぉふぉふぉ。あんたが美里さんだね」

「はッ、はいッ」

「ようきなすった。わしが新井龍山だ。白蛾爺と呼ぶやつもおるがの」

「初めまして、美里葵といいます」

「ふぉふぉふぉふぉふぉ、手紙に書いてあった通り、いい娘さんだ」

「なんだ、先生。手紙、よんでいたんですか?返事ぐらいくださいよ」

「バカモン。なんでワシがむさ苦しい男に手紙なんぞ出さなければならんのじゃ」

「いやあ、ははは......」

「ふん」

「美里さん、あんたは《力》に悩んでおるようじゃが......それはあんたの瞳によるものじゃ」

「え?槙乃ちゃんみたいにですか」

「いかにも。実感は湧いておろう?2人揃わぬ時と揃った時の《力》の差は」

「それは......」

「まるで鏡合わせのように対になる《力》よな。うつくしきかな」

龍山先生はみんなの自己紹介を聞いてからうなずいた。

「それにしても、縁とは不思議なものじゃ」

それは大きくなったかつての仲間の遺児が目の前にいるからだろう。緋勇は不思議そうに首を傾げた。

龍山先生は《鬼道衆》について話し始めた。《鬼道》とは邪馬台国の女王卑弥呼が《龍脈》の《力》をえるために確立した呪術である。原始的なシャーマニズム、巫女である卑弥呼が霊的存在の意志を聞き、神託や予言、奇跡の所業をなしえた。超自然的な脅威から人々を護ることにより信心を掌握し、絶大な権力を手に入れた。

卑弥呼は《龍脈》の交わる場所に自分の宮殿をたて、付随するように楼観という塔をたてている。それにより、より強大な《龍脈》の《力》をえたのだ。

「《龍脈》とは大地の霊気よ。卑弥呼は《鬼道》によりその《力》を使ったが、人が兄弟な《力》を使えばどこかしらにしわ寄せが来るものじゃ。やがてそれは《龍脈》の流れに乱れを生じさせた。太陽の化身たる卑弥呼の影に闇が生まれた。闇は人の欲望や邪心を映し、ゆっくりと息づき始めた。それこそが《鬼》と呼ばれし輩───────《龍脈》の乱れと《鬼道》の《力》が産んだ異形の者どもじゃ」

「龍脈の乱れが産んだもの......か......」

「そうじゃ。霊力の衰えた卑弥呼の死とともに再び倭国に戦乱が訪れたのじゃ。人の欲望が《鬼道》をうみ、《龍脈》の乱れが《鬼》を産む」

龍山先生は私を見た。

「お前さんには辛かろうが......心して聞くように」

「......はい」

「槙乃ちゃん......」

「那智さんたちにも連絡いれてたんだもんね......」

「......」

「卑弥呼が《鬼道》を修めてから1400年後、江戸───────徳川の時代じゃ。歴史の彼方に失われたはずの呪法を蘇らせることに成功したひとりの修験道の行者がおる。修験道とは山へ篭もり、自然に宿る神霊に祈りをささげ、苦行の末に験力、特殊な《力》をみにつけるための修行の道よ」

「......また《力》かよ」

「男の名は九角鬼修───────」

「九角か......」

「ここで出てくるのか......」

「......槙乃ちゃん......」

「槙乃がいってた《鬼道》を扱える家のひとつだな」

「未だに連絡が取れないっていう......」

「───────鬼修は《外法》にも精通していたという。《外法》とは仏に背く道、その道士は鬼神や悪霊を使役する呪術を使うという。九角はかねてから大地に流れる《龍脈》の《力》に目をつけており、その《力》を我がものにして江戸を支配しようと考えていた。そのために使ったのが長い修行で得た験力と外法として蘇らせた《鬼道》よ。そして、九角が幕府転覆のために組織したのが《鬼道衆》。人ならざる《力》をもった者どもじゃ。幾度かの徳川との戦いの果てに幕末期に滅びたと聞いていたが......。詳細はお前さんたちの方が詳しかろうな」

緋勇たちはうなずいた。緋勇たちには那智の事件のあと先祖の因縁や柳生については話していないのだが、《鬼道衆》が昔実在し、討伐隊も組まれたのだが後に和解して解散したことは話した。時諏佐家や如月家の記録に残っているのだから情報開示しないと元ネタの鬼太郎に出てくる妖怪たちで話がとまってしまうのだ。

《鬼道衆》に冤罪がかけられ、その謎を追いかけるさなかに真犯人が見つかったから、討伐隊と《鬼道衆》は団結した。その当時の頭目が九角天戒だった。

天戒という男がかつてこの街を救い、赤い髪の男がその末裔を陥れて東京を壊滅させようとしていることを覚えていたみんなは息を飲んだのを思い出す。

「繋がったな。きっと鬼修の子孫が天戒なんだ」

「復讐棚に上げて団結しなきゃならない敵か......どんなやつだったんだろうな」

緋勇の鋭い一言に龍山先生はうなずいた。鬼修については龍山先生の話したことまでしか記録は残っていなかった。

実際は関ヶ原以来の幕府の重臣・九角家の当主が鬼修である。幕府に背いて静姫を救いだし、二人の子供を残した。それが天戒と藍、九角家と美里家がわかれるきっかけとなった。

静姫は徳川の元側室で、菩薩眼を持つ絶世の美女。その力のために幕府に幽閉されていたが、九角鬼修に救い出されて結ばれ、二人の子供をもうけた。二人目の子供を産んだ後に命を落とした。

その後も九角家に伝わる鬼道で鬼修は幕軍に抗ったが滅ぼされた。息子は守れたが娘は幕府に次の《菩薩眼》だからと拉致された。以後《鬼道衆》は幕府に対する復讐と娘の奪還が主眼となるわけだ。当時としては自由な心を持つ一廉の人物であり、死後もその魂は妻と共に子供たちを見守っていた。

150年前の隠された歴史だ。いまや九角家にすら失伝している可能性があるのが皮肉にも程がある。

龍山先生は沈痛な面持ちだ。

「《鬼道衆》の末裔とは無関係な輩が名ばかりの《鬼道衆》を復活させて、末裔の血に流れている《血の記憶》を蘇らせ、面を被るよう迫る。それはなぜか。《鬼道》でも《外法》でも《鬼道衆》に名を連ねたもの達を完全に復活させることができなかったからじゃ。おそらく、九角はわかっておったのだろう。死したのち、傀儡に堕ちるのは間違いなく己ら《鬼道衆》だと。因果応報だとしても、その因果をねじ曲げるのが《鬼道衆》。ならば蘇生できぬよう処置をするのは当然のことよな。今のような事態になったとき、末裔と殺し合うことになるのは容易に想像できるというもの」

緋勇が口を開いた。

「莎草が......俺の友達が......。《力》か死ぬか選ばされ、《力》に飲まれて《鬼》になって死んだ奴がいるんですが。赤い髪の男が高笑いしながら、冥府の淵で末裔がこの街を滅ぼすのを見ていろといってたって......。まさか」

「......そういうことじゃろうな」

重苦しい沈黙があたりを支配した。

「ところで龍山先生、この玉はどう思いますか」

「《鬼》に変生させる玉......だったか。この龍の模様......五色の摩尼(ごしきのまに)やもしれんな。摩尼とは梵語で宝珠を意味し、徳川につかえた天海大僧正が江戸の守護のために使った珠よ。天台宗の東叡山喜多院に収められていた。密教では五色は宇宙の基本構造を表すとされ、九角が幕府転覆を企む中で使役した五匹の《鬼》が封じられている。《鬼》を封じたら宝珠は天海によって江戸の繁栄と天下泰平の祈願のために不動尊に鎮守した」

「不動尊!」

「如月がいってたやつだな!」

「それを《鬼道衆》は持ち出したのか」

「あの、龍山先生。それをつかって《鬼道》を施したらどうなりますか。水岐君は私や槙乃ちゃんの《力》でも治すことができなかったんです」

「なんと......なんと惨いことを......。それは宝珠に封じられた《鬼》と同化することを意味する。《鬼道》も合わされば想像を絶する苦痛がかけられた者には襲いかかり、《鬼》ならぬ《邪》そのものになろうな。もはや人間の欠けらも無い。それはお前さんたちの《力》でも無理じゃろうて」

「《鬼道衆》は邪神の《力》も行使してきました」

「そうか......那智家の少女に使われなんだのが奇跡じゃな」

「そんなに危ないものがまだ4つも......」

「うむ、お主らはその宝珠を持って不動を巡ってみることじゃ。それを狙って《鬼道衆》がまた現れるやもしれんからな。境内の奥の方に宝珠を収める祠があるはずじゃ、はやく封じなければならん。よいな───────命を粗末にするでないぞ」

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